第19話 決戦前の休日

―日本ダービー1週間足らずに迫ったある日、小牧騎手の自宅マンションにインターホンが鳴る。


 ピーンポーン!


 小牧はモニターで誰が来たのか確認し、山下だと確認した。だが、小牧はでなかった。

 引っ込み思案の彼は一歩引き、人見知りの彼は引いたままテレビ画面に向かい、ダービー出走馬の映像を何食わぬ顔で見続けた。これが彼のやり方。

 知り合いだったとしても人見知り(生物的本能)が発揮し、安らぎの場を求める。彼は誰かといるよりも、1人でいる方が安らぐ。


 ピーンポーン!


 それでもインターホンは鳴る。それでも小牧は動かない。


 ピーンポーン!ピーンポーン!


 何度鳴ろうが小牧は動かない。じっとしていれば向こうから去っていくから黙っていた。だからこそ彼は独りぼっちだということを彼は自覚している。なのでこの場合は出ようと思っても生物的本能(人見知り)により動けない。


 ピーンポーン!ピーンポーン!ピーンポーン!


 ピポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポ

「いる!!いるから!!」小牧は慌てて出てきた。ポポポポポポポポピーンポーン!


「こんにちはっス!どこか遊びに行かないっスか?」野生動物は危機が急に迫るとその場からすかさず逃げる。小牧は野生動物ではないが生物的本能により出ざるを得なかった。


「小牧さん、どこに行きたいッスか?」すでにマンションを出て、もうすぐ駅に着きそうな頃、山下は今日のデートプランを考えていなかった。

 あなたは黙ってください!

 それもそのはず、今回のデートは諏訪調教師の差し金である。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「最近、タリスは順調なんじゃが、小牧の奴が不調気味でのぅ…。」と諏訪は心配していた。


「そういえばそうッスねぇ…。そこ!そこだ!差せ!」山下は携帯で競馬ゲームをしながら話を聞いていた。


「それでのぉ…小牧を連れてどこかに遊びに…」


「行け!行け!!差せ!!!あ―――――負けた―――――!!!」


「聞いちょるんか!!!」


「聞いてるッス!小牧さんを遊びに行けって話ッスよね!」


「そうじゃ!おそらく小牧はいつものように家に引きこもっとるじゃろう。家に引きこもると心も引きこもるからのぉ…ダービー前にそんな気持ちで挑まれると勝てるもんも勝てん!リフレッシュも兼ねて無理やりにでも家から出せ!」


「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………(一時の間)。

 …俺、今、タリスユーロスターっていう馬が皐月賞で負けたばかりで、ダービーに向けて調整しなきゃいけないッスよね~。

 ちょっと忙しいんで、他、あたってくれないッスか?」


「1000円出すから行ってくれんか?」


「……………。」山下はありえない顔をした。


「3万出す!」


「行くッス!!」


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


そんなこんなで山下は小牧をデートに誘ったのである。


「……ぇ………えっと……山下君の…行きたい…ところに………。」小牧は普段どこかに出かけないので山下に託した。(出かけたとしても、スーパーに週に一度くらい)


「…わ、わかったッス!

(えぇ…普段、家に引きこもっているイメージしかないからどこに行けば……。

 帰ってゲームしたい。

 いや、それダメだから!

 はっ!そうだ!)

 …じゃ、じゃあゲーセンなんてどうッスか?」小牧はあからさまに引いた。

「(えええ!何で引いてんの!?そんなにゲーセンいやなのかな?この人。)ゲーセンいやなんッスか?」


「……………。

 ……わかった……行く…!」


(どっち!!?どっちなの!!?)


 山下と小牧は2駅乗って駅の近くのゲームセンターに向かった。その道中、周防騎手と田辺調教厩務員に出会った。


「よう!小牧………と―――山田!」


「山下ッス!!」と山田は周防の発言を訂正した。

 あなたは黙っていてください!


「よう!直接会うのは久しぶりだな小牧!靴みがいていたか?」田辺は『歯みがけよ』の元ネタを知らない、にわかボーイである。


「「「???」」」にわかボーイ田辺にわかぼーいたなべの発言によって、場は白けた。


「…で、お前らどっか行くの?」と周防が聞いてきた。


「俺らはゲーセンに行こうって話になって……。」


「おう、俺らパチ屋行こうって話だけど一緒にどう?」


「パチンコッスか……そういえば俺、パチンコやったことないッスねぇ…。ちょっと興味あるッス!小牧さんも一緒にどうッスか!!?」と山本はワクワクしながら小牧に聞いたが、小牧は恐怖に直面した顔をしていた。


(((…え!?何その顔!!?初めて見た!!)))


「…えっと……ゲーセンにするッスか?」と山根は小牧に聞き、小牧はコクコクとうなずいた。

そんなこんなで4人でゲームセンターに行った。


「別に2人でパチンコに行っていいんスよ?」と山岸。


「こっちの方がおもしろそうだし!」と周防。


「そそ、俺が隆博さんのところにいた時もそうだったけど、小牧がどこかに行くの見たことないんだよなぁ…。どうなるのか見てみたい。」とにわかボーイ。


「そういえば田辺さんって諏訪隆博厩舎うちで調教厩務員してたッスよね?」


「そうだよー、山………なんとか君!」


「山下ッス!」


「ははは!こっちも直樹さんから聞いてるよー、にわかボーイって。」


「…え……あの人、まだそんなこと言っているんスか……。俺、8月で22になるのに……。」


「あー、俺だって26なのににわかボーイって言われるんだよなぁ…。」


「…マジッスか……。」にわかボーイはにわかボーイと共感した。


 一行はゲームセンターに到着したが小牧が山井の後ろに隠れてブルブル震えていた。


「…え!?ちょっと…なんスか!?」


「…不良………出て………来ない……?」


「…え?不良?」と山川。


「いないとは言い切れないけど、かかわらなければ別にどうってことないよ。」とにわかボーイ、にわか発揮。


「つか、不良ごときにビビッてんじゃねえよ!たかが中高生だろ?!」と周防は小牧の胸ぐらを掴んで言った。


「…ヤ…」

「ヤ○ザがいるかもって?いるとしたらパチ屋だろ!だからお前はゲーセン選んだだろ!?!いたとしても俺が追い払うけどな!

 つか、お前俺と同じ22だろ!ちょっとやそっとでビビるなよ!!」


「………ぇ……えっと………僕……この前、23…に………なった…。」小牧は涙目で言った。


「お誕生日おめでとう!」周防は胸ぐらを掴んだまま祝った。


「不良より周防さんの方をビビッていると思うッスよ?」と山崎は言い、周防は手を放し、「行くぞ!」と言い、ゲームセンターに入った。


 小牧は恐る恐るゲームセンターに入ったが、すぐに目をキラキラと輝かせた。

「おーーー」小牧の見た景色はまるで夢の国をそのまま小さくしたような世界でいっぱいだった。


「じゃあ…どれにしよっかー…。……………?…小牧?」周防がどれで遊ぶか選んでいる最中、小牧はテテテ…とクレーンゲームに向かった。


「これやりたい!」小牧はまるで子供だ。


「「「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………(一時の間)」」」


「…はいはい、わかったッス…。」山内はまるで子供に振り回される母親のようだ。


「えっと!100円入れて、クレーンを動かして!……………!

 ……………。(絶望)」クレーンのアームの力が弱すぎた。


「……えっと…クレーンゲームじゃあ、よくあるッス……。」山平は小牧の肩にポンと手を乗せ慰めた。


「ちょっとどけ!」と周防が割り込んできた。

「いちいちアームで持ち上げるんじゃなくて押し出すようにして…!こう…!」そう言うと商品がコロっと落ちた。と同時に小牧に衝撃が走る。


「……………!

 すごい!!クレーンゲームのアームって持ち上げる力は弱いけど、閉じる力は強いままだからその力を利用したんだ!」やや興奮気味の小牧。


「…そ!俺はそう言いたかった!」と周防。


「…え!?何なんスか?周防さんってクレーンゲームのプロなんスか?」と山形。


「いや?クレーンゲームは………小学生以来かな…?」


「ファッ!?じゃあ、何であんなにうまいんスか?!」


「え?なんとなく、勘で。」


「勘?」


「す、周防君って理屈に関係無く『とりあえず』とか『なんとなく』とか…直感だけで今までやってきたんだよ。」と小牧は説明した。


「おーい!にわかボーイ!これやんねえ!」とにわかボーイがにわかボーイに少し遠いところから声をかけた。


「格ゲーッスか!いいッスねえ!俺が勝ったらにわかボーイって言わないでくださいッス!」


「じゃあ俺が勝ったら俺のことにわかボーイって言うなよ!」


「別に言わないッスけど了解ッス!」


 にわかボーイVSにわかボーイ―真のにわかはどっちだ!?―

 そんな番外編はあるはずも無く、結果は、にわかボーイの勝利となり、にわかボーイと言わない約束をした。


 小牧はクレーンゲームに夢中になっていた。

「…い、意外と難しかったけど…とれた―――!!」直径6cmのぬいぐるみをとったことにはしゃいでいた。


「案外、感情的なところあるんだな。小牧。」と周防はニヤっとした。


「……ぅ………ぅ…ん………。」いつもの小牧に戻った。


「…はぁ―――。お前のそういうところが嫌い。」と周防に言われ、小牧は驚いた。

「目をそむけるな!前を見ろ!こっちを見ろ!」一歩、一歩、一歩と進み、周防は小牧の額につきそうなくらい近づいた。


(近い!近い!近い!)目をそむいたまま、小牧の顔がやや赤くなった。


「目をそむいた分だけ前に進めない!

 だから俺とお前の実績がかなり離れている!」


「(……………あ!競馬の話?!)

 ……で、でも………す、周防君は……強い馬に……の、乗せて…もらって……いる……し………僕何か………全…然…で………周防君は……競馬学校で…1番…だったし……………。」


「そうだな。俺は1番だった。目をそむいたお前は2番だった。」


「…!!?」


「目をそむいているのにもかかわらずすぐ後ろにお前がいた。

 だから、前を見ているお前はどこまでいくのか俺は知りたい!

 …前に何度か言ったよな?『お前の全力を見たい。』って…。

 ダービー…本気出せよ。……………!」と周防は言い、床に置いて袋に入っていた直径111cmのぬいぐるみを押しつけた。

「それはやる!じゃあな!俺はパチ屋行く。」と言い、外に出た。


「周防、どこ行くの?」と田辺。


「パチ屋。」


「え!?行くの!?小牧は?」


「知らね。」


「『知らね』って……。

 ………ああ、山下。小牧は?」


「何か静かに帰ったッス。何かあったんッスか?」


「知らね。」と周防。


「『知らね』って……。」


「これからパチ屋行くけど、お前来る?」と周防は山辺を誘った。


「行くッス!!」

 にわかボーイ山下は諏訪からもらった3万円を軍資金とし、パチンコで+12万円とビギナーズラックを発揮した。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ―ダービー2日前。タリスユーロスター陣営はダービーに向けて作戦会議をした。


「さて、何から話そうか……。」と諏訪。


「やっぱ、アブソからッスかね?」と山下。


「そうじゃな……アブソリュートは皐月賞以上に仕上がっとるようにみえる。が、それはタリスも同じことじゃ。全力を出せば、タリスが勝つ可能性は十分にある!

 …問題は、プレタポルテじゃな……。」


「…そうッスねぇ…。前走みたいに大逃げでペース乱されることもあるッスよねぇ…。」


「そうじゃな…!じゃが、対策は簡単じゃ…!小牧!どんな展開であってもタリスの1000m通過タイムを1:03.0で通過しろ!」


「は、はい!」


(『……は…は……ぃ………。』と答えると思ったが………)と諏訪は思った。

 

「あ、あの!

 ……ぁ………いぇ……なんでも………なぃ…です………。」と小牧は何かを言いかけた。


「……………。別に無理して言わんでもええが、言わんとわからんぞ。」


「……ぅ…ぅ……。」


「はぁ…別に言ったところで怒ったりせんし、何かのきっかけになるやもしれんぞ?」


(目をそむけるな!前を見ろ!

 目をそむいた分だけ前に進めない!)小牧の中で周防の言葉が響いた。


「あ、あの!アブソリュート君は大逃げをすると思います!」と小牧は言い切った。


「……………!なぜじゃ?」と諏訪。


「……………!?

 ……ぇっと………直樹……さん………だから…だと………思う……から………です……。」小牧はまたおどおどした。


「……………?」

「…なるほどな。」山下はわからなかったが、諏訪はわかったようだ。

「あいつだったらそうするじゃろうな。」



―同時刻。アブソリュート陣営もダービーに向けて作戦会議をしていた。


「じゃあ、作戦会議なあ―。

 タリスは無視して、プレタをどうにかしようか。」と直樹。


「ちょ、ちょっと待って!タリス無視なの?!」と周防は驚いた。


「どうせ親父のことだし、自分の競馬に徹底するだろうし。」


「そ、そういうものなの?」


「だって俺の親だし、親父のことは親父の次にわかっている。親子ってそういうものだろ?

 だから親父にはばれている。アブソが大逃げをするってことを…。」


「……………!?

 アブソが大逃げ!?で、できるのか!?」と周防は少々不安になった。


「できる!

 が、なぜ大逃げをする?直樹。」とアブソ。


「プレタと併せて走ることでプレタを煽る。そうすればプレタが前に出てプレタのペースが乱れて、直線で失速する。」


「少しわからんな。プレタポルテを煽ったところで前に出るとは限らないぞ。」とアブソ。


「いいや出るね!なぜならプレタは目立ちたがり屋な性格で、当日ほぼほぼ1番人気のお前と一緒に走るのは、目立ちたがり屋からすれば目立てなくなるから、目立つために前に出ると思うぜ?」


「目立つ……ため???」アブソは戦慄した。


「信じられないか?

 プレタみたいに勝敗関係無く目立ちたい奴もいれば、お前みたいに勝利や世界最強を目指している奴もいる。信じなくてもいいけど、プレタみたいな奴もいることは覚えておけ。」


「よくわからんが、覚えておく。」




「―――という作戦でいくぞ!」と諏訪。


「ほ、本当に……いいんでしょうか…?もっと他の作戦や可能性も……。」と小牧。


「競馬に絶対はない。競馬界でよく聞く言葉じゃ。

 いや、人生に絶対はない。こうすれば勝てる。ああすれば人生はうまくいく。なんてことはない。

 もしそれがあるとすれば、みんなそれをするし、学校の教科書に載っとる!競馬じゃと全馬同着が当たり前になる!

 それがないのはなぜじゃ?みんな、わからんのじゃ…どうすればいいのか。じゃからこうして今、予想しとるんじゃ!こうすれば勝てるんじゃあないか?ああすればいいんじゃないか?とかのぅ…。

 作戦というのは、事細かく立てるよりも単純に立てた方が臨機応変に対応できるもんじゃ。それは肝に免じておけ!」


「要するに、自分のペースで走って、大まくりすりゃあいいってことだろ?」とタリス。


「そうじゃ!」




―ダービー前夜。

 物陰から小牧がタリスを見ていた。だが、タリスは小牧に気付いていたが、気付かぬふりをした。


(…何か……前にもこんなことあった気がするけど、いつだったかな?

―――あ。新馬戦前だったかな?

 はぁ~…まあいいや。寝よ。)


―ダービー当日。

 タリスが起きると、小牧はタリスの馬房前でうずくまって寝ていた。それにタリスはびっくりして目が覚めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る