第3話:ペガサスでユニコーンでぼんくら王子様

 王子様の蘇生を終えた僕らは、王子様の素性について推測を立てていた。


「あの王子様はヒーローなのかもしれないわ」


 ヒーロー。みんなを守る正義の味方。僕に力を貸してくれているジャックのような存在。

 いまだ寝込んでいる王子様に目を向ける。彼がヒーロー……? 言動を見ているだけでは彼がヒーローとはとても思えないけれど、戦闘力に関しては確かにヒーローと同様の力を持っているように思う。


「……確かに王子さんはヒーローなのかもな。あの力は普通じゃねえ」

「シェインも同意です」


 タオもシェインもレイナの意見に賛成のようだ。

 僕はレイナの方へ向き直る。


「王子様がヒーローと同等の力を持っているのは判るんだけど、普通の人間がヒーローになるなんてことがあるの?」

「可能性はゼロではないんじゃないかしら。いにしえの伝承で語られたヒーローだって、元は人間だもの。同じ人間である彼がヒーローの域に達せない理由はないわ」


 もちろんエクスや私もね、と最後にレイナが付け加える。

 努力次第では僕もヒーローの力を手に入れられるってこと……? 想像してみたけど、いまいちピンと来ない。豆の木を登って巨人を倒す力や、大剣と大斧を軽々と扱って天の雄牛を退治する力や、浅葱あさぎ色の羽織を畏怖いふの象徴に押し上げる力。そんな力が僕に身につくとはどうしても思えなかった。

 ふと、王子様の言葉が蘇る。

 ――エクス、君の剣は何処か私の剣に似ているな。

 あの言葉はどういう意味なのだろうか? ヒーローと同等とまで評される王子様の力が、僕の力と似ている……?

 僕が思索しさくにふけっていると、タオがレイナに質問を投げかけていた。


「もしも王子さんがヒーローだったら、どうだってんだ?」

「力を貸してくれるようお願いしようと思うの。あの力が味方に付いてくれるなら心強いわ」

「しっかしよぉ、こんな様子で役に立つのか?」


 そう言ってタオは顎を使って眠っている王子様を指した。


「それは、実際に確かめてみましょう」



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「ひいいぃぃぃやぁぁぁぁぁ! 何をするのだああぁぁぁぁぁ!?」


 何処までも続いている綺麗な海を眺めながら北上を続ける僕らを、再度ヴィランたちが追いかけてきた。王子様は当たり前のように叫び声をあげて走り去ろうとするが、タオと僕がガッチリと掴んで捕まえる。王子様は暴れるが、ふたりがかりで捕まえられては逃げ出すこともできない。

 王子様の前にレイナが立ち、彼の目を真っすぐ見つめる。


「……王子様、先ほども説明しましたけど、王子様の本気を見せて欲しいんです。そして、できればこの想区を救うために力を貸してほしいの」


 王子様は少し考えてから答える


「……わ、私に、あの怪物どもと戦えというのか? 無理だ! 無理に決まっておろう!」

「そんなことないわ。王子様の力はヒーローと同じか、それ以上。あの程度のヴィランに勝てないはずがないわ」

「オレもそう思うぜ。王子さんはもっと自信を持ちな!」

「シェインも異論無しです」

「王子様ならきっと大丈夫ですよ」


 僕たち4人が王子様を褒めちぎると、彼はまんざらでもなさそうな顔をする。


「……ま、まぁ、私が本気を出せば、あのような怪物など物の数に入らんがな! なーっはっはっはっ!」

「……本当にチョロすぎるです」


 シェインのツッコミなど気にもとめず、王子様は大笑いを続ける。

 王子様は一息つくと、押さえつけられている体を解放するように求めた。そんなこと言って、また逃げ出しちゃったりしないかなぁ? 若干の不安がよぎるが、タオが王子様から手を離してから僕に頷いて見せたので、僕もならって王子様を抑える手を離した。

 自由の身となった王子様は、一歩前へ出ると腰に下げた片手剣を鞘から抜き放った。彼が剣を振るう度に、青く透き通った剣身がしなやかに揺れる。水の刃を持つ魔法剣のようだ。武器マニアのシェインが鼻息を荒くして前のめりになるが、タオと僕が抑えた。

 王子様がヴィランへと剣先を向ける。


「しょ、勝負だ、ヴィランとやら! わ、わ、我が十年一剣じゅうねんいっけんを磨きしこの技と、この剣の切れ味を魅せてくれよう! ……き、切られた事すら気づかせぬぞ。剣の錆にすらなれぬと覚悟せよ!」


 王子様が持つ剣の刃がプルプルと震えている。剣身だけではなかった。王子様の体はガタガタと震え、歯はガチガチを音をたてている。


「……大丈夫ですか?」


 僕が声をかけると、王子様は「だ、大丈夫である! なーっはっはっはっ!」と明らかな虚勢を張った。彼は額に大量の汗をかき、呼吸は乱れ、うつろな目をさまよわせている。どう見ても大丈夫じゃない。


「これ以上は危険だ! 止めないと!」

「……えぇ。王子様、これ以上は――」


 レイナが王子様を制止しようとすると、王子様が雄たけびをあげた。


「おおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉーっ!!」


 まるで止めるなと語るように、強く、大きく、王子様は吠え続ける。彼は片手剣を持っている右手に、左手を添える。剣の震えが少しだけ収まった。

 王子様は一息つくと、独特の抑揚で淡々と言葉を紡ぐ。


「我が剣はなぎ。我が技は荒海あらうみ浅海せんかいにして深海しんかい。優雅にして狂暴。人魚にたまわりし比類無き宝剣と、流水が如く変幻自在な我が一撃。とらえることはできん! かわすことも叶わん! さぁ、唸りをあげろ、聖剣リヴァイアサン・クロスバインド!」


 王子様の持つ剣が神々しく光り輝く。とてつもない力が王子様から発せられている。彼はこんな途方もない力を隠していたのか……。

 王子様が僕の方を振り返り、微かに微笑む。そして、白目をむいたかと思うと、ブクブクと泡を吐いてパタリと倒れた。

 ……え? ええ? ええええ?

 倒れた王子様を急いで抱き起こす。


「……大変だ。息、してないよ……」


 レイナとタオが引きつった顔で王子様を見ている。シェインにいたっては想像通りといった冷ややかな目をしている。


「ひとまず、オレたちがヴィランを何とかする! 坊主は王子さんの蘇生を頼む!」


 タオは口早に僕に指示を出すと、『導きの栞』を取り出した。


「いくぞ、シェイン!」

「アイアイサー、です!」


 ヴィランへと向かっていくタオとシェイン……とレイナ。どうやら王子様の面倒事は僕に押し付けられてしまったらしい。思わずため息が出る。

 ホント、いったいこの人、何なんだろう……。僕はそう思いながら王子様へ心臓マッサージを開始した。



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 何とかヴィランを撃退した僕らは、意識を取り戻した王子様から話を聞いていた。もちろん白目で泡をブクブクと吐いていた件だ。


「……それで、あれはいったいどういうことなんですか? どこか病気でも……?」


 口に出してから妙に的を射た言葉だと思った。病気の可能性というのはありそうだ。どんなに研ぎ澄まされた武技を身に着けていても、病気に勝つことはできない。彼も何らかの病気で戦うことが出来ない体なのかもしれない。

 王子様は何かを喋ろうとして、言葉を飲み込んだ。何度も。僕たちは彼の言葉を静かに待つ。

 意を決したふうに王子様が姿勢を正すと、マントをバッと広げた。


「先ほどは面目ない。皆には私の機密事項を伝えねばなるまい。覚悟は良いか? なーっはっはっはっ!」


 急におちゃらけた王子様の態度に、知らず知らずのうちに緊張していた身体から力が抜けた。

 同じく脱力した様子のレイナが王子様へ呆れた視線を向ける。


「それで、王子様の秘密ってなんなんですか?」


 王子様はマントを無駄にバサバサと広げながら高らかに答える。


「実は私はな、タイガーペガサス、もしくは、タイガーユニコーンなのだ!!」


 タイガーペガサス? タイガーユニコーン? どういう意味なのだろう? ペガサスやユニコーンは聞いたことがあるけれど、タイガーは聞いたことがない。すかさずレイナが耳打ちして教えてくれた。タイガーというのは、黄色と黒の縞模様をした猫科の肉食獣らしい。僕の住んでいた想区にはいなかった動物だ。……で、タイガーペガサスとタイガーユニコーンって、なんなんだろう?


「トラウマ、なのですか」


 シェインが面白くなさそうな顔をしながら呟いた。


「ふっ。馬などよりもペガサスやユニコーンの方が私には似合っておろう!」


 妙なポーズをとって、白い歯を光らせる王子様。


「……私はな、このような態度でおらねば、先ほどの様に失神してしまうのだ! なーっはっはっはっ!」


 ……えーと。王子様はいつも通りの調子で話したけれど、とんでもないカミングアウトをされた気がする。……トラウマって、大きな精神的ショックを受けた時にできる心の傷のことだっけ。だとすれば、王子様が白目で泡を吹いてしまうのは、その心の傷が影響しているということなのだろうか?

 タオが少しだけ険しい顔になる。


「それ、どういうことなんだ?」


 王子様が髪をかき上げて答える。


「我が王家にはおかしなおきてが存在するのだ。『汝、ぼんくらたれ』。常日頃よりぼーっとして、多くのことに気付いてはいけない、とな。どうだ、おかしなおきてだろう? なーっはっはっはっ!」

「……頭の痛くなるおきてね」

「そうなのだよ! だが、理由がある。われら王家が持つ『運命の書』は先祖代々と内容がおかしくてな。国の民に幸せをもたらすための道筋が記載されておるのは良いのだが、普通の者であれば間違いに気づくであろう勘違いや、まともな者であれば躊躇してしまう言動が、さも当然の行動として『運命の書』に記載されておるのだ。しかし、われら王家が国民に幸せをもたらすためには、『運命の書』に記載された内容を、何も疑問を持たずに実行に移さなければならん」


 僕はレイナから聞いた『白雪姫の想区』が辿る歴史を思い返す。王子様が持つ『運命の書』には、森の中で眠る白雪姫にキスをする運命が刻まれているはずだ。……たしかに、国に幸せをもたらすために初対面の意識不明の女性から唇を奪え……なんて運命を指示されるなんて嫌だなぁ。毒リンゴをかじった口にくちづけ……っていうのも正気の沙汰とは思えなかった。彼の『運命の書』を想像して苦笑いが浮かんでしまう。

 王子様が熱弁を続ける。


「つまり、ぼんくらたることが、われら王家の使命! ぼんくらこそが『運命の書』に記載された約束の地シャングリラへの道なのである。なーっはっはっはっ!」


 腰に手を当てて笑う王子様に、シェインが不思議そうに聞く。


「それがトラウマに関係するですか?」


 王子様が肯いてシェインに投げキッスを送る。とっさに彼へと銃を向けるシェインをレイナと僕が止めた。


「我が王家には、ぼんくらでなければならぬおきてが存在する。ゆえに、私は幼少の頃より教育係に厳しく『ぼんくら』を叩きこまれたのだ。的を射た質問をしたり鋭い洞察力を見せたりすれば拷問まがいの仕打ちを受けた。それどころか武技を磨くことも身体を鍛えることもキツい仕置きの対象だった。健全な身体には健全な精神が宿ってしまうからだそうだ。どうだ、笑ってしまうであろう?」

「……ひどいわね。こんなことを言うのは気が引けるけど、あなたの国は常軌を逸しているわ」


 レイナが伏し目がちに告げると、王子様は「そんなことは、とうの昔に解っておる」と自嘲するように笑った。

 王子様は語る内容と裏腹に明るい口調を崩さない。


「物心つかぬうちから幾度となく繰り返された教育の所為か、私は何者かの前で本心や本気を出すことが出来なくなってしまったのだ。人前で素の自分を出そうとしたり全力を出そうとしたりすると、拷問まがいの折檻せっかんが頭をよぎり、身体が強張ってしまう。……あとは君たちも知ってのとおり失神さ。ヴィランとの戦いで命の危機を感じるまで追い詰められても……あの有様さ。やはり克服は無理だったようだ」


 遠くの空を見上げるように王子様が顔をあげる。


「誰かの目があれば、私は『ぼんくら』でいなくてはならなくなる。馬よりも速く走れるのに、わざとつまづいて転んで見せる。跳べば着地に失敗したフリをする。この間など、海で溺れたフリをして死にかけたよ。本当は水泳が大の得意なんだがね。……本当にこんな私が愛しの姫君に会いに行って良いのだろうか? 私は彼女に本気の愛を伝えることもできないのだぞ。何かあっても彼女を守ることもできない。彼女を不幸にするのは目に見えておるのだ。ならば、彼女のことを考えるだけで胸が暖かくなるこんな想いなど捨ててしまいたい。彼女を、憎み、あざけり、不気味に感じ、嫌ってしまいたい。……それでも、彼女が好きなのだ。だったら、私はどうすれば良いのだ……? なーっはっはっはっ! なーっはっはっはっはっはっ!!」


 王子様が力強く高らかに笑い始めた。その頬に一筋の涙が流れた。

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