第6話

 シェインと硝子との戦いが終わった。


 シェインは泣きながらも硝子の為に戦った。

 呼びかけに応えぬ硝子に涙が流れたからだ。

 それは硝子のどういった感情だったのかは誰にもわからない。

 ただ、シェインにはその右の瞳からだけ流れた涙の意味を知りたかった。


 シェインが硝子のそばに寄り、話しかける。


「硝子、ごめんね。シェインには約束が守れなかった。守るって言ったのに……」


 シェインの言葉に硝子からの返答はない。

 綺麗なガラスの身体にはたくさんの細かいヒビが入っており、痛々しさが目にしみる。

 ヒビの入った硝子の身体をシェインは優しく撫でた。

 硝子のハートは青い色を薄くピンクに変えていた。


「硝子。もう、大丈夫だから……ちゃんと元どおりだからね」


 その言葉に硝子は瞬きを一つだけ返すことしかできなかった。



「シェイン……」


 悲痛なシェインに名だけを呼ぶことしかレイナには出来なかった。

 これ以上はシェインよりも硝子から遠かった自分には何も言えない。

 言ってはいけないのだと感じていた。


「シェイン、元に戻るだけだ。ちゃんと硝子はこれからも物語を紡ぎ続けるさ」


 タオの言葉にはシェインの入る余地がないことを含まれているようで少しの怒りが湧いてしまった。


 言葉尻に出ないようにシェインは努めて口を開く。


「うん、そうだ、ね」


 エクスはシェインに聞かれぬように、レイナを伴って、離れてから話し始めた。


「ごめん、レイナ。聞いてくれるかな」

「どうしたの、エクス」


 エクスは少し踏ん切りがつかない様子で、静かに口を開く。


「硝子は想区を崩壊させようとしていたはずだよね」

「ええ」

「でも崩壊させる為に行動しているはずのヴィランは硝子を捕まえた時、攻撃をせずに捕らえるだけだった」


 レイナはその時の光景を思い出して肯定する。


「そのおかげでシェインは怪我もなく済んだと思うんだ」

「そうかも知れないわね」

「硝子の物語の登場人物は僕等が来た時にはみんないなかった。それはこの想区はすでに崩壊していたって事じゃあないのかな」

「?」

「想区の崩壊って物語を壊す事だよね」

「一概には言えないけどね」

「もし、もしだよ? この物語が逆だったのなら、もしいなくなってしまうのが硝子だけだったとしたら、想区の修正は……」


 黙ってしまった二人の背にシェインから声がかけられた。


「姉御、お願いできますか」


 シェインがそばに寄り、レイナに手を取って願った。


「ええ、もちろん」


 レイナは笑顔を見せたが、自分がちゃんと笑えているかはわからなかった。


 ◇


 想区が元に戻ると、硝子に見つからないように遠くからシェイン達は踊る硝子を見つめていた。


「硝子、楽しそう」


 その言葉にレイナとエクスは複雑な顔をした。


「どうしたよ、お嬢達。変な顔しやがって」

「ううん、なんでも」

「そうか?」


 想区を離れる時、シェインは振り返って硝子にこっそりと声をかけた。


「もう、さみしくないね」






 昔々、女の子が一人、森で毎日を過ごしていました。

 女の子は踊るのが好きで、優しい風の日やお日様の輝く晴れの日には花や小鳥たちと一緒に踊って過ごしていました。

 ある寒さが厳しくなった風の穏やかな日に、少女はよく遊びにいく泉の凍った水の中に女の子を見つけます。

 とてもびっくりしましたが興味津々に少女は近づいて、手を振ったり笑いかけてみました。

 すると女の子は同じ事をして少女に返事をしてくれたのです。

 とても嬉しくなった少女は冬の間、毎日二人で楽しく過ごしました。

 女の子は少女と一緒に踊るのがとても好きで、少女も女の子の笑顔が大好きでした。

 ところがあるとき泉の氷が溶けてしまうと少女は女の子と会えなくなってしまいました。

 その日から毎日少女は女の子に会いたいとガラスの涙を瞳からポロポロと零していました。

 そういているうちに気づいたのです。

 そうだ、会えないのなら自分から会いに行けば良いのだと。

 少女は住んでいた森を離れ、女の子を探しに出かけました。

 少女は女の子を求めて歩き続けました。

 それは険しい山道を越えての大変な道。

 ずっとずっと遠くの森まで来たところで、樹の下で疲れ果てて少女はその場で横になって眠りはじめてしまいました。

 しばらくして少女は耳元に何かを感じて目を覚ますとそこには真っ黒と木目の入った人の形をしたものがあり、びっくりしてしまいました。

 驚く少女を気遣うように、優しく微笑み彼らは声をかけて来ます。

「君はどこから来たの?」

「僕らとは違う体をしているね。一体どうしてこんなところで?」

 二人の笑顔で少し落ち着いた少女は訳を伝えます。

 すると二人は力になるよと少女を手伝ってくれると言ってくれました。

 それから三人で旅を始めました。

 黒い身体をしているのは鉄の少年。

 力が強くて、一人で何でもこなしてしまいます。

 木目の入った身体をしているのは樹の少年。

 とても器用で何でも作ってしまいます。

 少女は二人のようにできることがなかったので、二人が休憩をする時には二人が好きだと言ってくれた踊りを踊って二人の目を楽しませました。

 二人は少女の上手な踊りが本当に大好きで、いつも喜んで拍手をするのです。

 そんなある日、いつものように二人の前で踊っていると、突然にとても強い突風が吹いて、細かな石が痛いほどに三人に叩きつけられました。

 急いで三人は物陰に隠れて風が通り過ぎるのを待ちました。

 突風が過ぎ去り、物陰から出ると少女の姿だけがありません。

 二人は大きな声で少女を探し回りますがどこにも少女の姿を見つけることはできませんでした。

 二人がふと地面を見下ろすと、そこにはキラキラ光る小さなガラスの破片が散らばっていたのです。

 少年たちは懸命にガラスのカケラを集めると、それは確かに少女のものだったのです。

 少年たちは少女を失った悲しみを嘆き、夜になるまで泣き続けました。

 その時鉄の少年が夜空にキラキラと音を立てて流れる、ガラスのかけらのような星の川が流れていくのを見つけました。

 二人はそれを見て、あれは少女なのだと思ったのです。

 何故ならば、キラキラと流れる川の真ん中にピンク色のあの少女と同じ色をした星が瞬いていたからです。

 ガラスのの少女はあの時、風に飛ばされて岩に打ち付けられてしまい粉々になってしまったのですが、天に座す神様が少女を天にお連れになり、心の優しい少年達が少女を失ったといつまでも悲しまぬよう。少女が、自分がいなくなったことで少年達が悲しんでしまうのを止めたいと願ったことを叶えて天に住まわせて下さったのでした。

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脆くも儚き永遠の玻璃 @heina

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