plan.18

     *



 五月九日。この日一年生は部活を確定させ、入部届が正式に受理される。

 別にこの日を過ぎたからと言って、もう部活に入れないのかと言われたらそんな事はないけれど、浮かれていた一年生に区切りをつけると言う意味では必要なのだろう。

 どの部であっても、この日はミーティングから始まると言う。


 そんなわけで、一年生の教室ではどの部に入るのかと言う事で盛り上がっていた。

 神原もその一人で、昼休みになるとオレのところにやって来て、様式美とばかりに尋ねる。


「碧人はどの部にしたんだ?」


「け……」


「け?」


 神原の軽い問いかけに、思わず素で返してしまいそうになったが、神原に対しては軽音楽部の事が興味ないと言わんばかりの対応をしていたんだった。

 それに入部出来たとなると、絶対にうるさい。いずればれるにしても、それはステージの上の方が面白いのではないだろうか。

 思考は様々よぎったが、とりあえず、つい口にしてしまった一文字に対してのフォローをしておくか。


「結局選べなかった」


「うわー、勿体な」


「中学の時も帰宅部だったからな。神原は放送部だったか?」


「おう。しかも、早速入った甲斐ありだ」


 上機嫌の神原は、オレの肩に腕を回して、教室の隅までオレを連れていく。

 あたりを確認した神原は、声を潜めて話しだした。


「何でも軽音楽部に新入部員が入ったらしくてな。そのライブの手伝いをすることになっているんだよ。

 ライブ自体はだいぶ先だが、今から楽しみでならないね」


 一昨日決まった事の話がもう進んでいるのか。学校に申請を出したり、打ち合わせをしたりと、オレが思っている以上に準備があるのかもしれない。


「凄いのかもしれないが、こんなにこそこそ話す事なのか?」


「一応裏話って事になっているからな。発表もまだまだ先の話だ」


「なるほどな」


 ライブ自体二か月近く先の話だ。間にテストも挟まるのだから、今盛り上げても仕方はない。


「とは言え、軽音楽部の新入部員に関しては、色々な噂があるけどな」


「噂ねえ」


 その噂の中にオレが入部したと言うものは含まれていないだろう。だとしたら、根掘り葉掘り聞いてくるだろうし。

 順当に考えたら朝と井原になるんだろうな。


「二人はほぼ確定だな。隣のクラスの井原さんと、お前の友達の真庭さん。

 真庭さんから、碧人は何か聞いてないか?」


「残念ながら。たぶんオレの部活が決まらないから、気を遣ってくれたんじゃないか?」


 聞いたと言えば面倒な事になるのは目に見えている。それに、ボロも出るかもしれないから、何も知らない体でいる事にしよう。

 神原もあまりオレを当てにしていなかったのか、さほど気にした様子も無い。


「ところで、何でその二人は確定なんだ?」


「何でと言うか、普通にギターケースみたいなものを持ってきていた事あるしな」


「確かにあったな。そんな事」


 そりゃバレるか。そもそも隠してはいないんだろうが。

 興味なさそうに返したつもりだったのだが、神原のテンションが高かったせいか、話を続ける。


「正直真庭さんは意外だったが、井原さんに関しては、軽音楽部目当てで入部したって話もあってな。二人ともレベルは高いと思うが、相手が悪いな。特に真庭さんは地味なところがある」


「何の話だ?」


「容姿の話だ」


「ああ……」


 井原はまだしも、朝は先輩方と比べられたら、一枚も二枚も落ちるのは仕方ないだろう。

 それはやはり、朝のレベルが低いのではなくて、周りのレベルが高すぎるからに他ならない。

 朝自身は気にしていないようだが、神原のように比べる人が居た場合、気の毒には思う。


「放送部はどうなんだ?」


 朝にしろ、井原にしろ、身内であることには変わりなく、聞きたい話ではないため話を放送部へと持って行く。

 こちらに関しても話したいことがあったのか、ハイテンションのまま神原が話し出した。


「男子が少なく、上下関係が厳しくないせいか先輩が優しい」


「それは結構なことで。一年生は他に誰か入ったのか?」


「俺の他にあと二人、女の子が入る予定だよ。強いて問題点をあげるとすれば、男は荷物運び要因だというところか。放送の機材は結構重い。

 だが、活動内容も結構おもしろそうだったからな。俺は裏方メインになるが、面白くやっていけそうだよ」


 神原の話に区切りがついたところで、丁度チャイムが鳴った。

 自分の席に戻る神原には目もくれず、中途半端に食べていた弁当を掻き込んでから、次の授業の準備をすることにした。



     *



 放課後、期待と不安が入り混じった雰囲気がクラスをつつむ中、オレは神原に「じゃあな」と声を掛けてから音楽室に向かった。

 普段は静かな特別棟も、今日はやけに活気づいていて、一年生だけではなく先輩方にとっても今日が重要な日であることが分かる。

 人数が少ない部活だと、部の存続にかかわるだろうし当然と言えば当然か。


 そう言えば部活が多い割には、勧誘活動はほとんど見た記憶がない。強いていうなら、掲示板いっぱいに張り出されたポスターだろうか。

 あとは一通りの部活動紹介もあったような気もするし、放課後に体育館で何かやっていたような気もするが、どうにも興味がない事に対する関心が薄すぎるらしい。

 今回に関して言えば、入部試験があったから他に興味を回す余裕がなかった、というのもあるとは思うが。


 何にしても、もう少し学校自体の雰囲気を楽しんで良かったかもしれない、と言った所で音楽室に着いた。

 明かりはついていて、複数人が中に居る気配がする。


「こんにちは」


 扉を開けて挨拶をしてから、周りを確認したところ、どうやら先輩達が全員そろっていて、楽器の準備をしているらしい。

 いち早く気が付いた忠海先輩が、オレの方へとやって来た。


「一年生にしては早かったですね」


「先輩達が全員そろっている方が驚きなんですけど」


「今日は一年生を迎えるために、上級生はちょっと早く授業が終わるんですよ。

 部活によっては、準備もありますしね」


 考えてみれば就業とほぼ同時に教室を出たのに、学校中が活気づいていた。

 特に特別棟にも活気があったのは、先輩達があれやこれやと準備をしていたからか。


「一年生が揃うまで退屈かもしれませんが、そこの椅子にでも座って待っておいてください」


 忠海先輩は、部屋の中央に三つ並べて置かれた椅子を指さして、バンドの中に戻って行った。

 特にすることがないから、言われた通り椅子に座る。当然真ん中……と言いたいが、井原が隣に来るのは嫌なので、一番奥の椅子に座った。

 こうやって先輩達が楽器を持って並んでいるのを見るのは、新鮮な感じがする。

 個人個人が自分の楽器を持って、練習している姿は良く見かけていたが、実際に会わせて演奏する場面を見るのは初めてではないだろうか。


 いつも一緒に居たはずの藍先輩も、この中に入ってしまえばなるほどしっくりくる。

 オレ達の中に藍先輩が居てくれたことが、普通ではないのか。そうしている間に朝がやって来てオレの隣に座り、井原がやって来て朝の隣に座った。


 井原はよく状況が理解できていないようだったけれど、全員が揃ったと言う事で、状況説明なしで先輩方がオレ達の方を向く。

 マイクを持っている藍先輩か優希先輩が話すのかと思ったが、オレの予想は外れて初春先輩が声を出した。


「一年生の皆さん。ようこそ軽音楽部へ。って言うのは変な感じかな。

 今日は無事に試験に合格した三人にプレゼントがあります。」


「プレゼントって言っても、演奏するだけですけどね。というわけで、一曲目は『二兎追うもの』」


 忠海先輩の曲紹介の後、いつかやっていたように、藍先輩がスティックを二度鳴らす。

「二兎追うもの」はユメ先輩がオレにお勧めしてくれた曲だ。

 今まで聞いたななゆめの曲と比べると、低めの渋い前奏に始まり、ギターを弾く優希先輩から歌い出す。


「二兎を追うものは 一度諦め 目の前の現実に立ち止まり

 もう一歩 届かない理由わけを 考える事無くまた走り出す」

「もう何度目になるか 疲れ果て 倒れ込み空を仰ぐ

 もう一歩 あと十歩 ついには遠ざかる」


 双子で声が似ているから、入れ替わってもあまり変化は感じないのだけれど、ハモりが入るとハッと二人で歌っているのだと気づかされる。

 双子だからなのか、この二人だからなのか分からないけれど、息のあった歌声はオレの耳をくすぐった。


「二兎追うものは ついに諦め 朽ちる身体を 地面に預けたまま 

 空に浮かんだ 雲に手を伸ばす 求めるように」

「伸ばした手は 雲に届かず 空くうを掴みまた伸ばすを繰り返す

 遠すぎる 届かない理由わけに 気づきまた手を伸ばす」


 ずっと似たような感じの曲調だからなのか、初めて聞いた曲ながら、頭の中で自然と曲が流れる。

 きっとオレが歌ったらこうはならない。経験が足りないのか、技術が足りないのか、その両方か。

 でも先輩方の歌に少し違和感があった。上手いとか下手とか、そう言うのとはまた違う何か。


「二兎追うものは また立ち上がり 朽ちる身体に むち打ち走り出す

 地を走る一兎には 手が届くことを 確信して

 二兎追うものは 一兎追いかけ ついにはその手 求めたもの掴む」

「二兎追うものは その名を捨てて 逃げる一兎を 追うことを諦めたままで

 叫ぶ 神は二物は与えない そうだろう?」

「空を見上げ 一つ気が付く 手にあるモノは 俺が手にしたのだ

 神はただ 見てただけ でしかいない

 二兎追うものは また走り出す いいだろう?」


 曲が終わり、違和感を拭い去ることは出来なかったが、自然と拍手していた。

 やっぱり先輩方は凄い。オレが此処に到達するまでには、結構な時間を要することは間違いないだろう。


 でも今までの井原の反応を見る限りだと、藍先輩や優希先輩くらいできれば、高校でもかなり上の方の実力があり、忠海先輩や初春先輩に追いついたら同世代敵なしって事になる。

 演奏とは直接関係ない事を考えていたら、忠海先輩がいつもに比べて三割程度真面目な顔で話しかけてきた。


「この曲はですね。ある人のために作ったものなんですよ。二つの事を目指してもいいんじゃないかって、ですね。

 ですが彼は、力を持ちながら二兎目を追う事を止めました。彼の気持ちも分からなくはなかったので、桜からは何もいうことはしませんでしたけどね。


 彼がこの曲を歌って以来、封印していたのですが、ちょうどいいので一年生へのエールとしてお贈りします。

 全ては皆さんが決める事ですが、まだ一年生で始まったばかりなのですから、是非我儘でいてください。欲張ってください。

 これは二年生にも言える事ですけどね」


 オレ達を見ていた忠海先輩が、優希先輩と藍先輩にも視線を送る。

 二年生の先輩方は、それぞれに照れたように笑い、頷いた。

 忠海先輩の言葉は、一年生へのエールだけではない何かがあるような気もするのだけれど、話を聞いて分かった事がある。


 忠海先輩は男の人のためにこの曲を作ったのか。だから女性である藍先輩や優希先輩の歌では違和感があったのかもしれない。

 ユメ先輩がオレにこの曲を教えてくれたのは、そう言う事なのだろうか。


 何にしても、先輩達がオレ達に期待してくれているのは伝わってくる。期待してくれる事への嬉しさと、応えられるかという不安とがぶつかり合うが、勝敗は一瞬で決まった。


「それでは、次の曲に行きますか」


 先ほどまでの真面目さなど忘れてしまったかのような忠海先輩の声の後、先輩達の二曲目が始まる。

 その曲を聴きながら、これからの部活が楽しみで仕方がなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る