10月31日【因縁の相手】
「信じてる。シルにとって、その魔法の言葉を言われることはなによりの幸せだってこと。俺に言われたら逆らえないこと。……俺たちの距離が近いことを利用するなんて、悪人にも程があるね」
自分を嘲るリーリュの腕を掴んだのはタッカだ。
振り向いた半笑いが、タッカの心の隅をつつく。
「赤い石の貴族の話、俺はもっと深い情報を知ってんだ。そいつらの目的はお前を倒すこと。方法は、人間界を襲うことで魔界王としての地位を揺らがせ、お前を精神的に追い詰めて自殺させる」
「……そんなとこだろうとは思ってた」
「お前に、心を傷つけてる暇はない」
「ああ、そうだね」
タッカの茶色の瞳に射貫かれて、リーリュは気持ちを切り替えた。そして、瞳を閉じて深く集中する。先ほど感じた、莫大な量の気の中のリーダーを探るために。少しして、リーリュは目を見開いた。
「行くよ」
「は、流石は魔界王ってとこか? 俺は全然位置なんかつかめねーよ」
「そりゃあね。だって、
「そうじゃなきゃ、貴族にはなれないってか」
「妖精族に見破られるくらい堕ちていなくて安心したよ」
軽口を叩きながら、姿が一切見えない速さで一目散に進む。
気が集まっている場所に着くと、それは間一髪のタイミングであった。
殺される瞬間にある女性から、魔物を引き剝がす。女性は気を失っていた。
それから、何も言わずに振り返って襲い来る魔物たちに蹴りを入れていく。
リーリュの蹴りは、一切の無駄が無い。流れるような動作で、的確に殺す。
タッカも、魔物たちをおちょくりながら悠々と倒していく。
魔物を殲滅したと思った時、ついに首謀者が姿を現した。
横に、いかにもといった貴族二人を連れている。三人の顔は、見たことあるようなないような……。
「久しぶりですね、穢れた魔界王よ。今日はあの穢れた吸血鬼王は一緒ではないのですか? 残念です」
このイラッとくる無駄に丁寧な語り口に聞き覚えがあった。
数秒間、自らの記憶に呼びかける。
「あー!! 思い出した! 君あれでしょ、昔俺を本気で怒らせて殺されかけたルギアとかいう貴族のクズでしょ!」
「貴君の言葉の荒さは変わりませんね」
肩を竦めるルギア。
こんなに鼻につく態度の貴族を忘れていたなんて! しかもかつてシルをいじめたクズなのに! とリーリュは自分を殴り殺したい気分に囚われる。
しかし、だ。周囲が認めるように、リーリュの類を見ない記憶力はなんとも都合の良い代物なのである。具体的に言うと、彼は自分にとってどうでもいいことを忘却の彼方に追いやるのだ。だから、セシルが誰かに傷つけられた報復として、死寸前に陥るくらいの暴力を与えたことは覚えていても、その誰かが誰なのかは忘れていたのだった。この瞬間までは。
「今さらなにをのこのこと現れてくれたのかな? 俺も暇じゃないんだよね」
「そうそう。お前と違って、今のこいつには帰る場所があるんだからな」
ルギアは器用に片方の眉だけを上げてみせた。いちいち動作が気に障る。
「帰る場所ですって? 貴君のような嫌われ者に、帰る場所があるんですか? とても面白い冗談ですね」
目も顔も雰囲気も笑ってなどいない。先ほどまでは隠していた殺気が、ルギア御一行から発せられる。それはとてつもないものだったが、むしろリーリュもタッカも尻尾を振っているように思える。
生来、種族的な性質ではなく、彼らは好戦的で―死にたがりなのだった。
「君なら俺を殺してくれる?」
「今すぐにでも冥界へ送って差し上げますよっ……!」
人間界の片隅で、決して小さくない戦いが勃発した。
さほど時間もかからずに決着がついてしまうものだろうと思っていた戦いが。
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