第18話:丸山ジュン
異変を感じたのは、深夜12時を過ぎてベッドに入ったときだった。
イオリは横になりながらスマホを起動し、メッセージアプリを立ち上げた。帰宅後何度確認したが、未だにジュンから無事だという返答をもらっていなかった。イオリが送ったメッセージも既読にならず、虚しく画面上に残されたままとなっていた。
他のグループチャットは、未読のメッセージが増えて未読数が溜まっていくのに、ジュンからのメッセージだけはゼロのまま。試しにユキヤに連絡を入れてみるが、2組のグループチャットでも既読になっておらず、彼のメッセージにも無反応だった。
電話をかけてみても、電源が入っていないか電波の届かない場所にいるか、と無味乾燥な音声が流れるだけで応答はない。
「どうしたんだろう……」
電源が切れているだけなら、それに越したことはない。しかし、ジュンと最後に別れたのは、基布公園でユキヤの決闘相手に見つかったときだ。ジュンは、イオリを逃がすために、決闘相手4人に突進して、内3人に追いかけられていった。イオリが逃げやすいようにわざとひとり飛び出して。
1組のグループチャットで、北原シズカがメッセージを送ってきた。
“2組の丸山って男子、行方不明だって噂だよ”
その発言はすぐにグループのメンバーに既読され、チャットが流れ始めた。何も知らない1組のメンバーは好奇心を働かせて、オタクっぽいやつだとか、ひどい言い草で野次馬のように話題に参加してきた。
いたたまれなくなって、イオリがチャットを閉じようとしたとき、メンバーの誰かが“西野イオリと一緒に澁谷にいるとこ見たって”とメッセージを打ち込んできた。
一瞬チャットが止まり、そして、あらぬ噂で盛り上がる。
「いい気なものね……」
歯がゆさを感じイオリはメセージアプリを落として、ユキヤに電話を入れた。
ユキヤは3コール目で出た。
「なに?」
「ジュンくんのこと。まだ帰ってないのかな?」
「らしいって聞いたけど……。ちょっと自宅の方に連絡してみるからちょっと待ってろ」
ユキヤはそう言って一方的に電話を切った。
途切れた電話をオフにして、スマホを枕の隣においてイオリは仰向けに寝っ転がった。間接照明に照らされた暗い天井が目に入る。
(もしまだ家に帰れてないなら……、基布公園にいる可能性が高い?)
信じたくはないが、そう考えてしまう。イオリは無理やり、終電がなくなって電池もなくなって、澁谷から帰れないだけと思いたかった。追いかけていった3人に捕まって、まだ公園にいるなどという風なことは想像したくない。
イオリのスマホが震え、ユキヤから電話が折り返しかかってきた。
「どうだった?」
「まだ帰ってきてないらしい。ジュンの母親が出て、わりと動転してる感じだった」
「やっぱりまだ澁谷に?」
「決まったわけじゃない。今の時間だと電車動いてないから原チャで見てくるしかないな。世話焼かせるが、元は俺の決闘を止めにってところで今回は大目に見てやるよ」
ユキヤは軽口を叩きながら、電話口でイオリを勇気づけた。
「大丈夫、死にはしないさ。相手も私立のやつだろ? 下手なことはしないさ」
ある意味その言葉は希望的観測だ。しかし、自分で思い込むよりも、人から言われる方がその暗示にかかりやすい。イオリは、深夜に原付バイクで基布公園に行ってくれるユキヤに感謝の気持ちを伝えた。
「寄せよ。俺も気になるから行くだけだ」
ユキヤはそう言って、電話を切った。
イオリは枕元にもう一度スマホを置いた。眠れる気配はない。コーヒーでも飲んだように、目がぱっちりと開き、思考がぐるぐると駆け回っていた。建設的でない思考ほど目が覚める。イオリは、ただじっと目を閉じてユキヤからの電話を待つだけだった。
電車で18分ほどである。原付バイクで行けば、40分ほどで到着できるだろう。それまでの辛抱だと自分に言い聞かせるように思いながら、寝返りを打った。
◆◆◆
ユキヤからの電話に、イオリは直ぐに反応した。
「どうだった?」
「正直なところ、わかんねぇ。ぐるっと一周してきたけど、喧嘩してるところもなければ、怪しいところもなかったな。しーんとしててうすきみわりーとこだぜ、まったく」
「別の場所に連れて行かれたとかかな」
「公園の外で大きなことはできないだろうな。澁谷駅から離れてるけど、結構車の通りもあるし、もし変なとこに連れて行かれそうなら、抵抗して人に知らせることだって出来る」
「じゃあ、まだ公園に……?」
受話器越しに、ユキヤは唸った。彼に言ったところで、明確な答えが出てくるはずがない。彼は「とりあえず、まだ探してみる」と言って、電話を切ってしまった。
(そもそも、アタシとジュンがそこにいただけじゃ、ユキヤとの関係は関連付けられない。アタシが来てた制服で同じ高校とバレる確率はあっても、暗がりで走ってたことと、相手がひとりだけだったことを考えると、その確率もかなり低い――予測でしかないけど――、ジュンがただアタシとイチャイチャしてただけで、人が来たから出るにでられなくなったと嘘をつけば、ユキヤとの関連は隠し通せるはず)
イオリはベッドの上の置き時計を手に取った。まだ1時19分。始発が動くまで時間があった。彼女もユキヤのように原付きの免許を持っていたら、有無を言わさず飛んでいって、ユキヤと一緒に探していただろう。それができないもどかしさに、イオリはベッドの上で何度も何度も寝返りを打った。
(あの3人……)
イオリは、ユキヤに電話をした。
「ねぇ、ユキヤが蹴っ飛ばした男は、どうなってる? 帰ってる? まだそこにいる?」
「あ~、そう言えばさっき回ったときにはいなくなってたな。どうして?」
「てことは、3人と合流したってことだよね」
「そのときに、ジュンが一緒にいたかどうか……。わかるのか?」
「ジュンが捕まったと考えたとき、4人が合流したあとどういう行動を取るか。幸いなことに、ジュンはジャージを着ていて、ユキヤと同じ学校だとぱっと見分からない状態だった。ジュンが下手なことを言うはずもない。おそらくその場に居合わせたカップルと話すと思うわ。とすると、仮に暴力を振るわれたとしても、深夜まで一緒にいるとは考えにくい。車で連れ回せるなら話は変わってくるけど、相手は高校生だからそれはない。そして、ジュンが帰らないことで、その友達や親が騒ぎ立て、最期に目撃されたのが基布公園とわかれば、おそらく警察や知人が押し寄せるはず。と考えると、そのタイミングでジュンと行動を取るのは、かなりリスキー」
「つまり、公園のどこかに監禁して本人たちは帰った可能性が高いってことか」
「バカな学生なら、今も暴行して監禁にしてるかもしれないけど、一応私立の偏差値の高いところに通ってる奴らだから、自分の人生を駄目にするようなヘマはしないでしょう。ちょっとネットで調べてみるね。何処かに閉じ込められてる場所ないか、どうか」
「わかった。俺はもう一回園内のトイレとか見てくる」
イオリは電話を切ると、PCを立ち上げて基布公園のホームページを立ち上げた。そして園内マップを表示して、各施設の場所を確認した。
アスレチック遊具があるわんぱく広場の周辺には東側にトイレ、休憩所があるだけだった。ジュンが走っていった方向にも同じように目を引く建物はなかった。
(スマホの充電が切れてるか、それとも壊されたのかわかれば、まだアタリはつくんだけど……、そもそも都内であれば地上にいる限り絶対電波がなくなることはないよね。地下……埋めるってのは、さすがにただの悪ふざけを過ぎてるから、考えられるとしたら、人気のないところに放置されていると考えるのが自然か。そもそも何の因果関係もない人に手の込んだ悪戯をする確率も低いと考えれば……)
イオリは、ユキヤに電話を入れた。
「今どこ?」
「ちょっと待って、看板がある。自由広場の近くのトイレ」
「可能性だけだけど、トイレは巡回警備が来るはずだから、現時点でそこに閉じ込められている可能性は低いと思うの。で、ちょっと見てほしいのが、澁谷方面の入り口近くの植木が植えられてる死角になってるところ。柵とか、木とか縛り付けられてるわけじゃないけど、何かに繋ぎ止められる場所が側にある……と思う」
「……確証はなさそうだけど、ちょっと行ってくるわ」
そう。ユキヤが言うようにまだイオリも確証がある答えを出せていなかった。何か手がかりになる物証があれば、確実な答えに近づけるのだが。
1組のグループチャットの未読メッセージをたどると、まだジュンの親は警察に相談しに行った段階のようだった。現状帰宅してないだけで、事件に巻き込まれたという事実は出ていない。警察が本格的に動くとしたら朝から昼にかけてだろう。
イオリが、昨晩のことを話せば稼働を早めることが出来るが、その場合ユキヤの決闘の件を警察が嗅ぎつけることになる。もちろん実際に決闘をしていた事実はないわけだから、彼が補導されることはないだろう。ただイオリが黙っていられる時間はそれほど残されていない。
(判断を間違っちゃ駄目だ……)
イオリは再度、ユキヤに電話した。
「何? まだついてないんだけど?」
「ジュンの家の番号教えて」
「どうすんの?」
「ふたりで公園デートしてたところを4人に絡まれたって言う。そうすれば決闘をしようとしてたことを隠して、警察を澁谷の基布公園に目を向けさせられるわ」
「わかった。俺はこのまま探してるぞ」
「補導されるから帰ってきなよ」
「いいって、別に補導されても目的はジュンを探すためって言えばどうとでもなるさ」
「わかった」
イオリは、ユキヤから聞いたジュンの自宅の電話番号にかけた。すぐに母親が電話口にたち、イオリは夜中で歩いていたことを謝罪しながらと、すぐに事情を話した。母親は動転していたが、イオリの言葉をしっかりと理解し、警察に知らせてくれた。午前3時を回っていたが、澁谷警察署の職員が数人捜索に出たことが、イオリにも折り返し伝えられる。ジュンの母親は余計な話をせず、要件だけ伝えるだけで済ませてきた。
午前4時12分――ジュンが見つかった一報が入った。
睡魔と眠れない緊張感に朦朧とする思考で、電話口に出ると、ユキヤが嬉しそうに見つかったことを報告してきた。ジュンは、イオリの予想した場所とは違って、澁谷駅と反対の方向の入り口付近の噴水の中に投げ込まれていた。手足を縛られ顔だけはなんとか水面に出ていたが殺人未遂の域である。入口付近だったが、深夜帯だったことと、人が行き来する渋谷駅とは反対の入り口だったため、誰にも気づかれることなく、発見が遅れてしまった。
そして、ジュンが見つかったことは1組のグループチャットにも書き込まれたのだが、イオリはその一文を見て眠気が吹き飛んでしまった。
“イオリとジュン付き合ってるみたいよ!”
母親が言いふらすはずはない。しかし、誰と誰が付き合っているという噂は高校生にとっては何よりも好物だ。一瞬でもそういう話が聞こえてくれば、すぐに拡散されてしまう。
イオリはそっとスマホの電源を落とした。ジュンが見つかったことを嬉しく思う気持ちと、付き合っていると誤解されたことへの複雑な気持ちのまま、天井を見上げる。
寝返りを打って横向きになったイオリは、カーテンの隙間から明るい光が差し込み始めてきているのに気づいた。
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