第5話:失敗しない恋
チャーリーとのデートから、数日が経っていた。
神出鬼没な――突然イオリの部屋の中にも現れたことがあった――自称「恋の妖精」、自称「恋の配達人」の彼なら、何事もなくふらっとイオリの前に現れても良いはずだが、イオリの気持ちを察してか、いっこうに姿を見せなかった。
「中途半端に講義して……」
イオリは、賑やかな教室の中で一人浮かない顔をして呟く。
視線は窓の外に向けて、クラスメイトが話しかけにくい空気を醸し出していた。
また会いたいような、しかし、会ってしまうと気まずいような、どちらとも言えない感情がおなかのあたりに溜まって、シクシクと胎動しているようだった。非常に不快な感覚である。
彼の講義の一部は、有用だと思えたが、その通りに行動することが、あまりにもドラスティックでイオリの中で拒絶反応を起こしているようだった。インターネットでモテる秘訣を検索して実践するのと何も変わらない。しかし、チャーリーの冷静な語り口調は、イオリにとってやけに真実味があり、彼の話を聞くことで恋が機械的に成功してしまうのではないかと思えてしまうのだ。
システマチックな恋と言うべきだろうか。人間の感情を取り除いた非常にクールな恋。失敗しない恋。
(そうか……、失敗しない恋だから、気持ち悪さを感じたんだ)
イオリの中である結論に達したとき、声がかけられた。
「どうしたんだよ。イオリ、つまんなそうじゃん?」
同じクラスの長谷川ナオキがイオリの机の前の席に座って話しかけてきた。
珍しい客人に驚きつつも、イオリは気のない返事を返した。
長谷川は明るい髪を軽く掻き上げながら、イオリの顔を覗き込んできた。
「なによ?」
「や、体調でも悪いのかなって」
そう言いながら、ナオキは手の甲をイオリの額に当ててきた。
「止めて、大丈夫だから」
イオリは顔を背けて、その手を払い除けた。
「どうした、機嫌悪いぞ?」
「かまってくるからでしょ?」
「最近静かだから気になってんだよ。いつもなら北原とつるんでるじゃん、昼飯のときもひとりだし」
ナオキに言われて、確かにと思いつつも、なぜそんなところまで見られているのか疑問のほうが強かった。
ナオキは、学校一爽やかでかわいい1年と称される男子で、同じ学年だけでなく上級生からも評判が良かった。イオリは、それまでナオキと会話らしい会話をしたことがなかったが、少し会話したことで、なぜ評判が良いのかわかったような気がした。
その大きな理由は、女子に甘いのだ。
つまり、女子をよく見ていて、変化を気づいてあげられるからこそ、徐々に評判が良くなって行く。
(こうやって、やることを絞ればモテるようになる典型的な例だなぁ~)
イオリは、適当にあしらいながら、ナオキがモテる理由を分析していた。その思考が、チャーリーに影響されていることを自覚し、ドラスティックになった心で恋ができるのかと、改めて疑問が生まれる。感情の暴走をしない限り、人は恋をしないのではないか。
本の数日前のイオリであれば、ナオキに話しかけられて舞い上がって、ハイテンションで会話していただろう。そこには頭を働かせるというよりも感情の反射で、ナオキと喋っている自分が想像できる。しかし、今のイオリはそうではなかった。ナオキと自然に会話し、ナオキがなぜモテるのかを冷静に分析しようとしている。これでは、恋など始まらない。
(失敗しない恋は、恋が始まらないこと)
授業開始の予鈴がなると、ナオキは自分の席に戻っていった。
去っていく彼の後ろ姿を見ても、イオリは不思議なことに何も感じなかった。
(やっぱりそうだよ、チャーリーの言うとおりに恋をしたら、恋が始まらない。でもそれは恋の成功じゃない。ただドライに人がくっつくだけだ!)
自分の中で答えを見つけたとき、イオリのスマホがバイブした。
北原シズカからメッセージが届いていた。
“どうやってナオキの気を引いたの?”
イオリは、講義を始めた先生を見るふりをして、頭を上げ斜め前の方に座るシズカに目をやった。
彼女は何かを察したのか、さっと首だけ振り返り、イオリと目を合わせてまた元の姿勢に戻った。その視線は鋭く、口は起こったようにへの字口になっていた。
“何もしてないけど……”
“ウソ! ぜーーたいウソ!! だって、なんか男子の人気ランキング昨日今日でぐーーーーーっと上がってたよ。何したの!????”
“ランキングて……”
“私調べですーーー”
イオリは、スマホの電源を切って話が続いても見ないようにした。
つまらない授業を受けるより、隠れてメッセージをしてたほうが気楽でいいが、気分が乗らなかった。さっきまでのドラスティックな分析思考のせいで、シズカの突撃が鬱陶しくなってしまったのである。普段だったら、恋愛の話や、どうしたらモテるかと言う話で盛り上がるのだが、急に冷めてしまったようだった。
(それもこれも、全部チャーリーのせいよ)
イオリはペンを走らせて黒板に記載された問題を解いた。
思考は明瞭だった。
しかし、気分は晴れない。
もう一度チャーリーと会話して、チャーリーのやろうとしていること――恋を成功させる秘訣を教えることが間違っているのではないかと、問いただしたかった。そうしなければ、素直に、感情に任せて、恋をすることができない用に思えたのである。
数学の教科書の中ほどには、公式が記されていた。
それを使えば、教科書に記されている問題が簡単に解けてしまう。もちろん視点をちょっと変えて頭を働かせる必要があるが、公式を記憶すればそんなことは造作もない。それと同じことが恋でも出来るのか、イオリは弁証によって、チャーリーの論証を否定したかった。
(もう一度、恋を楽しみたい)
モテるかモテないか一喜一憂し、モテを研究し実践する。そのひとつひとつが恋をするということであり、恋の面白さなのだ。失敗しない恋なんて、面白くない!
イオリは、ついに心の底からチャーリーと会話したいと思うようになっていた。
そして、チャーリーとの対話は思わぬところで行われることになった。
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