第4話

 難なくヴィランを倒す事はできたのだが、その後に続く手がかりが途切れてしまった。


「樹の奴もやっぱり同じだったかよ……」


 タオが落胆しているのは会いにきた樹の彼の痕跡の前でだ。

 樹の男の子。

 彼は鉄の男の子のように残すものはなく、全てを土へと還ってしまっていた。

 場所を示すのは尖った先を空へと向けた岩が埋まっていることだけ。

 硝子が岩の埋まる場所を指差すのでここで間違いないはずだ。


「どうすんだよ。この先行く当てなんてないぞ」


 タオのこぼす愚痴を聞いて、ハッとしたシェインが口を開いた。


「あ、そうだ! そうだったよ、みんな」

「何がそうだったんだよ、シェイン」

「ええとね。さっきの戦いの途中で硝子がヴィランたちの奥を指で指して何かを訴えていたんだ。もしかしたらそれって」

「マジかよ。硝子、何を見たんだ?」


 タオに問われた硝子は頷くと、枝を探しはじめた。

 土地が拓けていて手頃な枝がなく、探しに走ると枝を一本手に取り戻ってきた。

 硝子は枝で地面に絵を描き出した。


「ん? 人……女の子か?」

「女の子だね、たぶん。……でもこれって」

「……硝子に似てるわね」


 そこまで描き終えたところで硝子は絵の女の子を塗りつぶしはじめた。

 出来上がったその絵は、黒い硝子。


「なぁ、硝子。この絵の奴はどっちに行ったんだ? シェインも硝子がその時に指差した方向って覚えてるか?」


 硝子と二人向き合ったシェインは、一緒に指を指す準備で手を顔の高さまで持ち上げると、せーのも言わずに同時に同じ方向に指を向けた。


「そうか、なら行ってみるしかないな。この絵の奴がまっすぐ進んでいてくれていればいいが」

「本当にね。硝子、この先には何かがあるの?」


 硝子は頷いた。

 何かがあるのならそこへ向かった可能性は若干高まる。

 楽観できる程ではないが少しの期待と共にみんなはその場から移動を開始した。


 ◇


 方向を逸れるわけにもいかずに障害となる枝葉を打ち払い、まっすぐを抜けて出た先は硝子と出会ったあの泉だった。


「元の場所に戻って来たのかしら? みんな、何か手がかりがないか探しましょう」


 みんなレイナの声にあまりバラけないように注意をしながら探索を開始し始める。

 バラけたところでエクスはレイナに近寄り、少しの懸念を吐露した。


「レイナ、ちょっといいかな。ヴィランと、硝子の事で」

「エクス、私も気になっている事があるわ。この想区の根幹を成す、物語についてよ」

「おう。物語ってのはたぶん、硝子が描いてくれたあの絵物語の事だろ?」

「タオ」

「ええ、そうよ。あの話の終わりを私たちは知らないけれど、何かがあったのか登場人物のうちの二人ともがすでに存在しないわ」

「ああ、俺たちが知っているだけって括りはあるが登場人物三人のうちの二人がいないってんなら、もう残った一人しかいないじゃねえかよ」

「じゃあもしかして硝子が?」

「いや、もう一人僕達は登場したはずの一人を知っているはずだよ」

「もう一人? エクス、もったいぶるなよ。もう一人なんていたか?」

「いただろ、硝子の初めての友達で、硝子が探しに旅に出た、その一人が」


 エクスの言葉にタオは納得行かなそうに眉を顰めた。レイナは思案顔だ。


「なぁ、エクス。そのもう一人ってのは凍った泉に映った硝子の事だろう。まさかそいつだって言ってるのか?」


 タオは言葉にした事でより納得から遠ざかる。


「でも、硝子が見たっていう硝子に似ていたあの絵。それとこの事が妙に結びつかない?」


 話しているうちにいつの間にかしゃがみこんでいた三人のうちからレイナが立ち上がった。


「シェインに、いや硝子にもこの話を聞いてもらいましょう」

「ああ、話していても埒が明かねぇ」

「そうだね。シェイン、ちょっといいかな!」


 少し離れた場所で硝子と二人で木立の奥を調べていたシェインが呼び声に気づいて手を引き寄って来た。


「どうしました、エクス。何か見つけましたか?」

「ああ、ちょっと硝子に聞きたい事があってね」

「?」

「硝子。君には友達が鉄の男の子と樹の男の子の他にもいるよね」


 硝子はコクリと頷くと、シェインを見つめてモニモニと脇腹を手で揉んだ。


「あははっ! 硝子やめて、くすぐったいよ」


 そして目線をエクス達三人へと巡らせる。


「うん、僕達も友達だよ。けどね、硝子にはもっと昔からの友達がいるだろう? 絵に描いて教えてくれた女の子」


 硝子はまた一つ頷いた。


「その子のことを教えてくれる?」


 硝子は拾った枝でまた絵を描き出した。

 硝子の絵では雪が降りそうな日に初めて会った女の子で、二人で踊ったり笑ったりして楽しく過ごすそうだ。

 けれどいつも決まって小鳥達がさえずり出す頃にお別れがやって来てしまうのだそうだ。

 その際にその女の子は一度もお別れを言ったことはなく、いつも突然にいなくなってしまうので、会いに行くときはいつもドキドキ。

 そして急にいなくなってしまったことに気づいていつも泣いていました。

 女の子がいなくなってしまった後にどうしても会いたくて泉に行ってもやっぱりいないのです。

 こんなに気持ちいい風が吹いて、小鳥達も楽しそうなのに。

 でも女の子は探しても探しても会えなくて、いくら泣いていても会いに来てはくれません。

 泣くのをやめて探しに歩き、鉄の男の子と樹の男の子と出会ってから少し経ち、森の葉っぱに元気がなくなる頃、女の子はまた会いに来てくれたのです。

 小鳥達が静かになり、森や山が葉を落とす頃に女の子はいつも会いに来てくれました。

 それはずっと、ずっと。

 鉄の男の子がいなくなってしまったあの頃も、樹の男の子にも会えなくなったあの頃も、いつでもあの女の子は私に会いに来てくれました。

 微笑むと微笑み返してくれるその女の子は、会えない日は多いけれど私と一緒にずっとずっといてくれる大切な親友です。


 最後に手を繋いだ二人の女の子の絵を硝子が描き終わると、硝子のお話は終わりを迎えた。

 硝子の描いた二人の女の子の胸には元気なハートが輝いていた。


「硝子。その女の子とは今は会えないの? いつもはどこで会っているの?」


 レイナの言葉に硝子は腰を上げて、みんなを引き連れて泉のそばに歩き出した。


「もしも、その女の子がそうだったらシェインは」

「シェイン。その時は硝子の事を頼めるか?」

「……わかりました」

「おねがいね、シェイン」

「はい、姉御」


 硝子以外の足が少なからず重さを増したその時、エクスが声を上げた。


「みんな、待って! あれって……」


 エクスが見ているのは泉の岸近い水面。

 そこには泡ボコと共にヴィランの頭頂部が見えていた。

 それはどんどんと数を増やして水中から陸上へと這い上がって来た。


「くそっ! 泉からってことはここから発生しているのかよ!」

「ならやっぱり……」

「今はとにかく!」

「仕方ねぇ、やるぞ!」


 こうしてヴィランと戦闘が開始された。

 女の子の姿が見えていない事に、まだ助けられながら。

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