第10話:信用力~悪い噂

 生徒会室から出たイオリとシズカ、ナオキはため息をついた。

 生徒会長筆頭に、生徒会役員から学校を混乱におとしいれたことについてたっぷり叱られたのだ。直接の原因は、突然現れたイオリの親友――美南モエなのだが、誘発させた元凶として厳重注意を受けた。


「あんなに怒った副会長見たのはじめてだわ~」


 ナオキは、げっそりとしながらいった。

 隣のシズカも疲れた顔で同意した。


「朝校門の前で挨拶してる姿は見てたけど、結構怖かったんだね」

「営業スマイルってやつだよ。印象操作して、ちゃんと権力を取れるようにしてるわけだから、しっかりしてるよな」

「さすが、学校政治に余念がないよね」


 ふたりは珍しく意気投合して顔を見合わせた。

 イオリはそんな二人をおいて、先に歩き出した。彼女は、二人以上に言動を慎むよう警告を受けており、くどくど生徒会の前で喋る気にはなれなかったのである。

 生徒会長の穏やかでありながら辛辣な言葉がリフレインする。



◆◆◆



「荒木ユキヤと付き合っているという噂が学校中に広まってますが、あなたの立場も悪くなっていく可能性を忘れないようにしてくださいね」

「付き合っているわけではないですし、仮に付き合っていたとしても、立場が悪くなることはないと思いますが?」

「内申に響かないとでも?」

「一人の生徒の交友が、内心を下げるとは思えません。それにまだ1年ですから、何かあったとしても十分に取り返せるのではないでしょうか?」


 イオリの反論に、生徒会長はメガネをキラリと光らせて、不敵な笑みを浮かべた。


「チャンスすらなくなるということですよ」



◆◆◆



「何がチャンスがなくなるよ、来年には卒業するアンタが言えることじゃないでしょうが」


 イオリは腹立たしさから、足を踏み鳴らして歩いた。

 それよりも、問題はユキヤである。何をしたら、学校中だけじゃなく、生徒会からも睨まれなければいけないのか。夏休み前の喧嘩の内容が原因なら、その詳細を知りたかった。今は、ただ単にユキヤの悪評だけに振り回されるだけで、正常な状態ではない。

 まさにチャーリーに最初に言われたいろんな装飾がその人の周りに飾られて、本人の魅力が見えない状態に陥っているとしか思えなかった。


「イオリ、待ってよモエから連絡入ってるよ!」


 追いかけてきたシズカがイオリの方を掴んで、スマホの画面を見せた。


「喫茶ブラジィルに集合? また勝手な……」


 ユキヤと話したいイオリは無視しようとしたが、シズカががっしり腕を掴んで離さなかった。

 渋々シズカに引っ張られる形で、イオリはモエが指定した喫茶店に連れて行かれた。



◆◆◆



 純喫茶ブラジィルは、ブラジル豆を使ったコーヒーを提供する、美南モエの親族が経営する喫茶店だった。老夫婦が趣味で開いているお店のため、繁盛とは無縁で、近所の老夫婦の友達や、親戚ときどき立ち寄る程度の静かなお店だった。モエ主催で女子会を開く際は、必ずブラジィルで行われる。そのときだけはジュースと簡単なお菓子がただで飲み食いできため、高い頻度で入り浸っていた。


「こっちこっち~、まってたよ~。あら~、噂の彼氏も同伴?」


 モエは、イオリの後ろについてきた長谷川ナオキを見上げて、両手を口の前で合わせた。


「違うって、さっきモエに帰れっていいに来てたクラス委員の長谷川ナオキくん。成り行きでついてきたの」

「爽やかで、とても好印象ですね~。モテモテ~じゃないですか?」


 単刀直入なモエの言葉に、ナオキは苦笑いを浮かべつつもまんざらではない表情をした。


「よく言われますけど、全然~。まだ彼女もいないですし」

「ふーん、それは作れないではなく、作らないということでしょうか?」

「え?」

「ふふふ~、冗談です♪」


 モエは意味深に微笑みながら、3人を席に促した。


「さ~て~、つれてきてくださらなかったようですが、不良とおつきあいされているということで~、一体どうしてそうなったのかおしえていただけますか~?」

「その前にひとつ約束して欲しい」


 イオリはモエに詰め寄りながら言った。


「アタシの話を最後まで聞くこと!」

「な~んだ、そんなことですか~。問題ございませんわ、ふふふ」


 モエは余裕の笑みを浮かべるが、イオリは一切信用してなかった。

 そして懸念した通り、イオリが話している最中モエは好き勝手自由に喋り、感想を言い、憶測を告げ、イオリの話は、とっちらかりながらかろうじて前進した。

 最後まで話し終えるまでに、1時間半もの時間を要した。


「理解いたしましたわ~」


 モエは胸の前で両手を合わせて頷いた。


「つ~ま~り~、今は付き合ってないけれども、今後付き合う可能性がある人物と言う認識で間違いなさそうですね~」

「可能性の話で言えば、どんな人間だって私と接触できる人間なら数%の確率を持ってるでしょうが!」


 イオリの最後のツッコミをモエはきれいに無視しながら、持論を展開した。


「残念ですが~、イオリへの生徒会の指摘は的確と評価せざるを得ませんね~。信用力のない人間につくことで、自分の信用を失います。イコ~ル、生徒会の役職につくこともできなければ、各学校のイベントでもポストは用意されない可能性が非常に高いでしょう。一度悪評がついた人は、なかなか覆すことはできません。イオリが言うように荒木ユキヤという人物が、素の部分では素敵な部分を持っていたとしても、不良というレッテル――言葉の魔力とパブリックイメ~ジ、そしてそこから来る悪評……、総じて信用されない人物という評価は、イオリの評価を下げる事になります~」


 モエのユキヤを酷評する言葉に不快感を覚えたイオリは強く反論した。


「たかだか喧嘩ひとつで、悪評だなんて馬鹿馬鹿しい! それにまだ15、16歳よ。高校卒業までに挽回できるに決まってるわ」

「たかだか喧嘩……、されど~喧嘩。どんなものだったとしても~、他校の私の耳にまで悪評が届くということは、それだけ重い事態だと認識したほうが良いでしょうね。イオリの家はサラリーマンだからあまり気にならないかもしれませんが、自営業をやっていると些細なことから悪評が立つことがよくわかりますよ。歯茎に注射されて痛かったとか、削るのが下手とか……、総合的に判断すれば取るに足りないことでも、受け手には大事の場合があるのです。イオリの言うようにまだ高1ですから、挽回できる可能性はあるかもしれませんが、根拠が無いのでわたくしもお応援しにくいといいますか~……」

「応援してなんて言ってないよ。でもとにかく干渉しないで欲しい。アタシが誰と付き合おうかなんて関係ない」

「関係ありますよ~。だって親友だもの♪ ちゃんとした人と付き合ってもらいたいです~。それにわたくしより先に彼氏を作るのもちょっと許せないですし~」

「それが本音か!?」


 思わずイオリは大きな声を出してしまった。

 モエの言葉に、しみじみとシズカも頷き、「イオリにだけは先を越されたくないわ~」と同意した。

 イオリは、「くだらない」と席を立ち、テーブルに出されたリンゴジュースを一気に飲み干した。


「だったら、私が荒木くんの悪評を高評価に変えてあげようじゃないの。それで文句ないでしょ!?」


 イオリは売り言葉に買い言葉ではないが、あまりのいわれように腹掛たち、そこで宣言をした。

 空のコップをガンとテーブルに置き、気合を入れるようにもう一度「文句言わせないわよ!」と言い切った。付き合うつもりは一切ないことをイオリは忘れて、ユキヤを更生させることだけに集中していた。

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