第20話 日本ダービー―3歳頂上決戦―

―日本ダービー、発走1時間前。タリスユーロスター陣営はパドックに向かった。

その道中でアブソリュート陣営と会ってしまった。


「どうもー。」と田辺は軽く挨拶。


「どうもッス。」と山下は軽く頭を下げた。


「怪我の具合はどうだ?」とアブソがタリスに聞いた。


「ケガぁ?…してねぇよ。いつの話をしてるんだ?」


「……そうか。」


……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………(一時の間)


「併せ調教は練習だった…。」とタリスが言ったがアブソはよく聞き取れなかったのか「…ん?」と言った。


「弥生賞はお前を倒すための前哨戦だった!

 ダービーはお前を倒すための本番だ!!

 今日、お前をぶっ倒す!!!」


「…フッ。

 その言葉、そのまま返そう…!!」




―すべてのホースマンと競馬ファンにとって特別な意味を持つ世代最強馬決定戦!日本ダービー!

 東京競馬場の入場者数はすでに15万人を超えおります!それではパドックを見ていきましょう!

 実況は私!杉川 清和!!

 そして解説は!この作品の作者!ジャンゴでお届けします!!


「15万人って…みんな暇なの?……あっ(察し)!

 日曜日だから暇なのか。」


 あなたは黙っていてください!



 現在の1番人気は無敗の皐月賞馬『アブソリュート』1.3倍


 2番人気は2歳王者『タリスユーロスター』4.8倍


 3番人気は前走、青葉賞でタリスユーロスターに15馬身差突き放した『プレタポルテ』11.2倍


「なんでやねん!

 アブソならまだわかるが、なんでワイよりタリスの方が人気がええの!?おかしいんやないの!?

 ワイは前走でタリスに15馬身差つけたんだよ!!この人気の差はおかしいんじゃないの!?」とプレタは客席に向かってそう主張した。


「いや……あれ……見ろよ………。」と客の1人が2番『タリスユーロスター』と5番『アブソリュート』の方を震えながら指を指さした。

 プレタは指さす方をを見てビビった。いや、ビビっただけで済んだ。その2頭だけ素人目から見てもわかるくらい恐ろしく仕上がっていた。

 タリスとアブソの周りにいる出走馬や客はその2頭から放たれる殺気を浴び、その空気に飲み込まれ、息すらまともにできなかった。

 その反対側を歩行している13番『プレタポルテ』や客たちはただただため息することしかできなかった。

 その空気に飲み込まれている山下は、


「……………。

 (YAVEEEEEEEEEE!!!!!

 え!!嘘だろ!!お前!さっきまでそんな感じじゃなかったろ!!!

 何だそれ!!その殺気!!アブソと同じくらいヤバいんですけど!!!YAVEEEよ!!YAVEEEよ!!

 お前!そこまで永久種付け権欲しかったのかよ!!!)」震えが止まらなかった。



とまーーーーーーーーーーれーーーーーーーーーー



 と係員の声かけで騎手たちが入ってきたが、小牧騎手だけ入ってこなかった。

 いつもなら「またかよw」と客は笑うが、今はそれをすることができないほど緊張感が漂っていた。

―パドックが終わり、各馬本馬場に向かうために地下馬道に行った。結局、小牧は来なかった。

―地下馬道にて、タリスユーロスター陣営の諏訪調教師と震えている小牧騎手がいた。


「落ち着いたら乗りな。」タリスは小牧の方を見ずにそう呟き、横切った。


(怖い…。

 タリス君や他の馬や人たちが、怖い。)


 諏訪が何も言わず、小牧の背中を押した。小牧は驚き、後ろを振り向いたら、諏訪は特に表情を変えず、平常の顔をしていた。


(怖い…。

 いつもなら一歩引いているが、一歩どころか二歩進んでしまった。

 二歩進んだ世界は…一歩引いた世界と変わらなかった。)


 アブソリュートが小牧を横切ろうとした時、小牧は前に進んだ。

「…小牧………?」とアブソリュート鞍上の周防。

 気がつけば、小牧は走っていた。


(怖い…。

 いつもは一歩引いてこう思っていた。「もしこのまま乗らなければ……。」と。

 そう思うと、「どれだけの人や馬に迷惑をかけてしまうのだろう……。」と思い、震え、やむなしに乗ってしまう。

 怖い…。

 今まで、乗る前まで怖かった。でも…たった一歩進み、乗ってしまえば…もう……怖くない!)

 タリスユーロスター号、小牧騎手を鞍上したまま本場馬入りした。




 ダービー―それは、「最も幸運に恵まれた馬が勝つ」と呼ばれているレースであり、その「ダービー馬のオーナーになることは、一国の宰相になるより難しい」と言われるレースである。

 ダービーは出走できるだけで運に恵まれている、掲示板に入着すれば奇跡だ。その勝馬は奇跡を超えた幸運の馬である。

 その幸運とは、その年に生まれた6893頭分の1頭の確率、その日までかかわってきた人たち、その日まで戦ってきたライバル馬たち、そんな出会いの巡り会いが、巡り巡って恵まれた馬が勝つレースである。


「だからじゃ……だからわしは…いや、ホースマンはその幸運を味わいたいんじゃ…。」と諏訪。


「懐かしいなぁ…もう35年になるのか…。俺たちがダービーをとったのは…。」とアブソの馬主の巽氏。


「あぁ…35年要しても一度も勝てん。もう今日しかないんじゃ…わしがダービーを挑めるのは…。あともう一度、あの喜びを味わいたい。

 じゃからホースマンはここにすべてをかけてきたんじゃ…すべてを……。」


「もうここからは競走馬と騎手の世界。ホースマン俺たちはすべてを、祈ることしかできない……。」



  馬番    馬名        騎手  

   1  ユーキリンリン    藤宮翔平


   2  タリスユーロスター  小牧大希


   3  ブラッククロウ    D.ボウアー


   4  カヤノポニータ    田中一哉


   5  アブソリュート    周防清二


   6  ゼクス        中田一哉


   7  ユウジョウノチカラ  鳴海勇太


   8  キタコレラビリンス  北上斗真


   9  エイショウラージ   森遥


  10  エイショウライアン  若松浩二


  11  ブラウンパレット   紅林光貴


  12  マッスルブラザー   瀬川修


  13  プレタポルテ     田村大輔


  14  アサシン       景山弘


  15  タイムズクロック   琴浦太一


  16  ライジングドラゴン  土屋大和


  17  アンサークロック   青木蒼太


  18  ゼノサーガ      F.ジョイス



 この奇跡に最も近づいた18頭が集い!競い!勝ちとり!最も幸運に恵まれた馬は誰なのか!!

 スターターがスタンドカーに近づき!まもなく!!ファンファーッ!?レです!!!



 ファーッ!?ファファファーッ!!?ファファファーッ!!?(ファファファー)

 ファファファーッ!!?(ファファファー)ファファファーッ!?(ファファファー)

 ファッファファーッ!!?ファーッ!!?ファーッ!!?ファーッ!?ファーッ!?ファーッ!!?

 ファーッ!?ファーッ!?ファーッ!?ファーッ!!?ファーッ!?ファーッ!!?

 ファファファーッ!!?

 


―各馬順調にゲート入りしております!

 最後に18番ゼノサーガが入り!

 体勢完了!すべてのホースマンの夢を乗せて!スタートしました!!

 特に大きな出遅れはありません!先頭争い!やはり行ったぞ!宣言通り前に出たプレタポルテ!内に並んでアブソリュートだ!!アブソリュートがプレタポルテと一緒に前に出た!!

 やや離れてキタコレラビリンス!外にゲイボルグ!その外にマッスルブラザー!

 半馬身離れブラッククロウ!アサシン!ライジングドラゴン!

 各馬第1コーナーを曲がります!先頭は集団から大きく離れプレタポルテ!その隣にアブソリュートがまだついているぞ!!グイグイグイグイと2頭の大逃げだぁあああぁああぁああああ!!!


 これに観客や出走馬たちはどよめいた。

「え!?アブソが大逃げ!?」

「前に行き過ぎだ!」

「周防は持ったままだ!何やってんだ!」

「ヤバい!ペース配分がわかんねぇ!」

「よし!このまま潰れちまえ!」


 タリスユーロスター陣営はこの展開を予想していたので、特に驚きもせず、自分のペースで競馬を進めた。


「なんで!?なんでお前みたいな人気者がついてきてんの!?そないなトコにいたら、ワイが…目立たないやろうが!!」プレタはさらに加速した。


「ちょ!待て!これ以上は…!」と田村は手綱を引いたがプレタは止まらなかった。


「…ほ、本当に行ったぞ……奴の頭はどうなっているんだ…??」とアブソは困惑していた。


「…ま、まぁ作戦通りだし、気にするな…!

 この位置で競馬を進めるぞ!」と周防が声をかけた。


 大きく離れてキタコレラビリンス!並んでマッスルブラザー!

 1馬身離れてゲイボルグ!内にブラッククロウ!外にライジングドラゴン!その後ろにアサシン!ブラウンパレット!

 2馬身離れユーキリンリン!エイショウラージ!同じ勝負服のエイショウライアン!

 ゼクス!ユウジョウノチカラ!アンサークロックが固まって!

タイムズクロック!ゼノサーガがいて!

最後方にタリスユーロスターがいます!

プレタポルテが早くも1000mを通過し!1000m通過タイムは57秒3で通過!……57秒3!!?超!!超ハイペースだぁああぁあああぁあああ!!!

 先頭はプレタポルテ!5馬身離れアブソリュート!そこから3番手まで軽く14、5馬身はあるぞぉおおおぉおおおおぉおお!!!


(60…61…62…63………1000mは62秒7……予定より0.3秒早いけど誤差の範囲…!

ど、どうしよう…ももうすぐし仕掛けるポイントだ……ふ震えが…落ち着かないと……。)

…ガクブル…ガクブル…ガクブル…ガクブル…ガクブル…ガクブル…ガクブル…ガクブル…ガクブル…ガクブル…ガクブル…ガクブル…ガクブル…ガクブル…


「小牧…?震え……。」


「あ!ご、ごめん!タリス君!」


「いや…大丈夫だけどさ……。

……………。

…武者震いしてるの?」


「…え?」


「いや、何か…前と震えかたが違った気がしたからさ。」


「前…?」


「あー…えーっと……。」


「…新馬戦……?」


「あー…そうだっけ?忘れた!ハハ!

 震え……止まったんじゃない?」とタリスが聞くと小牧はグーパーと手を開閉し、震えが止まったのを確認した。

 小牧は2、3回深呼吸した。


「行くよタリス君!!1000m超ロングスパート!!!」


――80%コンスタントスピード!!!


「「17頭全員!!!ゴボウ抜きだぁあああぁああぁああああ!!!!!」」

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