第2話 むかしむかしあるところに

「……なんか、帰っちゃったね」

 エクスが不思議そうに言った。


 戦闘は終わった。

 と言うよりも、タオが先頭の2匹を倒したところで、残りのヴィランたちは逃げてしまった。

「こんなこと、今までなかったと思うけど――シェインはどう?」

「はい。シェインもこれは初めてです」

 コネクトを解き、遠ざかっていくヴィランの背中を、やはり不思議そうにシェインは見送る。

「なんか、おじいさんがいるから深追いはできませんけど、見逃していいんだか悪いんだかよく分かりませんね」

「とうとう奴らも、このタオ・ファミリーに恐れをなしたか?」

 言いながら、やはりタオも不思議な違和感を拭い去れずにいた。


 家の中に戻ると、老人とレイナがいた。外での戦闘中に奇襲を受けた様子もない。まあ、家から離れて戦っていたわけではないので、それは分かっていたことだが。

「爺さん、大丈夫か?」

 一応、タオが声をかける。何も問題がないことは一見して分かる。大丈夫じゃよ、と老人は手を振った。

「なんじゃ、今のがそのぅ、あんたらが探しとる敵か?」

「ああ。もっとも、あいつらは手下だけどな。あいつらをまとめてる親玉がどこかにいるはずだ」

 ヴィランが現れる前と同じように、囲炉裏を囲んでそれぞれが座る。中断されてしまった朝食の続きだ。

 食べながら、今しがた起きた戦闘を踏まえつつ、また老人と話をした。カオステラーのこと、想区のこと、ヒーローとコネクトのこと、運命の書と空白の書のこと。

 実際にその目で見たためか、老人は昨日よりも実感を伴って話を理解したようだった。

「はあ。カオステラーのう。そいつはおっかないのがいるもんじゃのう。あんたらも大変じゃのう」

 食後のお茶を飲みながら、それでも老人はどこかのんきな感想を述べた。

 おっかないと口では言っているものの、それほど怖がってはいないようだった。コネクトによる変身も、空白の書の存在についても、ありのまま受け入れたところを見ると、おおらかな性格なのかもしれない。

 まあ、そうでなければ突然現れた旅の一行を家に泊めたりはしないだろう。

 そういうわけで、とレイナが切り出す。

「この想区のカオステラーを倒すためにも、居場所を突き止めないといけないの。おじいさん、何か心当たりはない?この想区の主人公とか、あるいは主人公の敵とか」

「主人公のう……」

 老人は顎に手を当てて考える。ここでもレイナは違和感を覚えた。想区の住人が主人公について心当たりがないということは考えにくい。なぜなら、想区の住人はみな物語の登場人物であり、主人公を中心として存在しているはずなのだから。

 裏を返せば、主人公がいなければ存在できない。

 例外は、空白の書の持ち主だけだ。

 とはいえ、集落から離れて一人で住んでいる老人である。もしかすると、主人公との接点はほとんどないのかもしれない。それなら、すぐに思い当たらないこともあるかもしれない。

 あるいは、自覚がないだけで、この老人こそが主人公なのかもしれない。老人と鬼しか出てこない寓話というのもあるだろう。

 もしも心当たりがないのなら、集落に行ってから情報収集すればいいだけの話だ。そこで話を聞けば、この老人が主人公だと分かるかもしれない。もちろん、別の人物が主人公の可能性もあるし、それも集落で話を聞けばはっきりするだろう。

 少しして、老人は「わからん」と答えた。

「――そう」

 レイナは柔和な表情でそう言った。そして次の行動も決まった。

 離れたところに集落がある、と老人は言っていた。今すぐに出れば夜には辿り着けるだろうか。

「じゃあおじいさん、私たちは集落に行こうと思うんだけど、どこにあるのかしら。あと、どんな村なのか教えてもらえると助かるわ」

「あー、それのお……」

 レイナの質問に、老人は頭を掻きながら言葉を濁した。これには一行も違和感を覚えた。

 怪訝そうな4人の視線を受けて、気恥ずかしそうに老人は口を開いた。

「いや、すまんな。騙すつもりも隠すつもりもなかったんじゃが、実はの、集落なんぞ無いのじゃ」

「え……?でも昨日は、離れたところに集落があるって」

 問い掛けるエクスの言葉を遮って老人が話を続ける。

「いやあ、すまん。でもの、わしはそう答えるように決められておるんじゃ。人が訪ねてきたら迎え入れ、集落はないかと聞かれたら離れたところにあると答えるようにのう。でもな、わしはその集落を知らん。というか、無い。無い集落に案内はできんのじゃ。ただ、無いということは知っておる」

 一同は言葉を失った。

 老人の言っていることが分からない。

 いや、言っていること自体は分かるのだ。つまりこの老人は、この想区で、そういう運命の書を与えられ、それに従って行動をしているだけなのだ。

 では、この想区は何の想区で、この老人は何者で、一体どういう物語なのか。それが全く分からない。

「……おじいさんは」

 シェインが慎重に口を開く。

「おじいさんは、この想区で、他の人とは関わらずに暮らしているのですか?」

「ああ。そうじゃよ」

「シェインたち以外の人に会ったことはありますか?」

「いいや、ない」

「ということは、この想区には、おじいさんしかいないということですかね?」

「それは分からんなあ。会ったことはないが、いるかもしれん。ただ、わしの運命の書によれば、今後もここで誰かに会う予定はないのう」

「でもおじいさん、さっき言ってましたよね。いろんな鬼に何度も会ったことがあると。どの鬼も基本的に怖かったと」

 あの時の言葉には、レイナだけではなくシェインもまた違和感を覚えていた。

「人に会ったことはないのに、鬼はたくさんいるんですか?」

「いやいやいや。勘違いしてはいかんよ。ここには鬼もおりゃせんよ」

 老人は手をかざすようにしながら否定して言う。

「この想区にはわししかおらんのじゃ。犬猫やら鳥やら魚やらはおるが、物語に絡むようなもんはひとっつもおらんよ」

 しわだらけの顔に優しそうな笑みを浮かべ、穏やかな口調を崩すことなく老人はそう述べる。

 しかし、一行の誰も老人の話には納得できなかった。

 タオが頭を掻きながら話しかける。

「爺さん、もう少しちゃんと説明してくれねーか?この想区には爺さんしかいないとして、じゃあどこでどうやって鬼に会ったってんだ?」

「そりゃあ、ほかの想区じゃよ。いろんな想区でいろんな鬼に会ったんじゃ」

 つまりあんたらと同じじゃな。

 老人は笑顔のままそう言った。

 一行に緊張が走る。

 いろんな想区を渡り歩く人物。

 それは、カオステラーとはまた異なった脅威である可能性をはらんでいる。

 ロキ。カーリー。つまり、レイナたちとは志を真っ向から異にする存在。

 彼らの全容はいまだ知れていない。

 もしや、この老人も彼らの仲間なのだろうか?

 いや。老人は運命の書を持っていると言っていた。

 いや。それは本当だろうか。実物をまだ見てはいない。

 いや、いや。運命の書を持っているなら、想区を渡り歩くことなどできるだろうか。少なくとも、そんな人物に会ったことはない。

 では、やはりこの老人も空白の書を?

 だったらなぜ、集落について嘘をついて、すぐにその嘘をばらす必要がある?

 そもそもこの老人の言葉には、一体どれくらい信憑性があるのだろうか?

 一行の胸中が疑念で埋め尽くされていく。それを感じ取ったのだろう、老人が不安げな表情を浮かべた。

「な、なんじゃ。あんたらどうしたんじゃ?集落がないことが、そんなにつらかったか?」

 もちろん、そういうわけではない。

 一瞬だけ間をおいて、エクスが口を開く。

「おじいさん。あなたは教団のことを……カーリーやロキという人物をご存知ですか?」

 気になることを一つずつ確認していこう。エクスはそう考えた。あるいは、腹をくくったとも言える。

 エクスには、この親切な老人が、教団側の人間だとはどうしても思えなかった。

 老人は不思議そうな顔をした。

「カーリー?ロキ?はて、聞いたこともないのう。わしが行った想区で知り合った奴らの中にはおらんと思うよ。なんとか太郎とかなら知っとるがの」

 どのみち、その答えも本当かどうか確かめる術はない。しかし、エクスには老人が嘘を言っているようには見えなかった。

「なんとか太郎だと?」

 今度はタオが老人の言葉に反応した。

「爺さん。なんとか太郎ってのはどういうことだ?」

「どういうも何も、そのままじゃよ。なんとか太郎じゃ。金太郎とか桃太郎とか浦島太郎とか」

「桃太郎だと?爺さん、その桃太郎ってのはどんな奴だ?」

「どんなと言われてものう。桃太郎にもいろんな奴がおるが、まあ共通しとるのは、婆さんが拾ってきた桃から生まれて鬼退治に行くということかのう。桃太郎はもう何回も育てたもんじゃが、きびだんご持たせて送り出すのは変わらんな。あんたらも会ったことないか?」

 タオは言葉を失って黙り込む。その横でシェインも考える。エクスも、レイナも、老人が語った言葉の意味に思考を巡らせる。

 桃太郎を何回も育てた。他にもなんとか太郎という名の人物を何人も知っている。運命の書を持ち、いろんな想区を渡り歩いて、いろんな人物と会い、今はこの想区でひとりで暮らしている。

「……つまり、おじいさん」

 レイナが口を開く。

「おじいさんの運命の書には、そういう運命が書かれているの?いくつもの想区に行って、いろんな物語で様々な人物と出会い、またここに帰ってくる……そういうこと?」

「そうじゃよ。それがわしの運命じゃ。いろんな想区に出て行っては、この姿で役割を果たすのじゃよ。わしはいわゆる、昔々あるところにいたおじいさんじゃ」


 一行は、ひとまず理解した。

 初めて出会うケースだが、それは今まで知らなかっただけで、こういうことはこれからもあるのだろう。

 しかし、それなら。

 なぜこの想区にカオステラーの気配を感じるのだろう。

 この想区にこの老人しかいないのであれば、必然的にカオステラーはこの老人と言うことになる。まさか犬猫や魚がカオステラーになることはないだろう。しかし、この老人にカオステラーのような振る舞いは見られない。

 あるいは、自分たちと同じように、何らかの方法を使ってこの想区にたどり着いた外部の者がいる可能性はある。

 でも果たして、そんな人物が、この何もない想区でカオステラーになることはあるのだろうか?

 レイナは考え込む。

「……なんだか、すまんのう。わし、あんたらに何か迷惑かけてしまっとるかの?」

 老人の問いかけに、レイナは「いいえ」と優しく答える。

「こちらこそごめんなさい。おじいさんみたいな運命の書を持った人には初めて会ったから、ちょっと混乱してるみたい。」

 レイナはひとつ息を吐いて肩の力を抜く。

 老人にとっては、その運命が当たり前なのだ。レイナたちにとって、空白の書を持って想区を旅するのが当たり前であるのと同じように。

 しかし、何だか辻褄が合わないのもまた事実だ。老人が語った言葉と自分たちのこれまでの経験に齟齬がある。

 もちろん、老人の言葉に嘘が含まれていれば、話は別なのだが――。

 レイナはエクスを見た。エクスと目が合う。その表情から、お互いがほぼ同じ気持ちでいることを理解した。

 この老人は嘘は言っていない。カオステラーや教団のことも知らない。それは本当だろう。

 では、一旦は老人の言葉を信じるとして――この想区のカオステラーはどこにいるのか。

 いや、そもそも本当にこの想区にいるのかどうかも考える必要があるかもしれない。


「クルルゥ……」


 家の外からヴィランの声が聞こえた。一行の緊張が再度、瞬時に高まる。

「今の声、またさっきの奴らかの?」

「おじいさんは動かないで、僕たちが外を見てくるから。レイナ!」

「ええ。おじいさんは任せて!」

 先程と同じ布陣。レイナは屋内で万が一に備え、あとの3人でヴィランを叩く。

 老人の傍で戦闘態勢を整えながらレイナは考える。

 ――カオステラーの所在が不明な今、ヴィランの存在は手がかりになるかもしれない。また逃走するようなら、今度は後を追ってみるのも手だ。

 エクスが外に飛び出す。シェインがそれに続く。

 タオは。

「……爺さん。あんたの話はひとまず分かった。でもな、まだ聞きてえこともある。こいつらを片付けたら、悪いがもう少し話に付き合ってもらうぜ」

 入口に立って振り向きながら、老人に向けてそう言った。

 老人は頷く。

「ああ、構わんとも。言ったじゃろ、あんたらみたいな若い人らと話すのは楽しいからのう。だから、怪我はせんようにな」

 言われてタオは軽く手を振り、家の外に飛び出した。


第二話 完

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