第3話 クリエイターおじいちゃん
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僕らの世界、生きる意味、運命、それらすべてが記された戯曲、『運命の書』。
全智の存在、ストーリーテラーが記述したその『運命の書』に従い、僕たちは生まれてから死ぬまで、『運命の書』に記された役を演じ続ける。
それがこの世界のひとびとの生き方。
だからさ、教えて欲しいんだ。
終わりが見えないくらい長い『運命の書』を与えられた人間は、いったいどれだけの運命を演じて生きなければいけないのだろう?
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「片付いたか?」
すでにコネクトを解除したタオが、エクスとシェインに声をかける。二人もすでに戦闘を終え、コネクトを解除したあとだった。
「うん、終わったよ」
「片付きました――が、ここのヴィラン弱すぎませんか?」
「ああ。弱すぎるな」
タオは頷いて続ける。
「数も少ねえ。いつもならもっとウザいくらいに涌いてきやがるよな」
エクスも頷く。
別にそのことに不満があるわけではない。誰も怪我をしないで済むのは良いことだ。強すぎて勝てないのではそれこそ困ってしまう。
ただ、違和感はある。
そもそもこの想区でなぜヴィランが生まれるのか。
もしもカオステラーがいないのならば、一行が訪れたことこそが理由になるのだろうか。
しかしそれでは、この想区に辿り着いた理由が分からなくなる。調律の巫女たるレイナがカオステラーの気配を感じたからこそ、一行はこの想区に訪れたのだ。
だからおそらく、この想区にはカオステラーがいる。基本的にはその考えのもと、一行は行動する。
「やはりおじいさんだと思うんですけどね」
屋内に戻る前に言っておきたかったのだろう。シェインがぽつりとそう言った。タオもエクスも否定はしない。否定する材料がない。
「まあ、もう少し爺さんの話を聞けばはっきりするんじゃねーか?とりあえず戻ろうぜ」
家の中は何事もなかったようだ。
まあ、家のすぐ外で交戦していたので、何かあればそれはすぐに知れる。
一行と老人はまた円になって座り、話を続けることにした。
「いやあ、あんたら強いんじゃのう。あんな化物どもをあっさり追い払うとはのう」
老人がにこにこしながらそう讃えても、タオは嬉しくも誇らしくも感じなかった。
「あれくらいなら爺さんでも倒せるぜ…なあ爺さん。あんたのことをもう少し教えてくれ。あんたは他の想区に行って役割を果たしてからまたこの想区に帰ってきてると言ったよな。疑うわけじゃねえんだが、そんなのは聞いたことねえな」
「そんなこと言われてものう。わしとしては生まれたときから変わらず《こう》じゃし、それがおかしいと思ったこともないからのお」
運命の書に記された、その通りの人生を送る。それが当たり前であり普通だ。基本的にはその内容を疑うこともない。たとえ自分や、大切な人が、非業の死を遂げることになるとしても。
「しかしまあ、聞いたことないというなら、わしもあんたらみたいなのは初めて見るわい。いくつもの想区をのたくったもんじゃが、運命の書が空白だったというのは聞いたこともないのう。ならば、お互い様じゃろ」
老人はタオの問いにそう返した。そう言われてしまっては納得するしかない。通常と異なる運命の書――空白の書の存在を知っている。そして、想区を渡り歩けるのが自分たちだけではないことも知っている。であれば、老人もまた特別な運命の書を持ち、想区を渡る手段を持っているというだけなのだろう。
自分たちと同じというだけなのだろう。
タオはそう納得した。
「シェインからも質問いいですか?」
すっとシェインが手を挙げ、老人の返事を待つことなく言葉を続ける。
「おじいさん、いまおいくつですか?」
「歳か?さあ、分からんのう」
「それはおかしくないですか?運命の書があるなら分かりそうなもんですけど。だって生まれてから死ぬまでの運命が書かれてるんでしょう?」
「そう言われてものう。少なくともわしの運命の書には、歳のことなんて書いてないからのう。わし、たぶん生まれたときからもうじじいじゃったから」
「そんなわけないでしょう。生まれたときは誰だって赤ちゃんです。桃から生まれた桃太郎さんだって、竹から生まれたかぐや姫さんだって、生まれたときは赤ちゃんですよ」
シェインの言葉を受けて老人は顎を掻く。シェインは口調を変えずに続ける。
「赤ちゃんの状態で桃から生まれた桃太郎さんを、おじいさんは何人も育てたそうですね。元服が15歳なので、一人育てるのに15年かかったとして、3人も育てたらそれだけで45年ですか。他の太郎さんも育てていたら、いったいどれくらい生きてないといけないんでしょうね?」
「いやあ、困ったのう」
老人は顎に手をやったまま、韜晦するように続ける。
「いや、その通り。言うとおりじゃよ。桃太郎は婆さんが川で拾って10年ちょっとで鬼ヶ島に向かう。だからそれなりに時間がかかる。時間がかかっとるのは確かじゃが――しかしのう、お嬢ちゃん。ひとつ間違っとるのう」
シェインが首を傾げる。
「生まれたときはみな赤ん坊。別にそうとは限らんじゃろ」
「え?そうですか?」
反対側に首を傾げる。付き合いが長いからだろう、タオも「あ?」と言いながら似たような角度で首を傾げている。
レイナもエクスも、老人の言う例えが思い浮かばないようだった。
生まれたときに赤ん坊ではなかった人物など知らない。ましてや、生まれたときにすでに老人の姿など。
知らんかのう、と老人は続ける。
「例えば、土から生まれたアダムや、アダムの肋骨から生まれたエバ。あいつらは最初から赤ん坊ではなかったのう」
アダムとエバ。あるいはイブ、エヴァ。それはもはや説明不要、世界で最も読まれた本に登場する。
いわく、最初の人間であると。
「いやいやいや……おじいさん、ちょっと待ってください」
しばし言葉を失っていたシェインが、手を軽く振りながら反論する。
「おじいさん、それはもう物語じゃなくて神話でしょう。神様の領域です。それはノーカンですよ」
「なんでじゃ? 桃から生まれて鬼を退治しても、竹から生まれて月に帰っても、石から生まれて牛魔王を倒してもオッケーなのに、なんで神話はいかんのじゃ?」
そう言われると返す言葉もない。
「ラノベはダメで純文学はオッケーなのか?」
そういう話はしていない。
「シェイン、ちょっと待って」
レイナが額に手を当てながら二人の会話に割って入った。
「お爺さん。あなたは何で、アダムとエバを知ってるの?もしかして、この国とは違う文化圏の想区にも行ったことがあるの?」
「おお、あるとも。というか、全体的には外国の方が多いのう。どういうわけか戻ってくるのはこの国の、何もないこの想区じゃがの」
老人は事も無げに答える。会ってからずっとこの調子だ。人の良さそうな、裏表のなさそうな、優しそうな老人である。
だが、掴み所がない。
知り合ってからまだ日が浅いから、というだけでもない。
老人はため息をついて、ぽつりと言う。
「なんでここに戻ってくるのかのう」
そのつぶやきは、ひどく寂しそうだった。
「ある日、目が覚めたら他の想区におるんじゃ。そこで与えられた役割をこなして、寝て起きたらまたここに戻っておる。いつもそうじゃ。これからもずっと続く。そう記されておる。まだまだ終わりは見えてこん。いったい、いつ終わるのかのう」
「――なあ爺さん。あんたのは、いったいどんな運命の書なんだ。もう何年も何十年もかかって、それでも終わりが見えないなんざ、どれだけでかい本なんだ?」
老人はちらりとタオを見る。そして板張りの床を指さして言う。
「地下に大きな空間があってのう。そこに置いてある。とてつもなくでかいぞ。章が始まる度、わしは想区に飛ばされる。今は3万章くらいまで終わったかのう」
「3万――!?」
エクスは思わず声を出した。老人は弱々しく笑う。
「じゃが、まだまだ終わりが見えん。全部で何章あるのか、何ページあるのかも分からん。ぶ厚すぎて裏表紙すら見たことがない」
一行も数々の想区を旅してきた。しかし、その数は万単位には遠く及ばない。そもそも何万もの想区を旅していたら寿命がもたない――普通の人間ならば。
「――そんな運命の書なんて」
あるはずがない。シェインがそう言いかけたが、老人はそれを遮る。
「あるのじゃよ。べつに信じなくても構わんがの。他の想区で人の運命の書を見せてもらったこともあるが、どれも普通の本じゃよな。わしの運命の書は、もうなんか厚いというより長すぎて、本というより道みたいになっとるもの。だからわしも自分の運命の書が普通だとは思っとらんよ。じゃが、あんたらもそうじゃろ?」
空白の書。辿るべき運命が記されていない、空白のページしかない、人とは違う運命の書。何も書かれていないから、これからどうなるか分からない。
そう言った意味では、一行と老人は同じだ。
だが、違うこともある。
エクスが問いかける。
「でも、お爺さん。僕たちの運命の書には、何も書かれていないんです。始まりの頁も。もう昔すぎて忘れちゃったかもしれないけど、お爺さんの運命の書には最初の頁があったんですよね?」
老人は頷く。
「最初はのう、わしは何もないところにいた。まあ今も何もないがの、こんなもんじゃない。家はおろか、山も川も、空も大地も、月も太陽もなかった。本当に何もない暗闇じゃった」
そこまで聞いて、レイナが目を丸くする。
「え――おじいさん、あなた――」
空も大地も、月も太陽もない。それは人が生きられる空間ではない。しかしレイナは、そんな話を知っている。
空を、大地を、海を、太陽を、月を作った――創造した――その話を、その存在を、レイナは知っている。
レイナが言葉を続けようとしたその時、家ごと大きく揺さぶられるような地響きが轟いた。うわあ、と老人は大きく姿勢を崩す。老人を囲む面々は、即座に意識を切り替えた。流石に荒事慣れしている。
三度、ヴィランの襲来だ。
タオは不敵に笑う。
「危ねえ危ねェ…ちょっと寝てたぜ」
「マジですかタオ兄。いままさにおじいさんの正体が割れるというこの山場で寝るとか。ひょっとして話が難しかったですか?」
言いながら、二人とエクスは外へ駆ける。レイナはよろめく老人を支えるように寄り添う。
しかし老人は手でレイナを制した。
「お嬢ちゃん、わしは大丈夫じゃ。またぞろさっきの奴らじゃろ?お嬢ちゃんも外へ行きなさい」
「でも」
「いいからいいから。あんたら強いんじゃし、あいつらが家の中に入って来んようにしてくれたらいいわい。お仲間が怪我でもしたら大変じゃろ。行きなさい」
外からはヴィランの声と足音が聞こえてくる。これまでの襲撃とは明らかに雰囲気が違った。
見なくても分かるほど、明らかに数が多い。メガ・ヴィランも混ざっているようだ。
どのみち、外の三人が倒されたなら、レイナひとりで老人を守りきることは難しい。
レイナは頷いた。
「おじいさん、絶対に外に出ないでね。あいつらは私達が追い払うから」
老人も頷いた。それを見てレイナも戸外に躍り出る。
そこには想像通り、いや、想像以上の数のヴィランが押し寄せていた。メガ・ヴィランも2体や3体ではない。
「レイナ!?お爺さんは?」
「こんなにいるんじゃ、守るよりも攻めて蹴散らした方が安全でしょ。お爺さんだけじゃなくて家ごと守るわよ!タオ、シェイン!」
呼ばれて、二人は一瞬だけレイナを見る。
「絶対に家に近寄らせないように、しんどいけど散開して追い払うわよ!家の裏手は私とエクスが行くから、正面をお願い!なるべく広範囲に薙ぎ払うように!」
「あいあいさーです」
「よっしゃあ、暴れるぜ!」
「よし、行こうレイナ!」
それぞれ建物の右と左から回り込むように走り出すエクスとレイナ。走りながらそれぞれの武器で行く手にいるヴィランを薙ぎ倒す。家の正面方向からは爆発音とヴィランの悲鳴が響き渡る。
走りながら、薙ぎ倒しながら、エクスははっきりと感じ取る。
――これまで襲ってきていたヴィランより、明らかに強くなってる。でも、強さよりもむしろ――数が異様だ。
見えるだけでも、大小併せて100を超えるヴィランが小さな家を取り囲んでいる。それに、倒しても倒しても新たに涌いてきている。
爆発系の魔法で吹き飛ばす。それで一時的に敵の前線は下がるが、すぐにまた盛り返される。
敵の後方から飛んでくる矢や魔法弾も、家に当たらないように打ち落とす。もしくは盾で防ぐ。
あまりに近付いてきたヴィランは片手剣でスピーディーに葬る。そしてまた広範囲に殲滅できる技で押し返す。
そうやって必死に対処を続けるうちに、小さなヴィランたちの後ろに悠然と控えているメガ・ヴィランが近付いてくる。これも少ない数ではない。
「くそっ、キリがねえな!何とかまとめて処理できねえか?」
「ちょっと無理くさいですね…」
さながら機銃掃射のように矢を射続けながら、シェインはタオに答える。その表情は明るくない。
「家ごとぐるっぐるに囲まれちゃってますからね。むしろこっちが一網打尽にされかけてます。おじいさんを残して飛び出してきた姉御の判断は正しかったと思いますけど、それならいっそ連れて逃げた方が良かったかもです」
「その方が楽だったかもな…でもよ、お嬢だっていきなりこんなに難易度上がるとは思わなかったんじゃねえか?」
一度目のヴィランたちは、すぐに逃げてしまった。二度目のヴィランたちは弱かった。
三度目の正直というやつなのだろうか。今回の襲撃はかなり手強い。
「難易度もそうですけど、戦い方を変えさせられたのが厄介ですね。敵を倒して追い払うだけのアクションゲームだったのに、拠点を守るタワーディフェンスにさせられちゃってます。360°どこからでも攻めてくる敵を4人で防ぐとか、なかなか無茶なことやってんなーって思います。ひれ伏せ、って言ったら全員ひれ伏す必殺技とかないですかね?」
「どっかで聞いたことあるなそれ…いや、あれはミツクニコーのヒカエオローだったか?」
軽口を交わしながら二人は手近なヴィランから次々と片付けていく。しかしその表情に余裕はない。
旗色は悪い。家を囲むヴィランたちは徐々に勢いを増している。エクスもレイナも奮闘しているが、ヴィランの軍勢を押し返すことは出来ていない。
メガ・ヴィランの群れが目前まで迫ってきている。炎を吐かれたら家など焼け落ちてしまう。
タオは声を張り上げる。
「おい、お嬢!爺さんを連れて逃げたほうがいいんじゃねえか!?」
レイナも同じことを考えていた。こうなったらお爺さんには申し訳ないが、家は諦めて安全な場所まで撤退を――
「その必要はないぞ」
嗄れた、しかしよく通る声だった。戦闘中であるにも関わらず、タオは声の方を振り向く。
老人が立っていた。
その表情は、とても穏やかだった。
第三話 終
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