plan.21

「井原さん。あおいちゃんも可愛いと思うけど、もうちょっと捻った方が良いんじゃないかな?」


「真庭さんは何かいい名前があるのかしら」


「えっとねえ」


 ああ、朝がこの上なく楽しそうだ。半分くらい暴走している気がするが、変な名前を付ける事はないだろう。

 可愛いものに、可愛い名前を付けたいだけなのだろうし。

 しかし朝の勢いは「名前を考えるのもいいですが、ちょっと話を聞いてくれませんか?」と言う忠海先輩に殺されてしまった。朝も井原も先輩の発言の後、ピタリと動きを止めるので見ていて面白い。


「便宜上和気君と呼びますけど、和気君的には見た目は問題ないってことで良いですか?」


「はい。正直此処までとは思っていませんでしたから。でも諸問題は解決していないです」


「分かっていますよ。これでも桜、結構頭使ったんで、話だけでも聞いてくれませんか?」


 女装すること自体そこまでノリ気ではなかったのだけれど、ここまでになるのであれば、利用してもいいかなとは思う。忠海先輩の案が納得できなければ断ればいいだけだし、良い案であれば乗っかってみるのもいいだろうと頷いて返した。


「和気君にもう一つ確認ですけど、女声と男声の中間の声って出せますか?」


「出せます」


「だったら、女装していても両声類できますね。声で和気君だとバレる心配もないですし。

 いずれはその辺の壁を取っ払ってもいいですが」


「忠海先輩はどうしようとしているんですか?」


 オレだと気づかれずに、名も無き今のキャラで両声類的芸当ができるかと言われたら問題なくできるが、それではますます和気碧人が表に出にくくなると思うのだけれど。

 忠海先輩は意味深にオレを見やる。


「今の姿の時は桜でいいですよ。普段から桜でもいいんですが、今となっては使い分けてもらった方が面白そうです。

 どうしようとしているか、でしたね。和気君の性別を不詳にしようかと思っています。

 実は男なんじゃないかと思わせることが出来たら、男の姿でも表に出やすくなりますよね。でも、和気君には完璧に女性を演じ切ってもらいます」


 態と男性らしさを見せると言うのも信条に反するが、だからと言って、完璧に演じたら性別不詳にならないのではないだろうか。

 先輩の話を理解できていないのはオレだけかと思って、他の一年生に目を向けたがどうやら二人とも的を射ていないような顔をしていて、分かっていないようなので安心した。

 でも、キャラ的にはここで気が付いて「これこれ、こういうことですか?」と言っておきたいところではあるが、いかんせん頭が足りない。


「つまり、私を含めた和気君以外の三人も、何かするんですね」


「流石藍さんは察しが良いですね。和気君以外の三人には学ランを着てもらいます」


「皆男子の制服を着ているのに、一人だけ女子の制服を着ていると言う事は……と思わせるんですね。でも、それだと丸わかりですよ?」


 ようやくオレも理解できる話になったので、忠海先輩に疑問を投げかける。

 全員の制服を入れ替えるのはさすがに露骨だと思うのだけれど、先輩は違う意見らしく左右に首を振った。


「こちらから明言しなければ、疑惑の枠を出る事はありません。しかも、今の和気君なら、男だと言われても信じられない人も多いでしょう。

 それに一度でも男かもしれないと思ったら、本当は男でしたとネタバレをしても批判は集まりにくいでしょうし、他の三人が男装をしていますから、和気君の趣味で女装をしていたのではなく、部としての方針で仕方なかったのだと言っても全然不自然じゃないですよね。

 加えてもう少し、ギミックを仕込んでおきます」


 息つく間もなく忠海先輩が一気に話す。その中で、上手く立ち回らないといけないとはいえ、見事にオレが言っていた懸念は払拭されてしまった。

 しかもまだ何かあるらしい。いっそう忠海先輩に注目が集まる。忠海先輩は鞄から筆記具を取り出し、適当な紙に『C*2』と書いて見せた。


「まずバンド名ですがこのように書いてシーツ―にしてください」


「どういう意味なんですか?」


「changing clothes意味は着せ替えってところです。頭文字のCが二つあるからC*2です。読みは『シーアステリスクツー』でも『シーバイツー』でも『シーカケルニ』でも、何でもいいですが、シンプルな方が良いでしょう。

 和気君が男子の姿でライブをする時には、頭にNOTのNを付けると良いでしょう。その時には制服の入れ替えはなしです。

 子供だましのようですが、案外皆さん気が付かないモノですよ」


 タネが分かっているオレ達からしたら子供だましのようだけれど、何も知らない人が聞いたらどう思うかというのは、考えるに面白い所がある。

 それにオレが男の姿でステージに立つことを前提にして考えてくれていることは、素直にうれしい。


「それから、今の状態の和気君の呼び方ですね。少なくともしばらくは和気君と呼ぶわけにはいきませんし、せっかくですから本名と関連させた名前が良いでしょう。

 関連と言っても、『あお』をそのままなぞらえると芸がありませんから、バンドコンセプトにも寄せて反対色である『橙』を使いたいところですね」


「だいだい……ですか?」


「読みとしては、『とう』とか『と』でもいいと思いますよ」


 名づけ積極的だった朝がいち早く問いかけ、忠海先輩は答えながら『橙』という漢字を書く。

 女の子の名前で橙って使いにくいかなと思いはしたけれど、ありきたりに「子」を付けてみると読みとしては「トウコ」になり、意外といけそうな気もする。

 少なくとも碧子よりはマシだろう。


「橙に平和の和で『トワ』ちゃんなんてどうですか?」


「トワ……ですか」


 朝が提案した名前だが、何だか耳に馴染まない。苦言を呈そうかとも思ったのだけれど、目を爛々と輝かせる朝には何も言える気がしなくて、先輩に判断を委ねる事にした。

 もしかしたら、名前もすでに考えてあるかもしれないし。


「桜は良いと思いますよ。『人』と対をなしているのが『和』というのが、何とも皮肉が利いていていますし」


「えっと……そう言う意味で付けたわけでは……」


「分かっていますよ。朝さんがそんな皮肉の利いた名前を出すとは思えませんからね」


 悪びれもせずに言った忠海先輩に対して、初春先輩が「桜ちゃん?」と咎める声を出した。それから、視線をオレに変える。


「良い名前だとは思うけど、実際に呼ばれるのは和気君だから、和気君が気にいる名前が良いんじゃないかな?」


 初春先輩のもっともな意見の後ろから、朝が「気に入らなかった?」とでも言いたげにこちらを見ている。

 そんな目で見られると、何だかこちらが悪者のように感じてしまう。他にいい名前が浮かぶわけでもないけれど、最初に生まれた違和感は拭い去れない。

 オレが答えあぐねていたからか、忠海先輩が「そうですね」と切り出した。


「和気君はソメイヨシノについてどう思いますか? 別にソメイヨシノではなくても、白妙、琴平、一葉、寒緋桜など何でもいいですが、ソメイヨシノが一般的でしょうね」


 ソメイヨシノと言えば、桜の事か。と言う事は、その後に出た名前は全て桜の種類なのだろうけれど、こんなに数があったのか。

 桜雑学は良いとして、桜の花についてどういうイメージがあるかを尋ねているとみていい。


「別れの印象が強いですね。卒業式のイメージです。

 花そのものとしては、小さくて可愛い……でしょうか。でも、全体としてみたら綺麗と言った方が良いかもしれませんね」


「ではそのイメージと桜は合致しますか?」


 ここで言う「桜」は先輩の名前で間違いない。

 忠海先輩は尋ねているけれど、オレの答えは既に分かっていると言わんばかりの顔をしている。


「合致する部分もありますけど、どっちかというと初春先輩……鼓先輩の方が良いんですかね?」


「どっちでも良いよ。でも、さっきの桜ちゃんの話からすると、あたしの事も同じように呼んだ方が良いのかな」


 ふと気になったので、話の途中ではあるけど初春先輩に問いかける。

 初春先輩も自分の呼ばれ方に拘りはなさそうだから、気にする事も無かったかもしれない。先輩が首を傾げるので、こちらで決めてしまう事にした。


「じゃあ、鼓先輩って呼びますね。と言う事で、鼓先輩の方が『桜』っぽいです」


「つつみんの場合、小さくて可愛い花なら何でも当てはまりそうですけどね。

 鼓もタンポポから来ているそうですから、ピッタリの名前と言えるでしょう」


 タンポポたどいうのであれば、確かに初春先輩には似合っていると思う。

 心の中で同意して、話を名づけに戻す事にした。


「それと、わたしの名前って関係ありますか?」


「つつみんの名前はないですけどね。大事なのは桜の方です。

 桜が桜らしくなくても、皆さんが桜を桜とするのに違和感がないように、名前なんてずっと呼ばれていたらしっくり来るものですよ」


「橙和も慣れたら、気にならないって事ですね」


 忠海先輩の例えがどれくらい的確だったのかはわからないが、言いたいことはわかった。

 一理ある気もしたし、せっかく朝が付けてくれた名前なので、ここは納得しておこう。


「分かりました。わたしは今から橙和です」


「橙和ちゃん、よろしくね」


 朝が元気よく言って「何か変な感じだね」と照れたように笑う。

 変な感じがするのはこちらも同じ、それはこれから慣れていくしかないのだろう。

 話が纏まったところで、忠海先輩の言葉を待つ。


「あとは、橙和さん用に声を使い分けられるような曲を作りますね。

 ここまでしたら、和気君も納得してくれると思うのですが、どうでしょうか?」


 忠海先輩が「和気君」と言ったのは単なる間違いなのか、それとも橙和ではなく、和気碧人への言葉だと言う事を強調したいのか。

 話の流れ的にも、忠海先輩の性格的にも後者のような気がする。

 それに、ここまでお膳立てされて、断るという選択肢はない。キャラ的にどう返せばいいのだろうかと、わずかに考える間に、井原がオレを無視するように話に割り込んできた。


「それってつまり、桜さんがアタシ達の為に曲を書き下ろしてくれるって事ですか?」


「間違いではないですが、やや実験的なところもあるので、クオリティーは期待しないでくださいね」


「いえ、桜さんに曲を作ってもらえるなんて、それだけで感無量です。

 だから、トワ子これでいいわよね」


 有無を言わさない勢いの井原の表情が眩しい。トワ子って誰だよってツッコミもいれたいし、先輩との会話に割り込んでくるんじゃねえよとも言いたい。

 だが橙和たるオレは、碧人の今すぐにでもつっかかっていきたい衝動を、抑えなければならない。


「麗華ちゃん。勝手に決めないでください」


「なんか調子狂うわね。嫌なの?」


「当事者なのに、無視されるのは嫌です。それに急に話に割り込んでこない方が良いですよ?」


 出来るだけ毅然として応えると、井原は何も言わずに悔しそうな顔で引き下がった。

 これでゆっくり話が出来ると、安心したところで、忠海先輩から「いかかでしょう?」と再度確認が入る。


「今の話で文句はないです。むしろ、色々と考えてくれてありがとうございました」


「いえいえ、橙和さんが可愛かったおかげですから」


「そう言う事にしておいてあげます」


 忠海先輩の言葉の意図が煽りたかっただけのか、照れ隠しなのかはわからないが、橙和基準で考えないといけないというのは中々に難しい。

 むしろ自分でもよくこんなことできるよなとすら思う。

 忠海先輩の反応を見て、本意を計りたいところだったけれど、全く分からない。


「それでは、話が纏まったって事で、橙和さんの化粧を落としましょうか」


「えっ?」


「真庭さん、なんて声を出しているんですか」


「あ、いえ。何でもないです」


 忠海先輩の追及に朝が小さくなってしまった。きっと、先輩なら朝の困惑の声の意味を分かっているだろうに。まあ、せっかく見つけた可愛いものが無くなってしまうから、とかいう理由だからフォローするつもりもないが。


「ついでですから、真庭さんもメイク落とし手伝ってくれませんか?」


「わたしですか?」


「はい。出来れば今後、真庭さんにメイクの担当をお願いしたいんですよ。

 桜達はいつ手が離せなくなるのか分かりませんからね。最終的には和気君が一人で橙和さんに変身できるようになって欲しいですが、今は歌に専念して貰った方が良いですし、練習するのにも化粧品代がかかりますからね。

 一応、今日使った分は和気君用にと、用意していた物ですが、有限です。まずは慣れているであろう真庭さんにマスターして貰って、時々和気君も練習するとした方が、お財布的にも優しいんですよ」


「そう言うのって、部費で何とかならないんですか?」


 忠海先輩の言い分は分かるし、問題も無いのだけれど、とりあえず気になるから聞いておく。もしも今後自腹になったら、懐的に嬉しくないという事情もあるけれど。


「つつみんはどう思います?」


「どれくらい使うかにもよるかな。部費は他の事にも使うし、軽音楽部だから化粧品に使いましたじゃ通らないから。

 一番現実的なのは、先生に相談ってところだね」


「はい、模範解答ありがとうございます。今回は桜からのプレゼントですが、ちょっと対策を練る必要がありますね。

 いろいろ言いましたが、しばらくは心配しなくていいですよ。真庭さんが上手くいかなくても、桜か優希さんはいると思いますし」


「そもそも、わたしに、橙和になる機会って少なくないですか?

 常にわたしでいる意味はないですから、イベントがあるときくらいだと思いますし、和気が表に出てライブをすることもあるでしょう。そう考えると年に数えるくらいしかありませんよね」


「そうなんですけど、準備するに越した事はないと思いませんか?

 今回の話がスムーズにいったのも、桜が前もって準備していたからですし」


 そう言われると、全くないとは言い切れない気もする。

 それに先輩達がライブに出る時には、あまりオレ達に構ってくれないかもしれない。


「つまり、化粧品がなくならない範囲で、朝ちゃんの練習台になればいいんですね」


「化粧を落とす事くらいは、早く自分で出来るようになって欲しいので、その練習でもありますけどね」


 忠海先輩は「早くしないと帰るのが遅くなりますよ」とオレ達を促して、準備室へと入って行った。



     *



 たぶん化粧をしていた時間は一時間も無かったと思うが、化粧を落とすと顔に合った緊張感が一気になくなった。キャラづくりは勿論、化粧が想像以上にきつい。

 練習とか抜きで、化粧に慣れないと今後問題が出て来るかも知れない。

 化粧を落とし終り、更衣室に入って制服を着替えたところで、ようやく和気碧人に戻れた。

 カーテンから出たら、朝が露骨に嫌顔でもするんじゃないかと思っていたけれど、意外と普通に「碧君お疲れさま」と言ってくれた。


 音楽室に戻ったオレを見て、井原がとても複雑そうな顔をしていたが、それは気にする必要はないだろう。

 そんな事があっての帰り道、色々あった割にはいつも通りに朝に声を掛けた。


「可愛いもの好きがバレたな」


「うん、バレちゃった。橙和ちゃんが可愛いのが悪いんだよ?」


「朝的には、あっちの格好の方が良かったって事だろ?」


 別に朝を責めたいわけではなく、戻った時の反応が気になったから。

 声色からこちらの意図は伝わったのか、朝は怯えた様子なく考え始めた。

 それから首を振ってオレの方を見る。


「橙和ちゃんは橙和ちゃんで可愛いとは思うんだけど、わたしには碧君がいてくれた方が良いかな。

 碧君はわたしの一番の友達だから」


「男が一番の友達って、女子的にどうなんだ?」


「どうなんだろうね。でも、碧君といる時が一番気が楽だよ」


「ま、お互いいろんな失態を見せ合った仲だしな。初めて朝がオレの前で可愛いって言ったときとか、どうしていいか正直わからなかった」


「碧君だって、身長気にしているくせに。中学生のときに履いていたシークレットシューズはどうしたの?

 初めて履いて来た時の自信満々の顔は今でも忘れないよ」


 しまい込んで忘れてしまいたい思い出を、朝が思い出し笑いと共に引っ張り出してくるので、不満の意味を込めてじっと目を見る。

 朝も同様に目を覗き込んできて、どちらともなくプッと吹き出した。


「でも、知らない事も沢山ありそうだよね」


「それもお互い様だろ。オレは朝がギター弾いていたなんて知らなかったし」


「だから一番の友達なんだよ」


「だからって何だよ」


 繋がりが可笑しい気がしたのだけれど、朝は「ううん、何でもない」と笑顔を見せてから、「じゃあまたね」と小走りでオレから離れて行く。

 たった今お互い知らない事もあると言ったばかりだし、朝との距離感は嫌いじゃないので、気にせず帰る事にした。

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