plan.15
*
一連の騒ぎが収まった時、オレを含めた一年生三人は皆、肩で息をしていた。
雰囲気がリセットされたようなので、藍先輩に話しかける。
「今日は他の先輩は来ないんですか?」
「さっき連絡したし、しばらくしたら来るんじゃないかな」
「そこまで根回ししていたんですね」
「それだけ、先輩も優も皆に期待してるって事だよ」
確かに、どうでもいいと思っていたら練習時間を割いてまで、一年生に時間を与えると言う事も無いだろう。
その期待に応えるためにも、恥を忍んで藍先輩にお願いしてみる事にした。
「先輩が良かったら、部活が休みの時に練習に付き合ってくれませんか?
オレ一人では充分な練習が出来ないですし、他の二人の邪魔をするわけにはいきませんから」
「私は良いけど、何処か良い場所知ってるかな?」
「音楽室は使えないんでしたね。だったら、知らないです」
「それなら、明日まで待っててもらえるかな。ちょっと話してみるから」
「その話って、アタシ達も入っていいんですよね?」
誰に話をするのだろうかと疑問に思ったが、井原に話を持って行かれてしまった。
「お前らに迷惑をかけるわけには……」
「今さらなのよ。それに、一人で家で練習するって言うのにも限界を感じているから、良い場所があるならお邪魔したい、って言うのは駄目なのかしら?
それに全国一になるんでしょ? 校歌君一人じゃ、どうにもならないわよね?」
馬鹿にすることなく、井原が全国の話を持ち出すのは意外だったが、嬉しくもある。
だから井原が練習に混ざろうとする事を止めるつもりはないが、決めるのはオレではない。きっと藍先輩でもないけど、どうしようもないので視線を送る。
「先方しだいかな。でも話してみるね」
「お手数おかけします」
井原が先輩に頭を下げたところで、出入り口が開いて藍先輩を除いた先輩方が入ってくる。
一番早く顔を見せた忠海先輩が、いつもと変わらぬ何気ない口調で話し出した。
「どうにか丸く収まったみたいですね」
「お陰様で」
藍先輩が受け答えをする隣を、井原が真っ先に通り抜けて、やってきた先輩達に頭を下げる。
出てきた言葉は、先輩達の練習時間を削ってしまった事への謝罪で、オレと朝も遅れて頭を下げた。
「青春って感じで良いですね」
「青春……ですか?」
忠海先輩から返ってきた言葉はオレ達にとって想定外の事で、誰一人まともに返事をすることは出来ない。
忠海先輩は初春先輩の方を見て、楽しげに声を掛けた。
「青春は大事ですよね」
「青春に限らず、色々な経験が大事だとは思うけどね」
「その最たる例がユメ先輩って考えると否定できないですね。ユメ先輩ほどの経験が出来る人はきっとこの世には存在しないでしょう。
ともかく、そう言うわけなので、そんなに畏まらなくていいですよ」
こちらとの温度差に拍子抜けしてしまったけれど、忠海先輩の最期の言葉は聞き逃せない。ユメ先輩からの頼み事もあるので、部活の準備を始めようとしている忠海先輩のところに向かった。
「忠海先輩。ユメ先輩からこれを預かりました」
「ありがとうございます。中身は見ました?」
「いえ、見てないですけど。見せてくれるんですか?」
「いつか見せる事になるかもしれませんが、今は止めておきましょうか。
ユメ先輩は何か言っていませんでしたか?」
「よくわからないですけど『良いよ』って言ってました」
忠海先輩は意味ありげに頷く。オレ達のやり取りに気が付いたのか、優希先輩が「何しているんですか?」とやって来た。
忠海先輩は企み顔で優希先輩を手招きして、袋の中身をオレに見えないように見せる。
先輩達が使う何かなのだろうか。
優希先輩はすぐに何かを察したのか、「へえ」と不穏な声を漏らしてオレを見る。
次いで忠海先輩もオレを見る。何だか値踏みされているような感じがしていい気はしない。
「オレがどうしたんですか?」
「そのうち分かりますから、安心してください」
「分からない方が良いかもしれないけどね。それじゃあ、先輩また後で」
不穏な言葉を残して優希先輩が去っていくのを見送り、気を取り直して忠海先輩の方を見る。
今の話が気になるけれど、多分どう尋ねても答えてくれないだろう。こちらから話しかけるよりも早く、忠海先輩が思い出したように口を開いた。
「そう言えば、ユメ先輩とのお話はどうでした?」
「次元の違いを感じました。でも、話せてよかったです」
「ユメ先輩はちょっと規格外なところありますからね」
「そういえばユメ先輩がいたこと、先輩も知ってたんですね」
「桜が頼みごとをしたんですから、当然ですよ。とはいっても、ついでにもってきてくれたみたいですけどね」
藍先輩が先に連絡して、忠美先輩があとからユメ先輩にお願いをした、といったところか。
タイミングが良いんだか、悪いんだかわからないが、オレには関係ないか。
「ところで規格外っていうのは、先輩がさっき言っていた、ユメ先輩程の経験って言うやつですか?」
「その辺も含めてですね。普通に考えて謎の美少女ボーカルなんて経験出来る人そうそういないと思いますよ。
アイドルと友達ですし、美少女コンテストで優勝したことありますし、ドリム問題に巻き込まれた事もあります」
波乱万丈とはこういう事を言うのだろうか。少なくとも、普通に生活していて出来る経験とはわけが違う。
確かドリム問題は大きなトラブルなく解決したはずだから、順風満帆だったといえるだろう。流石はユメ先輩だと思ったのだが、忠海先輩の話は終わりではなかった。
「あとは、ああ見えて結構挫折とかしていますからね」
「ユメ先輩がですか?」
「詳しくは話しませんが、ユメ先輩も人ですから挫折くらいしますよ。
ただ挫折したから今の先輩があるわけです」
「挫折していなかったらオレと一緒だったって事ですか?」
そうですと返ってきたら、ユメ先輩に追いつける可能性があるかなと思い尋ねてみたけれど、返って来たのは失笑だった。
今回に限っては、こちらも笑われる覚悟で聞いたので良いのだけれど。
「ユメ先輩は桜が知っている段階で、初代ドリムよりも歌が上手かったと言えばわかるでしょう。
ですから才能があったのか、努力して上手くなったのかを、桜は直接知っているわけではありませんが、その両方でしょうね」
「才能があって、努力もしていたって事ですか?」
「加えてとんでもない経験をしていて、挫折も乗り越えているわけです」
ここまで言われると、なぜ忠海先輩が「規格外」とユメ先輩を称したのかが分かる。
それに実際に歌声を聴いたのだから、すんなりと事実として受け入れることが出来た。
そろそろ、練習に行かないと井原に怒られるかなと思ったけれど、ユメさんと言えば最後に一つだけ思い出す。
「そう言えば『二兎追うもの』ってどんな曲ですか?」
「和気君からその曲名が出て来るとは驚きですね。ユメ先輩から聞いたんですか?」
忠海先輩は本当に驚いたのか、一瞬目を丸くしたけれど、すぐに思い当たるものがあったのか、納得したような表情を見せる。
なんて頭の回転が速いのだろうか。それとも、話の流れとしてすぐに思い至るものなのだろうか。
「ユメ先輩におすすめして貰ったんですけど、忠海先輩が教えてくれる、みたいなことを言われました」
「二兎ですか……先輩が言いたい事も分かりますが、複雑ですね」
「どんな曲なんですか?」
真剣に悩む先輩が珍しく、一層興味が出てきたので、念を押すように質問を繰り返す。
まだ悩んでいる先輩は、いつもよりゆったりと話し始めた。
「桜がある人の為に作った曲ですよ。練習以外だと一回しか歌ってくれませんでしたから、ななゆめの曲として認識されているかも怪しいですね」
「何かユメ先輩が歌ってくれた曲みたいですね」
「ユメ先輩あの曲歌ったんですか」
一瞬、またやらかしたかと思ったが、忠海先輩は曲については知っているだろうからセーフ。反応が思わしくなかったのは、単純に珍しい出来事だったからだろう。
数秒の沈黙の後、忠海先輩は「分かりました」と呟いた。
「無事和気君が入部出来たら教えてあげます。
あの人以外に歌わせるつもりはありませんでしたが、いつまでも封印していても曲が勿体ないですからね。
と、言うわけで合格してくださいね」
「もちろんです。なりふり構うつもりはありませんから、覚悟していてください」
「その様子だと大丈夫そうですね」
安心したような忠海先輩に「そろそろ行かないと怒られますよ」と促されたので、頭を下げて音楽準備室へと移動する。
安心した先輩には悪いが、なりふり構わないと言うのは、入部させてくれるまで土下座して一歩も動かない、と言ったことまでやると言う事。先輩は安心したことを後悔するかもしれないけれど、そうならないようにはしたい。
一年生の頃に戻ったら、やっぱり井原に怒られたけれど、そのお蔭でいつもの風景に戻って来たなとしみじみ感じた。
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