10月30日【目が覚めた朝】

「忘れてた! シルありがとう! めっちゃ助かった」

さっきまでとは打って変わって、リーリュはセシルに感謝する。

そんなリーリュに、これまた打って変わって笑顔を向けるセシル。

「愛してる?」

「うん、大好き」

「じゃあご飯作る。遅れたら顔つぶれるからね、今のうちに支度してきなよ」

「ありがと。ホントにシルがいてくれて良かった。愛してる」

ちなみに、この二人は男である。そういう方面でもない。

彼らはただの親友だ。悪しからず。

二人にとって、「愛してる」や「大好き」は友情の言葉なのだ。


「ご飯できたー」

二十分ほど経ち、セシルは上にいるであろうリーリュに呼びかけた。

「ちょっと待って、シル来て!」

返ってきたのは招集だった。またお手伝いかなー、と呟く。

悪い気はしない。セシルは誰かの役に立つことが好きだった。

リーリュに使われるのならばもっと嬉しい。セシルのリーリュ愛は誰にも負けない。リーリュもまた、セシルを愛している存在として右に出る者はいなかった。即ち、お互いに溺愛しているということ。彼らのことは、この世界の住人なら誰でも知っている。―ただでさえ有名なのだから。

「入るよ」

「髪の毛結んで。切るの面倒くさがらなきゃよかった」

「もう、リルって不器用なんだから」

そう言って笑うセシル。鏡の向こうのリーリュは、少し拗ねたように顔を背けた。

幾度となく繰り返してきた会話。飽きないのは何故なのか、そんなのは分かっていた。二人は、ずっとずっと仲が良いのだ。

「……ん、リル、また髪サラサラになったね。結びづらい」

「それは俺のせいじゃないからね。どうしようもない」

結びづらいとは言ったが、セシルは器用な手つきでささっとリーシュの伸びた濃藍こいあいの髪を束ねる。あっという間に一本にまとめられた。

「さすがシル、器用だなー」

「えへへ、まぁね。ご飯できてるよ」

ニコニコと人好きのする笑顔を浮かべるセシルは、今にも階段を全段飛ばししそうだ。とリーリュが思っていたところで、本当にセシルが飛び降りた。

そして危なげなく着地する。

「早くー」

「はいはい、急ぎますよセシル様」

ふざけてセシルのことをそう呼ぶと、セシルはふと真面目な顔になってリーリュを見上げた。いつもの笑顔が嘘のようだ。


「僕が貴方にそう呼ばれるなんて恐れ多いですよ」


言葉に詰まって、リーリュは何とも言い難い表情になる。変わってしまった空気を塗り替えるため、セシルがいつにも増しておどけてみせた。

「なーんちゃって! びっくりした? もちろん僕はリルの親友だよ」

「……うん。ちょっと驚いた」

寂しげに笑うと、リーリュは一段ずつゆっくりと確かめるように降りてきた。

セシルは、リーリュの顔色を窺うようにチラチラ視線を寄越す。

「もう言わないで」

リーリュの紺碧こんぺきの瞳が、不思議な引力を持ってセシルを惹きつける。

セシルは自分が彼の地雷を踏んでしまったことを悔いていた。

ほんの冗談のつもりだったのだ。リーリュにとっては冗談ではなかった。

それだけである。

「ごめん。分かってたのに」

「いいよいいよ、それより早くしないと怒られる」

リーリュが笑うと、ほっとしたようにセシルも笑った。


微妙な空気が、朝ご飯の良いにおいに包まれて消えていく。


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