第3話:初めての講義
「没個性、没個性……? 勉強したことで個性が、どう変わったか? 変わった個性がどうして受け入れられなかったか……?」
イオリは休み時間も、恋の配達人が話した言葉を反芻していた。
何度繰り返しても、答えへの道筋が見えない。
深い霧の中で進む方向を失ったようだった。
「アイツ、勉強するのが悪い事みたいに言ってるけど、そもそも恋を成功する秘訣を教えに来てるんだから矛盾してるじゃん」
「なーに、ブツブツ言ってんのさ?」
窓を見ながらイオリが呟いていると、前の席に北原シズカが座った。
北原シズカは、中学の頃から高校に入ってまで同じクラスになってしまったイオリのクサレ縁仲間のひとりである。夏の間にゆるいパーマをかけ、髪の毛を明るく脱色しているため、先生から睨まれ始めていた。彼女もイオリと同じく夏の間に恋人を作ることができず、脱色損をしている状態だった。
「シズカも、夏に彼氏作れなかったじゃん、原因なんだと思う?」
「作れなかったんじゃなくて、作らなかったの! いい男がいなかったから」
「どっちでもいいから、そんなこと。ね、どうなの? 何がまずかったと思う?」
「むー、ちょっとは人の話を聞いてよ~」
シズカはむくれて、机に肘をついて頬杖をした。
「見る目が無いからでしょ、男子の」
強気の発言だ。
イオリは、しかし、その言葉を無視して話を切り出した。
「恋愛の勉強をしすぎて、相手から好かれないってことあると思う?」
「なにそれ、そんなことないでしょ? 勉強が間違ってたか、勉強が足りないから、好かれないの勘違いでしょ?」
「アタシもそう思うんだけどなー、なーんかさ、恋愛オタクっぽくなって、引かれちゃったのかなっていうのもなくないじゃん?」
「評論家ね、アンタそんなに勉強したの?」
「してないけど~」
「中途半端だから、失敗しただけでしょ。まだまだ足りないのよ!」
イオリは、その言葉を聞いても、まだ霧の中をさまよっていた。
休み時間が終わり、授業が始まり、そして昼休みが過ぎて午後の授業が始まっても、イオリは授業に集中できずにいた。
通常の勉強(学科)では、勉強することで没個性につながることはない。むしろ、得意不得意が明確になり、個性が際立つ。どうして恋の配達人は、勉強することで個性がなくなると……。
(そうか! 個性がなくなるんだ!)
イオリは、思わず立ち上がりそうになった。
教壇に立っている先生が一瞬イオリに視線を向ける。
慌ててノートに視線を落とすが、その興奮は抑えられなかった。
(『没個性』は、『個性がなくなる』に置き換えられる! つまり、恋愛の勉強することで、その人が本来持っている個性が失われてしまうんだ。でもそれが、好かれない理由?)
まだ引っかかるところはあったが、イオリは早く答え合わせをしたくてたまらなかった。
6限まで終わると、すぐに荷物をまとめて教室を出た。
「イオリ、帰り遊んでこうよ!?」
「ゴメン、ちょっと用事!」
教室から顔だけだしてシズカが呼び止めるが、イオリそのまま廊下を走っていった。
恋の配達人がどこにいるかは聞いてない。
しかし、どこにいるかは予想がついていた。
◆◆◆
ガシッ!
イオリは、校舎裏に生えているクスノキの幹を蹴りつけた。
すると、恋の配達人が葉っぱの影からひらりと身を躍らせた。そして、くるくると前宙した後、ピタリと地面に着地した。
「やぁ~、宿題はしっかりやってきたかなっ♪」
恋の配達人は、天狗のお面の鼻をぐいっとイオリに向けながら陽気に口ずさんだ。
「どうでもいいけど、ちょっと音程狂ってるよ……」
「まさか! ワタシは~、こ・いの、配達にー~ん~♪ アーアーアー♪ うむ、問題ない。イオリくんは恋も苦手そうだが音楽も苦手科目なのかな~?」
挑発的な恋の配達人の言動に、イオリは何も言わずに殴りかかったが、するりとかわされてしまう。
「体育も苦手と見た♪」
「どーでもいいのよ! そんなことは!! いいから宿題の答えを言いなさい!」
怒鳴り返すイオリに、恋の配達人は人差し指を立てて、左右に振った。
「まずはイオリくんの答えから聞こう。そして答え合わせだ」
「OK。アタシが失敗した原因は、勉強しすぎてアタシらしさがなくなったからよ。没個性=個性がなくなったってことでしょ」
「近いね。勉強することで個性は『個性がなくなるという変容』をした。では、秀才くんから好かれなかった理由は?」
「同じよ。個性がなくなって好かれなかった」
イオリは胸を張っていい切った。
どちらも没個性が原因ということだ。
しかし、恋の配達人はただ一言「惜しい」と呟いて、イオリの答えを否定した。
「惜しい?」
「そう惜しい……、イオリくんの答えは、私のヒントを言葉を変えて言い表しただけで、明確な答えにたどり着いてないと言える」
痛いところを突かれて、イオリは押し黙った。
「勉強することで、個性がなくなったのではなく。正しくは、個性がいくつも増えたと言える。わかりやすく誇張して説明しよう。秀才くんの好みを調べ、勉強することで、イオリくんの個性は、『清純イオリくん・純情イオリくん・真面目イオリくん・優しいイオリくん・明るいイオリくん・元気なイオリくん」の6つに増えてしまったのだ。人間は多面的であるが、作られた個性は画一的だ。ひとりの人間の中に複数の個性が生まれることで、秀才くんは、どれがイオリくんかわからない状態に陥ってしまった。個性が複数存在することで、個性が際立たなくなり、無個性=没個性となってしまったということである」
「誇張されてるけど、つまり『どっちつかず』になってたってことね」
「キミは理解力があるね♪ そう! そして、どっちつかずな没個性の状態では、秀才くんが好きになる部分が明確に見えないため、好きという気持ちが生まれにくいのである!」
「それなら清純を全面に出して、他を無視すれば、秀才くんを射止められるってことじゃん!」
イオリはひらめいたとばかりに、顔を輝かせた。
そして急に踵を返して駆け出した。
「まだ講義は途中だが!?」
「そんなのあとあと! 秀才くんを射止めてくるから待ってて!」
◆◆◆
「フラれたじゃない!」
ものの数分で校舎裏に舞い戻ってきたイオリは、恋の配達人に鉄拳を奮った。
しかし、身軽な配達人はバク転でそれをかわす。
「教えてもらったとおりに、やったのに失敗してるじゃない! インチキ!」
「……」
「なんとかいいなさい!」
噛み付く勢いのイオリに、恋の配達人は冷静に答えた。
「失敗の原因を明確にしただけで、成功の秘訣は一切教えていない。それなのに早とちりしたのは、誰であるか?」
イオリは、口をつぐんでキッと恋の配達人の天狗面を睨みあげた。
「しかし、恋に焦る女子であるからして、仕方ないとも言える……。そして、イオリくんはくしくも次のやるべきことを実践しようとした」
恋の配達人の言葉に、イオリは「えっ?」と声を発した。
「どういうこと?」
「没個性に気づいたら、次に何をすればよいか、キミは自分の言葉でそれを表した」
「清純を全面に出して……、他を無視する……?」
恋の配達人は、首を縦に振った。
「さぁ、ここで次の宿題だ♪ 明日の放課後までに、キミは自分について作文を書いて来てもらう」
「さ、作文!!!?」
「そう、作文♪ 自分はどういう人間で、何が好きか・嫌いか。何が得意で、不得意か。文量は問わない。書き方も問わない。学校の国語の授業と違うからね、箇条書きでもよしとする」
恋の配達人は、前回同様捨て台詞のように言い放つと、くるりと向きを変え、意味もなく側転側宙前宙を繰り返し、10メートルはあるフェンスをひらりとよじ登って飛び越え、夕焼けの中に消えていってしまった。
「作文とか……、だから何の目的でやるのか言ってってよ」
イオリは恋の配達人が消えていった方を眺めながらボソッと呟いた。
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