第5話
泉に湧いたヴィラン達を倒し終わっても、その女の子は姿をあらわす事はなかった。
「どういう事だ? ここが発生源だろ、……原因が、いない?」
倒し終わった後には何も残らず、ヴィランを倒したのみに終わった。
これでは解決には至らない。
「とにかく泉を探ろう。話の女の子は泉との関係性が高い。それなら泉の底に……もしくは硝子が覗く事が必要かもしれない」
「硝子が?」
「とにかく見てみよう。ね、硝子」
エクス達は泉を捜すが、何かが見つかることはなかった。
そして硝子が水面を覗き込んでみることになる。
「?……硝子、どうしたの?」
硝子は泉を前にして、ためらいを見せた。
それに対して思うことはシェインとエクス達では違うものだった。
「硝子。もしかして怖いの?」
シェインのその言葉に硝子はややあって頷く。
「シェインが一緒にいるよ。大丈夫」
その言葉に硝子が後を押されて泉を覗き込んだ。
水面は風で揺れ、映し出すことはしなかったが、合間に見えるその女の子にはおかしなところは無かった。
それは全員の目にも明らか。
だがそこで、硝子はポロポロと涙をこぼしはじめる。
「会えない事を思い出したんだね、硝子。ごめんね、ごめんね……」
シェインが硝子の背中をさすり、
それを黙って見ているエクスにシェインは見る事をせずに口を開く。
「ねぇ、エクス。シェインに黙っている事があるんじゃない? 何か考えている事が」
シェインは少し不機嫌を表に出して、エクスを威嚇でもするように問い詰めた。
「シェイン、いくらなんでもわかってるんだろ。エクスだってレイナだって俺だって気づいてる。お前が気づいていないはずないだろ」
その問いに答えたのはエクスでは無くタオだった。
「何のことだかわかりません」
「シェイン!」
「……」
重い口をエクスが開き、優しく努めた声でシェインに声をかける。
「シェイン、この物語には……いや、この想区にはもう登場人物は存在しないんだ。シェインなら気づいていたはずだよ、例えばこの泉にまでまっすぐ追いかけている時にその痕跡が一つもなかった」
「全く違う道を通ったのかも。そうだよ、まっすぐ来ただけで別に誰かを追いかけて来たわけじゃない。なら原因は別の何処かに行ったのかもしれないじゃない!」
シェインは硝子の背を撫でながら言葉だけを返す。
「シェイン、それはおかしいの。だってヴィランが現れたのはここなのよ」
「でも、でも! そうだ、ヴィラン達はいつもは硝子の事をシェイン達と変わらず襲って来たよ。なら!」
シェインは誰よりも必死だった。当人であるはずの硝子よりも。
それに言葉を返すものはいなかった。
「ね、硝子?」
「違うよね、硝子」
シェインの優しい声に硝子が答えることはなく、透けて見える硝子のハートが青く、ずっと蒼く、色を変化させていた。
これは悲しみの色。
これは寂しさの色。
そしてこれは、絶望の色でもあった。
「おい、みんな! やべぇぞ、いつの間にか俺らの周りがヴィランだらけになってやがる!」
タオの声に周りを見るとたくさんのヴィランが所狭しと近寄ってくるところだった。
「まずい! とにかく今はこの場を何とかしないと」
「きゃあ!」
悲鳴に反応して首を回すとそこには突き飛ばされたシェインとヴィラン達のたくさんの手によって連れ去られようとされている硝子の姿があった。
「くそっ! なんなんだよ、どうなってるんだよ!」
タオが咄嗟に連れ去ろうとするヴィランの群れに、
「シェイン!」
タオの声に動いたシェインは、その好機を無駄にするまいと行動した。
倒れた姿勢からとは思えぬ速さでヴィランの隙に手をかけると、多少の強引さを持って硝子の奪還を目指した。
「硝子!」
シェインの声に反応を示さない硝子。
その胸のハートはまるで深海のように暗い青色をしている。
「硝子!」
シェインは反応のない硝子を自身が怪我する事を厭わずに、強引にヴィランのまとまりに向けて攻撃を放った。
纏まっていたために避けることもかなわず、ヴィラン達は滅びを齎される。
大きく膂力の減ったところを好機と、シェインは硝子とヴィランの隙間に身体を滑り込ませて硝子の奪還を得た。
「無茶すぎるぞ、シェイン!」
タオは後続のヴィラン達を槍で牽制し、シェイン達にこれ以上邪魔される事を防ぎながら苦言を呈した。
「シェイン! 無事なのよね?」
「シェイン!」
レイナとエクスは包囲網を狭められないように必死で反対側から来るヴィランの塊を抑えながら声を上げた。
「はい、無事です! それに硝子も!」
真っ青なハートの硝子に声をかけたのはエクスだった。
「硝子、ごめん! 言葉が足りなかった。……いや、考えが足りなかったんだ」
「エクス?」
動かない硝子の代わりにシェインがその声に応えた。
「僕ははっきり言うと、硝子がカオステラーの影響を受けたのだと思ってる!」
エクスの剣は一体のヴィランを切り倒す。
「だから、確定したら硝子を倒してしまえば元に戻ると思っていたんだ」
また一体のヴィランを切り倒した。
「けれど硝子はおかしくなんてなってはいなかったんだ。硝子はその心の強さでカオステラーからの影響を押し込んでいた!」
「そんなことを出来る訳がっ!」
「でも実際に硝子はおかしくなんてなってない!」
エクスとレイナの問答に吹っ切れたタオの声が響く。
「もういいじゃねぇか、うだうだ考えてんじゃねえやな! 俺は今見ているものを信じることにするぜ!」
タオの槍が速度を増してヴィランを吹き飛ばした。
それはエクスとレイナの攻撃に精彩が増したことをもって同意見だとわかる。
「みんな……」
シェインは硝子を守りながら、硝子に語り続けた。
「硝子、もう大丈夫だからね。シェインが、みんながなんとかするよ。硝子が抱えていたものを全部」
硝子は動かない。
ハートは青いまま。
「硝子、踊りが上手なんでしょう? シェインまだ見せてもらってないよ!」
硝子は動かない。
ハートは青いまま、けれどシェインにはハートの端が暖かな色を見せてきたように見えた。
「硝子……硝子、硝子硝子硝子硝子硝子硝子硝子硝子硝子!」
涙をたくさん溜めたシェインは叫んだ。
一つ涙を宙にこぼして。
◇
硝子には自分じゃないものが自分だということがわかる時があった。
それは自分とは同じはずのもの。
硝子にはもともと二つのものがあった。
ピンクのハートの硝子。
そして青いハートの硝子。
二つには境目がなく、ちゃんと一つのもの。
けれどいつからかピンクも青の中に小さな粒が宿った。
宿ったのはあの時。
冬の終わりを迎えて春に近づき、友達とはじめてサヨナラをしなければいけなくなったあの時だ。
その時から硝子は二人になった。
それは鉄の男の子との別れを経て大きくなり、樹の男の子との別れを経て形が作られた。
それから硝子は二人を一人で過ごすことになったのだ。
ピンクの硝子は今までと変わらない、そのままの硝子。
対してとても濃い青の硝子には今まで違う硝子があったのです。
青の硝子はさみしい硝子。
青の硝子は悲しみで氷を作れます。
硝子の氷は悲しみで出来ているのです。
「ょう」
?
「硝子」
!
「硝子硝子硝子!」
硝子が目を開けると、そこには涙を流すシェインがいました。
周りには黒く怖い、シェイン達の敵がたくさんいましたが、あまり気になりませんでした。
そんなことよりも硝子には泣いているシェインのほうが大変なことだったのです。
硝子は泣いているシェインの頬を躊躇いながら撫でてみます。
硝子には泣いている人に対しての接し方を知らないのでおずおずとしたものでした。
「硝子!」
シェインの声に喜びを感じ取ると、硝子の中から声がしました。
「わたしに、寄越しなさい」
◇
シェインに抱かれ目を覚ました硝子は一瞬の後にハートを真っ青にして姿を変えた。
「硝子!」
「危ない、離れろシェイン!」
タオが咄嗟に出した手で引き離されたシェインの先ほどまでにいたところには氷の結晶が光っている。
「硝子!」
「くそっ!」
こうして戦端が開始される。
硝子との戦端が。
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