plan.23

     *



 中学の時もそうだったが、何でテストって一気に返してくれないのだろうか。すべてのテストを一気に手渡してくれれば、それだけでテスト返却は終わるというのに。

 それを神原に愚痴ったところ「教科担当じゃないと、質問に答えられないからだろう」ともっともな答えが返って来た。確かに英語の和訳の微妙な間違いを、理科の先生に尋ねて納得のいく答えが得られるとは考えにくい。


 それに授業が一回潰れると考えると、悪いとこでもないのだけれど、中学生の時と違い今のオレは部活に入っているのだ。

 赤点でもとったら、部活停止処分なんてのも考えられる。だが、赤点を取ったからと言って、部活を休まないといけないという話は聞いていないし、そもそも難点が赤点なのかも知らない。


「と言うわけで、神原分かるか?」


「何も分からんよ。むしろ昼休み始まっての第一声がそれで分かる方が可笑しい」


「この学校の赤点って何点何だ? 赤点取るとどうなるんだ?」


 考えていた事を簡潔に言葉にすると、神原は納得したような顔をした後で、「へぇ」と癪に障る含みを持った笑みを浮かべる。

 すぐにその含みを理解したので「一応全教科平均前後くらいは取っているからな」と釘を刺しておく。

 神原は面白くなさそうに首を振ってから、答えた。


「確か三十点以下って先輩が言ってたかな。先生にもよるらしいが、該当する生徒がいる時に『三十点以下はあとで職員室に来るように』と言ってっみたり、返却時にこっそり行ってみたりとあるらしい。

 これは噂だが、下駄箱に『職員室に来るように』って書いた紙が入っていたって話もあるらしい」


「今時ラブレターでもなかなか下駄箱に入れないと思うけどな」


「寂しい世の中だ」


「で、赤点取ったら何かあるのか?」


「何の面白みも無く、補習だ。夏休みに入るまで補習があって、入ってすぐに再テストがあって、合格点取れなかったら、夏休みの最初の一週間は無くなる」


 別に赤点のペナルティに面白味は必要ないと思うのだが。

 仮に面白味を求めてみるとどうなるだろうか、と考えて、やめる。考えたところで、採用されるわけでもなく、これと言って面白いアイデアも浮かんでこない。


「その間部活は?」


「当然いけない。って言っても、碧人には関係ないか」


「じゃあ、神原はしばらく部活いけないんだな」


「いや、普通に碧人よりも点数高いぞ?」


「そんな気はしてたよ」


 何とか入学することが出来たオレからすれば、多くの人間がオレよりも頭が良いと言う事になるだろう。正直、平均点とれているだけでも十分だといえる。

 むしろ、オレが平均で大丈夫なのかとすら思う。それだけオレが勉強したって事かもしれないが。


「それにしても、ようやくテストが終わったな」


「点数はさっきも言ったが……」


 テスト後の話題何て、テストの点くらいのものだと思うのだが、神原は「違う違う」とオレを制した。

 期待に満ち溢れた真っ直ぐな視線をオレに向ける。


「ライブだよ。軽音楽部のライブ。来週の終業式の日だから、放送部としても忙しいわけよ」


「ああ、言っていたな」


 本当は言われずとも知っていたけれど。一応部活には入っていない事になっているし、軽く流すくらいで正解だろう。しかし、オレの口は利かなくていいものを尋ねたいようだ。


「やっぱり、新入生に期待しているのか?」


「一昨年ななゆめのメンバーが揃って、去年は美人の双子が入部したか。

 今年もそのレベルの人が来るはずない気もするんだよね。学校を上げて部員を集めているならまだしも、ここの軽音楽部だとその逆で、人を拒んでいるところあったし」


「お蔭で入学するまで、弱小部活だと思っていたな」


「ななゆめは知っていても、高校生だったって言うのは、調べないと分からないからね。

 一応テレビでも取り上げられた部分はあるけど、積極的に出るようなグループじゃないし。とは言え、有名ドラマの主題歌歌っていたから、全く知らないって人は珍しいと思うけどな」


「そう言えば、放送部が手伝いをするって話だったか?」


 聞きたかったことは聞けたので、変なところを突っ込まれるより前に、話題を変える。

 そう言えば、お披露目ライブがある事は、未だ校内で周知されてはいない。

 神原はまっていましたとばかりに、勢いよく話し出す。


「着々と準備が進んでいるよ。例年通りだから隠しはしないけど、校内にライブ中継するらしい」


「一部活の活動なのに、仰々しいな」


「それだけの話題性があるって事だよ。それに放送部としても、こういったイベントをやっておかないと、技術を後輩に伝える機会がないから助かっているって話だ。

 お蔭で俺は先輩との距離が物理的に近くなる。たまに手が触れる事すらある。美味しい」


「楽しんでるな」


 こちらの計画は修正に修正が重ねられているというのに、神原は入部以来良い思いばかりしているようで、正直羨ましい。

 でも、ユメ先輩と二人きりで話したとか、志原先輩の家に通っていたと考えると、人の事は言えないか。それ以上に大変で、満喫している余裕はなかったけれど。

 完璧計画的に考えると、そう言った先輩達にも凄いと言わせないといけないのだから、先が思いやられる。しかも初の校内ライブは碧人ではなく、橙和で出ないといけない。

 この辺りは今さらか。当初の予定とずれては来ているが、悪い流れだと思っていないし。それよりも今は、目の前のライブの方に集中しないと。


「楽しいよ。部活の雰囲気も悪くないし、碧人も入部しないか?」


「オレは良いや。他にやりたいことがあるしな。それよりも、放送部でライブの宣伝ってしないのか?」


「宣伝はポスターでしかしないらしいよ。でも、整理券の配布は放送部が担当」


「整理券……配るんだな」


「ななゆめのフルメンバーが揃っていた時は、休日で二回公演だったらしいから、それ苦に比べたら大したことないだろ?」


 確かにプロの演奏をタダで、近距離で、聞く事が出来ると考えたら、整理券を配るくらいはしないといけないのかもしれない。

 今回のライブで人がたくさん来てくれた場合、オレ達の頑張りではなくて、先輩方のこぼれをあずかっているというわけか。

 それはちょっと悔しいが、先輩目当てでやって来た人の一人でもオレ達のファンにしてしまえばいいのだ。正直、今は自信がないが。


「放送部が整理券を配るって事は、神原に頼んでおけば問題ないわけだ」


「残念ながらそうはいかない。整理券を配る時には、軽音楽部の先輩の誰かと一緒になるからな。何かやったらすぐばれるよ。

 放送部の先輩が言うには、去年の整理券は配布開始一時間を待たずに配り終えたらしい。一年生が手に入れるのは、かなり難易度が高いって事だね」


「でも、放送部は整理券は要らないんだろ?」


「担当にもよるけどね。各教室に中継するから、機材に付きっきりの人は、音楽室には来られない。オレは高度な説得と、じゃんけんの運により、撮影班になったから確実に音楽室に入れるけどな」


「それは良かったな」


 神原にとってのオレは、ななゆめにほどほどに興味がない帰宅部の人間だから、それっぽい返事をしておく事にした。



     *



 放課後、すぐに音楽室に言ったつもりだったのだが、既に初春先輩が所在無げに、教卓の椅子に座っていた。

 先輩はオレを見つけると、パッと顔を明るくさせて、立ち上がりやってくる。


「和気君こんにちは。そろそろ、テストは全教科返って来た?」


「こんにちは。テストは全教科返ってきました。点数的には可もなく不可もなくって感じで、赤点はなかったので安心してください」


「そっか、それなら良かった」


 初春先輩は無垢な笑顔を見せてくれるけれど、もしもこれが忠海先輩だったら、赤点を取っていなかった事に対して、残念な顔をするのではないだろうか。


「先輩はどうだったんですか?」


「良くも無く、悪くも無くって感じかな。桜ちゃんが点数良いから、どうしても見劣りしちゃうんだよね。頭が良いって言うと、藍ちゃんや優希ちゃんもそうなんだけど」


「やっぱり、頭良いんですね」


「困っちゃうよね。綺歩先輩や御崎先輩も成績良くて、プレッシャーに感じる事も……無かったかな。意外と」


 御崎先輩……名前くらいは聞いた事あるとは言え、実際に見た事ないのでピンと来ない。

 志原先輩が頭が良いのは、とても納得できる。でも、勉強もできるとなると、いよいよ才色兼備ってやつじゃないだろうか。


「ユメ先輩はどうだったんですか?」


「なんだか面白そうな話をしていますね」


 急に背後から声がかかり内心驚いたが、忠海先輩の声だとすぐにわかったので、驚いた事が少しだけ悔しい。


「先輩方の成績ですよね。ユメ先輩は少なくとも平均は取るって感じでしたよ。この辺何の面白みも無いですが、一人凄い先輩が居たんですよ」


「話に出ていない先輩って、あと一人だけですよね」


「はい。元部長、現リーダーですね。稜子先輩は、全教科全テスト三十点ちょっとだったらしいですよ。オール三十一点って言う芸術的な結果も出した事があります。」


「綺麗に赤点だけは回避しているって事ですよね。確かにそれは驚きますね」


 ななゆめが全員勉強も完ぺきな集団なのかと思いつつあったので、何処か安心した。

 ユメ先輩や初春先輩も、良いってわけではなさそうだけれど。


「ところで、ライブまであと一週間になりましたし、そろそろ和気君には二兎追うものを歌って欲しいんですけど、大丈夫ですか?」


 忠海先輩が急に話を変えるので、ドキリとする。神原の前では適当に誤魔化すけれど、先輩の前で誤魔化しても仕方がないので「たぶん、何とか」と自信がない事を隠さず答えた。先輩は「珍しいですね」と驚いた顔をする。


「もう一曲の方はそこそこ歌えていますし、あんまり気負わなくていいですよ」


「そちらは、歌えているというか、歌って感じじゃないですよね」


「気に入りませんか?」


「いえ、とても気に入っています。なんて言うか、オレらしい歌詞ですし、歌っていて楽しいですよ」


「和気君が上手ではない事を隠せますしね」


「返す言葉も無いです」


 まだまだオレは、歌が上手いと言われるレベルでは無い事は、オレが良く分かっている。せめてもう少し時間が欲しかったが、新曲の練習もあったし、妥協するしかないのだろう。駄目だったら、ライブで歌えなくなるけれど。


「あとは皆集まってからですね。桜達だけで話しても、二度手間になるわけですし」


 先輩がベースの準備を始め、初春先輩もそれに倣う。それから先輩方は、あまり音を出そうないように気を付けて、二兎追うものを演奏し始めた。

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