10月31日【境界が崩れる】
親子と共に歩いていた。ゲートに向かって。
その途中でルナティアとタッカのペアに出会った。人間界での彼らは、美男美女のどこにでもいそうなカップルのようだった。
なんとなく、邪魔をしたくない。幸いセシルは梓たちと話し込んでいて気づいていない。自然な風を装って、ルナティアたちの姿を隠した。
と思ったら。
「あら、琉夏達じゃない」
気を遣った相手に気づかれた。なんだったんだ。
「瑠奈……。荷物多いね? これはちょっと
「どの口が可哀想だなんてこと抜かしてやがる」
見るからに重い荷物を持たされて不機嫌なタッカが、リーリュの膝裏に蹴りを入れる。一切荷物を落とさないバランス感覚は流石である。
「で、そちらさんは? 人間口説いちゃダメよ、白」
「ねぇなんで僕が口説いたみたいになるの?」
「だってそうじゃない。どうせまた甘言で釣ったんでしょ。悪い男」
「ホントに瑠奈って琉夏と似てるよね……」
言ってる事が全く変わらないのだから。セシルの諦めが伝わってくる。
リーリュと似ていると言われて、ルナティアは憤慨したようだった。
「なんでこんな奴と!」
そう言ったのは、話題の二人であった。ばっちりタイミングが合っている。一言一句違えず。この流れでそう来たのが余程面白かったのか、タッカとセシルは顔を見合わせて、堪えきれずに笑い出した。梓も麗美も笑っている。
「被せてこないでくれる?」
「そっちこそ! せっかく私が被らないようにタイミングずらしたのに、どうしてそっちに合わせてくるのよ」
「先読みした行動が仇になったって? 笑えるね」
「後先考えずに行動するような馬鹿に言われたくはないわ」
「慎重になりすぎて事態を悪化させるプロに言われたくないよ」
「あんたの軽率な行動が、どれだけの人に心配と迷惑かけてると思ってんのよ! いい加減に脳で考える訓練しなさい」
「困ってる人がいたら助ける。それにいちいち理由つけるような愚か者じゃないよ、俺は。無条件で理屈なしにすることでしょうが」
「そうやってまたヒラヒラと逃げるつもり!? 今日は逃がさ―」
「ストーップ!!」
ヒートアップしてどんどん論点がズレていく二人を止めるのは、いつもセシルの役目だった。タッカは面白がって囃し立てるタイプである。火に油を注いでどうするんだ、とセシルは思うのだが。根本的にタッカとセシルは正反対だから、考えだって相容れないのは承知の上ではあるけど。それなのに仲が良いということは、やはり真逆同士がくっつく論は間違いじゃないのだろうか。
「口論しないでよ。あ、紹介するね。こっちが梓。四世で、十七歳。で、こちらが母親の麗美さん」
「へぇ、人間との混血ねぇ……。あんたたち、どうするつもりでいるのかしら?」
その瞬間。目に見えてリーリュの表情が変化した。笑顔は変わらないのに、目だけが無感情になる。もちろん無感情ではない。装っているだけだ。セシルが、そんな彼を宥めるように視線を送る。が、リーリュはそれを無視して言った。
「差別はやめなって言ったよね」
晴れの日の海のような声だった。しかし、しっかりと感じる恐怖が、否応なしにルナティアの体を震わせる。それでもなお、彼女から強気が消えることはない。
「差別じゃないわ。感情的になりすぎじゃない? 私はあくまで客観的に、事実を述べているだけよ。人間との混血は、魔界で蔑まれる。普通の混血でさえ差別されているのが現状よ、もっと酷い目に遭うわ。それをあなたが知らないわけないでしょう?」
「知ってるに決まってるだろ」
「だったら私の言いたいことも分かるわよね。あっちに連れて行って、それでどうするつもり? ……一から十までリルが面倒見るわけにはいかないのよ、もう。だって」
「だから!」
突然の大声に、ルナティアの流れが止まった。その刹那をついて言葉を挟み込む。
「ルナ、俺は全部分かっててやってるんだよ。ここで見つけたからには、放っておけるわけないじゃん。人間界で気味悪がられて殺されるよりは、手の届く魔界にいてもらったほうが安心するんだ」
「それはリルのワガママじゃない」
いつの間にか普段の呼び方に戻っていることにも気づかない。
「ああそうさワガママだよ! それの何が悪い? 君は、たった、十七歳の子供に、人間界で吸血衝動に苦しみながら生きていけって? それこそ我儘だ」
吸血衝動に耐えることが、どれだけ辛く、苦しく、世界に反する行為なのか。それを身に染みて分かっているのが吸血鬼である二人であり、自分のことのように知っているのが妖精族の二人であった。
長いようで短い沈黙を破ったのは、リーリュの静かな言葉だった。
「吸血鬼との混血だってことを言わなかった俺も悪いね。でも、何との混血であろうと、俺は絶対に魔界に連れていく。ここにいることは、混血にとっての不幸にしかなりえないから。あの事件が教えてくれたことだよ」
あの事件。かつては共存していた、人間と魔界の種族が決別することになった発端。それは、魔界の歴史に大きく深い傷を残した。数百年経った今でも語り継がれるこの事件―『
「はぁ……リルが馬鹿だってことは知っていたつもりだけど、ここまでとは」
「こういう奴だから、怠け者だろうと魔界王を務められてるんだろ」とタッカ。
それらは険のある言葉ではなかった。理解の印だ。どうにも嬉しくなり、セシルと笑みを交わす。ルナティアは、呆れた様子で二人の嬉しそうな横顔を眺めていた。その心中を知る者は一人しかいない。
「あー、けど、その……ありがとう。いつも、俺の言うことに反対してくれて。自分でも、猪突猛進な性格だってことは分かってる。だから、誰かしら俺に反対してくれる人がいないといけないって思うし……」
目線が泳いでいるのはご愛敬というもので。
これは、嘘偽りなくリーリュの本心だった。
「明日は天変地異かしら」
照れ隠しが通用しないくらいの関係性である。
「かもしれないねぇ」
セシルが暢気に笑うと、その場にいた全員に花が咲いた。
やはりセシル独特の雰囲気は悪人をも殺せるものがあると思う。
「……やっぱり、羨ましいな」
梓の独白を聞いていた人物はいないようだった。
そんな和やかで楽しい空気が一瞬にして変わる。四人全員が同じものを感じ取ったからだ。笑顔は消え、鋭い光を持った目が互いの心を貫く。見透かした答えが一致することを知ると、リーリュは他の三人を雰囲気で抑えた。
「シルとルナは梓たちを連れて行って。タッカはこっち」
「僕にリルから離れろっていうの!?」
「そうよ、シルが残った方が賢明なのは明白じゃない!」
「異論は認めない」
断固として動かないリーリュの意志。
「何言ってるの! 僕は戦闘力になるって分かってるよね?」
「異論は認めないって言ってるでしょ」
セシルは耳を貸さない。
「なんでも一人でやろうとするなって何回も何回も繰り返したよ? まだ分からないかな! そこがリルの駄目なとこだって」
まだ騒ぐセシルとルナティアを黙らせる方法は一つしかなかった。
「梓たちを無事に魔界に送り届けろ。これは魔界王としての命令だ」
魔界王としての威厳が、セシルたちの畏怖する心を刺激した。
リーリュの無表情が、セシルたちを恐れさせた。
恐怖心とは、最も手っ取り早い支配方法である。
しかしそれも束の間、すぐに表情を緩めたリーリュは、安心させるように笑顔を浮かべた。飴と鞭の使い方を心得ている自分が、何故か滑稽に思える。
「敵は大勢だ。だけど弱い。俺なら余裕だって! だから、梓たちの身に危険が及ぶことが決してないように、二人で護っていてほしい。シルの力は信じてるから」
「……じゃあしょうがないなぁ。でも、本当に気をつけてよ?」
「うん。タッカもいるし、心配しなくても大丈夫」
頷くと、セシルとルナティアはゲートに向かって急いだ。
事情も呑み込めていない梓と麗美を連れて。
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