10月31日【圧倒的に圧倒的な】
とは言ったものの、彼らは未だに
両リーダー(リーリュはリーダーと言えるか不明だが)は仮面を被っているし、タッカは心の底から笑っていたし、控えている敵方の二人は不気味なほど静止していた。この場に共通するのは、絶え間なく漂ってくる殺気だけ。
殺気はリーリュだけに向けられている。
タッカは医療妖精だから、頭数にも入っていないのだろう。ルギアの浅はかな考えなどお見通しなのである。だからこそセシルもルナティアも連れてこなかった、というのも考えの一つなのは確かだが。セシルとルナティアを、赤い石の貴族に会わせたくなかっただけでもある。
誰なのかはっきり分からない状態でも、リーリュの体験した過去が警鐘を鳴らしてくれていたのだ。ずっと。胸につっかかってくれていなかったら、リーリュがあのヒントだけでルギアを思い出すことはなかっただろう。
「どうして私だと気づいたのです? 貴方は忘れていたのでしょう」
「生気を奪う。消滅術。誰にも気づかれない。貴族。そして深紅の石。ここまでで、なんとなく嫌な感じに囚われた。けど意味は分からなかったよ? 君のことなんて忘れていたし。でも、今君に会って、どうでもいい記憶の鍵が開けられただけだよ」
「ふ、どうでもいいですか」
何が面白かったのか、彼は低く笑いだした。
そんなルギアを、冷めた目でリーリュが見つめる。
「あっははは! この私が! どうでもいいですか! はははははっ」
狂ったように叫ぶ。そして突如として真顔に戻った。
「死ね」
一言だけ吐き捨てると、予備動作無しでルギアがかかってくる。しかしリーリュにとっては知れた未来であったから、それは予測通り以外の何物でもない。
「まぁ、これが避けられることは分かっていました。でも、これはどうでしょうね?」
意味深に微笑むと、ルギアの姿が消えた。姿だけではなく気も消えている。
一体どういうことだ? そう思う暇もなく、背後から衝撃を食らった。
完全なる不意打ちに、さしものリーリュも避けられず、まともにそれを受けてしまう。それから休む間もなく攻撃が繰り広げられる。
ルギアが主導権を握る戦闘―のように見えた。
しかし、これは幻でしかなかった。言うなれば、嵐の前の静けさ。
「はぁ……はぁ……これで起き上がれないでしょう……。ははっ」
肩で息をするルギア。端整な顔立ちも、透き通るような肌も、全てが真っ赤に染まって倒れているリーリュ。決着は火を見るよりも明らかのように思える。
が。
「ちぇ……あーあ、また死ねなかった」
血塗れの死体が喋った。かと思えば、その一瞬でもう死体は無くなっていた。
全回復した勝者が、不思議な魅力を湛えた笑みで敗者の目の前に立っている。敗者は壊れた頭で悟った。地に崩れ落ちる。
「うーん、君なら殺してくれるんじゃないかなぁって期待したのにね。やっぱり俺は死ねないのか。残念至極」
これでも、リーリュは本気で言っているのだ。
この世界に飽き飽きしていた。上に倣わなければ殺される、だから上に従う。善悪構わず、ただ言われたことを実行する。上に倣え右に倣えで何が手に入る?
左に曲がってはいけないのか。そこに留まるのは許されないのか?
こんなことを知っているのは、せいぜいあの二人くらいである。胡散臭い医者は糸の無い凧同然なので。
「あーあれだ、良い筋は行ってたよ。あと何百年か後にまた戦ってくれると嬉しいね。どうせ俺は明日には忘れてるんだけどさ」
じゃあね、と手を振ってルギアに背を向ける。
背後から遠吠えが聞こえてきた。
「何故手を下さない! お前はあの時もそうだった! 手を汚したくないのか!? それとも他人を殺さないという誓いでもしているのか! 吸血鬼のくせに」
リーリュの瞳に黒雲が垂れ込めた。氷をも凍らせる空気が漂う。
わけのわからない悪寒がする。
「俺はどうでもいいことはしない主義だ」
普段の高い声との落差が、大気をも畏怖させる。
ルギアは耐えきれず、意識を手放すことを選んだ。リーリュの冷めた目がその様子を眺めていた。
「おう、リル。生きてるか?」
「そっちこそ」
「残念ながら死ねなかったな」
「俺もだよ。期待してたんだけどさ」
「手応えも骨もなんもねぇしつまんねーよ。あとで口直しだ」
「えー疲れた」
「異端児が何を言う」
「不便だよ、この体も。すぐに傷が治るなんて」
リーリュが異端児と呼ばれる理由の一つ。
それは、異常なほどの治癒力であった。故に彼は死なない。死ねない。
だって傷つくことがないのだから。
……ああいや、訂正しよう。
彼の治癒力は他人によってつけられた傷にしか適応しないのだ。つまり、自分でつけた傷は通常のスピードで治る。かつて自傷癖を持っていたことがいい例だろう。だから死ねないわけではなかった。しかしながら、リーリュは自分から死ぬくらいなら生きている方が楽しいと思っていた。
「……結局、俺は本気で死にたいと願っていないのかもね」
リーリュの小さな自傷は見えないものを切り裂く。
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