第12話:ニセモノ

 電車に揺られること12分。

 イオリは背後霊――もとい、丸山ジュンを引き連れて、ユキヤが通っていた中学校がある駅にたどり着いた。途中一切会話はなく、奇妙な沈黙が続いた。不良相手の会話はユキヤで慣れたが、言葉を選ばずに言えば「オタク」男子との会話は、イオリもはじめてで何を話していいかつかめなかった。

 ジュンの席が2組の出入り口に近いという理由で声をかけてしまったが、もう少し相手を選ぶべきだったかと、公開し始めていた。

 不良であれば、恋の配達人チャーリーが話していた装飾過多の着飾った状態で、素の部分を見れば魅力的な部分が見えると理解した。しかし、「オタク」は見栄も張ったりもなく、まさに教科書どおりシンプルに生きているわけで、それ「そのもの」に魅力を感じなければいけないということなのだ……。イオリはまだ、そこまで恋愛対象が広くなってないため、会話をしようにも何を話せばいいか要領を得なかったのである。


「さぁ……」


 イオリは改札を出て、ようやく順に顔を向けた。


「……?」ジュンは目を瞬く。

「なによ、案内するって言ったでしょ」

「じ、自分で、さ、さっき言ってたよ」


 ジュンはイオリを指差し、納得いかなそうな目で見下ろした。


「さっきはさっき! 今は今よ! ついてきたんならちょっとは役に立ちなさい!」


 イオリはジュンの背中を押して先を歩かせた。

 彼は何やらブツブツ言いながらキョロキョロとあたりを見回し、それからトボトボと歩き始めた。


(自分で調べるって言ったのは、アナタがついてこないようにって良いわけだなんて、察してもいいのに……)


 イオリは彼の背中を、謎の生物を見るような不審な表情で見つめた。そしてふいに、


(丸山くんも、チャーリーの教科書に従えば、モテるようになるのかな…・・)


 と思った。

 チャーリーの講義は途中で終わってしまっていた。自分が拒否をしたため、中途半端に中断しているのだが、もしジュンがモテるとしたら、どうすれば良いのか思いを巡らせずにはいられなかった。

 その時、カバンの中でスマホが鳴った。

 歩きながら確認すると、ユキヤからメッセージが届いていた。


“会って何するの?”


 イオリは首をひねった。

 言葉が柔らかい気がした。


“色々話したい”

“色々って?”

“学校で悪く言われてるでしょ? それを払拭するのよ!”

“悪く言われてるの?”


 イオリは、メッセージの相手が別人ではないかと直感した。学校でのあの避けられ方を受ければ、どんな鈍感でもわかるはずだ。


“あなた、荒木くんじゃないでしょ?”

“荒木だよ。間違いなく”


 要領得ない回答に、イオリは眉間にしわを寄せた。それから画面端の時計を確認する。

 17:02。


「ねぇ、まだ19時じゃないけど、荒木くんから反応会ったよ」

「え?」


 前を歩くジュンが立ち止まった。

 それから自分のスマホの画面を見て、首を傾げた。


「に、2組のグループチャットは、ま、まだ未読のまま」

「イレギュラーな日ってこと?」

「と、統計では、19:00以降に既読になる比率が、た、高いよ」


 そう言ってジュンはスマホの画面に映された折れ線グラフを見せてきた。

 たしかにジュンの言うとおり、17時の開封率は5%以下。その小さな確率の中に刺さったと言えばそうかもしれないが、言葉遣いが違うことから懸念が残った。

 ユキヤのアドレスをジュンが間違えて教えて来たのかと思ったが、表示されているものに偽りはない。ジュンがなりすましてコメントしているのかとも思ったが、さっきまで歩いていたジュンにそれが出来るはずもないだろう。イオリはもう一度、ユキヤにメッセージを送った。


“言葉遣いがいつもと違うから、偽物かと思った”

“ふーん”

“もう一度聞くけど、荒木くんに間違いないの?”

“荒木だよ。間違いなく”


 そして、ユキヤから続けざまにメッセージが届く。


“コピペ(笑)”


 間違いなく偽物だ。

 イオリは確信した。性格が変わりすぎている。チャットになると、途端に顔文字を使ったり可愛くなったりする男子

はいる。しかし、イオリの知るユキヤの像から逸脱しすぎていた。

 イオリは騙されたふりをしてやり取りを続ける。その様子をジュンも覗き込みながら伺っていた。


“わかった、信じるよ。で話を戻すけど、これから会える?”

“う~ん、止めておく! 悪評を払拭ってちょっとめんどくさそうだし”

“先生から渡すものも預かってて、話は良いからそれだけ渡しておきたいかな”


 ユキヤのメッセージが途絶えた。


(当然ニセモノなら会うことはできない。どう出るか……?)


 イオリとジュンは固唾を呑んでスマホの画面に注視した。


“どうしてもって言うなら棟京都椙並区尾木窪X-XX-XXのポストに入れておいて”


 すかさずジュンはその住所をスマホに打ち込んだ。


「一軒家だ。ここから10分くらいでいけると思う」


 ネットで住所を検索して、道路から撮影したその場所の画像をイオリに見せてくれる。その手際の良さに若干引きつつも、親指を上げて理解を示す。


“家にいるの?”

“外に出てるから呼び鈴とか鳴らさないでね!”


 その返答にジュンが「これは鳴らしてほしいということではないか。それに女っぽい入力だし、ユキヤの彼女の可能性も考えられますなぁ」とぶつぶつ呟き始めた。


「ば、場所は特定したから、自宅に行くこと出来るけど、どうする?」

「せっかく出し行こうか。家の場所知ってるだけで、何か役に立つかもしれないし……」

「じゃ、じゃあ、案内する」


 ジュンは嬉しそうにスマホの画面を見ながらあるき始めた。

 その様子にストーカーの素質を見出し、イオリはまたも引いてしまう。ただ、ジュンが口にした推理――ユキヤの彼女が代わりに出てると言うのはあながち間違いではないかもしれない。一瞬渡すものがあると嘘をついてまで自宅に行くべきかという躊躇が生まれた。


(冷静に考えれば、別に無理に更生させる必要はないじゃん……、彼の魅力を知らずに悪く言う人は、ただただ正しい物の見方をせずに損をしているだけ。もし荒木くんが、それを嫌がったなら、自分から変えていくはず。アタシが……、外野がゴチャゴチャ言うのは間違ってるんじゃないのかな)


 先導するジュンの撫肩をじっと見ながら、イオリは急に弱気になる自分に気づいた。


「もう少しで着きそう……」


 ジュンはスマホの画面を何度も確認しながら言った。


(引き返すなら、今だ……。ちょっと冷静になってから出直しても良いじゃないか)


 イオリは躊躇する自分の気持ちに足取りを重くした。

 どんどん引き離されていくイオリに気づいたジュンが振り返る。

 そして、ジュンが言った。


「あ、あれ、ユキヤくん?」


 ジュンはイオリの後ろを指差した。

 イオリが振り返ると、金髪が真っ先に目に入り、そして不満そうな目をイオリに向けるユキヤの姿があった。

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