10月31日【出会い】

セシルとリーリュは二人仲良く人間界―東京の街を歩いていた。

先ほどからチラチラと好奇心の視線を向けられているのは、紛れもなく彼らの風貌が人間離れしているからだろう。人間ではないから、はずれてはいない。

それにしても目立つ。

もとより、彼らは美しい顔立ちをしていた。

セシルは若干童顔だが、笑うと下がる眉と、人好きのする優しい笑顔は十分武器になる。肌は不健康ではないくらいに白く、何故か触ってしまいたくなる。ところどころに白が混じった黒髪。そして、なによりも魅力的なのは紺青色こんじょういろの瞳だ。

対するリーリュは、どこか大人びた雰囲気を醸し出す。セシルと並んでいるとなおさらに、だ。リーリュの武器と言えば、その大人びた空気からは想像もできない笑顔のあどけなさだろう。セシルと反対で、肌は不健康なくらい白い。不健康だが。


人間のようには見えているけれど、どうもそこまで完璧にカモフラージュすることは難しいらしい。全く日本人っぽくない。


とはいえ、今日はハロウィンだ。

東京ではたくさんのした人々が出歩く日。それほど目立たない。つまり、彼らが目立っているのは整った顔故にだということ。


「セシ……じゃない、はくはどっか行きたいとこある?」

「あのね、これまた噂なんだけど。悪い噂ね」

「どこからその噂仕入れてくるの」

「それは置いといて。どうもさ、日本でまた格差が酷くなったらしいよ。上下関係も、誰も言わないけどあるかもしれない」

格差。それは現代の日本ではしばらく見なかったものだ。

確か、2020年あたりに徹底した共産主義社会になったはず。前人未到の、争いの無い完璧な世界を作り上げたのである。

「……うーん、平和は恒久的なものじゃないってことが証明されてしまった」

「日本には期待してたのに。ここから人間界が平和になれば、もしかしたらって……。ありえないか」


真面目な話からくだらない話まで、二人で延々と会話しながら東京観光をしていると、やっと夕方がやってきた。

しかし、色々なことがどこよりも進歩した日本に闇が訪れることはない。

そして今、リーリュ達は派手な恰好をした自称女子大生の集団に囲まれていた。


「ねぇねぇ、お兄さんたちどこの人ー?」

「お兄さんチョーかっこいい!! やっば、好みかもぉ!」

「………………えーっと」

超特急で様々な感情を通り越したリーリュは、最終的に行き着いた表情で彼女たちを眺める。セシルはもう怯えて顔が引き攣っていた。目が小動物のそれである。

「暇ならうちらと遊ばない?」

「いいねいいねー!!」

問答無用で手首を掴み、半ば拉致するかのように歩きだそうとする。

そこに、連れ去られそうになった彼らを救う者があった。


「痴漢魔が逃げたぞーっ」


声変わり前の男子の声がそう叫んだのだ。

雲の子を散らしたように自称女子大生たちはいなくなる。

間一髪といった感じだった。もちろん、痴漢魔が真っ赤な嘘であることをリーリュもセシルも知っていた。二人を救い出すために嘘をついたのだ。

「助かったよ、ありがとう」

警戒心を抱かせない笑顔で、中学生くらいの痩せた男子に声をかける。

「別に。あの人たち、ああやって男を騙しては闇に落とすから。ここの人じゃなさそうだし、知らなかったんでしょ? 気を付けた方がいい」

警戒心もへったくれもない。つれない態度の男子はそのまま雑踏の中に紛れようとした。だが、親切にされた時のセシルの諦めの悪さは朝のリーリュ並みである。とにかくセシルという吸血鬼は、その親切に最大限の感謝を返すまでつきまとう。

「ちょっと待った! ねぇ君名前は?」

「……あずさ。あんたらは?」

「僕は白。こっちの不機嫌男は琉夏るかだよ」

「不機嫌じゃないから」

リーリュの抗議は片手でいなされた。それにイラっとするくらいだから、やはり自分は不機嫌なのか……と少し冷静になる。生来リーリュはどうにも女性が苦手だった。恥ずかしがり屋とかそういう類ではなく。精神的に女性を受け付けないのだ。幼い子ならば大好きなのだけれど。原因は薄々分かっている。


ちなみにルナティアは何故か大丈夫だった。


「お互い名前で苦労してそうだな」

「……そうだね。でも梓は珍しくなくない? 何人か知り合いにいるよ」

嘘だ、とセシルは思った。これは何かを引き出すための会話なんだろうとも思う。普段から億劫がって喋らないリーリュが他人と喋るときは、決まってその相手に『何か』があった。確率論ではない。経験からなる、絶対当たる推理だ。

「そうかもしれない。けど俺は毎日名前で女子だってからかわれる」

「見た目は白より男っぽいけどなぁ」

「琉夏ぁ? そういうこと言って良いと思ってるの?」

「ごめんつい本音が」

「殴るよ?」

セシルが全体的に女性よりなのは確かだし、自覚もしているので強気に言い返せない。趣味が料理って、と自分でも呆れる時はある。

「仲良いね。俺にはそういう奴一人もいないから羨ましい」

「友達いないんだ。それは君が悪いから?」

いまいち質問の意味を解りかねている梓。

リーリュは分かりやすく言い換える。「君が下の人間だから嫌われてるの?」

そう言った瞬間、目にも見えない速さの拳がリーリュの横を通り過ぎる。



「やっぱり」

リーリュはお菓子を貰った子供の笑顔を見せた。

目にも見えないは、あくまで人間にとっての話である。

吸血鬼は最強の種族。人間の拳など赤子の振り回す手よりも避けやすい。

……ちょっと人間にしては速かった気がしないでもないかな? なんて暢気のんきにセシルは首をひねった。まぁ、人間の身に何が起こるかは不明だ。

吸血鬼でさえ、セシルやリーリュのような異端児が生まれることもあるのだから。

「火のない所に煙は立たぬ。今回は真実だってわけだ。共産主義の日本は無くなった。そうだね」

口を開いては閉じてを数回繰り返したあと、梓はやっと声を出す。

それは掠れていて、誰かにすがりつきたい衝動を必死にこらえているようであった。


「…………うちに来るか?」



セシルはやっと気づいた。あー、今回の『何か』はこれか。


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