第18話 小さな牧場に大きな希望(後編)

 競馬学校に入学する前、競馬のことをほとんど知らなかった僕は競馬について調べてみた。


 競馬は、『紳士のスポーツ』である。


 …え!?ギャンブルをする人が紳士なの?それとも昔は紳士、今は不良の――

――って、そこじゃない。『

 僕の根底の『不良=ギャンブル=競馬』が覆された。

 ということは、僕はスポーツ選手…騎手を目指す学校に入学したことになるんだ。

 何か…思っていたのと違う。これが理想と現実は違うということなのかな。


 ちなみに、イギリス発祥のスポーツ、サッカーやラグビー、ゴルフなども紳士のスポーツらしい。




―競馬学校入学。僕以外みんな丸刈りにしていた。


 そっち!?不良のイメージはヤ○ザまでいかなくともチンピラくらいなものだと思っていたけど…

 野球部やサッカー部の方の不良!?(野球部やサッカー部も素行が悪い人が多いイメージを持っていた)

 ……………。

 スポーツ。

 そっか……そういうことだったのか………。

 

 もう、後戻りできない状況で、僕は、道を踏み外してしまった。


クラスは1クラスしかなく7人だけだった。募集要員が10人前後だったのでそこまで驚かなかった。

最初は不良になりたがる人は少ないだけだと思っていたが、競馬はスポーツだと知った今は、それだけ厳しい世界なのかな、と思ってしまう。



「何だお前、丸刈りにしてないじゃないか(笑)

 他は皆、刈ってるのに(笑)」先生が僕を笑い飛ばしてくる。


「〜〜〜〜〜」恥ずかしい。周りは同じことをしているのに一人だけ違うことをしていることは、局部を晒しているくらい恥ずかしい。


「いや、別によくない?」

「プロだって………えっと、名前何?」

「〜〜……ぇ!?…小牧……です………。」

「プロだって小牧くらいの長さの人だっているでしょ?」

「今…校則見たけど、髪が耳にかからなければいいって!」

「じゃあいいじゃん!何先生文句言ってんの?」

「いや先生は、皆と違うから大丈夫かな?って…。」


そんなこんなで競馬学校生活が始まった。


ここは全寮生である。朝・昼・晩を共に過ごすのは人見知りの僕にとって辛い。


「小牧は競馬以外に好きなのないの?」

「………べ……勉………きょ…ぅ……。」

「勉強って…つまんない奴だな(笑)!お前は?」

「俺、マジック出来るよ!」

「マジかよ!何かやって!」

「じゃあ…目から鱗マジックやりまーす!

 その名のとおり目から鱗が出まーす!」

「「「「「スゲー!!!」」」」」

「って!鳥の羽じゃねぇか!」

「「「「「はははハハハ」」」」」

「…はハ……。」苦笑い。

 皆、仲良くしてくれる。何か裏があるのではないだろうか…。

――来る者拒まず、去る者逃さず。

 不良って仲間意識が高かったとはずだから、もし僕を騎手を目指す『仲間』とみなされなかったら………。


そうして一歩、また一歩引いて、周りを見たら―――2年半後、誰も僕を相手にしなくなっていた。2年半の月日が経ってわかったことは、皆、裏表無く…本気で騎手を目指し、不良でもなかった。


もう、3年生。進路は考えていない。そもそも競馬学校ここを卒業したらプロになれるわけではない。騎手試験を受験し、合格しなければならない。毎年150人程度受験し、1次、2次試験ともに合格するのは7~8人ほどである。


「お前、試験…合格しろよ。」と後の『フェイト』や『アブソリュート』にまたがることになる周防すおう 清二せいじ君が声をかけてきた。


「…ぅ…うん………。」


「お前の全力を見たい。」


「…え!?」


「これは俺の『感』だけどよぉ。騎手…というよりは、何かを目指しているような顔をしてないんだよなぁ。」


「…?」僕は周防君が何を言っているのかわからなかった。




――試験当日。僕は騎手になりたいわけじゃないが、皆受験して僕だけ受験しないのは悪目立ちするので、仕方なく受験した。―――結果、合格してしまった。


「いや〜よくやった!今年は2人も合格するなんて!よくやったぞ…周防、小牧!」と先生は喜びを表していた。


「はい!!」

「………は……ぃ………。」


「何だ小牧、元気ないぞ!

 今くらいは思いっ切り喜んでいいんだぞ!!ははは!」


「…はハ……。」苦笑い。まさか受かってしまうなんて…。

 1次試験は筆記と実技、2次試験は面接、にもかかわらず受かってしまった。2次試験で落ちると思っていたのに…。試験官は僕の何を見いだしたのだろうか…?


 …どうしよう……。まさか受かると思っていなかったから、厩舎先を考えてなかった。どこがいいんだろう…?

 ……………。

 …厩舎一覧のパンフレットを一通り読んだけど、違いがよくわからない。あまり目立ちたくないから実績が真ん中あたりの厩舎を……。


「お前…ここにしろよ。」周防君が急に現れて、諏訪すわ隆博《たかひろ》厩舎に指を指した。


「……ぇ……ぇっと………。」


「…ここなら何もないお前に…根性とか目指すものとか与えてくれるかもしれねぇからさ。」何もない…か……。

「ちなみに俺は、諏訪直樹なおき厩舎に入厩するから、お互い頑張ろうな!

 ……………。

 …俺はお前の全力を見たい。(ボソッ)」


 僕は、周防君のいうとおり諏訪隆博厩舎に入厩し、競馬学校を卒業した。

 結局、この3年間で話しかけて来たのは、ほとんど周防君だったなぁ…。まともに話をしなかったけど…。




――3月。僕は予定どおり諏訪隆博厩舎に入厩した。厩舎所属騎手は厩舎で寝泊まりしなければならない。競馬学校とあまり変わらないなぁ…。


「おう…お前さんが小牧じゃな。ようこそ、わしの厩舎へ。」見た目が怖そうなおじいさんだ。

 競馬学校で学んだことは、見た目が不良でも不良じゃなかったということ…。このおじいさんも見た目に反して優しいのかな…?


「早速じゃが今週の土曜日…騎乗してもらうぞ。」


「…え!?」


「うちは人手不足じゃ。うちはお前さんを含め3人しかおらんのじゃ。調教師、騎手、厩務員一人ずつじゃ。

…それにしても遅いのぉ…田辺たなべの奴は……。」


「いやー遅れてしまいましたー。」


「遅いぞ田辺!今日は新入りが来ると言ってたじゃろ!」


「いやーすみません。

プリティの最終調整に手間取ってしまいまして…。」


「いいから挨拶せい!」


「どうも!初めまして!調教厩務員の田辺あつしです!!(元気)

 22歳!彼女いない歴=年齢です!!よろしく!!!(ハツラツ)」


「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………(一時の間)。」

 人の発言に対して真顔で返したのは、初めてだ。


―土曜日。僕は予定通り騎乗することとなった。

 初騎乗は阪神競馬場第2レースの3歳未勝利戦の15頭中13番人気の『フォルテッシモ』に騎乗。

 緊張する。

 初騎乗が他厩舎の馬だなんて…。諏訪さんの厩舎には馬が3頭しか入厩していないから乗らない可能性が高かったのはわかっていたけど…それでも緊張する。


「小牧…そう緊張するな。」と諏訪さんが声をかけてきた。

「デビュー戦なんじゃ。負けて当然、勝って御の字じゃ。気楽に競馬をすればええんじゃ…。

 ……話かけん方がよかったんかのぉ…。」僕は緊張で固まった。


―結果は、僕は結局何もできなかったが7着に終わった。

 …!?

 フォルテッシモの馬主の人が向かってくる…!怒られる……。


「よくやった!」

「ごめんなさい!!……………ふぇ?」


「ごめんなさい?…ああ、7着だったからか?まぁ、デビュー戦7着は君にとって残念なことかもしれないが……うちのフォルテッシモ…5戦目にして初の1桁着順なんだよ!

 いや~ここまでうれしいと思わなかった!次もがんばれよ!小牧騎手!じゃあな!」


「よかったじゃないか!」よかった…?

「ほれ、さっさと着替えんか!次のレースがあるんじゃから!」7着でよかった?

 負けて当然、勝って御の字じゃ。―負けて当然…か……。


 第5レース3歳未勝利の14頭中6番人気の『スキップダンス』に騎乗。

―結果は、人気通り6着に終わった。


 第6レース3歳500万下の10頭中5番人気の『バーゲンセール』に騎乗。

―結果は、8着だった。


 第8レース4歳以上500万下の13頭中7番人気の『バブルインバブル』に騎乗。

―結果は、5着だった。掲示板に入ってしまい恥ずかしかった。


 第10レース播磨ステークス(4歳以上1600万下)の諏訪隆博厩舎所属馬の『プリティキュア』に騎乗。1番人気だった。

「どどどどうしようううういいいいちばんにいいいんきだああああ」


「小牧!!」諏訪さんの急な怒鳴り声でびっくりした。

「負けて当然、勝って御の字じゃと言ったろう?気楽に競馬をすればええんじゃ…。」


「いや私これが引退レースなんですけど!!負けて当然とか言わないの!!!」




―さあ!間もなく阪神競馬場第10レース播磨ステークスの発走です!


 最後に14番『オサケノミタイ』が入り!


「ちょっと待って!解説は!!」


 あなたは黙っていてください!スタートしました!!

 10番『プリティキュア』好スタートを切りました!前に行ったのは12番『マーカーペン』が行き!8番『サイレントサイレン』!内から押して押して3番『ティンカーベル』!

 半馬身離れて1番『ニューランド』!外にプリティキュアが並んで!

 1馬身離れて5番『ブラックコンドル』!並んで6番『セイレーン』!13番『エイショウアイアン』!

 第3コーナーを曲がって!2番『キタコレアルファ』!4番『ナンセンス』!7番『ロックミュージアム』!9番『カヤノラック』!

 大きく離れて11番『ピンクレインボー』!14番『オサケノミタイ』!

 最終コーナーを曲がり!先頭はサイレントサイレン!ティンカーベル!プリティキュアは外に出てるぞ!!


「よし!誰もいない!チャンス!!」そう…チャンスだ。この勢いなら1着はありえる。けど、1着になれば目立ってしまう……。


(……………。

 …え、うそ……。何で手綱引いてるの?)


 サイレントサイレン!!ティンカーベル!!プリティキュアは届かないか!!!

――ゴールイン!!!!!

 サイレントサイレンが態勢有利か!!!

 お手元の勝馬投票券は確定するまでお持ちください!


「ちょっと小牧君!どういうわけ!?説明して!!!」ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!…――


「まあ待て!落ち着け!プリティ!

 小牧、後で話を聞くぞ!」――…叱られる!




―その日の夜、僕は諏訪さんにとあるバーに連れていかれた。


「……ぇ……っと……ぇ……っと……」


「小牧、好きなもの頼んでいいぞ。」


「俺、ゴ(はいよ)ッド………!!?」田辺さんが注文する前に品が出てきた。

「確かに俺が注文しようした酒(ゴッド・ファーザー)だけど、早過ぎぃいい!!」


「……ぇ……っと……ぇ……っと……」


「ああそうか、お前さんはまだ未成年じゃったな。

 マスター、い(はいよ)つもの。」


「……ぇ……っと……そうじゃなくて!………で…す……ね………。

 ……ぁ…の……叱らない…ん……です…か……?」


「何じゃ?叱って欲しいんか?」僕は思いっきり何度も何度も首を横に振った。

「デビュー戦なんてそんなもんじゃ…。緊張して、強張って、頭ではわかっても体が動かんもんじゃ。プリティの手綱を引いてしまうほど緊張してたんじゃな…?」


「……………。」…違う。緊張はしていた、けど、1着になると目立ってしまうから手綱を引いてしまった。無意識に…。頭はわかっていなかったけど、体が動いていた。けど…これだけはわかっている、負け癖がついている。

 結局、3着だから目立ってしまってが……。


「まぁ…この先、何度も緊張するじゃろう…。じゃが、緊張というものは回数をこなしていけば慣れてくるもんじゃ。緊張しないわけじゃない、緊張して自分を奮い立たせてくれるんじゃ。」…そう思っていた時期もあった。緊張すれば僕は動かなくなる。いや…勝ってしまうときだけ負け癖で動く。


「説教はこれくらいにして、何でもいいから注文せい。もちろん酒は駄目じゃが。」


「……ぇ……っと……ぇ…(はいよ)…っと……!!?」牛乳が出てきた。


「え…なぜ牛乳じゃ?」


「…僕………水…か………スポー…ツ…ドリンク…か………牛…乳しか………飲めなくて……………。」


「……………。」

「…マジで!!?」2人とも驚いていた。




―その後、5月に初勝利を収め、7月と10月に1勝ずつ。その年通算65戦3勝を収めた。この成績は新人では平均的だそうだ。

 ちなみに、同期の周防君は66勝を収め、JRA賞最多勝利新人騎手を受賞し、歴代3位で悔しがっていた。


―翌年1月に田辺さんが諏訪直樹厩舎にいわゆる引き抜きをされ、


「じゃあなあ小牧、隆博さん!歯みがけよ!(キメ顔)」


 入れ替わるように山下君が入厩してきた。


「はじめまして。厩務員の山下やました裕一ゆういちッス。よろしくお願いしまス。

 あなたが小牧騎手ッスね?会えて嬉しいッス!」


「…え?…僕?」


「そうッス!小牧騎手……えーっと、小牧さんでいいッスか?」


「……は………ぃ………。」


「小牧さん、ネットで話題になってるんッスよ!勝率・連帯率・複勝率が低いにもかかわらず、デビューしてから8着以内が100%で有名ッスよ!」…え!?ネットで僕、目立ってるの!?


「8着以内だと賞金が出るから実はわざとやっているんじゃないか?って噂になってるんスよ!実際のところどうなんスか!?」僕はすぐさま横に振った。


「…そうッスか……違うんスか……。」山下君はしょんぼりした。


「(…ゴホン……!)

 うちは人手不足じゃ。うちはお前さんを含め3人しかおらんのじゃ。調教師、騎手、厩務員一人ずつじゃ。

 早速じゃが、お前さんは調教厩務員になってもらうぞ。」


「…!!?

 …え……あの~俺、調教助手を目指しているわけではないッス…。」


「さっき言ったじゃろう…調教師、騎手、厩務員の3人しかおらんと…。調教助手がおらんのじゃ。

 お前さんが調教厩務員になれば解決じゃ!」


「えええええええええええええええええええええええええええええええええええ」


―その年の5月、日本ダービーでフェイトに周防君が騎乗し、勝利した。

 19歳8か月で史上最年少ダービージョッキーとなった。


―その3年後、僕はタリス君と出会う。


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