第21話:いびつなデート
イオリは自分が置かれている状況に納得がいかなかった。マックのシェイクをすすりながら、ジト目で隣の席を見る。隣の席では、美南モエが楽しげに――というよりも一方的に――荒木ユキヤに話しかけている姿があった。会話の内容は聞かないようにしていたが、なにせ『隣の席』である。嫌でもモエのデレデレの甘ったるい言葉が聞こえてきていた。
「中学校の頃は、空手を習ってらっしゃったんですか~。通りで姿勢が良いと思ってました。ユキヤ様ったら、お店に入ってからずっと背筋をピンと伸ばしてらして、とっても凛々しいですわ~」
それはアナタが顔を近づけすぎて緊張してるのよ、とイオリは話に割り込みたかった。ユキヤは、モエの強引なボディタッチに満更でもない様子で、可愛げに頬を赤らめて、まるで下僕である。
澁谷署の田中が去ったあと、モエは強引にユキヤとイオリを誘って、駅前のファーストフード店に連れてきた。普段の彼女なら、隠れ家的な洒落たカフェをどこからともなく見つけ出すのだが、ユキヤの好みに合わせたのか、それとも最初から自分の世界に引き込まないようにしてるのか、どちらにせよ彼女は珍しく庶民的な食べ物を食べていた。
モエの家は昔からの資産家で、現在も一族経営している会社と、多くの企業に投資していた。私生活はそれほど派手ではなかったが、中学校の頃から彼女専用の車での送迎があったり、彼女の家で出される菓子類が普通のスーパーやコンビニで売られているようなものではなく、輸入された特別なものだったり、イオリたちとは少しズレたところがあった。
「ねぇ、そろそろアタシ帰っていいかな?」
イオリはモエに耳打ちした。
「あら~残念ね~。このあとおうちに招待してご夕食でもと思ってましたのに~」
「え、それって俺も?」モエの言葉にユキヤがきょとんとした。
「もちろん~、シェフが腕によりをかけてお待ちしてますわ~」
「お待ち、って行くことになってんの? ちょ、ちょっとまってくれ、俺は行くなんて一言も言ってないぞ!」
「それでしたら、ぜひ来てください~」
「いや、話が噛み合ってねーし。イオリそろそろなんとかしてくれ」
ユキヤが助けを求めるように、イオリに困った顔を向けるが、正直どうすることもできないように思えた。イオリは仕方なく、モエにユキヤにも事情があると話したが、いっこうに引く様子はなかった。彼女も悪気はないのだろうと思うが、好きオーラが放出しすぎて、少し頭が麻痺しているようだった。俗にいう色ボケ病だろう。
話は平行線を辿り、最終的にイオリが折れた。
「わかった、アタシもユキヤと一緒に行くから、それでどう?」
「わたくしは~、異論ありませんわ~」
モエは、ニッコリと微笑み。
「なら、俺も行く」とユキヤも頭を垂れた。
お邪魔虫は退散したいと思っていたイオリは、深くため息をついた。
◆◆◆
モエの家は400平米の広い庭の真ん中に立つ豪華な洋館だった。
おじいさんの代に輸入したらしく、外観内観ともにアンティークな印象だった。しかし、設備はしっかりと現代の機材に置き換えられており、特に空調は年中27~28度で維持されてとても快適で過ごしやすかった。
イオリとユキヤは、エントランスから2階に上がり、ダイニングに通された。20人がけのテーブルの最奥に、二人は並んで座り、その正面にモエが着席した。
「デカイ家だな。親はいないの?」
ユキヤはキョロキョロと部屋を見回しながら言った。どこか居心地が悪そうで、落ち着きがない。
「お父様もお母様も~この時間はお仕事をしてますね~。今日は会食で~――帰宅は22時過ぎの予定です~」
「じゃあ、いつもひとりでご飯食べてるのか?」
「どちらか家にいれば、一緒に食べますが、平日はひとりで食べることが多いですわね~」
「そりゃ寂しいな」
「いつでもいらっしゃって良いんですよ~」
「いや、そういうことを言いたいんじゃなくてだ」
ユキヤは、慌てて手を振った。
そのやり取りを横で見ていたイオリは、モエが食い下がった理由に気づいた。ユキヤが好きという感情の他に、寂しさがあったのだ。モエが一人でご飯を食べていることは中学校の頃から知っていることだったが、ユキヤに指摘されて改めてそれに気づいた。
運ばれてくる料理は、専属のシェフが作っているだけのことはあって、非常に美味しかった。聞けば、彼女の家の資産管理企業が投資している飲食店のシェフが、何人かで持ち回りでモエの家に来て腕をふるっているそうだ。彼女いわく、「株主優待」ということである。
食事を食べ終わると、モエはふたりを自分の部屋に案内しようとした。
しかし、ユキヤは長居したくない様子で、帰ると言った。
「妹が待ってるんだ。俺は先に帰る」
「それでしたら遅らせますわ~」
「いや、悪いし電車で帰る」
「そんな~」
モエは残念そうに目を伏せた。
ユキヤは罰が悪そうに頭を掻き、イオリに助けを求めるような視線を向けた。
仕方なくイオリは、「お言葉に甘えたら?」と促す。
だがユキヤは、返事を渋って唸るだけだった。
「うーん、いや、やっぱ今日は電車で帰るわ……」
「そうですか~……。わかりました、次回は是非お送りさせてくださいませ~」
「おう。じゃ、イオリ帰ろうぜ」
席を立ち上がりながら、ユキヤはイオリの方に手をおいた。イオリはユキヤとは逆に、送ってもらうつもりでいたため、思わず声を上げる。そして、小さい声で聞き返した。
「アタシも電車?」
「ああ、帰り付き合えよ」
「い……、いいけど。ちゃんと送っていってよ」
「ああ」
イオリは、彼の意図を汲み取れなかったが、「送るなら」と一緒に席を立った。
モエは玄関のところまで見送りに来て、名残惜しそうに手を振る。大きな洋館にひとり取り残される彼女は少し寂しそうで、もう少し話し相手になってあげても良かったかなと、イオリは少しだけ後ろ髪を引かれる思いがあった。
イオリは、駅に向かう途中ユキヤに訪ねた。
「玉の輿だね?」
「そんな良いもんじゃないだろうな」
「そう? 家でわかると思うけど、かなりお金持ちだよ」
「うちの親戚も似たようなのあるけど、相続争いとか結構殺伐とするんだよ。俺の親父が死んだときも、資産分与でめちゃめちゃ揉めて、母親や俺や妹が暮らす分の資産は与えられてあとは取り上げられ――言い方が悪いな……。資産のもともとの持ち主に戻されてしまったんだよ。ガキの頃だからあまり覚えてないけど、今俺が済んでる家だけが残ったイメージかな……あと固定資産税……」
イオリはユキヤの自宅も広い土地に建っていたことを思い出した。お金を持ってもなくても、人は黒王するということだろうか。イオリは、ユキヤの言葉に返答せず、黙ってあとをついていった。
「イオリ……」
ユキヤが呟くように言った。
イオリは、ユキヤがいつの間にか自分のことを名前で呼ぶようになっていることに気づいた。
「何?」
「俺が玉の輿に乗ったら、お前どう思う?」
「どうって?」
「どんな気分かってことだよ」
イオリは一瞬思考を巡らせて答えた。
「特に何も……」
「何も?」
「うん、別にいいんじゃないって思うくらいかな」
「そうか――」
ユキヤは何か言いたそうな顔をイオリに向けたが、口をつぐんで先を歩いた。
その背中を前に見ながら、イオリも後ろを歩いて駅に向かった。
住宅街から繁華街に入り、ふたりは黙ったまま歩みを進めた。そして、駅の中に入ってホームで電車を待っていると、ふいにユキヤがイオリの方をだいて、キスをしてきた。
「――どうして?」
イオリは動揺して後ろに後ずさった。
「俺は、自分の気持ちに正直になっただけだ」
「まさか?」
「俺はイオリが好きだ」
ユキヤの言葉は、はっきりとイオリの耳に届いた。
そして、イオリの唇には、ユキヤの唇の感触がまだ残っていた。
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