plan.24

 全員が揃って、ミーティングでをするために、一か所に集まる。

 各自椅子を持ってきて学年別に集まっているだけで、纏まりはないのだけれど。いつものように教卓側には忠海先輩と初春先輩がいて、まずは部長である初春先輩から話し出す。


「さて、一年生のお披露目まであと一週間になりました。宣伝用のポスターはさっき桜ちゃんに貼ってきてもらったので、あとは練習あるのみです。ですが、その前に」


「一応聞いておきますけど、テストの点数が悪かった人は居ないですよね。

 一番危なそうな和気君が通ったので、問題ないと思いますが」


 話が忠海先輩に変わり、失礼な事を言ってくるが、先輩は勘違いをしている。

 確かに入学式で新入生代表としてあいさつをした井原は良い点数だったと思うが、朝はオレとどっこいどっこいのはずだ。

 結局、中学生の時にはドングリの背比べだったし、今回だって一緒に勉強をしていた仲なのだから。

 とは言え、ライブまで時間がなく、時間を無駄にはしたくないので黙っておく。


「では、ライブの事について話していきますね。まずは当日の流れですが、最初に一年生の曲をやってから、三曲目以降、桜達が引き継ぎます」


「先輩達も演奏するんですね」


「結構な人数が来ると思いますし、二曲で終わりって言うのも寂しいですからね。

 んー……でも、最後にVS Aでも一緒に演奏しましょうか。一年生の顔を覚えてもらうのが目的ではありますから。大丈夫ですか?」


 先輩が一年生の方を見る。ここ最近は、直接練習していなかったとは言え、出来る自信はあるので頷く。

 他の二人の反応は見えなかったけれど、忠海先輩が「では一年生は三曲演奏することになりますね」と言ったので、満場一致だったのだろう。


「先輩」


 井原が大きな声をあげる。近くでいきなり声をあげられると流石に驚くから辞めて欲しい。

 オレの願いなどまるで気が付かない井原は、先輩が「何でしょう?」と首を傾げた後で、続ける。


「まだ二兎追うものを合わせた事ないんですが……」


「ええ、ですから今日合わせてみましょう。それで当日の話ですが、一年生は演奏にだけ集中していてください。

 和気君、というか橙和さんは最初と曲の間にMCして貰いますから、少し負担は増えますが。

 それについては、後で時間があったらどんな事話すか打ち合わせをしましょう。

 で、二年生ですが……」


 忠海先輩が、井原の話を軽く流して、ライブの打合せを続ける。

 一年生が関係するところが終わったので、他の二人に目を向けて見たら、井原が何か言いたげにオレを見ていた。

 言いたい事としては「あんた『二兎追うもの』ちゃんと歌えるの?」と言った所だろう。

 実際ずっと練習していた、『一人でツインボーカル』も先輩達のように歌えるかと言われたら、そうではないし――曲的に上手いとか下手とか関係ない気もするけれど――、井原の心配も分からなくはない。

 でも『二兎追うもの』は、自信はないがそれなりに歌えているのだと思う。


「と、言う事で、まずは『一人でツインボーカル』の確認から行きましょう。

 それとも先に橙和さん呼んできますか?」


「ライブの練習って意味なら、オレじゃない方が良いとは思います」


 橙和を呼んで来るって何だか変な感じもするが、事情を知らない人から見たら、そう言う事になるだろうし、来たるべき日まで碧人=橙和を隠すのであれば、疑わしい部分は減らすに越した事はない。

 その辺忠海先輩は、妙に慣れている。いや、忠海先輩だけじゃなくて、先輩達皆何かを隠すことに長けているような気がするのだけれど、気のせいだろうか。


「そうですね。折角ですし、本番と同様のスタイルでいきましょう」


「本番と同じって事は、オレ以外も着替えるって事ですか?」


「はい。ようやく、男子用の制服を一着用意できましたから」


「一着じゃあ、足りなくないですか?」


 オレが今着ているものを含めたとしても、二着しかない。

 必要分は、藍先輩と朝と井原で、三着だと思うのだが。

 忠海先輩は、困った様子も、驚いた様子も見せずに、自然な流れで藍先輩の方を見た。


「先輩の制服持ってきていますよね?」


「はい。お兄ちゃんの制服少し大きくて、動きづらいんですけどね」


「とか言いつつ、藍さんの事ですから、慣れたんじゃないですか?」


「一応は」


 こうやって忠海先輩と藍先輩のやり取りを見るのは、珍しいような気がする。

 それよりも、忠海先輩が先輩と呼ぶのだから、藍先輩と優希先輩には兄がいたと言う事か。別にそれ自体は珍しくないのだけれど、大人っぽい二人に年上の兄妹がいるというイメージが沸かない。

 何より、藍先輩にお兄ちゃんって呼ばれる、見知らぬ先輩が羨ましい。


 というか、美人姉妹が妹に居るとか、もう人生の勝ち組じゃないだろうか。しかも、お兄ちゃんと呼んでもらえる程度には、慕われていると言う事だ。是非とも立場を代わって欲しい。

 下心丸出しのオレの思考は読まれていなかったらしく、藍先輩が続けて忠海先輩に問いかける。


「袖を曲げるくらい言はしても大丈夫ですよね?」


「大丈夫でしょう。どこかの誰かさんも、よくやっていましたし。

 と、言う事でちゃんと数は揃ったので、まずは女子から着替えてきてもらいましょう。

 それとも、簡易更衣室がありますから、全員で行ってきますか?」


 全員とは言いつつも、忠海先輩はオレに向かって問いかけている。オレが簡易更衣室を使う事になるだろうが、布一枚隔てた空間で、女子が三人着替えているシチュエーション、しかも一人はあの藍先輩だと考えたら、男としては乗っかりたいところだ。

 たかがカーテン一枚、やりようによっては着替えシーンを見る事も出来るだろう。

 しかし、これが罠なのは明白。覗きがばれて「もう、エッチ」くらいで済めばいいが、現実はそんなに甘くない。


 故意に覗いたのだと思われたら、確実に口をきいてくれなくなるだろうし――別に井原からならいいが、藍先輩からだときつい――、退部や休学にもなりかねない。

 何より、ここでYESと答えたら、それだけで下心を見抜かれるかもしれない。

 だとしたら、賢い選択は一つ。


「オレが準備室で着替えるので、先輩達はこっちで着替えてください」


 何も悟られないように、サラッと言った後で、返事を待たずに準備室に向かう。

 あとは急いで着替えて、事故を装って戻ってくればいいのだ。

 自分が着替え終わったタイミングで、戻ってくるのは別に変なことではないし、先輩の性格を考えるに、きっと笑って許してくれるはず。

 ただ、すぐに目を逸らすなり、準備室に逃げ込むなり、しないと事故であっても非難される可能性はある。

 だから、勝負は一瞬。一目で全てをこの目に焼き付けなければならない。


 準備室に入って、心を落ち着ける意味を込めて大きく息を吸う。それをゆっくり吐き出そうとしたタイミングで、背後のドアが開かれる音がした。

 吐きかけた息を飲み込んだせいか、喉の奥の方が痛く、腹部に違和を感じる。


「お邪魔しますよ」


「人が着替えようとしているに、どんな用事なんですか。忠海先輩」


 悪びれた様子のない声に、すぐに侵入者が誰か分かったので、名指しで理由を問う。

 忠海先輩は、オレの横をすっと抜けて、壁に立てかけてある――今まで気が付かなかった――大きめの紙袋の中を覗き始めた。


「和気君が勝手にここに来たので、桜が持って来た制服や、藍さんが置いていた制服を移動させるタイミングがなかったんですよ」


「それはすみませんでした」


 理由が思いのほかにちゃんとしていて、何も言い返せない。

 それに、あちらで着替えがないのなら、どれだけ頑張っても着替えシーンは拝めないのだ。

 どちらかというと、今の忠海先輩の行動は、オレにとってプラスであるといえる。

 それならば、先輩が立ち去るまで待っていようかと思ったのだけれど、忠海先輩は思い出したようにオレに告げた。


「和気君が今着ている制服を真庭さんに渡すので、すぐに着替えて貰っていいですか?」


「今すぐにって事ですか?」


「桜がいると恥ずかしいというのであれば、そこに更衣室がありますよ」


 忠海先輩はオレの計画を邪魔する意図でもってそう言っているのか、はたまた偶々言ったのかはわからないが、どうやらオレの計画はここで詰みらしい。

 先輩は準備室から出ていく様子もないし、無理に追い出したらそれはそれで怪しい。

 すごすごと更衣室のカーテンの中に入り、女子生徒用の制服に着替えを始める。


 この着替えにも慣れたもので、あまり時間をかけずに着替えることが出来た。

 カーテンから顔を出し、先輩に着ていた制服を渡す。

 先輩は「確かに」と言って受け取った後、すぐに音楽室に戻って行った。と思ったら、帰って来た。


「今度はどうしたんですか?」


「真庭さんが手が離せませんから、桜がメイクしてしまおうかと思いまして」


「それが良いですね」


 今日ほど、自分でメイクが出来れば良かったのにと思った日はない。

 自分で出来さえすれば、先輩は今この場にはおらず、メイクが終わったからという大義名分を携えてそこの扉を開くことが出来たのに。

 今となっては後の祭りなので、力なく先輩の提案を受け入れる。


 見ようによっては、忠海先輩と二人っきりで、かなりの近距離に居るわけだから、それ以上を望むのは贅沢なのかもしれない。

 でも、そうではないのだ。

 オレの顔をキャンバスにしている忠海先輩が、話しかけてくる。


「秘密は秘密のままであった方が、魅力的らしいですよ?」


「な、何の話ですか?」


 先輩の言いたいことは何となく分かる。分かるからこそ、不意打ちとなって、動揺してしまった。言葉では誤魔化してはいるが、それが逆に痛々しい。

 忠海先輩は笑うこともなければ、怒ったような様子も、失望した様子もなく、強いていうなら興味深そうな声を出す。


「何でもないですよ。ただ、和気君は健全な男の子なんだなって思っただけです」


 和気君「は」と言う事は、そうでなかった人物が過去に居たと言う事だろうが、下手に掘り返してこちらに火の粉が飛んでくるのも良くないので、尋ねたい気持ちをぐっと抑える。

 メイクをしているため、いつもよりもかなり距離が近い忠海先輩の表情が悪戯っぽいものに変わった。


「まあ、計画を立てるだけなら、きっと誰も咎めません。それに、けしかけたのは桜ですからね。実行しても、半分くらいは桜に責任があります」


「だからこうやってメイクしているんですか?」


「はい、実行させるわけにはいきませんから。男子が考える覗きの罪の重さと、女子が考えるものとは違うと制服をくれた先輩が言っていましたので」


「先輩の手のひらの上だったってわけですね」


 オレは綺麗に踊っていただろうから、きっと先輩もご満悦だろう。

 満足そうに笑っていた先輩は、しかし退屈そうにため息をついた。


「ええ、ここまで思い通りだとは思いませんでした」


「でも嬉しくなさそうですね」


「楽しかったですよ。でもその分、最近の周りの人が手ごわい事を、思い知らされるんですよ。慣れて反撃してくる程度なら面白いんですけど、ウェルカムってな感じに、桜からいたずらされるのを待っている人までいるんです」


「どんな人なんですか?」


「二十何歳か忘れましたけど、年上のお姉さんです。アニメが好きなら知っているんじゃないですかね」


 アニメと言う事は、アニメーターか声優か、それとも最近アニメ化した作品の原作者になるだろうが、あいにくそこまで詳しいわけじゃない。

 女声の練習によく見て、楽しいなとは思っていたけれど、そこまではまり込む作品も無かったし、今ではたまに見る程度になっている。

 が、問題はそこではなく、そんな相手と今のオレのようなやり取りができるのが、忠海先輩だと言う事だ。


「先輩ってやっぱりすごいんですね」


「そのズレた敬意の表し方は、誰かさんにそっくりです」


「その人とは仲良くなれそうです」


 不貞腐れたように言い放ったオレの言葉に、忠海先輩がくすくすと笑う。

 こういう余裕を持った対応をされると、自分が妙に子供っぽく、先輩がとても大人のように見えるのだけれど、先ほどの話を聞いた感じ、その先輩もやっぱり子供らしい一面があるらしい。

 こんな考えをしていると、自分と言うものの立ち位置が揺らいでしまうような気がするが、そもそも「橙和」というキャラクターを作られた身としては今さらかもしれない。


「さて、これで完成です」


 忠海先輩がオレにかつらをかぶせて、手鏡を使ってオレの姿を見せる。

 それでは、オレも演技を始めるとしよう。


「やっぱり桜先輩って、他人にメイクするのが上手ですね」


「結構練習しましたからね。でも、そろそろ真庭さんの方が上手になるんじゃないですかね」


「そうですか?」


「好きこそものの上手なれって、事だと思いますよ」


「朝、わたしの顔好きですもんね」


 軽く暴走する程度には。それを自分で作ることが出来る喜び、と言った所なのだろうか。

 考えてみれば、まだ数回しかメイクされていないのに、先輩の力を借りずにオレを橙和にするくらいは上達している。

 朝は普段メイクしていないし、もしかして自分にするよりも、オレにメイクする方が上手なのではないだろうか。


「さて、今から歌って貰うわけですが、今くらいリラックスして歌ってくれていいと思いますよ」


 忠海先輩はそれだけ言うと、こちらの反応を確認する事なく、音楽室に戻って行った。

 もしかしてオレの不安を悟られていたのだろうか。

 いや、流石にそれは考え過ぎだと思う。でも、先輩はオレが何処まで歌えるのかを、分かってはいるのかもしれない。本当に底が知れない人だ。


 橙和の状態で、自分の頬を叩いて気合を入れるというのは変な気がするので、短く力強く息を吐く事で代用する。

 気持ちを入れ替えたところで、音楽室への扉を開いた。


 男子が女子の格好をすると、様になる可能性はごくごくわずかだと思うが、その逆はそうではない。そう思わせるような何かが扉の先に広がっていた。

 男子で女子の格好が様になっている人間が言って良いのか分からないけれど、言葉にしていないからセーフだろう。

 ともかく、女子が学ランを着ている姿は、いつもとは違う趣があって目を奪われる。


 特に藍先輩は素晴らしい。普段大人びているのに、大きめの制服のせいで幼い印象を受ける。普段とのギャップと言うか、普段との印象とのアンバランスさが言葉にならない感動を湧き上がらせるのだ。

 井原を褒めるのは癪だが、もとの身長が高く、スレンダーな体形のせいか良く似合っている。制服が多少大きいようだが、普段の印象がきつく男っぽいためか、違和感がない。


 ただ朝だけはいただけない。というか、ピッタリでオレが情けなくなってくる。

 本当に朝と身長が変わらないんだなと、実感させられる。

 でも、男である碧人の感想は喉の奥に留めて置いて、橙和としての感想をf述べなくてはならない。


「制服が違うだけでも、結構印象変わるんですね」


「印象どころか、性別まで変わっているように見える人もいますけどね」


「わたしは普段、わたしの顔を見られないからいいんです」


 茶々を入れてくる忠海先輩に、無駄だと思いつつも言い返して、C*2のメンバーに近づく。先輩と朝は照れたように少し頬を染めているのだけれど、井原はそれとは別にそわそわしていた。


「碧君がどんな気持ちか分かったかも」


「メイクまでしてあげましょうか?」


「メイクしても、男っぽくはならないと思うんだけど」


 照れ隠しの為か、真っ先に朝がオレに話しかけてくる。

 普段と違う恰好は恥ずかしいが、堂々としていれば割と変に思われないモノだ。

 それはそれとして、井原が挙動不審なのが怖いので、話しかける事にした。


「麗華ちゃんどうしたんですか?」


「この制服って、桜さんが持って来たものなのよね」


「わたしは誰がどの制服を着たのか分かりませんが、そうなんでしょうね。朝ちゃんが着ているのが、碧人の制服だと思いますし」


「だとしたら、この制服の持ち主が分からなくもないのよ」


 井原が神妙そうに言うので、吹き出してしまいそうになったが、なるほどななゆめの先輩の制服なのか。

 ななゆめに男性は一人、考えずとも答えは出るだろう。


「桜先輩の人脈は、ななゆめだけじゃないと思いますよ」


「ななゆめだけじゃないですけど、その制服は一誠先輩のモノですよ」


「駄目です。この制服をアタシなんかが着たら。それだったら、和気の制服着ます。

 和気の制服だったら何しても後悔しないですし」


 酷い言いようだ。オレはユメ先輩の制服を着れるから女装したというのに、オレも井原もななゆめのファンって括りには違いないが、考え方は違うらしい。


「和気君の制服は、井原さんには入らないと思いますよ。流石に現役生の制服を駄目にしたら、問題です」


「桜先輩の言い分は正しいですが、釈然としません」


「じゃ、じゃあ……」


 井原が助けを求めるように藍先輩を見る。

 その視線に気が付いた先輩は、とてもいい笑顔で「ごめんね」と謝った。

 藍先輩が、井原が困る姿を見て楽しむとは思えないから、何だか意外な反応。その反応の意味を、隣で見ていた優希先輩が教えてくれる。


「藍って本当に兄ちゃんの事好きだよね」


「優も人の事言えないと思うけど」


「はいはい、お二人がお兄さんを好いているのは良く知っていますから、演奏の準備お願いします。

 井原さんは、その制服で我慢してください」


「我慢なんて、そんな……」


 今の井原をどこかで見たことがあると思ったが、暴走している時の朝に似ているのか。

 恋は盲目……とは違うだろうが、恐ろしいものだ。だが、それよりも恐ろしいのは、井原の暴走を見ても「我慢していないなら良いですね」と軽く流す忠海先輩なのかもしれない。

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