plan.5

 各自料理が届いたところで、一度中断して昼食をとる。


「さっき話はあとにするわ。これから軽音楽部……というか、ななゆめの関係者と接するときのアドバイスをするから、忘れないようにして頂戴」


「流石に懲りたから、忘れないよ」


「ななゆめとドリム二人は切っても切れないから、注意する事。いいわね」


「初代は、まあ分かったんだが、二代目もなのか?」


「ななゆめはドリムさんに楽曲提供してるのよ。

 あと、ドリムさんのラジオにななゆめのメンバーが時々出るくらいには、プライベートでも仲が良いみたいね」


 事実としての認識は出来たが、自分たちの先輩が実際にそんな世界に居るとは到底想像できない。

 とりあえず、ドリムを悪く言わないようにすればいいのだから、注意くらいは出来るだろうけれど。


「双子の先輩も何か関係してるのか?」


「藍さんと優希さんについては、はっきりとはわからないのよね。ななゆめのメンバーではないし、こっそり本人に訊いてみても、綺歩きほさんと幼馴染らしいってことしかわからないのよ」


 新しい名前が出てきた。流れからしてななゆめメンバーの誰かなのだろうけれど。

 でも考えてみたら、軽音部に居たって事は、二年生の先輩達もかなり上手なのか。天は二物を与えないと言うが、三つや四つは与えていそうだ。


「とりあえず、先輩方の話はいいかしら」


「ああ、時間取って悪かったな。で、何を話し合うつもりだったんだ?」


 訊きたい事はいくつもあるけれど、後々分かっていく事もあるだろうし、話を本題に戻す。


「一番やりたいことは、何を演奏するかを決める事ね」


「二番目以降は?」


「現実と校歌君についてかしら」


 ああ、何とか打ち解けられたと思ったらこれだ。確かに入部決定まで校歌君で行くとは言っていたが、真面目な場面でも使うのか。

 何でオレについて話したいのかは置いておいて、バンドと言うものに対して根本的な疑問がある。


「曲をどうするかの前に、オレ達ってバンドやれるのか? 朝はギターだったよな」


「うん。あんまり上手じゃないけど」


「そう言えば、井原のパートって何なんだ?」


「ベースよ」


「で、オレは楽器が出来ない。これでバンドになるのか?」


 素人考えでも、ドラムは必要だと思うのだが。井原が「いま休み時間よね、桜さんに確認してみるわ」と携帯を触る。皆さん連絡先交換の早い事で。

 先輩からの返信はすぐに来て、どうやら藍先輩が手伝ってくれるらしいことが分かった。


「じゃあ、決まったら先輩に連絡しないとだね」


「それはアタシがやっておくわ。いっそ、ボーカルも藍さんがしてくれたら良いのだけれど」


「喧嘩売ってるのか?」


「正直売りたいわね」


 頬杖をついて、溜め息交じりに話す井原の反応は、全く予想していなかったため何も返すことができなかった。

 好戦的でもなく、かといって嘘を言っている様子も無い。開き直ったのか、気を取り直したのか、井原が自分の手を胸に当てた。


「アタシね。小学校の頃からベースをやっていて、中学校の頃にバンドを組んでたのよ。

 部活でもないし、中学生ばかりだったんだけど。

 でも珍しい中学生バンドって事で、地元では何かとイベントに呼んでもらえたのよ。


 何度も大人と共演したけど、アタシ以上のベーシストは数えるほども居なかった。確かな手ごたえとして、自分はやれているって思っていたのよ。

 いずれプロにだってなれるとも周りから言われていたわね。そのアタシでも、藍さんや優希さんにも及ばないどころか、去年までだったら入部出来たか微妙なところだ、って言われたわ」


 今の言い方だと、二年生の二人は大したことないように聞こえるけれど、ななゆめを一軍と考えるなら二人は二軍と言う事になるし、言いたい事も分からなくはない。

 しかし、井原は野球部だったら玉拾いですら出来るかどうかの瀬戸際だったと言う事か。

 自信満々だったのに、見事に打ち砕かれたわけだ。オレに似ていると言えなくもない。


「それとオレに喧嘩を売りたいのはどう関係するんだ?」


「はっきり言うわ。校歌君、あんたの歌は下手なのよ。しかもよくあんな声で歌えたわねって感じだわ」


「あんな声って言うのが、女声だとしたら、初代ドリムだって両声類だろ?」


 少なくとも男の声を高くしただけのそれとは違う自負はあるので、カチンときた。

 初代ドリムが両声類説を知らないわけではないだろうし、彼の女声認められて、オレのが認められないと言うのは納得できない。

 しかしオレの苛立ちは、物憂しそうな井原の表情に消えてしまった。


「じゃあ、言い直すわ。あんたの歌は下手な女子の歌なのよ」


「ちゃんと女の子の声に聞こえてるなら、何が駄目なんだよ」


「下手なのが駄目なのよ」


「でも話題にはなるだろ? 注目されないと有名に何てなれっこない。


 逆に注目されたら、多少下手でも有名になれる。違うか?」


 井原が憐れむようにオレを見る。


「別にあんたが入部しようとしているのが、演劇部や放送部だったら何も言わないわ。

 あんたはきっと声を変えても流暢に話せるんだろうし。でも、実際に来たのはボーカル志望で軽音楽部。

 ボーカルの仕事は歌う事よ。話す事でもなければ、声を変える事でもないの」


「初代ドリムだって……」


「彼が有名になったのは、歌が上手いからよ。大体、二年前に本人が男だって公言するまでは、女性だと思われていたの。

 初代ドリムが動画を投稿したのが、中学生の時。今のあんたは、中学生だったドリムの足元にも及ばないわ。


 それに、初代ドリムより可愛いって言っていたけど、単純に彼が曲に合わせた声を出していただけの可能性も、歌う事に集中していただけの可能性もあるわよね?」


 井原の言葉に反論したいのだけれど、言葉が出てこない。もしも井原が挑発するように話していたならば、売り言葉に買い言葉で何か言えたのかもしれないけれど、感情を殺したように問いかけるので、よりたちが悪い。

 何も言わない事を肯定と取ったのか、井原はオレを待つのを止めて、朝の方を向いた。


「真庭さんに訊きたいんだけど、校歌君ってこんなに歌下手だったの?」


「ううん。普通に歌っている時には、もっと上手だったよ」


「と、言うわけでアタシが言いたいことは、普通に歌えって事よ」


 その一言を言うためにどれだけ時間をかけたんだと、問いかけたいが、こうやって外堀を埋められたせいか、井原の言う事も一理あるなと思う自分もいる。

 自分で歌っている時には、地声と女声は同じくらいの上手さだと思っていたのだけれど、朝がはっきり言ったという事は、事実なのだろう。

 悔しいが「分かったよ」と頷くしかなかった。


 井原がオレの目をじっと見て、観念したことを認識してから、深呼吸をした。


「それじゃあ、曲の話よ。時間的に余裕がないから、あまり難しくない曲が良いと思うのだけれど、やっぱりななゆめの曲が良いと思うのよね」


「だとしたら、lost&foundが演奏はしやすそうだよね」


「問題は音が高めなのよね。校歌君が歌えるかしら」


「高いんだったら」


「却下」


 女声で歌うチャンスだと思ったのに。それに、ななゆめの話をされても、さっぱり分からない。

 ドラマの主題歌くらいは知っているが、タイトルも覚えていないし、下手な事を言って馬鹿にされるのも躊躇われる。


「最近の曲はユメさんの歌唱力があってこそ、みたいな曲が多いし……」


「VS《ヴァーサス》 A《アダルト》かしら、やっぱり」


「碧君が普通に歌うって考えたら、trickとかは可愛すぎるしね。わたしも一応練習はしたことあるし、大丈夫……だと思う」


「校歌君はどの曲でも変わらないだろうし、決まりね」


「終わったのか」


 話が纏まったようなので声を掛けたのだけれど、井原に睨まれた。朝と二人で必死で考えていたのを黙って見ていたのは確かだが、別に好きで蚊帳の外に追いやられたわけではない。

 井原もその事は分かっているのか、「ええ、滞りなくね」と厭味ったらしく応える。

 朝が少し不安そうな顔をしていたけれど、今日は解散となった。




 ファミレスの帰り道、井原と別れて朝と二人になったところで声を掛けられた。


「碧君は良かったの?」


「オレは、ななゆめのことほとんど知らないからな。知っている人らで話した方が、スムーズに進むだろ?」


「それもだけど、普通に歌うっていうの。普通に歌った方が上手なのは確かだけど、碧君がどうしてもって言うなら、井原さんに話してみるよ?」


 朝は何でも御見通し、ってわけではないけれど、いつも自分の出来る範囲でオレの味方をしてくれる。

 とはいえ、今回は単純に朝の力を借りたら良いってわけではなさそうだ。

 自分の中にもやもやしたものがあって、はっきり自分の事が見えていない感覚。それが顔に出ていたのだろう、朝が「何ができるか分からないけど、話だけなら聞くよ」と言うので、お言葉に甘えて話すことにした。


「朝が言っている通り、オレはどうしても女声で歌いたかったんだよ。

 とは言ってもバンドなんだから、少しでも上手に歌えた方が良いって言うのも分かる。

 どうやらオレは地声の方が歌が上手いらしいから、そっちで歌うべきだって事も理解できる」


「でも、声を変えて歌いたくないわけじゃないから、どうしていいのか分からない?」


「そんなところだな」


 言いたい事を言い終わって、朝が何かを考え始める。話す事で気分が晴れた部分もあるけれど、自分ではどうしようもない感じがして気持ちが悪い。


「とりあえず入部できるまで、普通に歌ってみよう? 入部出来たらきっと、碧君のやりたい事も出来るようになると思うし、入部出来なかったら、そこで終わっちゃうから」


 こちらを励ますような朝の言葉にもっともだなと思いながらも、喉の奥の小骨がとれないような感覚は拭い去れなかった。

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