第2話:息が止まるほどにぼんくらな王子

むかしむかし、ある国に

白雪姫というとても美しいお姫さまがおりました。


白雪姫の継母は、心の冷たい女王でした。

ある日、女王が魔法の鏡に問いかけます。

「鏡よ鏡。この世で一番美しいのはだ~れ?」

「それは白雪姫です」

怒った女王は白雪姫を殺そうとしました。

女王から逃げ出した白雪姫は

森の中で7人の小人と出会いました。


小人と仲良くくらす白雪姫のところに

リンゴ売りのおばあさんがやってきました。

美味しそうなリンゴを白雪姫が一口食べると

なんと白雪姫は死んでしまったのです。

白雪姫が食べたリンゴは

おばあさんに化けていた女王がつくった毒リンゴだったのです


小人たちは白雪姫が死んでしまったことを

とても悲しみます。そして……。


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「王子様は毒リンゴを食べた白雪姫を助けるために、彼女に会いに行くところだったんですね」


 王子様へ同行を申し出た僕らは、白雪姫に会うために海岸沿いの森林を北上していた。時折潮風が吹きこむその道すがら、僕は王子様に話しかけた。


「……そうなのである。私は『運命の書』に従って、その白雪姫とやらを探しておるのだ! なーっはっはっはっ!」


 ……あれ? 先ほどと変わらずに独特な笑い方をする王子様だが、彼の言動に違和感を覚えた。高らかに笑って見せる彼だが、確かに一瞬だけ言いよどんだ。どうしたのだろう? 何か気になる事でもあるのだろうか? 気にならないと言えば嘘になるが、彼が話さないのであれば無理に聞き出すことでもないと思い直す。僕は違和感に気付かないフリをして歩を進める。

 しかし、王子様の様子は徐々におかしくなる一方だった。思い悩むふうに顔を歪めてうつむいたり、大きなため息をついたり、何度も立ち止まって靴紐を結び直したり……。この様子では、いつまでたっても白雪姫やカオステラーに辿り着くことはできなそうだ。

 王子様の様子を不審に思ったのだろうタオが景気よく王子様の背中を叩く。


「どーしたよ、王子さん? 元気ねえぜ?」

「な、何も無いぞ!? なーっはっはっ……」


 その笑い方にもいつもの力が無く、尻すぼみに消えていく。やっぱり何か悩みがある様にしか見えない。

 僕は王子様に問いかけようとするが、先にレイナが問いかけた。


「何か悩み事がありそうね。よければ、私たちに相談してくれるかしら? 力になれるかもしれないわ」


 レイナのつり目がちな瞳に正面から真っすぐと射貫かれた王子様はしばらく思案すると、観念したのかぽつぽつと語り始める。


「……実は、私は……」


 その時、聞き覚えのある遠吠えが聞こえる。


「クルル! クルクルルゥ!!」


 辺りを見渡すと、僕らの来た方向からヴィランたちが僕らの方へと向かってきている。


「タチの悪い奴らがおいでなすったようだぜ!」

「あんなやつらシェインが綺麗にお掃除してやるのです!」


 タオとシェインがあっという間に戦闘態勢を整える。僕も急いで『導きの栞』を――。


「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいやややややややああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 けたたましい悲鳴をあげた王子様が、ものすごい速さで走り去っていく。先ほどまでの元気の無さが嘘のような快足。瞬く間に見えなくなってしまった。

 え? ええ?

 突然のことに呆気にとられている僕をレイナが叱咤する。


「ひとまずヴィランの相手が先よ!」

「えーと……、うん、そうだね」


 僕はジャックにコネクトして、片手剣を身構えた。



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 ヴィランを倒した僕らは、王子様を探す……とは言っても、彼を見つけるのは難しいことではなかった。


「ひいやあぁぁぁぁ!!!」


 悲鳴の聞こえる方に足を進めると、王子様は簡単に見つかった。叫び疲れたのか走り疲れたのか、へとへとになった王子様がたたずんでいた。

 彼が落ち着くのを待ってから、僕らは彼の話に耳を傾ける。


「……実は……私はな……ぼんくら、なのだ」

「知ってるです。百聞は一見にしかずです」


 シェインが歯に衣着せぬ言葉で言い放つが、レイナもタオもシェインも苦笑いするばかりで誰も王子様を擁護できなかった。

 ぼんくら。ぼーっとしたり、ぼんやりしたりしていて、物事を理解していない人を表す言葉。

 ぼーっとしているという印象はあまりないけれど、王子様が自分の置かれている状況を理解できているとはとても思えなかった。王子様が会いに行かなければ白雪姫を助けることはできないのに後ろ向きな言動が多かったり、ヴィランに襲われた時も僕らの近くにいる方が安全なのに逃げ出したり。

 王子様が続ける。


「私のようなぼんくら王子が、我が愛しの姫君に会いに行って良いのか、判らんのだ」

「なぜそう思うの?」


 レイナの疑問はもっともだ。王子様が白雪姫に会いに行かないのであれば白雪姫は助からない。それに、目を覚ました白雪姫は王子様と幸せに暮らすと『運命の書』に書かれているはずなのに。


「私のようなぼんくらが愛しの姫君に会いに行ったら、本当は迷惑なのではないだろうか……? 彼女に好かれる要素など、私は何も持ち合わせていない。だと言うのに、一生を添い遂げて欲しいなどと、どの口で言えば良いのだ?」


 僕は彼の言葉を聞いて言葉を失ってしまう。『運命の書』には、自分が生まれてから亡くなるまでの全ての運命が記載されている。当然、自分が誰に恋して、誰と結婚するかも記載されており、そこに選択肢はない。そのことに想区の人々は疑問を持たない。それが普通なんだ。でも、そんな『運命の書』に王子様は疑問を持ってしまったのだ。もし恋する相手を自由に選べるならば、愛する人は自分など選ばないのではないか? 愛する人には自分よりももっとふさわしい相手がいるのではないか? 王子様はそう考えてしまったんだ。

 ふと、想いを寄せていた幼馴染のことを思い出す。ガラスの靴をはいたシンデレラ。彼女がこの王子様と同じように『運命の書』に疑問を持っていれば、彼女が選んだのは誰だったのだろうか……?


「なーるほどね。よーするに王子さんは自分に自信が持てねえってわけだな!」


 暗くなりかけた雰囲気を、タオが快活な声で吹き飛ばした。

 タオは王子様の横に並ぶと、肩を組んで顔を寄せる。


「自信をつけるには、強くなるのが手っ取り早えってもんよ」


 タオは王子様の腰に下げられた絢爛けんらん豪華な装飾の片手剣を指さす。


「それがただの飾りじゃねーなら、すこしはできるんだろ?」


 王子様がおずおずとうなずくと、タオが親指を立てて口角を上げる。


「よーし、せっかくだ! このオレが直々にお前を鍛えてやるよ!」



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「……えーと、なんで僕が王子様の相手をすることになったんでしたっけ?」


 僕の目の前にはさやに納めたままの片手剣を構えた王子様。僕は木刀を構えたまま、横目でタオに視線を送る。


「しかたねーだろ、坊主。オレと王子さんじゃレベルが違いすぎるかもしれないからな。まずは弟子の坊主が相手して腕試しってやつだ」

「タオの弟子になったつもりはないんだけど……」


 でも、確かにタオの言う通り、彼が相手をするとやり過ぎてしまうかもしれない。しょうがないなぁ、と思いつつも僕は気を入れ直す。

 王子様はガタガタと震えながらも構えを崩さずに、剣の先を僕へと向けている。

 できるだけ怪我をしにくい部分を狙わないと……。視線を悟られないように気を付けながら、彼の構えを観察する。……あれ、すきがみあたらない?


「ちょっとエクス、やるなら早くやっちゃってよね」


 王子様の特訓というタオからの提案を渋々と飲まされたレイナが退屈そうにしていた。

 そうだ。このまま王子様に自信がつかなければ、彼は白雪姫に会いに行こうとしない。つまり、僕たちはカオステラーへ辿り着く道しるべを失ってしまうことになるのだ。いまもカオステラーに苦しめられている人々がいるんだ。ぐずぐずなんてしていられない。

 僕は事前にレイナから伝えられた作戦を思い出す。適度に良い勝負をした後にわざと負けてあげれば王子様だって自信がつくだろう、と。タオは本気で王子様を鍛え上げるつもりなんだろうけど、今はあまり時間が無いんだ。僕はレイナの作戦に乗ることにした。


「それじゃ、いくよ!」


 僕は王子様との距離を一気に詰めると、彼の持つ片手剣を狙った。この場所なら当たっても怪我はしないし、手を引くだけで避けることだってできる。まずは小手試しだ。


「ひいいいいやああぁぁぁ!」


 王子様の剣と僕の木刀がぶつかる音が、王子様の悲鳴でかき消される。しかし、僕の腕にはインパクトの衝撃が強く残った。痺れる右手に目を落とすと、そこに木刀は握られていない。

 弾き飛ばされた木刀が乾いた音を立てて地面に落ちた。タオが、シェインが、レイナが、そして僕が息を飲んだ。


「……ど、どうなったのだ?」


 王子様はひとり場の空気が読めないふうに、きょろきょろを辺りを見渡す。……なるほど、ぼんくらってそういうことですか。


「すみません、ちょっと手がすべっちゃって」


 僕は何事もなかったようにできるだけ明るく振る舞うと、木刀を拾い上げて構えなおした。


「もう一度だけ、手合わせお願いできますか?」

「……あ、ああ。私は構わんが」

「良かったです。それでは――」


 僕は集中力を研ぎ澄ます。


「――次は本気で」


 僕は木刀を大きく薙ぎつつ、彼の間合いに飛び込む。


「ひ、ひ、ひいいいいやあああぁぁぁ!」


 王子様は甲高い声をあげつつも紙一重で僕の攻撃を避ける。僕は更に一歩踏み込むとくるりと回転して威力を乗せた一文字の斬撃を繰り出した。王子様は一歩後ろに下がると、またもや紙一重でかわす。当たれば致命傷になりかねない攻撃を、当たるか当たらないかのギリギリで避ける。それも2度も連続で。やっぱりこの人は僕の剣筋を見切っている。

 僕はコンパクトな動きに切り替える。手首を狙って放った水平の斬撃を、体ごと押し込むようにして突きの軌道に変化させる。それを更に袈裟けさに切り下す一撃へと昇華させる。しかし、王子様はそれら全てを紙一重でかわすのだ。まるで空気や水みたいな形のないものを相手にしている感覚。

 ……手加減されている。彼ほどの技術があれば、僕の攻撃に反撃カウンターを合わせることだってできるだろう。だっていうのに彼が剣を振るう様子は無く、ただただ情けない悲鳴をあげながら攻撃を避け続ける。いったい何のために……? いや、そんなことを考えても仕方がない。頭を切り替えよう。

 どうすれば彼に勝つことが出来るのか考える。なぜ僕の剣筋を見切れるのか考える。……そういえば、以前タオに言われたことがある。僕の剣は素直すぎるから読みやすいって。……だったら、試してみる価値はあるかもしれない。


 僕は王子様に無数の斬撃を浴びせる。左手首、右腕、右わき、左胸、左腕、くび、右肩、顎、左頬、右側頭部。最小限の動きで避け続ける王子様。その額に突きを放った時だった。彼は上半身を後ろにそらして攻撃を避けた。……この状況を待っていた。徐々に上半身へと集中させていった攻撃。木刀のみを用いた攻撃。それら全てが次の攻撃を意識からそらすための伏線。

 上半身を後ろにそらし重心がくずれた王子様の足に、渾身の足払いローキックを繰り出す。意識していない箇所へ、意識していない武器で、避けようがないタイミングでの攻撃だ。

 しかし、王子様は自らの両足を上へ蹴り上げるとバク転するようにして足払いを回避する。だが、きっと彼なら足払いを避けてみせると思っていた。その心構えが僕の身体をスムーズに次の動作へと移した。

 王子様がバク転のために僕から一瞬だけ視線を外す。その一瞬のうちに僕は距離を詰めて右腕を振り上げた。着地した王子様は、僕が振り上げた右腕を見て防御のために剣を構える。……彼の目におどろきの色が混じった。僕の右手に剣が握られていないことに気付いたらしい。でも、もう遅い!

 僕は左手に持ち替えていた木刀を切り上げるように振るう。そして、彼の無防備な右わきに一撃を打ち込んだ。


 ――勝った。そう感じた瞬間、僕は油断してしまった。

 僕の左手に伝わる感触は浅い。威力を殺されている……? その瞬間、目の前にいたはずの王子様の姿を見失ってしまう。

 どこだ? どこにいったんだ? 視線を動かして王子様を探す僕の左肩に、背後から絢爛けんらん豪華な装飾が施されたさやが押し当てられた。

 僕の耳元で王子様がささやく。彼の声にはいつもとは異なって落ち着きが含まれていた。


「エクス、君の剣は、何処か私の剣に似ているな」


 僕は恐る恐るゆっくりと振り向くと、王子様と目を合わせる。

 彼は、完全に白目をむいて、口から泡を噴き出していた。そしてパタリと倒れてしまう。

 ……え? ええ? どうしたんですか? 木刀の打ち所が悪かっただろうか?

 倒れた王子様を急いで抱き起こす。


「……大変だ。息、してないよ……」


 僕の言葉を聞いて駆け寄るレイナたち。慌てて王子様の心肺蘇生を行う僕たち4人。

 ホント、いったいこの人、何なんだろう……。

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