第19話:事情聴取
登校して教室に入ったとき、イオリは自分に向けられる好奇な視線に気づいた。
しかし、何も気づいていないふりをして平然と着席する。遠巻きに何か噂されているのがひしひしと伝わってくるが、相手をする気にはなれなかった。なにせ2時間ほどしか眠っていない状態なのだ。習慣から登校したが、学校の門をくぐるときに休めばよかったと後悔してしまった。
イオリは、カバンを机の横にかけると、机に突っ伏した。余計な話をしたくなかったし、何より眠かった。
やがて思考はまどろみ始め、穏やかに眠りにつきそうなる。
その矢先、チャイムが鳴った。
イオリは、先生が来るまでは寝てるつもりでいたが、すぐに声がかけられて起こされた。
「西野は来てるか?」
太い声が担任だと気づき、イオリは顔を上げた。
「ちょっと」
担任はイオリを教室の外に呼び出す。
「今日の朝礼はなしだ。そのまま1限の準備して待ってなさい。騒ぐんじゃないぞ」
担任は、それだけ言うとイオリに付いてくるように指示して歩き始めた。
教室が担任の忠告など無視して、一層騒々しくなった。
「別に、悪いことじゃない。ただ話を聞きたいだけだ」
先を歩くタンニンが振り向きもせず言った。
「2組の丸山ジュンくんのことですか?」
「警察も来てる。重症ではないが、傷害事件として捜査したいとのことだ。まー、今のところ丸山のほうが被害届を出さなくてもいいみたいなことを言ってるから、知り合いがやったんじゃないかって警察は疑ってるみたいだ。西野も昨日、基布公園に行ったんだったらちゃんと正直に話しなさい」
「ふたりで遊びに行っただけですよ」
「じゃあ、なんで荒木と一緒に帰ったんだ? 公園の入口に防犯カメラが設置されてて、さっき西野じゃないかって、確認してきたところだ」
「…………」
イオリは返答に戸惑った。
下手なことを言って、防犯カメラに捉えられた内容と違うことを話してしまったら、それこそ疑われてしまう。
担任はちらりと後ろを振りかったが、それ以上何も言わずに前を歩いた。そして、つれてこられたのは、普段立ち寄ることがない生徒指導室であった。
部屋の中に入ると、校長と教頭、それに2組の担任に、見慣れない中年二人が、生徒を囲んでいた。その生徒は髪を金に染めていて、イオリはすぐに荒木ユキヤだと気づいた。
「よく来たね」
中年の男のひとりが、イオリに近づいてきた。
「私は、澁谷署の田中と言うものだ。こっちは高橋。昨日、基布公園に丸山くんと一緒に言ったそうだけど、その話を聞かせてくれないかな。あ~、部屋をもう一つ借りれますかね」
「向かいの家庭科室を使いますか?」
「ええ、そこで構わんでしょう」
担任が田中を誘導し、イオリもそれに続いた。一瞬イオリはユキヤを見たが、彼はうつむいたままじっと座っていた。
家庭科室に通されると、田中が椅子を持ってきて、自分の前に座るように促した。担任はイオリの後ろに立ったまま話を聞くようだった。
「昨日、基布公園に行きましたね?」
「はい」
「何時頃?」
「19時ごろだと思います」
「何をしに言ったか目的を教えてくれますか?」
「……遊びに」
「誰と一緒に行きましたか?」
「2組の丸山くんです」
警察の質問にイオリは一つ一つ答えていった。具体的な目的だけは『遊び』という風に濁したまま、しっかりと襲われたことや襲われた際にユキヤに助けられたことも伝えた。そして、その後何度も連絡を取ったこと、ユキヤに電話して彼に探しに行ってもらったこと。ジュンの母親に電話したこと。
田中は、一つ一つ丁寧に話を聞いていき、それを上に書き起こしていく。まるで作文を書くように文章化して書いていった。ドラマにあるような小さなメモ帳に走り書くより緻密な対応に見えた。
一通り話し終えるまでに、2時間ほどかかった。イオリの顔には疲労の色が見えてきたが、田中は申し訳無さそうな顔で続けた。
「あとちょっとだからね。公園の防犯カメラから取った画像をみてもらえるかな」
田中はタブレットを取り出して、画像を表示した。
そこには、イオリとジュンが公園に入る直前の画像が表示されていた。
「まず、入った時間は19時07分。証言にあった高校生くらいの4人組だけど、バラバラに公園に入ってきてるのか、塊として入ってくるところは見られなかったね」
画像を横にスライドすると次の画像が表示される。
二人組の男が街頭に照らされていた。田中が画像を拡大すると、その顔が鮮明に浮かび上がった。
拡大された二人のうち、ひとりはイオリを追いかけてきた男だった。しかし、何か違和感があった。
「この人、この人が私を追いかけてきて、荒木くんが追い払ってくれたんです。けど……」
「けど?」
「なんだろう。何か――あれ、服装が制服じゃない」
「そうだね。キミと丸山くん、そして荒木くんの証言とこの画像で彼らの服装が食い違ってる。おそらく公園内で学生服に着替えたんだろう。リュックを背負ってるから、多分ここに着替えがあるんだよ」
「なぜ、わざわざ……?」
決闘のために古金衣高校の制服を着る意味はない。むしろ写真に写っているラフな私服の方が動きやすいだろう。
「学生服に着替えたあとの写真はないんですか?」
「あいにく、トイレで着替えていれば防犯カメラに映ってるんだが、基布公園は施設以外だと出入り口付近にしか防犯カメラを設置できてないんだよ。今回の一件で取り付けられるようになるだろうけど――取り付けられていないから悪い人が集まりやすかったというのも事実で、署の方でも巡回をして防犯に努めていたんだが、今回の件は未然に防げなかったということだね。とりあえず今日はありがとう。都内のグレー系の学生服の写真を集めたら、また確認してもらうから、よろしく頼むよ」
田中は、書き留めた資料をまとめると、イオリを立たせて外に促した。
担任が、「教室に帰らせても?」と尋ねると、田中は「ええ、問題ないでしょう」と言った。
「西野、真っ直ぐ教室に行くんだぞ」
「疲れたんで、保健室行ってもいいですか?」
「うむ。仕方ないな。寄り道しないで行けよ」
イオリは二人に見送られながら、ようやく解放されたことに安堵した。しかし、昨日の4人が学生服に着替えたのかが、引っかかった。古金衣高校の評判を汚すためか、それとも本当に古金衣高校の関係者か。単純に盗んだ制服が古金衣高校のものだったという話もあり、思考するための材料はまだ少なかった。決闘相手のことをユキヤに聞かない限り憶測の域は出ないだろう。
1階の廊下を真っすぐ進みちょうど体育館の手前に保健室があった。
保健室に入って、保険医に事情を話しそのままベッドに横になる。寝不足だったためすぐに眠気に襲われて、イオリはぐったりとした様子で寝入ってしまった。
◆◆◆
保健室の外が騒がしくなって、イオリはふと目を覚ました。
ベッドから身を起こして簡易ベッドを囲むカーテンを少し開けて顔を覗かせると、保険医が男子生徒の怪我の手当をしているところだった。イオリは窓の上に取り付けられた時計を見上げ、糖度昼休みに入っていることに気づいた。
警察から解放されて2時間ほど眠ったようだ。たった2時間だったが、かなり体の調子は回復していた。
イオリは顔を引っ込めて、そのまま音を立てないようにしながらベッドの上に横になった。
「イオリ、イオリ」
か細い声が耳に届き、イオリは声のする方に視線を向けると、隣のベッドのカーテンの隙間からユキヤの顔が見えた。
「ユキヤ、どうしたの?」
「疲れたから休憩。起きたんなら、ちょっと話そうぜ」
そう言ってユキヤは外を指差した。
イオリはうなずき返して、「校舎裏でいい?」と尋ねる。
ユキヤがそれに同意したのを確認すると、イオリは一足先にベッドから起きて保健室をあとにした。
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