第20話:古金衣高校~汚名返上

 校舎裏でイオリはユキヤと合流した。そしてチャーリーが最初に現れたその木下に並んで座る。


「決闘しようとしてた相手、誰なの?」

「一応言っておく、ジュンから古金衣高校の制服を着てたって話を聞いたけど、俺はそれ知らねぇから」


 イオリは眉間にしわを寄せた。

 ユキヤは、話を続ける。


「7月、澁谷で絡んできた奴らだけど、出身高校までは知らないってことだよ。てか、古金衣って頭いい私立だろ? 正直そんな頭良さそうな顔じゃなかったぞ」

「顔じゃ、判断つかないけど、アタシも公園で学生服に着替えるのは意味がないと思ってる。仮に、自分の学校の制服を着たとして喧嘩するのにメリットないでしょ? そういう決闘のルールだったの?」

「いいや」


 ユキヤは首を振った。そして怪訝な顔でイオリに尋ねた。


「なぁ、なんで俺が決闘するって知ってんだよ? メッセージであいつらが送ってきたの、誰にも言ってないんだぜ。そもそもあいつらが俺の番号知ってるのも意味わかんねぇし。誰かが教えたとしか……」


 ユキヤはそう言ってスマホの画面をイオリに見せた。

 画面には、“基布公園に19時に来い、じゃないと妹をボコボコにするぞ”と脅しが書かれていた。


「妹がいることまで知ってるって、やばいよね。大丈夫なの?」

「ああ、一応ユキミには行き帰り気をつけて、夜は家から出ないように話してるけど。守るつもり」


 ユキヤは不機嫌そうに言う。

 イオリは見せられたスマホの画面を見ていて、ある可能性に気づいた。


「もしかしてさ、それユキミちゃんに貸してたよね。休学中、家にジュンが来たときそれどうしてた?」

「ユキミが遊びたいって言った時は貸してるな。ジュンが来てる時は、覚えてないけど、机の上においたままだったんじゃないかな」


 イオリは、ジュンが別の端末からユキヤの端末に来るメッセージを閲覧している可能性を考えていた。彼ならやりかねないし、アプリのアカウントIDとパスワードが分かれば誰にだって出来ることだ。


「アイツならやりそうだな……。パスワードを変えておこう」


 ユキヤは全面的に同意して、すぐにアプリを立ち上げてパスワード変更を始めた。


「しかし、この絡んでくる奴らにケジメを付けないと、いつまでたっても面倒事に巻き込まれるなぁ」

「そうね」イオリは頷いた。「一度古金衣に行ってみる?」

「行く。一度に制服が4着も盗まれてたら、多分話題になってるだろうしな」

「じゃあ、午後の授業はサボって行くってことで……?」

「お前も悪くなったな。良いけど」


 イオリとユキヤは、教室に財布だけ取りに行くと、すぐに学校を出て古金衣高校に向かった。



◆◆◆



 古金衣高校につくと、ちょうど下校時間と重なって生徒が校門から出てくるところだった。

 イオリはモエに連絡を入れていて、着いてすぐに話ができるように話をつけていた。


「あのお嬢様っぽいやつか」


 ユキヤは、話を聞いて怪訝な顔をした。ユキヤとイオリが付き合っていると噂されたとき、学校に乗り込んできてその関係を否定した相手である。あまりいい印象を持っていない様子だった。


「イオリちゃ~ん」


 校門の前に待っていると、美南モエが手を振りながら掛けてきた。

 イオリもそれに答えて手を振って、「ゴメン、大丈夫だった?」と聞くと、彼女はにんまりと微笑んでユキヤに目配せした。


「もちろん~、イオリちゃんが噂の彼をつれてきてくれるんだから、時間はたっぷり作るわ~」

「彼氏?」その言葉にユキヤが聞き返した。若干苛立ちが混じっている。

「はじめまして、わたくし美南モエと申します~。あなたが、喧嘩ばかりして~、イオリちゃんを困らせる悪い彼氏ですね?」

「何だこのクソ失礼な女は?」

「あらあら、言葉遣いも汚いこと~」


 モエは悪気はないようだったが、日に油をすすぐようにケラケラと笑った。

 ユキヤは、どうにかしろと言わんばかりにイオリを睨みつけた。


「モエ、今日はその話じゃなくて――」

「メッセージで聞いて調べておきましたよ~。確かにウチの生徒で制服を盗まれたものが4人いたそうです。ちょうど今日警察の方も見えられて話を聞いていったそうですが。何かあったんですか?」


 イオリは、簡単に昨日の事件のあらましをモエに説明した。


「ふぁ~、ユキヤ様がイオリちゃんを助けてくれたんですね……」


 モエは両手を胸の前に合わせて、ユキヤに詰め寄った。


「ユ、ユキヤ様?」と戸惑うユキヤに、モエは目を輝かせて言った。「素敵です。ヒーローのようでとても素敵です~。事情はあまり良い行いとはいえませんが、妹を守るため、イオリちゃんを守るため、体を張った行動を取れるなんて、誰でも出来ることではありません。それに、友人を助けるために深夜の公園にバイクで駆けつけるなんて……、アンチモラリストでありながら、芯のある思考。たいへん素晴らしいです~!」

「なんなんだよアンチモラリストって!? イオリなんとかしろ!」

「ああ、なんということでしょう。イオリちゃんの彼氏だと言うのに、わたくしったらどうしてユキヤ様に惹かれるのか」


 モエは、ユキヤの静止を無視して、彼の手を掴んで自分の世界に入っていってしまった。


(恋心が暴走してるわね……)


 その様子を冷めた目でイオリは見ながら、制服が盗まれた意味を考えていた。


(因数分解すれば、古金衣の制服である必要があったのか、そうでないのか。後者の場合は、4人が同じ学校の制服を盗む必要はない。つまり、古金衣の制服だったということは必然だったことになる。犯人は古金衣高校に恨みのある人物であることと、ユキヤに恨みを持っている人が重なるところにいる)


 考えがまとまりかけたところで、イオリは肩を叩かれて、思わず飛び退いた。

 振り返ると、澁谷署の田中が険しい表情で見下ろしていた。


「何をしてるのかな? いや、聞くまでもなく。警察の仕事に、首を突っ込もうとしてるんだろう? それか我々に話してない情報を知っているため、勝手な行動をしているのか? さて、どちらがアタリかな?」

「それは、前者です。すみません」

「本当か?」


 イオリの返事に田中は疑心の目を向けてくる。そして、脂ぎった顔をぐいっと近づけて、イオリの言葉に嘘偽りがないことを証明しろと言わんばかりに無言の圧力を掛けてきた。

 田中に話してないことは、ユキヤが決闘をしようとしていたことと、先程イオリが知ったユキヤの妹が狙われていることの2つである。イオリはユキヤに目配せした。それが、田中の目に止まり鋭く視線が動く。


「荒木くん、キミ何か知ってるんじゃないのか?」


 モエに言い寄られる体勢で、イオリと田中の方を見ていたユキヤはぎくりと表情をこわばらせた。警察特有の鋭い嗅覚でも働いたのか、田中はにやりと不敵に笑みを浮かべた。


「これからも女といちゃつきたかったら、知ってることを話した方が良いぞ」

「んだと?」

「お前、一度補導されてるなぁ。その時の相手は逃げたみたいだが、そいつらが関わってんじゃないのか?」


 田中は突きつけるように言い放つ。

 もはや隠し事は秘匿できない。田中の追求は逃れられそうもないと直感したのは、イオリだけでなく、ユキヤも同じだった。

 諦めたようにユキヤは肩を落とした。


「これが原因だよ」


 ユキヤは、自分のスマホの電源をつけて、田中に渡した。田中は画面に目を落とすと、その内容に舌打ちした。


「馬鹿野郎が、高校生の身分で何かできる問題じゃねぇだろうが」

「うるせぇ、妹や親に心配かけさせたくなかったんだよ」

「それが甘いって言ってんだ、バカ! 心配かけさせたくなかったら、真面目に学校行って勉強してろ!」


 田中の一喝に、ユキヤは顔をしかめた。彼自身、言われなくてもわかっているようだった。


「この端末は借りてくぞ。こういうのはな、送信者をキャリアに調査扠せればすぐに特定出来るんだよ。初めにこれを渡してりゃ、時間の無駄もなかったろうに、ったく」


 田中は踵を返すと、道路沿いに止めてあった乗用車に乗り込み、急発進して言ってしまった。

 それを見ながら、モエは呆れたようにため息をついた。


「あれ~、警察の人だよね。さっき学校に来てたけど~?」

「そうだよ」イオリが答える。

「だったら~、あの人の言ったことが正しい気がするな~。全容は把握しきれてないけど~、つまりユキヤ様のスマホがキーだったんでしょ? それを隠してイオリちゃんと、ユキヤ様が事件解決しようと頑張ろうとした。だけど大人からしたらそれって邪魔だよね~。私と同じで、見てる全容が二人と違うもん~」

「わかってる。言わなくても」イオリは彼女の言葉を遮るように言った。しかし、彼女の言葉は止まらなかった。

「警察の人のほうが、より広いレイヤーで見えてるわけだから~、最短距離で事件解決できるよね?」

「定跡を知ってるってことでしょ? わかってるってば、全部言わなくても……」

「フフフ、まさかイオリちゃんが定跡なんて言葉知ってるとは思わなかったけど、その通りだね。多分事件の犯人は捕まるから、心配せずに~、これからデートでもしましょうか? ユキヤ様?」


 モエはふわりと髪をなびかせると、黙って話を聞いていたユキヤの腕に抱きついて顔をすり寄せた。

 その様子にイオリはフラストレーションを感じつつ、不良だと否定しまくっていたのはどうしたのだと、心のなかで批判した。そして、ユキヤの男気――人のために身を犠牲にできるところ――に、心を奪われたのかもしれないが、だとしたら、イオリに言い放った『ユキヤが信用できない人間』と言う言葉に同責任を取るのか、問いただしたい気持ちでいっぱいだった。

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