plan.6
*
授業が始まり、ようやく高校生活が本格的にスタートする日、オレは一人で教室に入って行った。先に来ていた朝に会釈程度の挨拶をして席に座る。
すると、待ち構えていたように神原がやって来た。
「今日はおひとりで?」
「昨日が偶々だっただけだからな。何か用か?」
「大した用はないんだけどね。昨日も部活見学に行ったのかなと」
「んー、まあ。部活関係だったな。確かに」
神原の言葉には応えていないが嘘も言っていない。日常会話でこの微妙な違いを注目されることも無く、神原がオレの肩に腕を回した。
「何処かいい部活はあった?」
「何で小声なんだよ」
「分かって無いね。じゃあ言い直す。
何処か可愛い先輩が居る部活は無かったのか?」
それならば大きな声で話す事ではないか。
「そう言う事は、神原の方が知ってそうなもんだけど」
「情報はあるが、実際に見たわけじゃない。良く言うだろう? 百聞は一見に何とかって」
「そこまで言えたら、最後まで言えるだろ」
「で、どうなんだ?」
どうだと言われても、軽音楽部の事しか知らない。軽音部は神原のご希望に沿えるだろうが、昨日の反応を見る限り入部する気はなさそうだし、そもそも何部があるんだったか。
「放送部……」
聞き覚えのある部活を呟いたけれど、神原は「放送部?」と眉をひそめた。
適当にあげた部活だし、存在するかもわからないので当然の反応だけれど、最初の反応の割に神原はオレを開放して真剣に何かを呟きはじめた。
「軽音楽部レベルの先輩がいるとは聞いた事ないけど、確か美少女コンテストの運営に携わっているって話があったっけ。
放送機材を扱っているため、外部の人と接触する事も多いはず。文化祭でも、ステージ発表全般を取り仕切っているから……。
つまりそう言う事だって事か!?」
急に多き声を出さないでほしい。あと、放送部に行ったわけじゃないので、どういう事かもサッパリわからない。
「えっと、まあ。そう言う事だな」
「噂は本当だったわけか。だったら十分に候補に入るな。むしろ第一候補に置くべきだね。
やっぱり碧人に訊いて正解だったよ」
上機嫌なところ悪いが、何も保証できないので「お、おう」くらいの反応しか出来ない。
とりあえず、話題を逸らすべく神原に問いかける。
「この学校って美少女コンテストなんてあるのか?」
「放送部で聞いたんだろう?」
「適当にしか聞いてなくてな」
ヒヤリとしたが、神原は「ふーん」と気にした様子も無く説明を始める。
「三日ある文化祭の二日目のメインイベント。名前の通りこの学校のミスを決めるコンテストだよ。
とは言ってもここのところは軽音楽部の独壇場で、一昨年なんてななゆめの人気投票って言われるくらいだったんだけどね」
「それ楽しいのか? 身内ネタ過ぎるだろ」
「軽音楽部自体この学校の目玉だからね。アイドルの人気投票に近い感覚だよ」
結果的に今はプロとしてやっているわけだから、生徒たちの判断が間違っていたわけではないだろう。
むしろ全国的に有名になる前からなのだから、才能発掘的に有能なのかもしれない。
「じゃあ、去年もななゆめが独占だったんじゃないか?」
「プロが出るのは不公平って事で、ななゆめのメンバーは参加できなかったんだよ。
でも、軽音楽部には一年生に刺客を放っていてだね。双子の姉妹がワンツーで軽音部の存在をありありと示していたよ」
「まるで見てきたみたいだな」
「見てたもの。一昨年はドリムが来るって話だったし、去年はななゆめの演奏が聴けるかもしれなかったし、行かないと言う考えは俺には無かったね」
「受験勉強そっちのけでご苦労な事で」
去年此方はあらゆる楽しみを投げ捨てて勉強していたと言うのに。
だいぶ皮肉を込めていったのだけれど、神原は「一日、二日休んだ程度で結果が変わるほど、切羽詰った時期でもなかったからね」ともっともらしい応えが返って来た。
考えてみたら、何とか合格したようなオレと朝よりも、普通に歩いているクラスメイトの方が優秀なのは当たり前か。こんな態度でも、神原の方がオレよりも頭が良いに違いない。
「そう言えば「VS A」って曲知ってるか?」
「美少女コンテストを乗っ取って、ななゆめが歌った曲だけどそれが?」
「何してるんだ、軽音楽部……」
ほぼ軽音楽部のイベントと化していたからと言って、乗っ取るって。
一応学校行事だろうに、先生から怒られはしないのだろうか。
「聴きたかったら、ネットに無料で投稿されているから、休み時間にでも聴いたらいいんじゃない?」
オレが独り言ちた事には気が付かなかったらしく、神原はそう言ってから自分の席に戻って行く。ほどなくチャイムが鳴って、担任教師が教室に入って来た。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今日から授業が始まったのもあり、面倒だったのもあり、「VS A」とやらを一度も聴かずに放課後になった。
朝も井原もオレが曲を知らない事は理解しているだろうし、きっと今日、音源か何かもらえるだろう。
それにしても、高校の授業を舐めていた。最初の数時間は各担当教師の自己紹介と中学の復讐みたいな感じだったけれど、中には自己紹介を一言で済ませて、授業を始めた人もいたのだ。
とは言え、まだ授業について行くことは出来るけれど。
放課後になったら、友達と談笑している朝を待つ。
五分とかからず終わるので、今日の授業のノートを適当に見ていたら、朝がこちらにやって来た。
黒くて長いケースを持っている。形からして、ギターが入っているのだろう。
「今日は音楽室に集合だって。桜さんから今後の予定の連絡があるみたいだよ」
「初春先輩が部長だったよな」
「役割分担があるんじゃないかな?」
部長だからと言って、何でも押し付けられるわけではないと言う事か。
何にせよ今後の予定が決まれば、朝に頼る必要も無いだろう。こうやって一緒に音楽室に行く必要も無い。どうせ行った先で会えるのだから。
朝を待っていたので、音楽室に着くのが少し遅れたかなと思ったけれど、オレ達より先に来ていたのは忠海先輩だけだった。
こちらに気が付いた先輩が「こんにちは」と声を掛ける。
「こんにちは。忠海先輩だけですか?」
「そうですよ。桜含めてのんびり来る人が多いですからね」
「じゃあ、今日はどうして早いんですか?」
「一年生は鍵の場所知らないでしょうからね。開けておかないと困るでしょう?」
「そうですね。助かりました」
忠海先輩は特に何をするでもなく、窓際に立ってオレと会話をする。忠海先輩と話す時には何故か先輩が敬語なので、変な緊張感を覚えた。
何故先輩が敬語を使うのかは置いておいて、他に人のいない今のうちに入学式での事を謝った方が良いかもしれない。
話していないのに緊張しているのか入り口付近でオレの後ろに隠れている朝に、一応アイコンタクトを送ってから一人で先輩の前に立った。
急な事で驚くかなとも思ったけれどそんな事はなく、先輩はニコニコ笑って「お二人は仲良しなんですね」と茶化す。
「朝とは友達ですからね。付き合いが長いわけじゃないですが、一緒に受験を乗り越えてきたので、そんじょそこらの友達とは違うって、オレは思ってますよ」
「奇遇ですね。この学校でですが、桜も同志と言えるほどの人が出来たんですよ。
ところで、和気君は桜に何か用事ですか?」
話がある事を隠す気はないので問題はないのだけれど、忠海先輩はこちらをからかっているだけのようで、よく見ている。
驚きもするけれど、今は先に言うべきことがあるので、頭を下げた。
「一昨日はすいませんでした。配慮に欠ける発言だったと思います」
「大方、後ろで小さくなっている真庭さんか、まだ来ていない井原さんに聞いたんでしょうけど、別に桜は怒っていないから気にしなくていいですよ。
だいたい本人に話しても、ふーん。くらいにしか返ってきませんしね。桜が怒ってもお門違いです」
先輩に名前を呼ばれた朝がピクリと反応した後に、嬉しそうに頬を緩める。
オレはそこまで入れ込んでいる有名人が居ないからわからないのだけれど、朝を見る限り名前を呼ばれるだけでもメーターか何かが振り切れるくらい嬉しいものなのだろう。
「それって、初代ドリムは両声類の事を、何とも思っていないって事ですか?」
朝の反応は良いとして、今の先輩の発言は聞き流せなかった。
両声類はそれだけでエンターテイメント足りえる、人を驚かすには十分だと思っている。
だからこそ、軽音楽部に入ろうと思ったわけだし、オレが下手だと言うならまだしも、この考えを否定されるのは腹が立つ。
今回は別に否定はしていないけれど、何かもやっとした気分になるのだ。
「少なくとも、ネット以外では隠していましたから、異質だと言う自覚はあったんじゃないですかね」
「両声類が広まるきっかけの一つになりながら、何か納得できませんね」
「意図したわけじゃないですからね。声変わりってのが公式見解ですし。
実際はこれ以上表立って活動する気はないって方便なわけですけど。
彼にはいろいろありましたから。和気君とは違うんですよ」
「オレ、馬鹿にされました?」
「いいえ。むしろ彼にも少しだけ、貴方のような自信があればなと思う事はありますね」
それはやはりオレを馬鹿にしているのではないだろうか。
納得は出来ないが、忠海先輩が付け加えるように「彼の平穏を奪うような事をしたら、桜も怒りますけどね」と今日一番の笑顔を見せるので、蛇が出ないうちに藪を突くのを止める事にする。
オレとの話がひと段落ついたからか、忠海先輩の興味はオレから朝に移った。
「ところで真庭さんはどうして中まで入ってこないんですか?」
「あ、えっと。その……」
朝は音楽室に入って、邪魔にならないように入口から少し横にはずれているが、ほとんど入っていないようなもの。
顔を真っ赤にして視線を泳がせている朝に変わって、オレが答える事にした。
「憧れの先輩が目の前に居て、緊張してるんですよ」
「それは照れますね。ですが、桜だって高校生ですから、そこまで畏まられても困るんですよね」
「で、ででで、でも……です」
一昨日はあんなに大きな声を出していたと言うのに。今はたぶん朝も自分で何を言っているか分かっていないだろう。
見ていられないので、せめて落ち着いて貰う為に朝に近寄ろうとしたら、桜先輩が不穏な笑みを浮かべるのが見えた。まるでおもちゃを見つけた子供のような。
「なるほど、やっぱりつつみんじゃないと駄目なんですね。桜程度じゃ先輩としても見てもらえない訳ですか……」
「ち、ちちち、違いま……」
何かが振り切れた朝が、泣きだしてしまいそうだったので、朝を落ち着かせるよりも先に原因を何とかした方が良さそうだ。
先輩相手だとやりにくいが仕方がない。鞄から適当にノートを取り出して、先輩の頭に軽くぶつけた。
「朝で遊ぶのは止めてください。泣きそうじゃないですか」
「いやあ、なかなかに弄りがいのある子だと思いましてね。それにしても、やっぱり仲良しですね」
「先輩だって、同志って言っていた人が虐められていたら助けるんじゃないですか?」
「程度によりますね。弄られている程度なら、見守るか、一緒に弄ります」
「まあ、そんなわけであまり朝を虐めないでください。あと、頭を叩いたのは謝ります」
「痛くなかったですし、別にいいですよ。入部出来たらそれくらいフレンドリーな方がこちらも気を張らずに済みますしね」
「じゃあ、入部テストを緩く……」
「は、出来ないです。というかこれ以上ゆるくしようがないですし」
仮にもプロがいる部活と言う事か。ひとまず先輩との話に区切りがついたので、今度こそ朝の方に向かう。
先輩と話している間に、何かを考えていたのか、オレが目の前で手を振るまで、朝はボーっとしていた。
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