plan.17
*
「今までありがとうございました」
「ううん。皆、今日までお疲れ様。あとは自信を持って頑張ってね」
志原先輩のところでの最後の練習が終わって、一年生三人で頭を下げる。
志原先輩のお蔭で、これまでよりもだいぶマシになったのは間違いない。藍先輩がドラムをしてくれているとはいえ、曲にはなっているし、街のお祭りの出し物の一つくらいのレベルはあると思う。
だがそのレベルでしかない。正直他の二人がどうかは分からないけれど、少なくともオレはそうだ。
志原先輩に手を振って見送られた帰り道、朝も井原も浮かない顔をしているから、オレと考えていることは同じなのかもしれない。
「ようやく明日だな。オレ達の入部が決まる日」
「何て言うか、今日だけは校歌君のその自信が羨ましいわ」
「まあ、受かる以外道はないからな。志原先輩も言ってただろ、『自信もって頑張れ』って。
それに、約束しただろ。少なくともお前たち二人は入部させるって」
「そうね。分かったわ。やるだけやってみましょう。それじゃあ、アタシはここで」
家が近くなったので、井原が一人離れていく。オレと朝はそこそこ近いから、朝を家の迄送ってから帰っているが、井原はオレに家の場所を知られたくないらしい。
送ろうかと尋ねたら、凄く嫌な顔をされた。こちらも形式的に聞いただけなので、別にいいのだけれど。
朝と二人になって、朝が緊張でもしていないかと思ったのだけれど、予想に反して朝は穏やかな表情をしていた。
「朝は緊張してないんだな」
「して無い事はないけど、大丈夫かなって気はしているよ。碧君が自信満々だから」
「井原にはああいったが、根拠はないぞ?」
「受験の時もそうだったよね」
「受験の時とは違うけどな」
「そうだね。ねえ、碧君」
星空の下、肌寒さを感じていたら、朝が急に真面目な声を出した。
はっきりとした芯のある声だが、無理やり震えを抑えているようにも聞こえる。
オレは朝の方を見ずに「どうした?」と尋ねた。
「もしも受からなくても、バンドは続けようね。ドラムやってくれる人を探して、井原さんも誘って」
「絶対受かるから、その心配は要らないな。でも、もしもがあったらその話に乗るよ」
朝の申し出は正直嬉しかった。どうなったとしても歌は続けるつもりだったけれど、その見通しは全く立っていなかったから。
でも、これで心配する事はなくなった。あとは明日なるようになるだけだ。
*
五月七日。入学式からちょうど一か月たった今日、オレ達はいつも通りに演奏の準備をしていた。
いつもと違うのは、準備する場所が音楽室準備室ではなく、音楽室である事とその様子を見ている先輩が居る事か。
「いよいよですね。和気君調子はどうですか?」
「最高ですよ。今なら何でもできる気がします」
手持無沙汰なのか、同じく何もしていないオレに、忠海先輩が声を掛ける。
「だったら合格間違いなしですね」
「何だったら、今合格にしてくれてもいいですよ?」
今のオレに緊張は無い。あるのは上手くなったオレの歌を聞かせて、先輩を驚かせたいと言う気持ちだけ。
ユメ先輩は勿論、藍先輩も遠い存在ではあるけれど、入学式で校歌を歌ったときとは全然違う。確実にオレは上手くなっている。だから、自信を持たない訳がない。
「準備終わったみたいですね」
忠海先輩の言葉で、皆の準備が終わっている事に気が付いた。
これが初めてのライブ。お客様は先輩が三人。でも豪華すぎるメンバーだ。
何せななゆめのメンバーが二人と、ななゆめとかかわりを持つ人なのだから。
「好きなタイミングで初めていいからね」
初春先輩の言葉があって、オレは一度深呼吸をした。それから後ろを見る。
藍先輩はオレの視線に気が付いて笑顔を向けてくれたけれど、朝と井原は緊張しているらしく表情が硬い。
こんな時どうしたらいいのか。それは志原先輩が教えてくれた。それからVS Aを演奏する曲に選んで良かった。
志原先輩が言ったのは、オレの自信に関して。今ある自分の力を堂々と人に魅せる事の出来る自信が、オレの強みであり、仲間を引っ張っていくための力なのだと言う。
なに、難しい事ではない。
観客である先輩達の方を向いて、ゆっくりと息を吸う。あとはオレのタイミング。
「どうしたらいいのさ」
オレの喉から、高い音が飛び出していく。それはもう自信たっぷりに、間違いなど全くないかのように。
オレの自信はあとに続く朝たちの演奏にも波及する。それが志原先輩が言っていた事だ。
背中を押すような力強い音楽を受けて、オレは高らかに歌い出した。
「だからボクは ボクであり続ける」
長いような短いような演奏が終わり、余韻が音楽室を包み込む。何というか、とても気持ち良かった。今日までに準備を重ね、今日という日に自分の力をすべて出し切った。
だが、オレにとっての完璧は、先輩達の足元にも及ばない。それはよくわかっている。
オレ達はがむしゃらに演奏して、がむしゃらに歌っていただけだ。
忠海先輩か、初春先輩か、どちらが合否の発表をするのかはわからないけれど、オレ達はただ待つ事しか出来なかった。受験の時の合格発表のように、流石にオレも緊張する。
忠海先輩が何かを言おうと口を動かした時、オレは思わず「あの」と声を掛けた。
「どうしたんですか?」
「オレが先輩方のレベルにはまったく及ばないことはわかっています。
でも、オレは、オレ達はこの部で演奏したいんです。どうかよろしくお願いします」
不思議そうな顔をしていた忠海先輩に、目を瞑って頭を下げたら、後ろからも「お願いします」と二つの声が聞こえた。
ここから先、イエスの返事が聞けるまで、頭をあげるつもりはないのだけれど、二人は大丈夫なのだろうか。まさか土下座にまで付き合うとは思えないのだけれど。
益体のない事を考えて、この緊張感を耐えていたら、忠海先輩の笑い声が聞こえた。こんな事をしても無駄だと言いたいのだろうか。
無駄だろうと、何だろうとオレは動かないがな。
「何でこんなに恐縮しているんですかね?」
「桜ちゃんが勿体つけるからでしょ? 自分が発表したいって言っていたのに」
「でも、桜が話す前に頭を下げられたら、桜はどうする事も出来ませんよ」
「確かにそうかもしれないけど」
何で先輩方はそんなに和やかに話しているのだろうか。目を空けてみたけれど、残念ながらタイルカーペットの継ぎ目くらいしか見えない。
どうしたらいいんだろうと思っていたら、肩を叩かれて「頭下げなくてもいいんだよ」と藍先輩の声がした。
「でも、それじゃあ」
反論しようと顔を上げたオレの言葉を、忠海先輩が捕まえる。
「和気君はもしかして、落としてほしいから頭下げていたんですか?」
「おと? え?」
状況が理解出来なくて、言葉が出てこない。
とりあえず、先輩方の雰囲気が和やかなのが、勘違いでは無かった事だけは分かった。
忠海先輩に任せられないと思ったのか、初春先輩が説明を始める。
「安心して。皆合格だから」
「えっと、良いんですか?」
せっかく合格を貰えたのだから、わざわざ掘り返す意味はないのだけれど、あっさり行き過ぎて逆に怖い。
忠海先輩が「やっぱり、入部は嫌ですか?」というのに対して、井原が余計な事をとばかりにオレの横腹を叩く。
藪蛇なのは分かっているけれど、仕方ないではないか。
「和気君は入部試験がどういうものか覚えてる?」
「確か三人と藍先輩で一曲演奏する事ですよね」
「要するにそう言う事です」
問いかけてきたのは初春先輩なのに、オレの返答に応えたのは忠海先輩。それでこちらの疑問が解消されてくれればいいのだけれど、どうにも忠海先輩は言葉が足りない事が多い。
そしてきっと、承知の上なのだろう。初春先輩が、仏頂面で忠海先輩を見てから付け加える。
「上手い下手ではなくて、一曲演奏できるようになるかどうかが試験の内容だから。
どれだけ拙くても一曲出来たら、その後も大丈夫だよね?」
「和気君と真庭さんには、言ったと思うんですけどね。『これ以上試験を緩くは出来ない』みたいなことを」
しゃあしゃあと忠海先輩は言うが、確かに聞いた覚えがある。
演奏するだけで合格だったら、それ以上緩くできないのも頷ける。緩くしたら誰でも入部できるだろうし、それはもう試験ではない。
「じゃあ……」
「三人とも、これからもよろしくね」
初春先輩が笑顔を向けるのに対して、「よろしくお願いします」と一年生三人の声が揃った。
「でも、だとしたら、藍先輩はオレ達が合格できるのを分かったうえで黙っていたんですよね?」
「言わないようにって、念を押されていたから」
ふとした疑問を尋ねてみたら、藍先輩が困ったように頬を掻いた。
「念を押された」と言う事は、「念を押した」誰かがいるはずで、そちらはすぐに見当がつく。犯人の方を向いて、不機嫌に名前を呼ぶことにした。
「忠海先輩ですよね?」
「ええ、勿論。でも、勝手に勘違いしたのはそちらですよね?」
「それはそうですけど……」
途中で内容が変わったわけじゃないし、はっきりと内容も言っていた。
忠海先輩の言葉が正論過ぎて、言い淀んでしまう。
「折角勘違いしてくれているなら、頑張ってもらおうと思いましてね。
お蔭で想像以上に上手になっていましたよね。特に和気君は」
「えっと、そうですか? そうですよね!」
「流石に桜もちょっとびっくりしましたもん」
何だか乗せられてしまった感じもするが、先輩が驚いたと言うのであれば、オレ的には大成功だったと言うわけだ。
さて今日から心機一転。ユメ先輩の歌を歌えるように頑張ろうと思っていたら、「それでどうしますか?」と忠海先輩から質問が飛んできた。
「どうするって何をですか?」
「皆の入部も決まったから、お披露目ライブをやってみる気はないかなって。
今からだと、夏休み直前くらいになるんだろうけど」
「全国目指すなら、場数を踏まないとね」
初春先輩が細かく説明をして、優希先輩がこちらを焚き付ける。
オレには何もかもが足りていない状況なのだから、せっかくの申し出を断る気はない。しかしオレだけで決められるものでもないか。
「どうする?」
「もちろんやるわ」
オレの問いかけに、井原がいち早く反応する。それに続くように、朝がゆっくりと頷いた。
「それじゃあ、決まりですね」
忠海先輩が手を叩いて、オレ達の初ライブが決定したのだけれど、それが早計だったと気がつくには、浮かれすぎていたのかもしれない。
もしも先輩が日を改めてお披露目ライブの話をしていたら、きっと井原当たりが了承しなかった事だろう。
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