第15話:オトコの品質~迷い

 イオリは、ユキヤの休学中、何度も彼の家に訪問した。

 目当てはユキヤではなくその妹、ユキミの方で、妹から彼の情報をかなり入手していた。ユキヤも、イオリが話を聞き出していることを知った上で、特に干渉してこなかった。むしろ、その間イオリと接触することを避けることで、余計なことをしないようにしている雰囲気があった。


「お父さんが死んだあと、親戚と揉めて近所に住んでるんだけど、ほとんど交流がないの」

「お母さんが倒れたあとも?」

「……うん」


 ユキミは縁側に腰掛け足をブラブラと揺らして遊ばせながら頷いた。


「だけど、お兄ちゃんが学校休んでくれて、家のことをしたり、お母さんの御見舞とか世話とかしてなんとか上手く生活できてるよ」

「お母さんの具合いが良くなればいいけどね」

「うん、ときどきイオリちゃんが来てくれるから。寂しくないよ」


 ユキミはそう言って、屈託のない笑顔を見せた。

 イオリは、彼女の頭をなでてあげて、微笑み返す。ユキミの健気に生きる姿を素晴らしと思いながら、ユキヤの子供っぽい怒りの表し方は、もしかすると大人への甘え切れない部分が、そうさせているのかもしれないとうっすら見えてきたように思えた。

 決めつけられないが、恋をして甘えられる人が見つかれば――安易かもしれないが、自分の仕様としていることに一縷の可能性を見出したような気がした。


「色々ありがとう! ユキヤくんがもっと好かれる人間になるよう、アタシも協力するね!」

「えー、イオリちゃんがお兄ちゃんと付き合えばいいのに~!」


 ユキミは探るように不敵な笑みを浮かべた。その表情は、10歳の少女には見えない女性らしさが垣間見える。イオリは、自宅に通ってはいたが未だにユキヤに対する恋心はなく、慈善活動をしているような気持ちしかなかった。

 非常に合理的で、目的がしっかりしていた。

 イオリは話を切り上げて変える準備をした。

 ユキミに付き添われて玄関を出ると、ミユキは門のところにいる人影を見つけて、驚いた顔をした。


「あれ、またあのお兄さん来てるの?」


 イオリもその影の正体に気づき、ミユキの視界を遮るように立って言い聞かせるように言った。


「あのお兄ちゃんは、偏愛気質だからあんまり一人で外でちゃダメだよ……」

「へんあい?」

「ストレートに言うならロリコン気質……。お兄ちゃんに勉強を教えに来たって言っても、不用意に中に上げちゃ駄目だよ。ユキヤくんが帰ってくるまで玄関で待ってもらいな」


 門の側から、玄関にいるイオリとユキミを覗く人影――丸山ジュンは、スマホを見ながらチラチラと視線を送ってきていた。ユキヤの家に訪れた初日、ジュンはこっそりユキミの写真を取っていた。それをニヤニヤと見つめている姿はあまり見れたものではない。

 イオリは、ユキミを玄関の中に押し込んでジュンの方に歩いていった。


「こらこら、毎日、な・に・を盗撮してるのかな!?」

「と、盗撮だなんて。ぼ、僕は、ままだ撮影なんてしてない」

「まだって何よ、まだって! イタイケな女の子を隠し撮りしてる人が何言ってるのよ。説得力皆無だし。絶対ユキミちゃんに変なことしないでよ!」

「も、もちろんだよ。ぼ、僕だってユキヤくんにボコボコにされたくない……」


 むしろユキヤというストッパーがなければ、行動に移しているという言い草に、イオリは呆れた。


「勉強の方は順調? 毎日来てるならちゃんと共有できてるんだよね?」

「も、もちろん。ユキヤくんはもともと賢いから、学校来てなくても全然学びが遅れることはないよ。とても理解力が高く、IQが高い。ふ、不良じみたことをしてても、地頭がいいってことはちゃんと伝わてくるかな」

「性格をなんとかすれば、十分人に信頼される人間に慣れそうだね」

「そうそう。ユキヤくんが来週から学校に週3で出てくるらしよ。ただ、その3日も半日出たら帰るみたいだけど」

「良かった。評判を良くするチャンスね!」


 ジュンから聞いた朗報に、イオリは拳を握りしめた。イオリの最終目的は、ユキヤの他人からの評価を上げることにある。そのためには、ユキヤが人のいるところに出てくることが最大条件なのである。

 イオリの言葉に、ジュンが首を傾げた。


「チ、チャンス、と言われても。11月あ、頭の文化祭までイベントとかは、な、なにもないよ」

「イベントがなくても、気を抜かずに、しっかりしているところを伸ばしてあげるのよ。むしろ、一瞬イベントで評価を上げたって無駄。大切なのは日々の努力でしょ。男子刮目すればナンチャラ、ってやつよ! 品質向上は地道な努力が必要なの。アナタも毎日盗撮ばっかりしてると、大事なオトコの質が落ちて、全然モテない男子になっちゃうよ」

「……い、今もモテてないけど……」

「そりゃそうよ。ふたりとも努力が足りない、それだけ」


 イオリは、千尋の谷に突き落とすようにいい切った。



◆◆◆



 イオリとジュンが駅まで戻ってくると、それを待ち構えるように真っ青なポルシェがバスロータリーに現れた。

 ポルシェは、ギュッと吸い付くように走りながら、ロータリーの開いているスペースに急停止する。そして助手席のドアが開くと、上品に両足を揃えて、美南モエが下車してきた。

 その様子に、ジュンが息を呑む。


「お久しぶり、イオリちゃん。調子はどう?」

「白々しいなぁ、何のよう?」

「も~ち~ろ~ん、様子を見に来たの。イオリちゃんの悪い癖で、無理難題をふっかけられると意気込んで頑張っちゃうんだもん。噂で聞いてるよ。通い妻になってるって……。悪い人に捕まっちゃったね」

「またそうやって決めつける……」


 イオリは、ため息をついた。噂で人格否定されてはたまったものではない。


「でも~なかなか人は変わらないよ。プロファイリングして、相手を知って――知った気になって、親身になったところでだめな人はダメだもの。そういう人にかまってあげるのは、時間の無駄だと思うなぁ~。人生は一度きりだよ。無駄な時間なんて使ってる暇ないんじゃないの?」


 モエの話は合理的で、イオリも納得できた。だめな人が更生する確率よりも、いい人を見つけてその人と付き合うほうが、人生はより豊かになるだろう。彼女のやっていることは偽善活動だ――慈善活動ではない、自己満足と好奇心が主体なのである。

 だが、イオリはユキヤにはチャンスがあると感じていた。

 確かに暴力沙汰をして、停学を食らったことは事実だ。しかし、妹思いだったり、母親の看病のために自主的に休学するのは、ある意味、彼の優しさの現れではないだろうか。たとえ偽善だとしても、イオリが何か手助けできる事はあるのではないかと、感じていたのである。


「それに」モエは、イオリの後ろで自分にスマホを向けるジュンに目を向けた。「怪しい金魚の糞がもう一つ増えいますし……、イオリちゃん、本当に大丈夫なの?」

「ええ、心配には及びませんので、今日はお引き取りください」

「もう~、拗ねちゃって~」


 イオリは口をとがらせて不満そうな表情を浮かべるモエの横をすっと通り過ぎ、そのまま改札を通ってホームまで無言で進んだ。

 後ろには、ジュンが黙ってついてきていた。


「に、西野さん。あ、あの人の言うことは、正直間違ってないと思うんだけど……」

「アタシは……」

「も、もし、ユ、ユキヤくんに恋心ないんだったら、時間の無駄だからやめたほうが――」


 電車が到着してジュンの言葉がかき消される。

 イオリは振り返って、ジュンの頬を平手打ちした。

 車両のドアが開くと、イオリはそのまま何も言わずに乗り込んだ。

 ジュンはそのまま呆然とイオリを見ている。

 ドアが閉まる。そして電車が動き始めた。


「アタシは、アタシのしたいことをする――」


 イオリの言葉は、ジュンには届いていない。遠ざかっていく彼の姿を見つめながら、イオリは小さく言った。


「誰かがまとめた生き方を真似るんじゃなくてアタシがしたいと思ったことをして、アタシを磨く……。打算とか何もなく……、駄目かなこんなの?」


 イオリは、電車の走行音に掻き消されるほどの声で、誰に問いただすわけもなく言った。その言葉は、そのまま霧散するはずだった。誰にも拾われずに、どこかに落ちてしまうはずだった。

 しかし、そうはならなかった。


「焦っちゃ駄目だよ。自分を魅力的にディスプレイするには、ひとつ『着飾らずにシンプルにする』ことが肝心だ♪」


 イオリが振り返ると、夕日に照らされる車内の反対側のドアの側に、スーツ姿の爽やかな青年が立っていた。


「チャーリー……?」

「そう、ワタシは恋の配達人~♪ 必要な人の元へいつも訪れるのさ♪」


 チャーリーは、ゆっくりとイオリに近づいてきて、その目の前でニッコリと微笑んだ。

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