第7話 ギフテッドと禁忌

工学部 先輩の研究室


◆先輩

やあやあ。来たか。待ってたよ


◆男

遅れてすいません。工学部って北っかわなんで迷いました


◆先輩

気にするな。頼んだのはこっちだしな。


◆男

それですよ、それ。珍しいですね、先輩が俺に頼みごとなんて。


◆先輩

君にしか頼めんことだ。っと。電話だ。


◆男

いいですよ


◆先輩

悪いな。って。またあの人か。

......もしもし。今手が離せないんだが。切るぞ。

ああもう!いい年した男が泣くなよ。で、要件は?

......まだそんなところで詰まってるのか。

いいか?教授。前にも言ったがね。方法が根底からして違うよ。その仮説は最近棄却されたはずだ。なに? 学会準備に忙しくて目を通してない?

君はそれでも研究者か。切るぞ。

ここで成果出さないと助成金が切られる?ふん。貧乏研究者の戯言など聞けるか。国や大学に金を期待するな。金はどうせいくらあっても足りん。


◆男

(何言ってんだこの人)


◆先輩

その点私は全部自費でやってる。研究者たるもの不動産投資のひとつもしないでどうする。特許も取れる時に取っておくものだ。当たり前だろ?じゃあな。


◆男

誰だったんです?


◆先輩

ああ。学部長だよ。全く少しも進歩がないな、あの男は。研究者の風上にも置けん奴だ


◆男

(ええ.....)それで


◆先輩

すまんすまん。頼みごとをしたいんだ。

実は少し、禁忌を犯そうと思ってな。


◆男

......


◆先輩

.......


◆男

何する気なんですか。マジで。人類滅ぼす系の人工知能とか作らないでくださいよ


◆先輩

そんなのもうとっくに......ああいやなんでもない。

私が犯す禁忌。それはな


◆男

それは?


◆先輩

日本酒を飲もうと思うのだ。


◆男

先輩、それ


◆先輩

やはり大それた願いだろうか? それでも私はやるぞ、普通の大学生は日本酒をたしなむものだとノートを貸した友人に


◆男

約束したじゃないですか!ビール以上の度数のやつは飲まないって!あのゴリラみたいな彼氏さんと!ばれたらブチ転がされるのは俺なんですよ!


◆先輩

これみよがしに腕などさすりおって。もうかなり前の話じゃないか。あの件は

謝ったろう。


◆男

まだ痛むんです! 大体やるなら一人でやればいい。どうして俺を巻き込むんですか。


◆先輩

......わかるだろ。


◆男

すいませんでした。


◆先輩

全くコンビニ店員というのは頭の固い連中だ。観測される事象を受け入れるだけの度量が足りんのだ。

学生証を見せても「ごめんねー。お父さんの分は売れないんだー」

だ。全く嫌になる


◆男

他ならぬ先輩の頼みだから行ってきますけど、

まさかここで飲むわけじゃないですよね?


◆先輩

ここは酒を飲むのに最適な場所だぞ? わざわざ移動する程愚かな私ではない


◆男

誰か来たらどうするんですか! それこそ学部長とか!


◆先輩

だから言っているではないか。ここが最適だと。ここでは私のすることに文句の言える奴はいない。なにせ、やつらが望むままの機材と豊富な......


◆男

もういいです。ここにはアカデミックの闇を聞きに来たわけじゃないです


------------------------

◆男

ほら、買ってきましたよ。中でも度数の低いスパークリングのやつです。

これなら先輩でも


◆先輩

それは純米大吟醸か?


◆男

さあ? そこまでは。多分違うと思いますけど


◆先輩

なに、純米大吟醸じゃないのか?


◆男

なんですか急に


◆先輩

純米大吟醸がいい。


◆男

意味わかって言ってます?


◆先輩

知らん。でもノートを貸した友達が言っていた。日本酒はやっぱり純米大吟醸だよなーと。純米大吟醸以外日本酒とは認められねーわ、と。かーっ俺ってば通だから、と。


◆男

もう二度とそいつと酒の話はしないでくださいね。今度詳しいやつにお勧め聞いときますから。今日はこれで我慢してください。


◆先輩

しょうがない。君がそういうなら、今回は矛を収めよう。楽しみは取っておくものだ。さて、飲むか


◆男

どうぞ、俺一応入り口見張ってますから


◆先輩

すまんな。んー。いい香りだ。この瓶から行くのがいかにも大学生っぽくていいな

ごくごく


◆男

......


◆先輩

ごくごく


◆男

先輩?


◆先輩

実験だな。


◆男

先輩?


◆先輩

今からこの世界滅ぼす系の人工知能にこの研究棟すべての電子機器をハックさせよう。さあて。教員連中め。わたしの「ちゅぱがぶらちゃん」の攻撃に何秒耐えられるかなー。


◆男

先輩! やめてくださいよ! ってこの人ちからつええ!目ぇぐるぐるマークじゃん!


◆先輩

なあに。科学の発展に犠牲はつきものだ。教員たちの研究データは犠牲になるのだよ。科学の発展の、その犠牲にな......


◆男

あんたのそれはただの好奇心だー! 助けてー! ゴリラみたいな彼氏さんー!

あんたのとこの殿様がご乱心だよ! はやく! この新聞の一面に載る前に!

大学の権威が地に落ちる前に! ヘルプ!


-------------

文学部棟 共同研究室


◆同級生

聞いた? 工学部の院生が研究室のpcにしこたま貯めてたえっちな動画

が教養棟の大型モニタで大音量リピート再生されたって


◆男

っあー。それくらいで済んだか。ほんと、よかったよ。ほんと

ちょっとこう、危なかったもんな。主に学部長の、いややめとこう


◆同級生

それで君はまた、ボロボロになって転がってる。どうしたの


◆男

ちょっとな。今度は大学の危機を救ってたんだ。


◆同級生

すんすん


◆男

こら。におうでない。酒は入ってねえよ。あ。酒といえば


◆同級生

なに。くれるの。ちょうど切らしてたから助かる


◆男

カバンに入ってる瓶はしまえ。おまえ、日本酒って詳しい?


◆同級生

5時間


◆男

え?


◆同級生

私は日本酒について5時間語れる


◆男

......そうですか




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る