グリムノーツ ~ぼんくら王子のボンクラ夢物語~
ペーンネームはまだ無い
第1話:ぼんくら王子は犯罪者予備軍
僕たちが
「さ、ついたわ。ここが『白雪姫の
レイナが得意げな笑みを浮かべて僕らへ振り返ると、膝裏近くまで伸びた金色の髪とそれを首筋あたりでまとめる黒いリボンがふわりと空を舞う。
その様子をみたタオが彼女をからかおうと口を開く。彼はことある度にレイナをからかいたがるんだよなぁ。
「へぇ、方向音痴姫のお嬢にしては、上出来じゃねえか」
「誰が方向音痴姫ですって?」
案の定レイナがタオに食ってかかったが、対するタオは気にする風もなく笑っている。
そんな様子を見ていたシェインがふたりのやりとりに加わる。彼女はタオの妹分だ。
「胸に手を当てて考えてみるのをオススメします、レイナの姉御」
「ちょっとシェイン、あなたまで何なのよ……」
日頃あまり口数の多くないシェインにまで方向音痴を指摘されたレイナがたじろいだかと思うと、不意に僕の方へと振り向いた。
「エクス、あなたは私の味方よね?」
深青の瞳で僕へ訴えかける。
「えーと……」
なんて答えるべきだろうか。回答を言いあぐねていると、何処からか悲鳴が聞こえてきた。声の主には悪いけど、この場から脱するきっかけができて助かった。
レイナも悲鳴に気付いたようで、無言のまま神妙な顔で頷くと声のした方へ走り出す。タオとシェインは真っ先に走り出したようで、すでにだいぶ離れたところまで行っていた。僕もみんなに置いて行かれないように駆け出す。
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海岸からさほど離れない所にあるうっそうとした森林に、男の悲鳴が響き渡った。
「ひいいいいやああぁぁぁ! 誰かああぁぁ助けてええぇぇ!!」
僕らが悲鳴のあがる場所へたどり着くと、身なりの良い青年が追いかけられていた。涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしている。
彼を追いかけているのは全身黒ずくめの怪物たち。ヴィランだ。
「敵影、14。これより殲滅を開始です!」
先行していたシェインとタオが『空白の書』と『導きの
「それじゃあ、おっぱじめようか、お前ら! タオ・ファミリーによる、ケンカ祭りの始まりよぉ!」
「オーキードーキー、です!」
「ちょっと! 私をそこに加えるのはやめなさいって、いつも言ってるでしょ!」
レイナもふたりに続くように『空白の書』を取り出して『導きの栞』を挟み込む。すると、全身を光が包み込み彼女の姿が
レイナが作り出した隙を見逃さず、追いかけられている青年とヴィランの間に、カエルの王子様に仕える従者ハインリヒへと転じたタオが割り込む。青年を向かって放たれたヴィランの攻撃を左手に持った盾で弾きつつ、右手の槍でヴィランを
束になってタオへと飛びかかるヴィランを飛来した魔弾が打ち抜く。タオの背後に陣取るシェインが化したのは、白き女神スケエルのもとで
3人が息ピッタリの連携でヴィランたちを蹴散らしていく。やっぱりみんなスゴいなぁ。いまだに新入りさんなんて呼ばれている僕にも、いつかあんな連携ができるようになるのだろうか。
ヴィランから逃れた青年が、つまずいて盛大に転ぶ。土煙をあげながらゴロゴロと転がる彼は、勢いが弱まってからよろよろと体を起こすと、目の前で繰り広げられる
「大丈夫ですか?」
僕が近づいて声をかけると、青年がびくっと体を震わせて、おどおどとした青い瞳で僕の方に顔を向ける。
「……君たちは、いったい?」
彼の様子を見て僕は安堵する。どうやら意識もはっきりしているようだし、転んだ時についたと思われる擦り傷以外に主だったケガはなさそうだ。
彼を安心させようと思い、僕はにっこりと笑った。
「僕らは、ただの通りすがりのモブですよ」
モブ。それは、物語において大した意味もなく存在する群衆。その他大勢で、脇役以下の存在。そして、
僕らが住む世界『想区』は、
想区に住む人々は、ストーリーテラーによって皆なんらかの役を与えられて一生を過ごす。古の伝承の象徴とも言える『主役』はもちろんのこと、『主役』の持つ剣を打つ鍛冶屋や、その鍛冶屋に鉄鉱石や石灰石をおろす商人、その鉄鉱石を掘る坑夫など、役は多岐にわたる。
しかし、稀にストーリーテラーに役を割り当てられない者が存在する。想区の住人は割り当てられた役を演じるための台本である『運命の書』をストーリーテラーから与えられ、その内容に従って古の伝承をなぞる様に日々を過ごす。だが、役を割り当てられなかった者が持つ『運命の書』は全てのページが空白で埋め尽くされており、想区が紡ぐ物語に関与することを許されないまま観客の様にただただ舞台上の起承転結を眺めて過ごすことになる。
観客は劇に関わることはできないし、関わるべきではない。一昔前の僕はそう考えていた。でも、今は違う。
僕は青年に背を向けると、なにも書かれていない『運命の書』である『空白の書』を取り出した。おもむろに中頃のページを開くとヒーローの魂が込められた『導きの栞』を挟む。空っぽだった僕の運命に、ヒーローの運命が入り込んでくるのが解る。僕の魂に、僕の身体に、僕の想いに、ヒーローが
僕の身体に顕現したヒーローはジャック。天まで届く豆の大木を登り、天に住む巨人たちと戦った勇敢なる少年、ジャック。右手に現れた片手剣を強く握りしめると、僕はヴィランの群れへと飛び込んだ。
二体のヴィランが僕に気付くが、飛び込んだ勢いのままに二体まとめて切り伏せる。背後に忍び寄る気配を感じて、振り向き様にヴィランを蹴り飛ばす。蹴り飛ばされたヴィランはタオがすかさず槍で貫いた。僕へと標的を変えたヴィランたちが集まったところを、レイナの光の柱で打ち上げる。中空を舞うヴィランをシェインの魔弾が打ち抜いた。
残ったヴィランは1体。劣勢にも関わらず逃げる素振りは無い。
「クル! クル! クルルルルアアアアア!!」
雄たけびをあげて迫りくるヴィランが振るった腕を
ヴィランの瞳が光を失い、戦いの終わりを告げる。
『空白の書』から『導きの栞』を抜き取ると、僕の身体からジャックが消えていった。
足元に倒れこむヴィランを見つめて、僕は心の中で語り掛ける。……ゴメンね。君も必ずもとの姿に戻してあげるからね。
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ヴィランを倒した僕たちは、青年の手当てを行っていた。
実際にヴィランと戦った僕たちはと言えば、特に手当てが必要な怪我をすることもなく、タオにいたっては「物足りねえ! この程度のヴィランなんざチョロすぎて肩慣らしにもならねえってもんだ!」なんて息巻いていた。ホント、みんなタフだよなぁ。
「はい、手当て終わりましたよ」
僕が青年の手当てを終えると、彼は唐突に立ち上がって身にまとった高そうなマントをバッと広げた。
「改めて礼を言わせていただこう!」
「……えーと、改めて、と言われても」
「お礼を言われたのは初めてね……」
レイナと僕が呆れた顔をするが、彼には微塵も効果がないようだ。
「そんな細かいことを気にする私ではない! なーっはっはっはっ!」
独特な笑い方で彼が高らかに声をあげる。あの笑い方、どうやっているんだろう?
「この話を聞かない感じ、タオに似てるわね……」
「なんだよ、お嬢。こいつ、良いやつそうじゃねーか! オレは気に入ったぜ!」
そういってタオまでが笑い始めた。タオは青年の肩をバンバンと叩くと、自己紹介を始める。
「オレはタオ! こっちは妹分のシェインだ」
「あい、シェインです」
「そんで、こっちの坊主がエクスで、そっちの不機嫌そうなのがお嬢だ」
「初めまして、エクスです」
「お嬢、じゃなくて、レイナよ」
僕らのやりとりを見て、青年が楽しそうに笑う。彼は腰に手を当てて、にかっと白い歯を見せる。
「私はこの国の王子である。君たち、お手柄だ。私を救えたことを末代まで誇ると良い。なーっはっはっはっ!」
身なりの良い人だとは思ったけど、まさか王子様だったのか。
「見た目は王族ですが、中身は気品の欠片もないですね」
僕の思ったことをシェインが代弁する。いやいやいや、そんなこと言っちゃダメでしょ! 恐る恐る王子様の顔色を窺うが、彼は気にする素振りもなく「そーかそーか!」と更に笑い始めた。どうやら、こういう人らしい。
笑い続ける王子様を横目に、僕はレイナに近づくと小声で問いかけた。
「……レイナは、この想区に来たことあるんだよね?」
「ええ。『白雪姫の想区』に来るのは2度目よ」
「だったら、この王子様の役割ってわかるかな?」
たぶん、王子様なんて役なら『主役』と何らかの関わりを持ちそうなものだけど……。
どうやら僕の考えは当たっていたらしく、レイナが頷いた。
「以前、白雪姫に会った時に、この想区の元となった伝承の筋書きは聞いてるわ」
これでこの想区の『主役』である白雪姫へと繋がる道が、そして、カオステラーへと繋がる道が見えてきた。
異常をきたしたストーリーテラー。僕らがカオステラーと呼ぶそれは、『主役』に関わりがある人物に
その過程で想区の人々はカオステラーに『運命の書』を書き換えられてヴィランへとされてしまう。僕らが先ほど退治したヴィランたちも、もとはこの想区で幸せに暮らしていた人々だ。……まったく、人の幸せを壊して怪物にしたてあげるなんて、いったいどんな趣味してんですか。思わず両手を強く握りしめる。痛みを感じるほどに。
湧き上がるカオステラーへの怒りを頭から振り払う。とにかく今は白雪姫に出会うのが先決だ。その先にカオステラーは必ずいるのだから。
「それで、王子様はどんな風に白雪姫とであうの?」
「たしか王子様は、森の中で白雪姫に出会うの。そして、眠っている彼女にキスをするはずよ」
……なんてことだ。それって……、明らかに犯罪じゃないか!?
僕は王子様の顔をまじまじと見てしまう。……まったく、眠っている女性を襲うなんて、いったいどんな趣味してんですか。
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