第4話:ぼんくら王子様は許せない
その晩は眠れなかった。度重なるヴィランとの戦闘で身体は疲れ切っているはずなのに、モヤモヤとした気持ちが治まらず眠りに落ちることができない。
「……坊主、眠れねえのか?」
僕が身体を起こすと、見張りをしていたタオが声をかけた。彼が灯る火を絶やさぬように、枯れた木の枝を投げ入れる。
「うん、ちょっと寝つけなくて」
「だったら、散歩にでも行ってきたらどうだ? 気分転換になるぜ」
「いいね。この想区は海が綺麗だから、ゆっくりと眺めたいと思ってたんだ」
僕は眠っているレイナとシェインを起こさぬように気を付けながら散歩へ行こうとする。
「……? あれ、王子様は何処に行ったの?」
振り返ってタオに尋ねる。
「……そーいや王子様も散歩に出かけたっきりだな。散歩のついでに探してきてくれよ」
「わかった。……それじゃ行ってくるよ」
僕はタオに軽く手を振ると、潮の香を道しるべに散歩に出かけた。
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歩きながら念のために持ち物を確認する。木刀はいつもどおり背負ってる。『空白の書』も問題ない。『導きの栞』にも、ちゃんとジャックの魂が込められている。
ふと『導きの栞』に目を落とす。『導きの栞』に込められるヒーローの魂は最大2つ。だから、僕の『導きの栞』にはもうひとりのヒーローの魂を込めることが出来る。
……もしも、王子様がヒーローだったとして、彼の魂をこの栞に込めてコネクトすることができたら、僕はもっと彼の想いや悩み、苦悩を理解することができるのだろうか?
たらればの話を頭から振り払う。でも、彼の抱える問題は、彼ひとりで抱えるには大きくて重すぎるんじゃないかと思う。僕にできることは何かないだろうか?
考え事をしながら歩いていたら、いつのまにか海岸についていた。
浜辺には一心不乱に剣を振るう人影があった。王子様だ。あれは……戦闘のトレーニングだろうか。目を閉じたままの王子様が、まるで見えない攻撃を避けるように体を動かし、見えない敵を切り払う様に剣を踊らせる。その身のこなしには
王子様の動きに魅入られた僕は、しばらくの間、その光景を眺めていた。
「……ん?」
王子様が僕の気配に気づいて剣を止めた。静かに瞳を開くと、横目で僕を確認する。
「見られてしまったか」
僕の方へ体を向けた王子様が剣を
意識を取り戻した王子様は砂浜に座り込むと、その隣を僕に勧めた。僕は勧められたとおりに彼の隣に腰を下ろした。眼前には月に照らされ神秘的に輝く海。
「綺麗だろう? 私はこの海を感じながら剣の稽古をするのが好きなのだ」
落ち着いているのに何処かおどけた口調で、王子様が語り始めた。
「しかし、情けないことに、どんなに
先程のトレーニングを思い出す。いったいどれだけを努力を積み重ねたら、あのような動きができるようになるのだろうか? きっと僕の想像が及ばない程の努力をしたのだろう。
「……なんでそんなに努力できるんですか?」
考えていたことが思わず口をついた。王子様は少し意外そうな顔をしてから、静かに微笑んだ。
「私ひとりで努力できた訳ではないよ。愛してやまぬ大切な人がいたから。彼女を守っていくためには必要なことだと思ったから。気づいたら努力していたにすぎない」
そういうと王子様は照れくさそうに顔を背けて海を眺める。僕も
「やっぱり王子様はスゴいです。会ったこともない白雪姫さんを、そんなに強く想いを寄せられるなんて」
「……彼女がどんなに素晴らしい女性なのかは『運命の書』で知っていたのでな」
……知っていた? その言い回しに少しだけひっかかる。まるですでに白雪姫さんに会ったあることがあるような言い方だ。
疑問を含んだ僕の態度を読み取ったのか、王子様が疑問の答えを口にする。
「……以前に1度だけ、愛しの姫君に会ったことがあるのだ」
王子様は天を仰ぎ、懐かしむように優しく目を細める。
「実際に会った彼女は、想像を絶するほどに美しい人だったよ。容姿もさることながら、透き通るような心もとても美しい人だった。そして何よりも声が、この世のものとは思えぬほどに美しかった。その声で私に向かって何度も何度も『ボンクラ――』」
そこまで言うと、王子様はパッと表情を崩すと、僕に白い歯を見せた。
「……いや、我が愛しの姫君の話は、また次の機会としよう! なーっはっはっはっ!」
屈託なく笑う王子様の顔を見ながら、僕は思ってしまった。透き通るように綺麗な心をもった人に、何度も『ぼんくら』と
王子様が笑い終えると、さざ波の音色が周囲を包んだ。
「……私の話はこの辺りにして、エクスたちの話を聞かせてもらえないか?」
ふと王子様が僕へと問いかける。
「そうですね。王子様には話したことがありませんでしたね」
僕は今までの旅の話を語った。僕の住んでいた想区がカオステラーによって危機に陥ったこと。レイナ、タオ、シェインが想区を救いに来てくれたこと。僕もヒーローの力が宿せるようになったこと。みんなで力を合わせてカオステラーを倒して、レイナがカオステラーを『調律』したこと。同じような目に遭っている想区を救うために、僕もみんなの旅に加わって幾つもの想区を旅してきたこと。そして、この『白雪姫の想区』に辿り着いたこと。
話を聞き終えた王子様は、顎に手を当てて何度か頷いた。
「……なるほど。つまり、エクスたちはカオステラーに乱されてしまったこの想区を救うためにやってきたというのだな」
「はい。この想区でカオステラーを倒して、『調律の巫女』のレイナがカオステラーをストーリーテラーへと『調律』します。そうすれば、秩序を取り戻したストーリーテラーの力によって、この想区も、ヴィランになってしまった人たちも、すべてが元通りになりますよ」
「……すべて元通り、か」
不意に王子様の顔に陰が落ちる。
「どうかしましたか?」
「ちゅるぅ~ん」
「……どうしたんですか、いきなり」
「いや、ここらでふざけてバランスをとっておかないと白目をむいてしまいそうだったのでな」
「
僕は苦笑いを浮かべる。でも、王子様に対して嫌な感情は浮かばなかった。
王子様は姿勢を崩すと、僕の瞳を見上げるように見つめた。
「ところで、エクス。君の剣は誰を守るために身につけたものなのだ?」
「えっ?」
無意識に声が出た。確かに僕の剣術は、なにか起きたとしても誰かを守れるようにと独学で会得したものだ。でも、そんなことが判るのだろうか……?
僕が不思議そうな顔をしていると、王子様はニヤリと笑って白い歯を見せた。
「言ったであろう? 君の剣は私に似ていると。君が私に見せた剣技は、誰かを打ち倒すために磨いた技ではない。あれは誰かを身に守るために授かった技だった。それは私と同じ技だ。……君にもいるのだろう? 恋い焦がれる姫君が」
ふと、幼馴染の姿が頭に浮かぶ。思わず頬が緩んだ僕を見て、王子様が満足そうに目を細める。
「……ええ。でも、いる、というよりも、いました、が正しいのかな」
僕は幼馴染のシンデレラのことを王子様に話した。彼女と初めて出会った時、彼女の笑顔をどんなに可愛いと思ったか。彼女と一緒に遊んだ時、怖いくせに冒険ごっこに付き合ってくれて。彼女を意地悪な姉たちから守った時、僕は泣きそうなのをすごく我慢してて。ドジをして泣いてしまった彼女を慰めた時、僕は無力さを感じたんだ。落ち込んで切る彼女を励ました時、彼女が笑顔になってくれたことがスゴく嬉しくて。初めて手をつないだ時、僕はスゴくドキドキした。剣の特訓をしている僕に彼女が差し入れしてくれた時、あの時食べたご飯の美味しさは忘れられない。夜通し夢を語り合った時、このまま時間が止まれば良いと思った。魔法使いから貰ったガラスの靴をはいてお城の舞踏会へ向かう彼女を見送った時、僕の心に刺さった棘をどうすれば良いのか判らなかった。そして、嫁いでゆく彼女を祝った時、僕は……。
喋り出したら止まらなかった。ずっと抑え込んできた想いがあふれ出した。正直、聞くに堪えない話だったと思う。でも、王子様は嫌な顔ひとつせず、僕の話を真剣に聞いてくれた。
最後まで話を聞いた王子様が、重々しく口を開いた。
「エクスはシンデレラ姫の結婚に納得できたのか……? 『空白の書』を持つ君には、シンデレラ姫の『運命の書』を……運命を変えることができたのだろう?」
その言葉は質問というより、僕を心配して発せられたものだと王子様の顔に書いてあった。胸につかえているものがあるなら吐き出しておくが良い。そういわれている気がした。
僕は心配をかけないように満面の笑みを浮かべる。
「自分の選択に後悔はしてません。僕が一番に望んだのは、シンデレラの幸せですから」
「……そうか」
「それに、王子様の話を聞いて思ったんです。シンデレラが僕に残してくれたのは思い出だけじゃなかった。シンデレラと過ごした日々や、シンデレラへの想いがあったからこそ、僕の剣術は身についた。だから、いまはその力で誰かを助けることが出来るんだって」
王子様が白雪姫さんのために磨いた剣術と、僕がシンデレラのために鍛錬した剣術。それはとても誇らしいもののように思えた。
「僕らは……似た者同士ですね」
「ちゅるぅ~ん」
「……また、バランスですか」
「いや、言いたかっただけだ。思いの他このフレーズが気に入ってしまってな! なーっはっはっはっ!!」
前言撤回。この人とは似た者同士じゃないし、できれば似たくない。
王子様は僕の気持ちを知ってか知らずか視線を外すと
「……似ているのは剣技だけさ。エクスは、私のようなぼんくらに似ていないよ」
それってどういう――。
「クルルルルルルルゥ! クルルゥ! クルルゥ!! クルルルルルルゥ!!!!」
突如として不気味な雄たけびが浜辺に響いた。背後に目を向けると、いつの間にか僕らのすぐ近くまで
「王子様、逃げてっ!!」
「ひ、ひいいいいいぃぃぃぃぃやああぁぁぁぁやああぁぁぁぁぁぁひいいぃやあああぁぁぁぁ!」
僕はコネクトするために『導きの栞』を取り出すが、メガ・ヴィランの反応の方が早かった。僕らの倍はあろう体長のメガ・ヴィランが僕をめがけて突進してくる。とっさに木刀を構えて防御するが、受け止めきれずに弾き飛ばされた。
砂辺に叩き付けられた僕は、痛みを堪えて立ち上がると『空白の書』に『導きの栞』を……。そこで僕は気付いた。さっきの攻撃を受けた時に手にしていた『導きの栞』を手放してしまったことを。
一旦この場から逃げて体制を立て直そうか……? レイナやタオ、シェインと合流できれば……。いや、ダメだ! メガ・ヴィランからあまり離れていないところに、未だ王子様がいる。いま僕が逃げ出したら王子様が危ない!
僕は木刀を握り直すと一直線にメガ・ヴィランへ向かっていく。
メガ・ヴィランが振るう腕を
僕を捕まえようと伸ばされたメガ・ヴィランの腕を踏み台にして飛び上がると、勢いのままに渾身の一撃を顎に叩き込む。
その瞬間、メガ・ヴィランが不気味に笑った。非力な僕をあざける様に、頬を歪めて気味の悪い声を発する。
メガ・ヴィランの両手が僕を捉えた。もの凄い力で僕の体が締め上げられ、苦痛の
「……我らが剣技を、笑うなっ!」
突如として、目の前を閃光が通り過ぎた。瞬く間にメガ・ヴィランの腕が破壊され、捕らわれていた僕の体が解放される。
地面へ投げ出された僕が顔をあげると、そこには抜身の剣を構えた王子様の姿。彼は青い顔をしながら短く浅い呼吸を繰り返している。
「王子様!? なんで逃げていないんですか!?」
「え、エクスを置いて逃げ出せる訳がなかろう!」
王子様が震える声を荒げた。そして、決意を灯した瞳で僕を見据える。
「……そ、それに……この化け物はエクスの剣技を笑ったのだ! ……我らの剣技を、ひいては……我らが姫君への想いを笑われて、だ、黙ってはおられんっ! ……私は、許せんのだっ!」
「でも、王子様の体質では戦うのは無理です!!」
「ああ、無理かもしれんな……。いまも、恐怖で震えが止まらんのだ。今すぐ逃げ出したいくらい怖い。とても怖いさ。……だが、気絶するとしても、殺されるとしても、私には守らねばならぬ想いが、貫くべき信念が――」
そこで王子様は白目をむいて口から大量の泡を吐きだした。
……でも、彼は倒れなかった。
メガ・ヴィランが剛腕を振るう。しかし、王子様は紙一重でかわして、メガ・ヴィランの腕に剣を突き立てる。突き立てた剣をそのまま横に薙ぐと、メガ・ヴィランの腕が大きく切り裂かれた。王子様はそのまま流れるように剣を振るい瞬く間にメガ・ヴィランの腕をズタズタにする。
白目をむきながら、泡を吐きだしながら、意識を失いながらも、王子様はメガ・ヴィランと戦い続けた。……すごい。これが彼の
やがて、王子様に意識が戻ってくる。青い瞳でハッキリと相手を見据え、口から吐き出した泡を
「エクスよ! 立つのだ! 我らの剣技を、我らの想いを、この化け物に認めさせるのだ!」
「……はいっ!」
僕はフラフラとしながらも体を起こすと、近くに落ちていた『導きの栞』を拾い上げてコネクトする。
ジャックへと変身した僕は剣をひいて構えると、回り込むようにして突っ込む。王子様に気を取られているメガ・ヴィランの背中に突進した勢いを乗せて全力の一撃を叩きこむ。
「クルルアアアァァッ!」
メガ・ヴィランが悲鳴のような声をあげる。素早くこちらを振り返ると黄色く光る目で僕を睨み、腕を伸ばしてきた。
「貴様の相手はこちらだ!」
メガ・ヴィランがこちらへ意識を向けた刹那、王子様が足元へもぐりこみメガ・ヴィランの足首を切り刻んだ。それも両足同時にだ。……いったいどれだけ稽古を重ねればあのレベルに達するのやら。
倒れこんだメガ・ヴィランが腕を振り回して牽制を行うが、もはや何の意味もなさない。王子様に掴みかかろうとするメガ・ヴィランの脇腹に僕が剣を突き立て、僕を振り払おうとするメガ・ヴィランの首筋を王子様が八つ裂きにする。
何度も何度も僕らの斬撃を受けてメガ・ヴィランが動きを止めた。メガ・ヴィランが活動を停止したことを確認してから、王子様が剣を収め、僕はコネクトを解除する。
僕は王子様に駆け寄ると、彼の手を取って歓喜の声をあげる。
「やりましたね、王子様っ! トラウマを克服できましたね!」
王子様の身体はもう震えていなかった。呼吸も安定しているようだ。
しかし、王子様の顔には絶望が浮かんでいた。
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