第4話:最初のポイント

 その日も、イオリは恋の配達人に会いに校舎裏にやって来た。

 放課後はひと気もなく、夕日に真っ赤に染まるだけ。そこで、イオリは恋の配達人から、恋の成功への秘訣を学び始めていたのである。


「ワタシは恋の~配達人~♪ 宿題はやって来たかね」


 恋の配達人は謳うように口ずさみながら、クスノキの葉の茂みから顔を出した。

 イオリは、ツッコミどころがあると思いながらも首を横に振って、返答した。


「ゴメン、アタシ作文苦手で全然書けないの」


 イオリは正直に話した。

 本当は面倒だったからなのだが、書けないというのは間違いではない。


「なんとなんと、今日はキミの作文を頼りに話を進めたかったのだが、弱ったな♪」

「そんなわけだから――」

「しかたがない♪ それなら今からワタシとデートをしに街に繰り出そうではないか♪」


 そんなわけだから、ポイントだけさくっと教えて欲しいと言おうとしたところで、恋の配達人はとんでもないことを提案してきた。

 イオリは、絶対に嫌だと、顔を歪める。その評定は、いまにも吐きそうに見えるほどの嫌悪感を表していた。


「なぜ、嫌な顔を?」


 恋の配達人はわけがわからないというように首を可愛くかしげた。

 イオリは、わなわなと震えながら、恋の配達人がしている真っ黒い天狗のお面を指差した。


「当たり前でしょ! 天狗のお面を被ってる人とデートなんてしたくありません!」

「ふふ~ん♪ それならご安心あれ」


 一瞬恋の配達人の身体が、高速で横に回転したようにみえると、スーツ姿のハンサムな青年に姿が変わった。

 明らかに変質者にしか見えなかった真っ黒いコートに天狗のお面を被った姿とは、正反対の爽やかな印象である。

 イオリはその変化に、黄色い悲鳴をあげた。


「わ、わ、わ? 素顔かっこいいじゃん!!! ヤバ、結構いいよ!」


 イオリがその腕に抱きつくと、恋の配達人は得意気に言った。


「はっはっは~、残念ながらこれは変装である♪」


 そして、顔の皮を剥ぎ取った。

 するとしたから別の不細工な顔が現れる。そしてもう一度顔の皮を剥ぐと、先程のハンサムな顔に戻った。


「マスク?」

「そう♪ ワタシは子供以外であれば、どんな人間にも変装できるのだ。驚いたかね~♪」

「チッ、ぬか喜びさせて……」


 ただの変装だとわかり、イオリは舌打ちをした。


「では、ワタシとデートしてくれるかな?」

「良いけど、何のためにデートしなきゃいけないの? 理由を教えてよ」

「先に理由を話すと、勉強の効果が薄れるから、最後までデートを楽しめたら、教えてあげよう♪」

「良いけど、財布はアナタ持ち……、ねぇ、いちいち恋の配達人さんなんて言うのナンセンスだから名前教えてよ。デート中はそっちで話しかけるし」


 イオリは、デートの支払いをさり気なく恋の配達人が持つように話しながら、その話題を逸らすように名前を尋ねた。

 恋の配達人は、一瞬顔を曇らせたが、ややあって


「チャーリー……、と呼んでくれ」


 と言った。


「チャーリー? アナタどう見ても日本人よね。いや日本人ぽい妖精よね?」

「……チャーリーがいやなら、九号と呼んでくれて構わない。どちらもワタシの名前だ」

「九号?」


 イオリが聞き返すが、恋の配達人はイオリの手をほどいてスタスタと歩き始めた。

 聞かれたくないことでもあるのだろうか。イオリは、その背中にもう一度訪ねようとしたが、息をついて首を横に振った。嫌なら聞く必要はないと、納得したのである。


「チャーリー、デート楽しもう?」


 そして、呼びかけながら、イオリはもう一度恋の配達人チャーリーの腕に飛びついた。



◆◆◆



 イオリは、チャーリーとのデートを楽しんだ。

 恋愛対象ではなく、ただのハンサムな大人の青年が遊びに付き添ってきて、遊びのお金まで払ってくれているのだ。ある意味楽しめないほうがもったいない話だが、そうではなく、気兼ねなく茶化したり、話したり出来ることで、心の底からデートを楽しんだのである。もちろん、チャーリーの変装した姿は、街中で若い女性が振り返るほどの魅力があり、優越感もあった。スラリと高身長で、爽やかな顔立ち。高校生のイオリと一緒にいても、犯罪の臭いは一切感じられない。遊び相手にはとてもちょうどよい存在だったのだ。


「しかし、最近のデートはお金を使うのね♪」


 イオリはチャーリーのつぶやきを聞き流しながら、「こんな講義なら、毎日楽しみたいな!」と声を大にして言った。


「いや、デートはこれっきりで大丈夫そうだ♪」

「え、なぜ!?」


 見ると、チャーリーはガマ口の財布を逆さまにしてひらひら振っていた。

 金欠が原因か?

 イオリは吹き出した。


「いや、財布は……冗談だが。ワタシとデートしているイオリくんの姿こそが、恋の成功に必要な最初のポイントになるのだよ♪」

「え、どういうこと? つまり、楽しんでたことがよかったってこと?」

「そう。少し抽象的に言うと、キミらしさが全面に出ていることがよかったのだ♪ 人の魅力は、まとめサイトや、教科書によって作られるものではない。その人の思考が、その人の魅力を引き立てるのである」

「ちょ、ちょっと待って! 教科書によって作られるものではないって、偉そうに言ってるけど、それって、今チャーリーがアタシに恋の秘訣を教えてくれるのと矛盾してない?」


 チャーリーは、にこやかにイオリの質問を否定した。


「ワタシの享受しようとしている恋の成功の秘訣は、『人格を変えよ』と言う項目は存在しない。自分らしく振る舞うことが、正しい恋のあり方なのだ」

「自分らしく……、自分らしく振る舞ってイケメンゲットできるの? 正直自信ないよ」


 イオリは、疑問の目を向けた。

 チャーリーは、困ったような表情をする。


「イオリくん、順序が逆だよ。イケメンと付き合うことは目的にしちゃだめだよ。キミは高校生だ、イケメンに惹かれる気持ちもわかる。だけど、イケメンと付き合うために自分を殺して良いのかな? 大切なのは、自分らしく振る舞った結果、恋人ができること。その恋人がイケメンかどうかは本来、ニの次であるべきだ。イケメンだったらラッキー。不細工だったら……?」

「アンラッキー?」

「ハズレ♪ 統計では幸せと答える人が多い。見た目の不満を超越して、幸せを感じられる、と」

「ホント?」


 イオリはさらに疑問を突きつけた。

 頭では、チャーリーの言葉を理解できても、かっこいい人と一緒にいたいという気持ちはそう簡単に捨てられない。


「人のつながりは、見た目以上に気持ちが重要なのだ♪」

「そのために、自分らしく振る舞える人と付き合えと?」

「いや、自分らしく振る舞うことで、イオリくんの魅力を周囲の男子に伝える。その魅力に引っかかる男子こそ、キミが付き合って見る価値がある男子ということになる」

「そんな、ドラスティックなことって、なんかない!」


 イオリは、チャーリーの言葉に憤りを覚え、身を翻してチャーリーから離れた。


「そんな機械みたいになれないよ! もっと自然に恋しちゃ駄目なの?」

「自然な恋は麻薬のようなもの。その楽しさや心地よさを否定はしないが、正常な思考できず誤った方向に突き進む可能性は高い」

「それの何が駄目なの? 恋で間違っちゃ駄目なの? チャーリーの言葉は、なんか……冷たすぎるよ!」


 チャーリーは険しい表情をした。

 イオリは、その視線に耐えきれず踵を返して走り出した。

 誰かにぶつかるが気にしない。

 最初の出会いと同じように、イオリはチャーリーから逃げるようにその場を後にした。

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