第7話:荒木ユキヤ
荒木ユキヤの金髪は、学校の中で非常に目立つ存在だった。
髪の毛を明るくすることには寛容な学校だったが、金色にするほどの勇気を持っている生徒はいなかったため、彼が初めてのケースだった。学校には根が真面目な生徒が多いことと、生徒の自主性を尊重し、生徒会が自治していることで、大きな逸脱はこれまでなかった。先生に押し付けられた校則ではなく、生徒が自分たちで決めた校則のため、それを破ろうとは誰も考えなかったのである。
そういう意味で、ユキヤは悪目立ちしていた。
「今朝、1組の教室見に来てたらしいよ」
イオリはクラスメイトの囁きを聞き逃さなかった。
(まさか、ナオキ目当て?)
そう思ったのは、自分を狙っていると言う可能性を否定したかったからだ。
イオリは、当分は教室で静かにしていようと心に決め、机に突っ伏して狸寝入りを始めた。
しかし、それを邪魔するように声がかけられた。
「ねぇ、ねぇ。昨日ナオキと帰り一緒だったって聞いたんだけど?」
イオリは肩を揺すってくるその声の主が、北原シズカだとすぐに気づいた。
仕方なく顔をあげると、シズカは声を潜めて話した。イオリは眠そうな演技をしているのだが、完全に無視されている。
「前から、私がナオキいいなって言ってたの知ってるよね? 横取りしようとしてる?」
シズカの目は真剣だった。
「まさか……、クラス委員だから調子悪そうな人に声かけただけだって」
「あ、そうなんだ! やっぱりナオキって優しいな~。え、調子悪かったのイオリ? なんか変なもの食べた? 拾い食い?」
シズカは、ナオキが好意を持ってイオリに近づいてないことがわかると、ころっと表情を変えてニヤニヤしながら冷やかしてきた。現金な女子だ。
イオリは冷やかしを真に受ける気にはならず、「疲れてるから寝ていい?」と言った。
そこへ、横から声が掛かる。
「西野、客だぞ~」
イオリが顔を向けると、教室の入口に金色の髪の男子――ユキヤが立っていた。
呼びかけてきた男子は、関わりになりたくなさそうな苦々しい顔でそそくさとユキヤから離れる。
ユキヤは、ふらりと教室の中に足を踏み入れると、イオリの脇まで来て「すこし付き合えよ」と小さく言った。周囲の生徒は、それまで賑やかに話していたのに、今は黙り込んでヒソヒソ話し込んでいる。ユキヤの動向を気にしているのだ。
イオリは、教室の張り詰めた空気に耐えられなくなって、無言で席を立った。
「一緒に行く?」シズカが心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫」イオリは声を潜めて応えた。
ユキヤは、イオリが席をたつのを確認すると、そのまま教室を出ていった。途中振り返りもせず、イオリがついてくるのが当然という様子だ。付き合ってもないのにかなりの亭主関白ぶりである。
イオリは教室から出る間際、ちらっとナオキの姿を探した。しかし、その姿は見られない。もしいたなら、ユキヤが教室に入ってきた時点でユキヤに話しかけていただろう。トイレか、他のクラスに行っているか。ただ、いない人間に何かを期待することはできない。イオリは、ずんずん歩いて行くユキヤの後を追った。
◆◆◆
屋上は気持ちのいい風が吹いていた。
ユキヤとイオリは、フェンスの手前まで歩いていって寄りかかった。
授業の合間の短い休み時間のため、人気がない。もうすぐ予鈴がなるはずだが、ユキヤは黙り込んで風に吹かれているだけだった。
「昨日のことなら、誰にも言ってないよ」
イオリは話を切り出した。
しかし、ユキヤは無視するように口を閉ざしていた。
連れ出された目的がわからず、イオリは「それが気になってるんでしょ?」と尋ねた。
「アァ」
ユキヤは、ふて腐れたように応えた。
「じゃあ、もう用ないよね? 帰っていい?」
イオリの言葉に合わせて、授業の開始を告げるチャイムがなった。
「……ねぇ、聞いてる? 帰るよ?」
「アァ、帰れよ」
ユキヤは、ぼんやりと遠くの町並みを眺めながら言った。
連れ出した割に、何も用がないとは、イオリは少し腹が立った。教室で聞けることをなんで屋上にまで連れ出して聞こうとするのか。屋上に来るまでのあいだに、聞くチャンスはあったはずだ。ユキヤのコミュニケーションスキルの乏しさに、苛立ちが募る。
「荒木くんは戻らないの?」
「……放っとけよ」
「ねぇ、子供じゃないんだからさ。言いたいことあるなら、言いたい人に言いたい時に言うべきじゃない? こんなところまで連れ出して、放っとけよってないと思うんだけど?」
「アァ?」
ユキヤはそこで初めて感情を露わにした。
フェンスから向き直り、イオリに棘のある視線を向ける。
「ごちゃごちゃうるせーな。帰れって言ってるうちに帰らねーとヒドイぞ」
「そうやって都合の悪いこと言われると、脅すの?」
イオリは後ろに下がりたい気持ちをこらえて、勇気を振り絞って言った。ユキヤの言葉に、まだ攻撃性が見えなかったことが大きかった。本気で襲ってきそうになっていたら、迷わず逃げる心の準備はできている。
「勉強って積み重ねだよ。余計なことごちゃごちゃ考えるより、集中して取り組んだほうが自分のためになるよ。親の金で、自分に投資できるなんて最高にラッキーじゃない? ぶらぶら遊んでる時間をさ、自分のために使いなよ」
イオリは普段思ってもないことを口走っていた。
そして、その言葉はチャーリーの言葉にシンクロしていく。
「ネットで調べたような不良像をまとったって、荒木くんらしくないんじゃない。もっと素直に振る舞ったほうが、絶対魅力的だと思うな」
「素直に……? できるかよ。恥ずかしい」
ユキヤは顔をしかめて外方を向く。
「出来るよ。そのほうが、荒木くんらしさが出るじゃん。ふるーいツッパリとか、チーマーとか言うの? そういうの止めて、素の自分になりなよ。そしたら……、周りの目も変わるんじゃないかな」
「チッ、うるせーよ。早く行けよ。母親みて~なこと言いやがって」
時間を見ると、チャイムが鳴って、既に10分以上経っていた。
このまま戻っても良かったが、イオリは一瞬にやりとしてユキヤに言った。
「授業終わるまでのあいだ、カウンセリングしてあげようか?」
さすがに、その悪ふざけにはユキヤも頭に血が上ったようで手を振りかざして、イオリを追い払った。
イオリは予想通りの反応に、なんだか可笑しくなってクスクスと笑いながら、その場を後にした。
一度振り返って、ユキヤの顔を見ると、目元が緩み少し穏やかな印象がした。
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