第2話 カクテルとアル中アイドル 前編
あー、お邪魔します。
どうぞ、そしてなるべく早く帰って。
それに関してはできるだけ協力しよう。色っぽい話ならともかくゼミのミーティングなんて速攻で終わらせたい。
そこ、テーブルのそば、座ってて。飲み物持ってくるから
悪いな
あとわたしはこれから数分間目を離すけど、絶対に部屋を探らないこと? いい?
分かってるよ。
絶対だから
ああ
絶対だから
早くいけよ。
スタスタスタ
......ようやく行ったか。探るななんて言われると破ってしまいたくなるのは人の性。さて、どうしますか。
ガチャガチャ。ガリッガリッ。シャカシャカシャカシャカシャカ。
(何作ってんだかわかんねえけど、もうすこしかかりそうだな。ようし、めぼしいものは、と。あ、PCがあるな)
......
(女子大生の一人暮らしにしては豪勢だな。デスクトップ型で、大型テレビみたいなモニタしてる。そして、このくそでかいヘッドホンとマイク。音楽好きなのか? その割にオーディオとかないけど。不思議だ)
......
(よく見れば電源ついてんな。直前まで、レジュメ切ってたのか。真面目なことで)
あの、もう少しだから。
ああ、ありがとう。
一歩も動いてない?
あ、ああ。もちろん。当たり前だ。(ってしまった。手がマウスに当たった。え、こいつパスワードかけてないのか。すぐにデスクトップ開いちまった。うーむ、殺風景だ。何の遊びもない。ん? このMARIってフォルダは一体)
何、してるの?
うぐっ。
動かないでって言った。
すまん。いいPC使ってんなと思って、つい。
中、見た?
見てない見てない。MARIなんてフォルダ、見てないし開こうともしてない。
わたしは何もファイルの名前なんて言ってないけど。
いやマジでデスクトップまでは見たけどフォルダは開いてないって本当。
......噂通り
は? 噂
なんでもない。ほら、これのんで。
酒? しかもカクテル。お前もしかして自分で?
ええ
って酒臭!
味見は大切だから。
ちなみにどれくらい味見した?
あなたのシャンディガフを作るのにビール二缶。わたしのジントニックつくるのにジンを一本。
それは味見じゃねえ。食後の晩酌だ。そして意外にチョイスが普通だ。
文句はないでしょ? 新歓飲み会の時ビール好きって言ってたし
よく覚えてんなそんな前のこと
......それ飲んだら早く帰って
俺が何しに来たのか分かってんのかお前
冗談。緊張してるの。人が来るなんて滅多にないから。
だから酒も飲むと?
ええ。
発想がアル中のそれだよ。だったらそもそもここでやらなきゃいい。図書館のミーティングスペースとか、ファミレスとか、共同研究室とか。場所はいっぱいあったろ。
人を呼ぶのも緊張するけど、人ごみにいるのはもっと緊張する。お酒も飲めないし。知ってる? すっごいお酒を飲んだ後に一気に飲むのをやめると手が震える。
お前今すぐ病院行けよ。
冗談。本当はあなたといるのを見られたくないだけ。
さっきの噂の話といい、大学での俺の評判について問いただしたい
それについてはあと。
冗談じゃない!? 気になってミーティングが進まねえよ!?
大丈夫。もうレジュメは完成しているし、想定される質疑もすべて検討してある。これレジュメの原本。
チェックさせてもらうぞ。......うむ。
......どう?
どうって。多分これでいいんじゃないか。俺からは特に言うことないけど。
本当に大丈夫? お酒飲みながら作った。
......それでこれはある意味すごいな。まあ、教授から多少のお小言はあるだろうけど、これのクオリティをさらにあげるくらいなら何か別のことをした方がいい。
何か別のこと。
ああ。何か好きなこととかするといい。大きなヘッドホンとかあるし、音楽好きなんだろ?
!
おい。どうした。
本当に何か言うことはない?
ああ? いやだから大丈夫だって。......いや待てよ、ひとつだけあった。すごく大事なことだ。
なに
言っていいのか? これ。お前をすげえ傷つけることになると思うけど。
! ええ
―――レジュメできてんのになんで俺呼んだんよ!
チェックしてほしくて。原案は二人で考えた。
メールでよかったろ。
文面じゃ伝わらないことがある。
お前に言われるとなぜか腹立つな。じゃあ、俺帰るよ。ペットのカメに餌やらないと。あ、酒うまかったよ。また作ってくれ。
待って!
おお、珍しく大声出したな。どうした。ゼミのことでこれ以上何かあったっけ?
違う。プライベートなこと。
プライベートだあ。そんなもん友達に聞いてもらえ。
......
理解した。そして分かったよ。でも、なんで俺なんだ。
あなたがあのサークルクラッシャーとよくいっしょにいるといううわさを聞いたから
帰る。
MARI
ごくり
知りたくない?
しょうがねえなあ。噂の件も確かめなくちゃいけないしな。うん、これはやむを得ん。
分かった。ちょっと待ってて。
急にPCの前まで行ったな。というかお前立つと意外にでかいな
多分あなたとそんなに変わらない。もしかしたら少し高いかも。
なにおう。じゃあいっちょ測ってみるか
興味ない。それよりMARI
お前の身長、いつか絶対に暴いてやるからな。
いいからとなり、座って
あ、ああ。で、俺はどうすれば
MARIフォルダのロックを解除した。開いて。
それくらい自分でやれよ。マウスはお前の側にある。
決心がつかない。
? 分かったよ。開いたぞ。あるのは全部音声ファイルか。
聞いて。
え、なんかこええよ。中身くらい言ってくれよ
いいから。聞いて。はいヘッドホン。
うわ。勝手につけるな。あ、髪の毛挟まった。いててててて。
はい再生。
さっきのかわいらしい感じはどこに。ってこれはお前の声だよな。内容的にはラジオか。
ネット配信。
ふうん。どれくらいのやつが聞いてるんだ
投稿した動画サイトでは1000再生くらい
反応に困る数字だな。で、これを聞かせて俺にどうしろと?
その前に確認。
なんだよ。
変だと思わない? こんなことやってるの
いや別に? 今時そんなめずらしくないだろ。こういうので生計立ててるやつもいるわけだしな。
でも身近な人がやってるのはまた違う。
そうかもしれないけど、お前結構いい声してるから向いてると思うぜ。
......そう。ありがとう。
別に。それで聞いていいか。どうしてこれをよりによって俺に見せたのか。
あなたにはこの配信に来たお便りへの答えを考えてほしい。あのサークルクラッシャーの後輩と一緒にいるあなたならよい知恵を持っていると思った。
ちなみにお便りの内容は?
「どうしたら友達ができるか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます