第14話:プロファイル不全
「おっきい……」
ユキヤの自宅を目の前にし、イオリは感嘆の声を漏らした。
立派な門構えの奥には、庭付きの立派な日本家屋があった。かなり古いがボロいという印象はなく、非常に風情が感じられた。庭には小さな池と、その脇には小屋まで建っている。家の奥は畑になっているらしく、影から耕された地面が見えた。
「言っておくけど、別に金持ちじゃないぞ」
イオリの考えを読み取ったのか、ユキヤは先回りするように答えた。
「どうして、こんな大きな家なのに……?」
「昔から持ってる土地で、ムダに広いせいで相続税や固定資産税がバカ高いんだよ。お陰で貧乏一直線。俺の代で半分以上売らないと駄目だろうな」
「お父さんは何してるの?」
「7年前に死んでいねーよ。とりあえず家上がれよ」
ユキヤは、イオリとジュンを家に促した。
引き戸を明けると、玄関は広めの土間になっていて、端の方に小さなテーブルと椅子が3脚置かれていた。上にはコーヒーカップと新聞紙が数部積み上げられてる。
玄関を上がると、イオリとジュンはそのまま左手に続く廊下に案内された。そこは縁側になっていて、庭を望む形でガラス戸が取り付けられていた。ユキヤはガラス戸を数枚開けてた。気持ちのいい風が入ってくる。
「ここで待ってろ、買い物冷蔵庫に入れてくるから」
「座布団は?」
イオリは、床を靴下の先で小突きながら、ユキヤに尋ねた。床にそのまま座るのは痛いだろう。
しかし、その希望に反して、ユキヤは冷たい視線を返してきた。
「いいから座ってろよ。客だと思ってんのか?」
「なっ――」
イオリが反論しようとしたところに、背後から声が聞こえた。
「お客さん?」
振り返ると、つぶらな瞳の女の子が柱の陰から顔を覗かせていた。
「座布団持ってこようか?」
「いいよ。すぐ帰る」
その女の子は、「え~」っとニヤニヤしながら、顔を引っ込めた。
「ユキミちょっと来い。話があるんだ」
ユキヤが呼びかけると、その少女はまた顔を覗かせクスクス笑った。
「ねぇねぇ、その人、お兄ちゃんの彼女?」
「バカ、ちげーよ」
「えー、だってその人でしょ? お兄ちゃんを更生させたいって熱いこと言う人」
「マルチ商法の勧誘みたいなもんだ。それについてお前に謝罪させるために、つれてきたんだ」
ユキヤは次にイオリを妹の前に出した。
「ほら、言えよ」
イオリの背中を指で突き刺しながら促す。
イオリは、「仕方ないなぁ」と口を尖らせながらそれに応じた。
「さっき、アタシのメッセージに返答くれたのアナタ?」
「イオリさん?」
「そう」
「……お兄ちゃんじゃないってバレてたんだ。ごめんなさい」
ユキミは柱の陰からでてきて、頭を下げた。
「いいのいいの。それより、アタシの方も、お兄ちゃんを更生させたいなんて言ったり、悪評が立ってるなんて言ってごめんね。あれアタシの勘違いなの。アナタのお兄ちゃんはね、なんか言葉遣い悪くて、目つきも悪くて、人付き合いも悪いけど――」
「おい……」ユキヤが後ろから声をかける。
「――だけどね、勉強も頑張ってるし、これでいて人に優しいところもあるのよ。困ってる人は助けるし。周りの人も中身を見てるから、悪評が立ってるっていうのは間違い。単にコミュニケーションが苦手なだけでね。だから全然心配しなくていいの」
イオリが話し終えると、ユキミは表情を明るくしてユキヤを見た。そして兄が褒められたことが嬉しいのか、くすくす笑いながらユキヤに駆け寄り、手を取って喜んだ。
「良かった。ちょっとコミュ障だから心配してたの!」
「心配いらねーって言ったとおりだろ?」
「座布団持ってくるね! あとお茶も!」
ユキミはクルッと回った後、廊下をどたどたと走って行ってしまった。
その姿が見えなくなると、さっそくユキヤがイオリに詰め寄ってくる。
「間違いだったって言うだけでいいのに、何勝手に装飾してんの? マジバカ?」
「コミュ障って心配されてたじゃない、克服するためのちょうどいいチャンスじゃない?」
「百歩譲って、それはいいとしても、勉強も頑張ってるとか、困ってる人を助ける人っていうのはなんだ? お前、話盛りすぎだ」
ユキヤの指摘してきた箇所は、まさにイオリが狙って話したところである。少女に対して嘘をつくくらいなら、おせっかいと思われても、ユキヤの評価を上げることをしてもいいと思ったのである。それに対して彼が怒りを見せることも全て想定内であった。
妹が座布団とお茶を持ってくるまでのあいだ、イオリはシラを切り通し、ユキヤは完全にイオリに出し抜かれてしまったのである。
イオリ、ジュン、ユキヤ、そしてユキミはお茶をすすりながら縁側に腰掛けた。
「休学はいつ明けるの?」
「未定……。1ヶ月かもしれないし、3ヶ月かもしれない」
「最大3ヶ月か……。その間の勉強は、ジュンに任せるとして――」
突然話を振られて、ジュンは慌てふためいた。
「ぼ、僕がユキヤくんにべ、勉強を!? む、無理だよ! す、少なくともユキヤくんのほうが中学時代、へ、偏差値10ポイント以上も上だ。僕が教えられる側が、た、正しいよ!」
「じゃあ、どこを勉強したかだけ教えればいいよ。後は自主学習ね」
ユキヤは、妹の前のせいか素直に頷いた。
後ろで話を聞いていたユキミがぼそっとユキヤに話しかけた。
「お母さんの退院早まるといいね」
「それは言わない約束だろ。母さんにプレッシャーになる」
「ごめんなさい」
ユキヤは窘めるように、ユキミを一瞥した。
父親が7年前に死亡して、現在、母親が入院中。それが休学の理由か、とイオリは推測した。
「今家にいるのはユキヤくんと、ユキミちゃんだけ?」イオリは尋ねた。
「そうだよ」とユキミが答える。
「余計なことは言わなくていい。お前も余計な詮索をするな」ユキヤは、ユキミとイオリに牽制するように言った。語気がはっきりとしていて、強い命令口調だったため、イオリもユキミも素直に頷いた。
◆◆◆
ユキヤの家を出ると、イオリは大きく深呼吸をした。
後ろからついてきたジュンも息をついて、肩を落とす。
「ゆ、ユキヤくんの荒れてる理由は、か、家族が原因と考えるのが普通だよね」
「結局、中身は教えてもらえなかったけど、お母さんが病気で入院してるのが休学の原因だから、それが良くなるまでは様子見かな……。丸山くんはちゃんと勉強教えてあげてよ」
「わ、わかった」
ジュンがスマホを見て一瞬ニヤつく。イオリはまさかと思いさっとそのスマホを奪い取った。
「……、この画像……」
「あ、あ……そ、それは」
「消さないと、ユキヤに殺されるよ」
ついさっき撮影されたであろうユキミの写真が数枚保存されていた。ロリータコンプレックスを患っている意外に考えられない挙動である。イオリは鳥肌が立つのを感じながら、自分が勉強を教えに行ったほうが良いのではないかと思い始めていた。
(ユキヤの更生させなきゃいけないときに、このロリータは……)
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