plan.4

     *



 教室の近くまでは一緒に行くが、そこから朝は女友達の所に行ってしまう。

 昨日友人を作り損ねたオレは当然一人になるわけだが、どうせ人気者になるのだから構わない。

 そのうち向こうから声を掛けてくれるようになるだろう。

 それぞれにグループを作って話しているクラスメイトを後目に、自分の席で鞄を下ろしていたら、調子良さそうな男子生徒が寄って来た。


「お前、真庭さんと一緒に登校してたよな。どういう関係なんだ?」


 短髪で愛想がよく、クラスのお調子者に位置づけられそうな彼からの質問に、何気なしに「中学からの友達」と返す。

 彼は顔を近づけて、小声で続けた。


「恋人じゃないんだな?」


「まぎれも無く友達だよ。同士と言ってもいい」


「うわー、女の子と仲いいとか羨まし」


 声の大きさを戻した彼は、思い出したかのように「あ」と呟いた。


「俺、神原かんばらあゆむ。お前の名前は?」


 朝の名前は知っていて、オレの名前は知らないのかとツッコミたいが、男子として先に女子をチェックする気持ちは分かる。

 その中に朝が居たのは予想外だったが。でも確かに可愛いところはあるし、オレが朝を友達と言うバイアスで見ているから、意外だっただけかもしれない。


「和気碧人」


「で、碧人。昨日、真庭さん連れてどこかに行ってたよな? それに対する説明を求める」


 思わず「うっ」と漏らしそうになるのを、気合で飲み込む。昨日の事は出来れば記憶から抹消したいのだけれど、変な反応を見せたら、朝との仲を疑われてしまう。


「折角だから一緒に部活見て回ってただけだよ」


「入学式から行動的な事ですな」


「神原は部活とかも詳しそうだよな。朝の名前も知ってたし」


「残念ながら、チェックしてる部活とそうじゃない部活があるんだな。春休み中も動けたとはいえ、まだ入学前だったしね。

 で、何部の情報をご所望で?」


 あまり突っ込んで話を訊かれると昨日の失態が露呈しかねないから、話を神原自身の方に持って行ったのだけれど、意外と面白い話が聞けるかもしれない。


「軽音楽部」


「なるほどね。お目が高い。というか大本命って感じだけど、入部は諦めた方が良いよ」


「どうして?」


「この学校の軽音部を知らないと言う事は、さては音楽に興味ないな?」


「良いから教えてくれよ」


「先輩は美人ばかりで、人数も少なく、新入部員獲得には精力的ではない。もし入部出来たら誰しも羨むだろう。だが、レベルが高すぎる。ななゆめくらいは知ってるよな」


 また“ななゆめ”か。まあ、この高校の卒業生で、現役プロなのだから出てきて当然と言えば当然だけれど。


「ああ、知ってる」


「そのメンバーが二人いる。だけじゃなくて、入部試験が難関過ぎるんだよ。

 求められるのは、すでにかなりのレベルを持っている人だけ。素人は勿論、ちょっとかじった程度だと即不採用。


 この学校で軽音楽部を目当てに来たとすれば、よほど自信があるか、イベントごとに行われる可能性がある校内限定ライブか。

 ついでに俺含めほとんどが後者に当たるだろうな。


 バンドをやりたかったら、別の学校に行った方が良いとすら言われている」


 ここで神原が、勿体つけるように言葉を区切る。早く話せと言わんばかり――言っても良かったが――のオレの反応を見てから、続けて話し始めた。


「でも今年は唯一、ななゆめのメンバーと同じ部員になれる可能性がある年だ、とも言われている」


「何でまた」


「去年まで部員の審査を行っていたのが、リーダーの志手原しではら稜子たかね。でも、今は卒業して部長が変わったんだ。

 もしかしたら、入部試験が緩くなるかもしれない。まあ、かもしれない、で高校決める人も居ないだろうから、新入部員は期待できないと思うけど」


 神原の話が本当なら、既にオレは落ちていた事になる。

 井原が忠海先輩が酷くないと言った理由は何となく分かった。でもオレ達が入部したところで、部としての定員を大きく上回っているわけではないし、やっぱり厳しいとは思うけれど。


 オレ的に話にひと段落ついたところで、予鈴が鳴る。話したりなさそうに自分の席に戻っていく神原に「これからよろしくな」と伝えると「おう」と人懐こい笑みが返って来た。



     *



 退屈な日程が終わって、放課後になる。朝が言うには、部活の仮入部期間は、授業が始まる明日から約一か月間。

 つまり今日は帰りのホームルームが終わり次第放課後になる。最後の礼の後、待っていましたとばかりに、クラスメイト達は早速できた友人たちとすぐに教室から出ていった。

 オレも神原にどこかに行かないかと誘われたけれど、先約があるからと泣く泣く断る。


 朝は友達とおしゃべりをしているようで、やることもなく一人ボーっと外を眺めている間に、教室には数人しか残っていなかった。

 井原は勝手に帰るなと言っていたけれど、迎えにでも来るのだろうか。もしかして、オレと朝が飢えて弱るのを待ったうえで、襲いにでも来るのだろうか。


 益体のない事考えながら朝に視線を移したら、携帯を見ていた朝がこちらにやって来た。


「それじゃあ碧君、行こうか」


「行くってどこに?」


「下駄箱。井原さんが待ってるって」


 さっきのは、メールを見ていたのか。昨日のうちに連絡先を交換していたのだろう。

 朝にしては気の早い行動だが、運命共同体である以上、朝も連絡が取れたほうがいいことをわかっているに違いない。

 とりあえずこの無為な時間を終えることが出来るのは嬉しいので、さっさと向かう事にした。




 下駄箱にいた井原は、不機嫌そうな顔で腕を組んで待っていた。せっかく綺麗な顔しているんだから、まともな顔していたらいいのに。


「お待たせ」と朝が駆け寄る。こういう態度を見るに、井原とは昨日のうちに打ち解けたのだろう。好きなこととなるとお喋りになるため、井原との会話には困らなかっただろうし。

 オレの知る限りだと、朝がいちばん好きなものは甘いものだったのだけれど、実際はどうなのだろうか。


 対して井原は、むすっとした表情から一転して嬉しそうに朝を見た後で、オレを見つけたからか、残念そうに肩を落とした。


「遅い」


「じゃあ、朝も一緒だな」


「真庭さんはいいのよ。あんたが居なかったら、下校時間の調整なんていらなかったんだから」


「何が言いたいんだ?」


「あんたと一緒に歩いているところを見られたくないって事よ。校歌君」


 腹は立つが真面目に相手をするのも面倒くさい。何より腹が減ったし、無駄な体力は使いたくない。

 朝には悪いが井原の相手を貰おうと視線を送ったら、朝は頷いて井原の方に話しかけた。


「今からどうするのかな?」


「音楽室……に行けるのが一番いいんだけど、上級生は通常授業らしくて使えないのよ。

 だから、昼食も兼ねてファミレスにでいいかしら?」


「わたしは良いよ」


「提案しておいて悪いんだけど、アタシこの辺りの事良く知らないのよね」


「じゃあ、わたしが案内するよ。どこが良いとかはないよね?」


「お任せするわ」


 この間、全くオレが入る余地はない。昼食は食べられる流れになったし、文句はないのだけれど。

 朝と井原が話す後ろをついて行く事、十分以上。駅の近くのファミレスまでやって来た。

 既に一時半過ぎでピークを抜けたおかげか、すぐに席に案内される。

 中には同じ学校の人もいたけれど、こちらを気にした様子はなく、滞りなく注文まで済ませることが出来た。


「さて、何から話そうかしら」


「まずは校歌君って呼ぶのを止めて欲しいんだけどね」


「校歌君は校歌君だもの。せめてななゆめの曲を歌っていたら、違ったわ」


 オレは忠海先輩や初春先輩がななゆめだとは知らなかったのだから、仕方ないだろう。

 しかし神原の話を聞く限り、何も知らなかったオレが少数派のようなので言わないでおく。神原で思い出したが、いろいろ教えてくれたっけ。


「今朝の事。忠海先輩が酷くないって言うのは、入部試験の難易度が下がったからだろ?

 去年までの部長だったら、オレは一発アウトで、チャンスすら与えられなかった」


「あら、短い時間で意外と調べたのね。無事入部出来たら、校歌君とは呼ばないようにするわ」


 井原が驚きと感心の混ざったような顔をする。何処か高飛車なのは抜けていないけれど。

 偶々聞いた話だったので、役に立っただけでも儲けものか。


「でもそれだけじゃないわ。桜さんって、初代ドリムを尊敬しているのよ。

 好きな人を相手取られて、あの程度の歌しか聞かされなくて、アタシならブチ切れてるわね。むしろ、先輩の代わりに切れようかとも思ったもの」


 わお。それが事実なら、確かにオレは地雷を踏み抜いているだろう。でも、忠海先輩が一番可笑しそうにしていたし、井原の思い込みではないか。

 確認を取る意味で朝を見たら、朝が心苦しそうに頷いた。


「井原さんの言ってる事は本当だよ」


「だから真庭さんは、校歌君の代わりに謝ったのよね。おかげでアタシが出遅れたもの」


「そうだったのか。ありがとな、朝」


 朝が恥ずかしそうに身を縮めて、「気にしないで」と囁く。

 知らなかったこととは言え、取りようによっては尊敬する人が大したことないと言われたのだから、この点は謝らないといけないだろう。


「もしかして、井原も初代ドリムのファンだったりするのか?」


「桜さんほどじゃないけどね」


「じゃあ、昨日は悪かったな。知らなかったとは言え、気分は良くなかっただろ」


「ちゃんと謝れるのね」


「喧嘩売ってんのか?」


 何故オレが謝っただけで、驚かれないといけないのか。

 井原が「悪いわね。そんなつもりじゃないのよ」と言うので、「お前、ちゃんと謝れたんだな」と同じ言葉を返す。これでおあいこだろう。

 井原も理解してくれたらしく、これ以上突っかかってくる様子はない。


「一つ確認何だけど、今でも初代ドリムに勝っているって思っているのかしら?」


「……」


「文句は言わないから、正直に言ってくれていいわよ」


「もちろん」


 絶対にオレの方が可愛い。もっと言えば、この中で一番かわいい声を出せる自信もある。

 約束通り井原は文句は言わなかったけれど、困ったように頭を押さえて、朝を見る。

 朝は静かに首を横に振るだけだった。

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