第11話:奇妙なふたり
2組の教室を覗いてみても、荒木ユキヤの姿は見えなかった。
イオリは、入口のソバの席のメガネを掛けた男子に声をかけた。
「荒木くん今日来てる?」
「え? え、っと。きょ、今日も休みって、せ、先生が言ってた」
「そう、ありがとう」
イオリはすごすごと1組に退散した。
美南モエが学校に現れたあの日以降、ユキヤは学校に来ない日が続いていた。たまたま休みが続いているのか、それともあの日がきっかけになったのかはっきりしない。本人と会話して見ないことには、ユキヤの情報は入ってこない状況にあった。なにせ、入学してから数ヶ月で停学を食らっているわけだから、学校で仲が良い友達もいる話も聞かず――2組の生徒の証言――連絡のとりようがなかった。
「連絡先くらい聞いておけばよかった」
イオリは悔しげに呟いた。
1組に戻ると、長谷川ナオキが手を上げてイオリを呼んだ。
「なに?」
「荒木なら今日も休みらしいよ」
「知ってる、今聞いてきたところだから……、ってどうしてナオキが知ってるの?」
「あ、いや、さっきオレも聞いてさ」
一瞬ナオキがしどろもどろになるのをイオリは見逃さなかった。
それを追求しようとした矢先授業を告げる予鈴が鳴り、ナオキはそそくさと自席に戻っていった。
(怪しい……・)
授業が終わると、すぐにナオキに話しかけようとしたが、ナオキはイオリの気配を察したのか、授業が終わるやいなや教室から出ていってしまった。
イオリは直感が働きその後をつける。
(逃がすか)
しかし休み時間になり、廊下に生徒が溢れ出したため、その人波の中で見失ってしまった。
その後も、授業が終わるたびにナオキは姿を消し、明らかにイオリを避けている素振りを見せた。そして、その日とうとうナオキを捕まえることができなかった。
なぜナオキが避けているのか理解ができないが、しかし、ユキヤに関する何かを握っているのは高確率で確かだと思われた。クラスメイトからナオキの連絡先を聞き出し、メッセージで追い詰めても良いが既読スルーされるだけで徒労に終わりそうである。
(明日にするかぁ……)
ナオキの不可解な行動は気になるが、ずっと避け続けられるわけでもない。数日のうちに学校で捕まえられるだろう。それならと、イオリは『荒木ユキヤ更生計画』のために、ユキヤを探すことにした。
まさか自分が人を更生するために行動するとは思っても見なかった。売り言葉に買い言葉で、身から出た錆ではあった。ただ、ひとつ言えることは、その行動の裏には『恋をする』という目標はなく、ただ純粋に悪評が拡散されているユキヤを助けたいと言う気持ちしかなかった。ある意味、慈善活動である。
「それはともかく、まずは本人を探さないと」
イオリは、まずユキヤの自宅住所を調べることにした。
個人情報保護の観点から、先生に尋ねることはご法度。同じ中学出身の生徒に尋ねるか、名簿をこっそり見て住所を入手しなければならないだろう。SNSでもやっていれば、そこにアップされている情報を元に特定することも出来るのだが、イチイチ探すのは手間だ。
「とりあえず、2組の人に聞くのがいいか、な?」
イオリはカバンを持って、教室を出た。
隣のクラスを覗いて、いつも話しかけてる一番手前の男子に声をかけた。
「荒木くんに用があるんだけどさ、住所とかわかる?」
「じゅ、住所? そ、それはちょっとわからない」
「だよね~」
眼鏡の男子は、鼻からずり落ちかけた眼鏡を戻しながら答えた。
「で、でも、……に、2組のグループチャットがあるから、そ、そこで個人の連絡先は、わ、わかる」
「え、ホント? 良いね、教えてよ!」
「か、かまわないけど、何に使うの? わ、悪いことに使うなら、教えたくないんだけど」
眼鏡男子は、目を泳がせて言った。
イオリは大きく頭を振ってそれを否定する
「違う違う! ちょっと悪評がたってるから、更生させるために連絡とりたいのよ」
「こ、更生……? 今、更生って、言ったんですか?」
「そうよ。文句あるの?」
「い、いいえ……。た、ただ何を考えてるんだろうって……」
「ちょっとアンタ、喧嘩売ってる?」
眼鏡男子の言い分もわかるが、そのストレートな物言いにイオリは目を尖らせた。
彼は、イオリの怒りの気配にぎょっとして慌ててスマホを取り出して、その画面に視線を移した。
「れ、連絡先、これになります」
「最初から素直に出しておけばいいのよ。ったく~」
「す、すみません」
「敬語じゃなくてもいいよ、同学年なんだし」イオリはユキヤの連絡先を登録しながら言った。
「は、はい」眼鏡男子は、肩を落として返事をする。
気弱なタイプで、この眼鏡男子もある意味構成が必要なのではないかとイオリは思ったが、それを口には出さなかった。
「ありがとね」
「あ、あの――」
要件を済ませたイオリが立ち去ろうとしたとき、眼鏡男子は呼び止めてきた。
「なに?」
「あ、あの……」
「ん?」
「ぼ、僕も一緒に行っていいですか? こ、更生できるかちょっと興味あります……」
「いいけど……、冷やかしなら来ないでよ。来るなら手伝ってよ」
「て、手伝う……?」
「当たり前でしょう! 見学希望はお断り! ウチは働かざるもの見学するべからずなのよ」
眼鏡男子はもじもじしながら、小さく頷いた。
◆◆◆
眼鏡男子こと丸山ジュンは、丸い銀縁眼鏡を掛けたインドア系の男子だった。ひょろっとした高身長で、骨と皮しかないような体つきをしていた。髪の毛はいつもボサボサで、目が隠れるほど伸び放題。悪臭や、フケが落ちているということはなかったが、もう少し清潔にしたほうが良いのではないか、というのがイオリの評価だった。
そして……、
「あのさ、ついてくるのは良いんだけど、後ろを歩かないでもらえる? なんかストーカーされてるみたいで怖いし」
「あ、はい……じゃあ、もっと後ろに?」
「後ろがいやって言ってるのに、もっと後ろって、なわけないでしょ。隣歩きなさいよ、隣!」
「……わかりました」
(世話が焼けるなぁ!)
イオリは憤慨しながら、スマホを取り出してユキヤから連絡きてないか確認する。個人宛に「会えないか?」とメッセージを入れているが、未読のままスルーされていた。
「未読のままか……」
「ユ、ユキヤくん。き、既読するのは19時頃だと思う」
隣を歩き始めたジュンが、うつむきながらボソボソ言った。
「そうなの?」
「た、大抵、19時くらいに既読になる……」
「バイト終わりに見るってこと?」
「い、いや、何をしているかまではわからないけど、その時間になると既読になるから……」
「……、どうでもいいけど……、なんでそんなとこチェックしてるの……?」
既読になる時間など、張り付いてチェックしてなければわからない。見た時間が表示されるわけではなく、誰が見たかまでしか通常見えないはずだった。
「……」
ジュンはうつむいたまま立ち止まってしまった。
「……」
「どうしたの? 言えないこと?」
イオリは、思わず語気が強くなった。
ジュンは、長い沈黙のあっと、小さく口を開いて何かを言いかけたが、すぐに口をつぐみ、ポケットからスマホを取り出して、イオリにその画面を見せてくれた。
そこには通常のメッセージアプリが表示されているだけのように見えた。
ジュンは、そのまま別のアプリを立ち上げた。そしてそこに書かれている情報にイオリは息を呑んだ。
「これって……」
ジュンは薄ら笑いを浮かべていた。
そこにはメッセージアプリに表示されていたクラスチャットの他に、発言者の情報や、既読者の閲覧時間などが小さなテキストで表示されていた。特に発言者の情報は事細かく記載されており、顔写真、生年月日、身長体重などの他に、出身校、出身地、よくメッセージでやり取りする人、過去の会話を参照できるリンクなどがまとめられていた。
「お、驚いた? ぼ、僕が自作したアプリだよ。情報は手入力で入れてったんだけど、クラスで話してる会話をまとめたり、推理したり」
イオリは、あまりの衝撃に固まってしまった。
鳥肌がざわざわと沸き立つ。
「ユキヤくんの住所は、知ってたら教えてあげられたんだけど、彼クラスで浮いてたから、あまりそういうの話さないんだよね、昔から」
そう言って、ジュンはユキヤの情報を表示した。そこには黒い髪の童顔の写真と、生年月日などが書かれていた。
「何この写真? 金髪じゃない!」我に返ったイオリは、ジュンのスマホを奪い取った。
「染めたのは、今年の夏だった」
「出身校まで……」
イオリは、ジュンの顔を見上げた。
彼は、先程までのおどおどした様子が綺麗サッパリなくなり、活き活きしていた。
「学校見に行きたいなら、駅で3つくらいだよ。案内しようか?」
「いえ、アタシも調べれば行けるし……」
「そうか、じゃあこのまま行く?」
イオリは一旦ジュンから逃げたほうが良いのではないかと思い始めていた。メッセージアプリを改良して、個人情報を集めまくる人間とこのまま一緒に行動したら、自分の情報もまとめ上げられ、良からぬことに使われるのではないかと、寒気を覚えたのである。
しかし、ジュンはイオリの悪寒に気づかずに、嬉しそうな目でスマホの画面を覗きこんでいた。
(2組は、爆弾をふたつも抱えてるのか……)
この時イオリははじめて、1組になったことを嬉しく思った。
そして、イオリは否応なく――拒否をしたが気づかれなかった!――ジュンと一緒にユキヤの出身校へ向かうこととなった。
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