10月30日【サミット2】

粛々と、毎年恒例のサミットが進められていく。

「今年もハロウィンがやってきた。あー、毎年のことだが、とりあえず我慢して聞いてほしい」

リーリュは一つため息をつくと、手元の書を読み上げ始めた。

「ハロウィンは我ら魔界の者にとって、唯一他界と交わる大切な日である。魔界と人間界の境界が無くなる日。しかし、決して人間に我らの存在を知られてはならない。人間と我らが袂を分かつことになった、かのを忘れてはいけない。人間と我らは分かり合えないのだ。だからこそ、七族王しちぞくおうと魔界王は弱き魔界の者を守らねばならぬ。今日こそがその力を発揮するときだ」


妖精王、巨人王、小人王、精霊王、女神の長、魔術師の長、吸血鬼の長。


魔界の七族王、魔界を代表する強者たち。


それぞれが、魔界王の言葉にひざまずく。


「王の仰せのままに」


七つの声が、総司堂大議場に響き渡った。

彼らの長であるリーリュは、その声に頷くと肩の力を抜いた。

「何回やっても慣れないな、これは。なんで俺は魔界王なんかになってるんだ……。今すぐ俺を殺してほしい」

「縁起でもないことを仰らないでください!」

そう言って小人族の王がぴょんぴょんと跳ねる。

「向いていないと思わないか? 俺は人前で目立つのが好きじゃないのに」

「おまけに遅刻癖と自傷癖と面倒くさがり? 本当に向いてないわね」

馬鹿にするように笑うルナティア。

「ルナティア様……言い過ぎでは」

恐る恐る彼女を諫める精霊王も、彼女の視線で地にひれ伏す。

妖精族というのは、吸血鬼族の次に強い種族。魔界では純粋な力の強さで順位が決まる。そして、吸血鬼と妖精だけは不動のトップツーである。

特にルナティアはかなり気が強いので、どうも歴代の王たちよりも怖がられている節がある。なにせ、魔界王となったリーリュにもためらわずに毒を吐くくらいだ。

いくら昔からの友であろうと、流石にここまでまっすぐには意見できない。

魔界王は絶対的な存在。のはずなのだ。

「まぁまぁ、いつものことだからしょうがないでしょう」

笑顔でルナティアと精霊王の間に立ち入るセシル。

セシルに笑顔を向けられた精霊王は固まった。

「あー、ではさっさとやるべき事をして解散しよう。眠い」

「リルも少しはやる気だしなよー。魔界王なんだからさ」

「シルが俺を殺してこの座につけばいいよ」

「絶対無理。いくら僕でも君は倒せないし、殺したくないし、やりたくない」

リーリュは舌打ちをすると、心底嫌そうに顔を歪めてみせた。

これでも彼は魔界で一番強いのだから、人は見かけによらない。

立ち上がったリーリュは、儀式の間へと繋がる扉に手をかざした。

「魔界王リーリュ・ヴァンディア」

低く呟く。扉は彼の力に呼応して一瞬白く光った。

リーリュと七族王の足音が、儀式の間の静寂を破る。

床には術式円が描かれている。この式は、古代の魔界王と七人王などが協力して作り上げた、ハロウィン専用のステルス魔術の式だ。効力は一日のみ。ハロウィン当日だけだ。人間界に行く魔界の者を人間の姿に偽るための術である。

その中心にリーリュが立つと、術式円はゆっくりと光りだした。足りない力を補うのは七族王。決められた七つの場所にそれぞれの王が立つと、ついに術式円が形容しがたい色に光った。複雑に文字が躍る。

「我こそは魔界王リーリュ・ヴァンディア」

「我こそは吸血鬼王セシル・ヴィンディア」

「我こそは妖精王ルナティア・アルカディア」

「我こそは女神王エリース・ランディア」

「我こそは巨人王ジェイル・グラディア」

「我こそは精霊王カリア・シャンディア」

「我こそは魔術王ドリファス・セリディア」

「我こそは小人王レオ・ハルディア」

彼らだけが持つ唯一の魔力が、術式円に力を与える。


「神聖な日に加護を」


一同の声が揃うと、円は黒に落ち着いた。

誰からともなくため息が零れる。

「今年も一仕事終えましたね」

「私たちの存在意義ですから」

精霊王と小人王が言葉を交わす。彼らの顔にはわずかな笑みが浮かんでいた。

そう、これこそが彼ら七人王の意味。

一年に一度のとても大切な儀式。

ハロウィン・イブサミットとは、すなわちハロウィンという神聖な日を守るためのサミットなのだ。今まで魔界と人間界が交わっていることに人間が気づかなかったのは、王と七人王の尽力があったからだ。このことを民は知っており、なおさら彼らの地位が上がる仕組みである。

「ご苦労様。じゃあ、あとは勝手に帰ってくれて構わないから。俺は帰る」

仕事が終わると颯爽と帰るのがリーリュだ。これまでとの魔界王とは百八十度違う。いい加減で、面倒くさがりで、自傷癖を持つ王。なのに殺されないで魔界王の地位に長い間ついているばかりか、人々に好かれている。

「あっ、待ってよ僕も帰るー!!」

セシルが追いかけると、リーリュは歩みを止めた。


「そういえば」


踵を返す。ルナティアの前で立ち止まった。

リーリュに表情は無く、射貫くような視線が、知らずのうちにルナティアの心拍数を急激に多くする。緩みかけていた空気がまた引き締まった。


「隠し事はダメだよルナ」


たった一言だった。たった一言で、ルナティアの胸の内に秘められていたものが暴かれた。彼女は思う。これだからこいつを心から罵倒できないのだと。これだからリルは国民に好かれるのだと。鋭い観察眼と、経験からなる他人の心が分かる能力。これまでの魔界王はエゴイストが多かった。それもそのはず、吸血鬼族はそういう種族性であるべきなのだ。自己陶酔、絶対的な自信、傲岸不遜。

なのにリーリュはそういったものを一切持っていないどころか、逆の性格だ。


だからこそ、彼は種族に忌み嫌われる。


本人は全く気にしていないようだが。

「バレちゃった?」

かわいこぶる彼女を一笑に付す魔界王。

「バレないと思った?」

「全然。いつ言われるかと怯えてたわ」

「そのわりには堂々としていた気もするけどなー」

余計なことを言うセシル。案の定、ルナティア怒りの拳が飛ぶ。

しかし、セシルも吸血鬼の長である。楽々とそれを受け止めると、

「怖い怖い」

とおどけてみせた。それが余計に彼女の機嫌を損ねるのだが。


「で、どうして力が弱かったのか、ちゃんと説明してくれる?」

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