10月31日【梓の母親】

「まず最初にこれだけは心得てください」

何よりも言いづらいことを一番に言ってしまう。我ながら狡いと呆れ返る。

「吸血鬼と人間の混血は忌み嫌われます」

「理由聞いていい?」

リーリュに苦い表情がよぎったのを見逃さない。

「……吸血鬼には、今でもプライドが高い奴らがいる。自分の血がずっと吸血鬼であることを誇りに思う、貴族と呼ばれる嫌な奴らだ。そして、貴族の地位は大きい。嫌われているけど、実力重視の魔界では逆らえないんだよ。で……」

いよいよもってリーリュの顔が苦悶に歪む。彼にとって、彼らにとって貴族は嫌な記憶の代名詞だ。他人の心情に敏感な梓は、慌てて続きを遮った。

「分かったから! つまり、そいつらが混血を嫌ってて、琉夏さんは混血のお母さんを心配してるってことだろ?」

そこまで分かったんだ……。梓の聡明さには舌を巻かされるばかりだ。

理解しているなら話が早い。

「そこまで分かってるんだったら、早速本題に入りますね。当然のことなんですが、吸血鬼だと分かったからには魔界に来ていただくことになります。今日はハロウィンですから、今すぐあっちに行けます。魔界での生活は私がしっかりと保証しますから、安心してくださいお母さん」

リーリュは、敬語を使ってもいいと思える相手にしか使わないという、とても面倒くさい考えの持ち主であった。これにどれだけセシルが頭を悩まされたことか。

けれど、裏を返せばリーリュが敬語を使う相手は尊敬しているということである。


少しの間のあと、母親は語りだした。

「私の家系に吸血鬼の血が混ざったのは、私の祖父がそうだったからです。祖父は魔界の話を父に受け継ぎました。父は、私がある程度大人になった時にその話を教えてくれました。そのなかにハロウィンの話があったんです。『もしお前に子供ができたら、その子は人間じゃない。その子が大きくなったら、ハロウィンの日に魔界の種族を探せ。お前には見えるから』と言われました。だから、今こうしてお二人に出会うことができて安心しています」

母親が微笑む。絵に描くことなどできない美しさだった。

まるでけがれを知らぬ幼子おさなごのような愛らしさと、見せかけの世界を見抜いた上で穏やかに笑っているような達観した風情ふぜい

矛盾を持った美しさとでも言おうか。彼女はきっと、何もかもを受け入れている。


「行きましょう」


「……よろしいのですね? もう戻って来られませんよ」

慎重に、丁寧に。

「来年でも構わないのですよ。まだ梓は人間でいられますから」

「いえ。もう梓は自分が人間ではないことを知りました。だったら同じことです」

どうやら意志は本物のようだ。目を閉じて、開いて。リーリュは、これから起きることを受け入れた瞳で親子を見つめた。


「嘘をついてごめん。本当は、俺は魔界王リーリュ・ヴァンディアっていう一番偉い吸血鬼なんだ」

「僕は一応吸血鬼のトップだよ。セシル・ヴィンディアっていうんだ」

「……俺は梓。お母さんは麗美れみ。父親はいない」

父親がいないことと、口説く口説かないの話で見せた梓の怒りっぷり。

この家族の関係がおおむね掴めたような気がする。

揺れる感情を殺して、セシルは笑顔で手を差し出した。

「これからよろしくお願いします」

「ええ、よろしくお願いいたします」

麗美はその手を強く握った。


そう簡単に絆の出来上がりとはいかなそうだけど。


リーリュの皮肉めいた呟きは、質素な家の優しさに包まれていなくなった。








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