10月30日【謎の異変】

ルナティアとセシルとリーリュは、総司堂から少し離れたところに立っている、上流階級御用達の喫茶店『Secretalk』に来ていた。ルナティアからの要望があったからだ。

曰く、恐らく公で話してはいけない問題だと思うから。

内緒話には打ってつけの場所である。


紅茶、レモンティー、コーヒーがそれぞれの目の前に置かれる。

音を最低限しか立てないウェイターの黒服がなびいて去っていく。

紅茶を一口啜って、リーリュは話を切り出した。

「さて、話してくれる?」

「どこから話しましょうか?」

リーリュの顔に一瞬だけ嫌そうな表情がよぎった。

長い話は苦手なのである。故にサミットの宣誓書の音読も面倒くさがっている。

「……簡潔に要点のみ言うと?」

ルナティアの指が黄色のカップにかかる。

「そうねぇ、簡潔に要点のみ言うと、何らかの理由で私の力が日々失われているってとこかしらね?」

彼女がレモンティーを口に運ぶのと、セシルが咳き込むのは同時だった。

隣に座っているリーリュが背中をさする。

「そっ、それってまずいんじゃ」

「だからこうやって秘密の会合をしているんじゃない」

素知らぬ顔のルナティアはまるで他人事のようだ。

「でもまぁ、結構まずいよね。妖精女王の信頼が揺らぐ。それに、これから何があるかわからないし」

「何かあるかしらねぇ」

何かあるか、と問われても特に思いつかないので、きっと何もないのだろう。

とリーリュが思ったところで、不意にセシルが口を開いた。

「そういえば、最近変な事件が起こってるの知ってる?」

リーリュに思い当たる節は無かったが、ルナティアは顔をしかめて「あぁ……」と唸った。二人とも知っているとなると、何故自分が知らないのかと思う。

「なにそれ」

「簡潔に話すね。最初は精霊の都で一瞬にして花が枯れた。絶対に枯れない花だったのに。次の日、小人族の食糧倉庫から、冬に向けて蓄えてあったものが全て無くなって。その次は巨人族の武器の一部が消えた。こんな風に、各種族にいろんな事件が起こったんだ。全部の事件に共通して、現場には深紅の石が残ってたってさ」

セシルの話でも一部分でしかないなら、実際にはもっと被害があったということだ。しかし……それほど大きな事件が、どうしてリーリュに伝えられていないのか。それが一番謎である。

「リルが知らないのは当然だよ。だってこれはもうんだもん」

「解決した? じゃあなんで持ち出してきたの?」

セシルは何とも言い難い唸り声を発した。

「つまり、解決したってことにしたっていうわけ」

不満そうに鼻を鳴らす妖精女王は、レモンティーをまたすする。

その一言で、リーリュはおおよその事情を掴んだ。

「貴族が関わってる」

「そういうことね」

リーリュのいう『貴族』は、ごく一部の吸血鬼たちのことである。もちろん、一般的な意味でも貴族とは使うが。七族王やその他の上流階級血筋が貴族だ。そのなかでも、過激派と言われる吸血鬼集団を揶揄する意味で貴族と呼ぶ。彼らは混血を忌み嫌う。吸血鬼において、他種族と交わることは禁忌とされてきた。それだけ高潔な種族だという主張だったのだろう。しかしそれも今や形骸化してしまった。


先代の魔界王は混血であった。


彼の父は吸血鬼で、彼の母は女神の長に次ぐ実力を持つ女神。

混血でも、いや混血だからこそ、先代は強かった。

王自身も妖精族と結ばれたため、それからは恋愛に対して自由な風潮が広まったのだ。広まったのだが。

「いつまでも過去に囚われている時代錯誤な貴族達が関わってるって? あはー、めんどくさい」

棒読みここに極まれり。

本当に、リーリュにとって貴族は大嫌いな存在でしかなかった。

過去を思い出させるから。

「もみ消しかよー……。なんでそれを誰も報告してくれないの」

「僕らだって昨日知ったばっかだよ。誰も彼も貴族を怖がって喋らないんだ」

貴族は嫌な奴らだ。しかし、彼らは堂々と威張って街を歩く。

なぜなら、純血である彼らは強いから。

怒らせた者が生きて帰ったことはない。必ず翌日に無残な姿で発見されるのだ。それでさえ人々は受け入れる。仕方ないことだ、自業自得だと諦める。

「あいつら変に強いんだもんなぁ。これで弱かったら蟻くらい気にしないのに」

「ホントにね。なんか犯人に心当たりがあるみたいだよ」

「予想だけど、多分犯人は貴族のなかの王だと思うわ。あなた達に反感を抱いてる貴族共は、犯人を捕まえさせたくないのよ。計画も知ってるんじゃないかしら?」

魔界王を殺す。それが最終目的だということだろう。

ルナティアの端整な顔立ちが嫌悪に歪む。セシルも少し眉をひそめる。

二人に反して、リーリュはどこか嬉しそうな表情だ。

「王辞められるかな」

「それは無理ね。誰もリルを殺すことはできないもの。そうでしょ」

「……そうなんだよなー」

退屈そうにつまらなそうに欠伸をする。セシルに口うるさく言われたおかげで、ちゃんと手で覆うのが習慣づいた。

「で、結局のところルナのやつは原因不明? 医療妖精様のタッカはなんて?」

「病気の類じゃねーから俺は知らん! だって」

「相変わらずの投げやりな医者だね」

タッカは古くからの友人である。医療妖精と呼ばれる、治癒系を得意とする妖精だ。大概の医療妖精は医者になる。彼はそのなかでもエリートに入る医者だが、態度が粗雑なので医者仲間からは嫌われている。患者には好かれるのだが。

「似た者同士じゃない」

「あいつと一緒にしないで」

「でも似てるよね、リルとタッカは」

これ以上話を続けても勝ち目はないと悟り、リーリュは早々に話を戻した。

「じゃあ原因はなんだろうって話か。ウイルス以外に思いつくものといったら魔術くらいだけど……」

「そんなの感じないし、ルナだって自分で気づくよね」

それっきり、三人は黙りこくってしまった。

それぞれが思考にふける。やがてルナティアが音を上げた。

「考えたって分からないわ! いつか原因も分かるでしょう。こんな無駄な時間過ごすくらいなら、明日のこと考えた方が有意義よ」

こわばっていたセシルの肩が落ちる。

リーリュも思考の世界から戻ってきたようだ。

「ねぇ、今年はどんな人間に化ける?」

「俺はいつも通りでいいよ。いちいち変えるのも面倒」

「私はちっちゃい子。っていうか、あの術式円って一体どうやって作ったのかしらね。姿変えたり存在消したり、私たちが願うだけでそうなるって、どんな仕組みなのか気になるわ」

「毎年言ってるよね。聞き飽きた」

そう言ってセシルは楽し気に笑った。どうせ心からそう思ってるわけではないのだろう。セシルはそういう性格だ。決して本音を明かさない。本当の本当の奥底にある言葉は、気持ちは誰にも明かさない。そして、リーリュでさえもそこに手を伸ばすことはできないのだ。鉄壁でもあるかのように。

「さーて、明日どうするか決めよっか」

「そうだね」

セシルに答えつつ、リーリュは未だにさっきの話について考えていた。



生気を奪う。消滅術。誰にも気づかれない。貴族。

―深紅の石。


何かが頭に引っかかって気持ち悪いまま、ハロウィン・イブは暮れていった。







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