第13話:休学

「なんでお前らがここにいるんだよ」


 ユキヤは、イオリを後ろから追い越しながらジト目で言った。

 彼は黒のジャージを着てラフな格好だった。両手に持ったスーパーの袋は、重そうに指に食い込んでいた。


「学校休んでるでしょ?」

「休学したって聞いてないのかよ」


 イオリは初耳だった。ジュンを見ると、彼も首を横に振って聞いてないとジェスチャーした。


「色々言われるのが、嫌だったの?」

「勘違いすんなよな。家庭の事情で休まなきゃいけなくなっただけ……。それ聞きに来たんなら帰れよ」


 学校に居づらくなったという理由ではないことに、イオリはホッとしつつ、通り過ぎていくユキヤを追った。


「いつまで休むの?」

「当分」

「具体的な日付まで分からないの?」

「うるせーな」


 ユキヤは、イオリの質問にうんざりした様子で、ジュンを睨んだ。


「ジュン、なんでコイツつれてきたんだよ」

「い、いや、ちょっと面白そうなこと言ってたから」

「興味本位で人んチ教えんじゃねぇーっツーの!」


 ユキヤは怒鳴りながらジュンの足を小突く。その様子は明らかに慣れ親しんだ間柄だ。

 イオリは、ふたりに目を見開きながらふたりに近づいた。


「ちょっとちょっと、どういうこと? なに丸山くん、荒木くんと知り合いだったの!?」

「あ? 何いってんだ、中学同じだぞ」ユキヤが言う。

「し、知り合いというのは同じクラスだから、も、もし言うなら中学からの知り合いだった、と聞いてくれれば答えたけど……」としれっとジュンは小さく呟いた。


 ジュンの言葉を聞いて、ユキヤはいやらしげに笑った。


「クックック、コイツには、正確な質問しないと、聞きたい情報引き出せないぞ。なにせ隠し事が多いからな」

「じゃあ、住所知ってたってこと?」


 ジュンは首を横に振った。


「じ、住所は聞かれた時点では、し、知らなかった。アレには登録してなかったし。もちろん、ち、中学の名簿を見ればわかるけど……、あの時点では……知らなかった」

「ほらね」ユキヤは得意気な笑みを浮かべる。「知ってるか、だけ聞いたんじゃ、裏で何考えてるかまで、わかんないってこと。他にも色々人に言えないこともしてるしな~」

「ユ、ユキヤくん……」


 ジュンがユキヤの口を止めたが、イオリはネットストーキングの一端を見ているため、その言葉の真意は嫌というほど伝わっていた。


「どっちも面倒なタイプね……。でも学校に来ないんだったら、どうしようかな。毎日放課後通うのも大変だし」

「通う? ジュンが言ってたけど、お前何しようとしてんの?」

「アナタの更生に決まってるじゃない」

「ゾッとするなぁ、お前熱でもあるんじゃないのか?」

「そう? 同じ学校の悪を更生させるって、別に悪いことじゃないと思うけど?」


 ユキヤは、イオリの話にぎょっとした。

 しかし、イオリは話を続けた。


「確かに、荒木くんが更生しようが、しまいが、アタシにとっては何も関係ない。正直、さっきまでどうしようかって迷ってたしね。それに好きとかっていう感情もないし。だけど、なんかボロカスに言われるの見てると可愛そうじゃん。アタシは会話してみて、結構まともなところもあるって何となくわかったけど、他の人が悪い噂を信じて、アナタを酷評するのはなんか違うと思うわけ」

「別に俺は何言われても関係ないけどな」

「そういうと思った。でも、荒木くんの場合は素直じゃないのよ。不良ぶってるだけで、本当の荒木くんは違うんじゃない? 余計な装飾を取ってそれで勝負したほうがかっこいいと思うだ。人生にも無駄がないし」

「俺が悪ぶってるのは、カッコつけてるからっていいたいのか? 喧嘩売ってる?」

「売ってないよ。でもカッコつける必要ある? 他人になんて言われても気にしないなら、カッコつけてる必要ないじゃん。素直に振る舞いなよ」


 イオリは、すっとユキヤの頬に手を伸ばした。

 両手をスーパーの袋で塞がれているユキヤは俊敏に避けることができず、イオリに頬をムニムニとつねられる。


「厚い面の皮を取ってあげるよ」

「やめろバカ! クソ、ジュン止めさせろ!!」


 と言ってもジュンが止めに入るわけがなく、ユキヤの頬は、イオリにいいように遊ばれ続けた。


「ま、余計なおせっかいだと思うけど、ここまで来たらやろうよ。腹くくってさ。アタシの手腕で好印象に変えられたら、アタシの恋の勉強にもなるし……。いい実験台だと思って!」

「ふじゃけるな! ぃやめろ!」


 ユキヤは顔を大きく振って、イオリの手を振りほどいた。そして、つねられた方の頬を赤らめながら、強い口調でイオリに話した。


「お前なぁ、自分が何言ってるかわかってるのか? 俺を更生させるって、自分の言葉に責任持って喋ってんのかよ。第一、俺は自然に振る舞ってる。お前が言うように、不良ぶってカッコつけてない。第二に、俺はお前らにかまってるほど暇じゃない。休学してるって言ったよな。遊んでる時間はひとつもないわけ。いい加減帰ってくれないか? クソメーワク」


 ユキヤは、怒りで頭から湯気が出るような勢いでまくし立てた。その反応はある意味、正しい反応なのかもしれない。

 イオリは、今日のところは一旦引いたほうが良いかと考え始めたが、思わぬところから援護があった。


「で、でもユキヤくん。帰ってくれって言った割に、さ、さっきは住所教えてくれたよ」

「住所? 何の話だ」


 イオリはスマホの画面を見せた。

 それを見たユキヤは「あっ」と小さく声を漏らし口をつぐんだ。

 狼狽するユキヤにイオリは、しれっと尋ねた。


「もしかして、家においてあるスマホを彼女が操作してたってパターン?」


 ユキヤは口をつぐんだまま、イオリの顔を凝視した。


「彼女が家にいるなら、今日は帰るけど……?」

「バ、バカ、彼女なわけあるか」

「じゃあ、誰?」

「妹だよ。ってお前、妹に何吹き込んでんだ!」


 画面の端に見えた“う~ん、止めておく! 悪評を払拭ってちょっとめんどくさそうだし”というテキストに、ユキヤは顔を真赤にして、イオリに詰め寄る。本気で、怒髪天をついたのか、腹の底から響くほどの大声で怒鳴ってきた。


「ま、まずかった?」


 あまりの剣幕に、イオリも反省の色を見せる。


「クソ、マジ余計なことしやがって……。家の住所知ってんだったら、もう関係ねー。今から家に来て、『アタシの言ったことは全部ウソでした』って妹に釈明しろ!」

「釈明って、本当のことじゃん!」

「こっちの都合もあるんだよ。いいから言うとおりにしろ!」


 ユキヤに押し切られる形で、イオリは渋々同意した。

 妹に知られたくないなら、最初から悪評が立つ行動を取らなければいいのに、と若干不満を持ちつつも、それを言うとユキヤの怒りに、火に油を注ぐことになるため口をつぐんで、彼の後に続いて家に向かった。

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