第2話

黒くつるりとした外観のいわゆるザコヴィランを数体倒すと、その後ろから2匹のドラゴン型ヴィランがのそりと姿を現した。

まさか、とレイナは思った。今まで数多くの想区で調律のための戦いを繰り返してきたが、想区へ入ってすぐに大型ヴィランが出現したことなど今まで一度もなかった。

「いきなりこんな大物とか、反則です」

「おいおい、まだ俺たち何にもしてねえ ぞ?」

「まさか、カオステラーが近くにいるっていうのか?」

レイナ以外の三人も驚いたのは同じのようで、思い思いの感想をそれぞれが口にする。だがしかし、エクス達も伊達に調律の旅を続けてきたわけではない。

ハインリヒの力を借りたタオがドラゴンの攻撃を食い止め、その隙にジャックとコネクトしたエクスが果敢に斬りこむ。そしてレイナとシェインは後方からそれをサポート。

想定外の襲撃に面食らったものの、四人はすぐに普段のペースを取り戻し、コンビネーションを駆使してドラゴンを退けた。

しかしその直後、四人の後方からまた別のものであろうドラゴンの咆哮が響き、四人は即座にそちらへと振り返った。そしてそのまま、先ほどに続いて二度目の驚きを味わうことになった。エクス達の眼前では一人の男が体一つでドラゴン型ヴィランと組みあい、その動きを押さえつけていたからだ。


男は身なりこそはそこいらを行く旅人と大差ない着物姿だったが、まず首が太かった。両腕も両脚も共に太くゴツゴツとしていて、背中も肩も胸も力強く隆起しており、腹も胸に負けないくらいに張り詰めていた。

つまり、エクス達から見ても一目でわかるくらいに男はぶ厚い筋肉を体中に纏っていた。

男はその両腕でドラゴンの首をぎりぎりと締め付けていて、ドラゴンは男の両肩に前足の鋭い鉤爪をミシミシとくいこませている。男の両肩からは血が溢れており、ドラゴンは苦しそうに口の端から泡を吹いている。

「おいおい・・・あの兄ちゃんドラゴンヴィランと力比べしてるっていうのか!?」

「えっと・・・そうみたい?」

タオが驚きの表情で素っ頓狂な声を上げた隣で、エクスもぽかんとしたまま間の抜けた声を出す。

「ナンセンスです」

シェインはおなじみのフレーズを口にしたが、得意のポーカーフェイスがに若干の動揺の色が現れている。

「と、とにかくあの人を助けるわよ!」

レイナの声で三人ははっと我に返り男とヴィランの組み合っているところへ走り出した。

「うだあぁぁぁぁぁっ!!!」

辺りの木々が揺れるぐらいの咆哮を上げたのは男のほうだった。男はドラゴンの首を掴んだまま後ろに思い切り反り返り、自分の後方に向けてドラゴンを投げ飛ばしてしまった。男はエクス達に背を向けていたため、必然ドラゴンはエクス達の方へ飛んでくる。飛んできたドラゴンはエクス達の前で激しく地面に激突し、すこしの間ビクビクと痙攣したあと霧散して消滅した。

エクス、レイナ、シェインはもはや目を点にするしかなかったが、タオだけはその光景を見て目を輝かせていた。


「うわっはっはっは!!力太郎の剛力、見知ったか化け物め!!」

ドラゴンをぶん投げた男が豪快に笑いながらノシノシとエクス達の方へと歩いてくる。

「どうします姉御。なんかこっちに歩いてきますよ」

「どうって言われても・・・エクスはどう思う?」

レイナの頭の中では、すでに男は救助対象ではなくメガヴィランをぶん投げて戦闘不能にしてしまう、どちらかといえば要注意人物になってしまっていた。特に考えもまとまらないままエクスにパスを回す。

「う〜ん、ヴィランと敵対してたってことはカオステラーじゃないとは思うけど・・・」

一行が考えをまとめあぐねていると、男は先ほどヴィランが消滅した辺りで立ち止まり、地面を眺めて首を捻った。

「なんじゃい、こいつも煙みたいに消え失せおって。ぶっとばしがいのない奴等じゃのう・・・ん?」

男が顔を上げると、そこには興奮した面持ちのタオが立っていた。

「あんた、大したもんだねえ!俺の名はタオってんだ。良かったらあんたの名前、教えてくれよ」

男は一瞬だけ怪訝な表情を見せたが、すぐにタオの目を真っ直ぐに見て野太い声で答えた。

「わしの名前は力太郎!腕試しの武者修行旅の真っ最中じゃ!」

腕試しに武者修行。背中越しにでも、タオが持つ男のロマンスイッチがオンになったのが三人にははっきりと感じ取れた。エクスは少しばかり苦笑いし、レイナはこれを端に起こるであろう気苦労やアクシデントの類を連想し、ため息を一つ。

「あー、これ完璧タオ兄のスイッチ入りましたね」

シェインは皆が理解していることを改めてポーカーフェイスで口頭確認。各々の反応を取る三人の目には、早くも力太郎と肩を組み合ってこちらに手を振るタオの姿が映っていた。




「とりあえず分かったのは、ここが『力太郎』の想区ってことですね。姉御と新入りさんはご存知です?力太郎のお話」

「私は・・・ちょっと分からないわ。桃太郎とか浦島太郎なら知っているけど」

「僕もそうだね。まあ自分の場合はみんなと出会うまで、故郷の想区以外の存在を知らなかったし。シェインはどんな物語か知っているの?」

楽しげに語り合いながら街道を歩くタオと力太郎の背中を眺めながらエクスがシェインに尋ねる。

「所謂〇〇退治系のお話ですね。お爺さんとお婆さんの垢から生まれた力太郎が、力試しの旅で出会った仲間と一緒に化け物を退治して、一件落着といった感じのお話です」

「っていうことは、まだその仲間と出会う前なのかな?」

今の状況を把握しようとするエクスの隣で、レイナがやや引きつった顔をしている。

「どうしました姉御?なんだか表情が硬いですけど」

不思議に思いシェインが尋ねる。

「今、お爺さんとお婆さんの垢から生まれたって聞こえたけど・・・聞き間違いよね?」

レイナの口調には、聞き間違いであってくれという願望のようなものが含められていた。

「いえいえ、紛れもなく、垢、です。お爺さんとお婆さんが何年ぶりかにお風呂に入ったとき、子供に恵まれなかったのでせめて子供型の人形を作ろうってことを思い立ったそうです。で、自分達からポロポロ出てくる垢を利用して人形を作ったら、不思議とそれに命が宿って人間になったそうです」

「・・・なんて言うかすごいよね、垢で人形作ろうっていうその発想」

「ちなみに体から出てきた垢は、こぶし大くらいのものがざらだったらしいです」

「いらないわよそんな情報!う〜・・・人を差別区別するのはいけないことだって分かってるけど、ちょっと力太郎とは距離を取ってしまうかも・・・」

レイナが人道と本能を秤にかけて葛藤していると、先ほどまで力太郎と話していたタオがこちらを振り返り話しかけてきた。

「この先にそろそろシェインが言ってた茶店があるみたいだからよ、そこで一休みしながら今後の方針でも決めようぜ。この想区の主役とも出会えたんだ、少しは行く道も決まるだろうよ」

「そういえば、僕たちはまだ力太郎とちゃんと話してなかったね。シェインの言っていたお団子も食べてみたいし、いいんじゃないかな、レイナ」

タオの意見を受けて、エクスがにこりと笑いながらレイナに問いかける。

「・・・そうね、そうしましょう」

力太郎に対して失礼のないように対応できるかどうかという不安を抱きつつレイナもそれに賛成したことで、一行の次の目的地が決まった。



「ふ〜、結構歩いたしヴィランとも戦ったし、結構疲れたね」

「お嬢だいぶへばってきてたからな。明日はきっと筋肉痛だぜ」

「うるさいわね!・・・それにしても美味しいわねこのお団子」

「ふふふ、シェインの情報は正しかったです」

茶店にたどり着いたエクス達一行は、大きめの四角机を片側にタオ、レイナ、シェイン、その向かいにエクスと力太郎という並びで囲み、お互いに簡単な自己紹介をした後、おしゃべりをしながら思い思いにお茶を飲んだりよもぎ団子を頬張って休憩を取っていた。

「さっき一緒に歩いているときも思ったんだけど、すごいよねあの力太郎の金棒」

エクスの視線は、店内に入れるには大きすぎると外に置いてある大きな金棒に向いている。

「あれは自慢の百貫金棒じゃ。わしが旅に出るときに爺様と婆様が大枚はたいてこしらえてくれた逸品じゃ」

自分の得物を褒められたのが嬉しかったのか、ニッと大きく笑いながら力太郎が答えた。

「えっとシェイン、百貫ってどれくらいの重さかしら?」

「キロに直すと一貫が3.75kgですから、百倍で375kgですね」

「・・・化け物ね」

「・・・化け物ですね」

換算の結果を受けての正直な感想を女性二人が口にする。

「さっきのドラゴンぶん投げといい、百貫金棒といい、本当にべらぼうな力だよな。なんだってそんなに力持ちなのかねえ?」

タオもまた率直な思いを口に出した。

「なんでと言われてものう・・・物心ついた頃にゃあ既に大人にも相撲で負けんかったしのう」

顎を掻きながら答えていた力太郎だったが、何か思いついたようで顎を搔く手を止めてから言葉を続けた。

「きっとあれじゃな、爺様と婆様のおかげに違いないわ」

「それって、どういうこと?」

「タオどんにゃあ話したんだが、わしは爺様と婆様の垢から生まれた男でな・・・」

「待って」

力太郎の言葉を遮るようなタイミングでレイナが声を上げた。

「どうしたお嬢?」

「あれを見て」

エクス達がレイナが指さした茶店の外を見ると数匹のゴーレムヴィランがズシンズシンと重い足音を響かせながらこちらに近づいてきている。

「大変だ!ここにいたらお店を巻き添えにしてしまう!外に出ないと!!」

言うが早いか、エクスは脇に置いていた自分の木刀を掴んで店の外に飛び出した。

「あの鉄の巨人も、さっきの化け物共の仲間なんか?」

力太郎が、エクスの後を追うように立ち上がったタオに声を掛ける。

「ああ、俺たちが追ってるカオステラーって奴の手下みたいなもんだ」

「ようし!さっきのでっかいトカゲじゃ物足りなくて消化不良だったところじゃ!わしもタオどん等の喧嘩に混ぜてくれい!」

「願ったりだぜ力太郎!よっしゃあ、タオ&力太郎、喧嘩祭りの始まりだぜい!!」

「喧嘩祭りの始まりじゃあ!!」

エクスに続いて男二人、大声で啖呵を切って飛び出していった。

「・・・完璧に男の世界が出来上がってるわね」

「ええ、夕日の下で河原で喧嘩して友情が芽生える系のやつです」

「なんとなく、あいつらに任せて私たちはここでお茶してても大丈夫な感じがするけど・・・まあ、そうもいかないわよね。行きましょシェイン」

「合点承知です」

息巻いて飛び出した男達を追ってレイナとシェインも茶店から出た。表の街道では既にエクス達三人とゴーレムヴィラン八体が対峙していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る