とある猫の回想録5 一部性描写アリ……。


 腰にさげたレイピアとタガーを静かに抜く。背後にいるレヴが、息を呑むのが気配で分かった。顔を後ろに向けると、レヴが怯えた眼をこちらに向けてくる。

「大丈夫だよ。すぐに狼は追っ払ってやる」

 レヴを安心させようと、オルムは優しく彼に微笑んでみせた。ふっとレヴが眼を細め笑ってくれる。

 そのときだ。狼の咆哮が、教会に轟き渡った。

 オルムはレイピアを構え、正面へと向き直る。嗤うドラーケの背後から、2体の灰色狼が姿を現した。

 低く唸り声をあげながら、狼たちはオルムを睨みつける。牙の生えた口から涎を垂らしながら、狼たちはオルムに肉薄する。

 一瞬の出来事だった。

 オルムは床を蹴り狼たちに接近すると、1匹の両目をタガーで切りつける。体を回転させてもう1匹の狼の額にレイピアで突きをお見舞いした。狼からレイピアを素早く抜き取り、オルムは後退する。

 額を刺された狼は、糸の切れた人形のようにその場に頽れる。両目をやられたもう一匹は、苦しげに唸りながらもオルムへと突進してきた。オルムもまた、狼へと肉薄する。口を大きく開けた狼の頭を素早く躱し、オルムは狼の首へとタガーを走らせる。狼は、首から血を流しながらオルムの横を通り過ぎていく。そんな狼の横顔に、オルムはレイピアの突きを見舞っていた。

 悲痛な鳴き声が狼の口から洩れる。オルムがレイピアを引き抜きと、狼は顔の横から血を吹き出しながら、床に倒れた。

 息を大きく吐き、オルムはレイピアを振るって付着した血を落とす。

 瞬間、彼の耳に悲鳴が轟いた。

「レヴっ!?」

 後方へ振り替える。いつのまにかレヴの前方に、ドラーケが迫っていた。

「怯えなくてもいいんだよ……可愛いレヴ。私の胸に跳び込んでおいで……」

「やだ……こないで……」

 優しく声をかけてくるドラーケに対し、レヴは激しく首を振るう。

「いけない子だ……」

 そんなレヴを見つめながら、ドラーケは苦笑を顔に滲ませた。片手をあげ、彼は指を鳴らす。それと同時に、オルムの背中に激痛が走った。

「な……」

 体中が痙攣し、オルムはレイピアとタガーを落としてしまう。背中に走る激痛に重圧が加わり、オルムは仰向けに倒れ込んでいた。湿った液体がオルムの頬に落ちる。激痛に耐え顔をあげると、漆黒の狼が金の眼でオルムを睨みつけていた。

「オルム様っ!」

 レヴの悲鳴が、教会に響き渡る。オルムに駆け寄ろうとしたレヴを、ドラーケが抱き寄せる。

「やめてっ! その人には手を出さないで!」

「あぁ、殺したりはしないよ……。君が言うことを聞いてくれればね……」

 そっとドラーケがレヴの耳元で囁く。レヴは大きく眼を見開き、彼を見すえた。

「そしたら、オルム様を放してくれますか……」

 ドラーケを真摯な眼で見すえ、レヴは問う。

「あぁ、いいとも……。私の可愛いレヴ……」

 竜胆色の眼をふっと細め、ドラーケはレヴに微笑んでみせた。そっとレヴの髪を弄びながら、彼はレヴに問い続ける。

「私のモノになると君が誓ってさえくれれば、彼は生きて家族のもとに帰ることができる。腹違いとはいえ血を分けた異母弟だ。私も殺したくはないのだよ……」

「あなたのモノに……」

「そうだよ。だから私は、お前を人間の姿にしたんだ……。お前の体に刻まれた契約印を改稿してね……。美しい猫のお前が、人になったらどんなに綺麗だろうかと見てみたくなったんだ」

 そっとレヴの顎を掬い、ドラーケはレヴの顔を覗き込んでくる。

「想像以上だよ、レヴ……。お前はまさに熟れる前の果実そのものだ。成長したら、さぞかし麗しい青年に成長するだろう。そうなる前に、私はお前を喰らいたい……」

 レヴの耳をドラーケは愛しげに舐めあげてみせた。びくりとレヴの体が震える。怯えた眼差しをドラーケに送りながらも、レヴは言葉を発していた。

「俺を自由にしていいです。だから……オルム様には手をださないで……」

「よせ……。レヴ……」

 掠れた声を発し、オルムはレヴに手を伸ばす。だが、その手がレヴにとどくことはない。レヴがオルムを振り返る。翠色の眼を悲しげにゆがめ、レヴは小さく口を開いた。

「ごめん……なさい……」

「レヴっ……」

 弱々しいレヴの声がオルムの耳朶を打つ。レヴはオルムから顔を逸らし、ドラーケに向き直った。ドラーケは満足そうに微笑んで、レヴの肩を掴む。

 そのまま彼は、裸のレヴを床に押し倒した。

「あっ……」

「恐がらなくていい。これから私たちは愛し合うだけなのだから……」

 震えるレヴの耳元にドラーケは囁きかける。彼はレヴの耳を舐めあげ、首筋に指を這わせた。

「あぁ……」

 レヴが苦しげに呻く。彼の体には無数の赤い文字が浮かびあがっていた。ドラーケがレヴの体を舌で愛撫するたびに、体を滑る文字が妖しい輝きを放つ。

「いゃ……」

 レヴが小さく悲鳴をあげる。ドラーケがレヴの首筋を嚙んだのだ。そっと口を放し、ドラーケは血の滴るレヴの首筋を舐めあげていく。

 彼は自身の指を噛み切り、傷ついた首筋の側に血文字を綴った。血で書かれた文字は赤く煌めき、首筋の傷口からレヴの体内へと入っていく。

「いやぁあああ!!」

 レヴの口から悲鳴があがる。

 体を弓なりに反らせ、レヴは苦しげにもがき始める。悲鳴があがるレヴの唇を、ドラーケは己のそれで塞いでみせた。ぬるりと舌を蠢かし、彼はレヴの口腔を犯し始める。

「レヴっ!」 

 オルムが叫ぶ。

 そんな彼を嘲笑うかのように、ドラーケは眼を歪めオルムに視線をやる。

 彼はなおもレヴの唇を犯し続け、眼に溜まったレヴの涙を指で掬ってみせる。ドラーケはレヴから唇を放した。彼がレヴの口腔から舌を引き抜く。ねっとりとした唾液が糸を引いて滴り落ち、レヴの濡れた唇に落ちた。

 レヴのかすかな呼吸がオルムの耳に聞こえてくる。涙に濡れた眼をオルムに向け、レヴは小さく言った。

「見ないで……やぁ!」 

 レヴの口から嬌声があがる。ドラーケが、レヴの首筋の傷を舐めあげたのだ。体を痙攣させるレヴを満足げに見つめ、彼はレヴの手を取る。

「あぁ……私のレヴ……」

 そっとレヴの手の甲に唇を落とし、ドラーケは恍惚とした眼差しをレヴに送る。

「やっと巡り合えた……。私と運命を共にするものに……。あぁ、レヴ、レヴ……。私のレヴ……」

「やだ……嫌だ……」

「大丈夫だ……。恐くない……。私が、お前を守ろう……。お前を傷つけるすべてから……。お前を奪おうとするすべてから……」

 怯えるレヴの頬にドラーケが手を添える。そっと彼はレヴの頬を優しくなではじめた。

「あ……」

「怯えさせてすまなかった。でも、私は君を――」

 ドラーケはレヴの耳元で囁く。彼の言葉を聞いたレヴは大きく眼を見開き、ドラーケを見つめた。

「僕のレヴに何をしているんだ? この駄犬……」 

 瞬間、オルムの耳に鋭い声が響き渡った。

 自身にのしかかる狼が悲鳴をあげる。狼はオルムの前方へと吹き飛ばされ、血反吐を吐きながら床に落ちた。

こと切れた狼の腹部には、鋭利な氷の刃が突き刺さっている。その狼を踏みつけ、前方へと駆ける者がいた。

 怒りに猫耳を逆立てたカットが、ドラーケめがけ疾走する。彼が前方へと手を翳す。翳された手の周囲が雪を想わせる輝きに包まれ、彼の手には氷のサーベルが握られていた。

 氷のサーベルをカットはドラーケめがけ振りおろす。ドラーケの首は斬撃によって胴から切り離され、宙を舞った。

「あははははっ!」

 ドラーケの首が宙を舞いながら、嗤う。彼は愉悦に歪んだ眼をカットに向け、口を開いた。

「あぁ、愛しい私の甥よっ! そんなにもこのか弱い子猫が大切なのかっ! だがレヴは、私のモノだ!! 必ず手に入れてみせるっ!!」

 カットは跳躍し、哄笑する首めがけてサーベルを振るう。真っ二つに割れた首はどす黒い血を吐き出しながら、闇の中へと消えていった。

「レヴっ!」

 カットの手から氷のサーベルが消える。彼はレヴの名を叫び、レヴに駆け寄っていた。床に横たわるレヴを抱き寄せ、カットはレヴに声をかける。

「レヴ、レヴっ!」

「陛下……」

 レヴは力なくカットを呼び、虚ろな眼を彼に向けていた。そんなレヴを見て、カットの眼に笑みが浮かぶ。

「バカ……。あれほど、城の外には出るなって……」

「ごめん……なさい……」

「謝って、すむ問題じゃない……」

 レヴを抱き寄せ、カットは俯く。カットのすすり泣く声が、オルムの耳朶に木霊する。オルムは立ちあがり、カットに声をかけていた。

「カット……」

「おじさん……」

 弱々しい声を発し、カットが顔をあげる。涙に濡れたアイスブルーの眼が、縋るようにオルムに向けられている。

「お願い。助けて……。レヴを助けて……」

 レヴを抱きしめ、カットは涙を流す。オルムはそんなカットに近づき、彼の背中を優しく抱きしめていた。

「オルムおじさん……」

 カットが涙に濡れた眼を向けてくる。カットに抱かれたレヴを見つめ、オルムは顔を歪めていた。

 レヴの体についた赤黒い痣が痛々しい。それは、ドラーケによってつけられたものだ。

「守れなくて、すまない……」

 顔を俯かせ、オルムは謝罪の言葉を述べることしかできない。か弱い子供たちを抱き寄せ、オルムは必死になって涙をこらえた。

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