第17話 小さな牧場に大きな希望(前編)

「…ハァ…ハァ…

 (なんとか2着は死守したが、マジかよ…!あんなに差…つけられるなんて…)」とタリスユーロスターは青葉賞2着よりも1着のプレタポルテに15馬身も差をつけられたことにショックを受けていた。


「…僕はタリス君がスローペースで走っていたことに薄々気付いていた…。

 …僕がプレタポルテ君が大逃げしてるって気付いていたら…。

 …僕がもっと早めにタリス君に鞭を入れていたら…。

 …僕がタリス君を集団の外に出さなかったら…。

 …僕が直線で動揺しなかったら…。

 …僕が―――。

 …僕―――。

 …―――。」小牧はブツブツと言い、タリス以上にショックを受けていた。


(…僕がいなければ…。)


「―――!

 ―――牧!!

 ―――小牧!!!」


「……はっ!!

 …あの………え……っと………。」と諏訪調教師の声掛けに気がついた。


「周りの声を気にするな!」と諏訪は両手で小牧の両肩に手をかけてそう言った。




「タリス2着だけど、この着差は大敗だよなぁ。」

「小牧の奴がまたやらかしたんじゃないの?」

「それある~」

「つか、プレタ来たから外れたんだけど……。」

「それないわ~。あんなに宣伝してたのに買わないのかYO!」

「普通、来ないと思わない…?」

「けど、これでダービーの有力馬になったじゃん!次、買えばいいんじゃない?」

「それある~」




「行くぞ!」と諏訪は声をかけ、タリスユーロスター陣営は東京競馬場を後にした。



―次の日。


「タリス、小牧、今すぐとは言わんが早めに切り替えろ!次はダービーなんじゃ!

 そんな気持ちじゃ調教できんじゃろ!」と諏訪。


「わかってる!

 …けど、あの着差はかなりショック受けてんだよ。

 …もう1日待ってくれ。それだけあれば切り替えられる。」とタリス。


「わかった。小牧は?」


「………ぼ………僕も……………。」


「わかった。じゃあ、今日は解散!」




 小牧は自宅のマンションにとぼとぼ帰った。

 家に着いたらすぐにテレビをつけ昨日のレースを見始めた。

 昨日と合わせて151回目の再生である。


※ここからは小牧視点になります。


 僕は何をしているんだろう…。

 別に僕、競馬…好きじゃないのに…。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 小学生の頃、お父さんに「100点をとりなさい」と言われ、僕はいつもテストで100点をとっていた。

 お父さんに「運動会で1位をとりなさい」と言われ、1位をとっていた。

 お父さんは「すごいじゃないか!」と喜んでいた。

 別にお父さんに褒められたいからこういうことをしているわけではない。

 お父さんに言われたからやっているだけだ。

 僕はお父さんのいうことを聴く子供だった。

 小学校高学年になると、100点ばかりとると悪目立ちするので98~95点をとるようにした。それでもお父さんは「頑張ってるじゃないか」と喜んでいた。


 中学生の頃、お父さんに「100点をとりなさい」と言われなくなったが、僕はテストで全教科98~95点をとっていた。

 お父さんに「運動会で1位をとりなさい」と言われなくなったが、1位か2位をとっていた。

 お父さんは「そうか」とだけ言った。

 別にお父さんに褒められたいからこういうことをしているわけではないが、なんだか寂しいし、見放されているような感じだった。

 僕は幼い頃から引っ込み思案だったから今まで友達と呼べる友達はいなかった。


―中学時代の僕は孤独だった。


 もう、中学3年生。進路は考えていない。僕の学校は小中高一貫の学校で、僕はそのエスカレーターに乗るだけ。


―そんなある日、僕は用事で職員室に行ったときだった。


「……………し………失礼……します………。」

「何をやっているんだ!!!」

「…!!!」僕は急な怒鳴り声にびっくりした。


「またこんな赤点せいせきをとって……!!

 小中高一貫だからといって高校入試が無い訳じゃないんだぞ!!」と先生が校内でも知られている不良生徒を叱っていた。


「別にいーじゃん!

 勉強したところで意味あんの?」


「勉強しないと将来、後悔することになるんだぞ!!」


「将来?

 こんな勉強しても将来に何にも役に立たねーだろ?

 役に立つのは、将来セン公になりてー奴だけだろ?」


「だからといって勉強しなくてもいい訳じゃあ無……」


「だーかーらー。例えばさあ、テレビのクイズのバラエティあるだろ。

 あれに出る芸能人が中学卒業してるのに、中学レベルの問題すら解けねえんだぜ?」


「それは…一芸に秀でているからで……。」


「つまり!必要ねえってことだろ!

 俺は落語家になるっていう夢があるんだよ。別に学校の勉強はいらねえよ!」


「じゃあなおさら…!!」


「あーはいはい、もーいーよ。てめぇと話すと疲れんだよ。はい、さようなら。」


「…ちょ、待て!先生に向かっててめぇはないだろ!!

 ……………ったく。

 …………?どうした、小牧?」


「…………ぁの………こ、これを…………。」


「ああ、このプリントか…。

 小牧はさっきの生徒と違って立派だなぁ…。先生、鼻が高いよ…!」


「…ぁ………ぁりがとぅ…………ござ…ぃます………。」


 僕は、自由気ままに生きている不良に――憧れた。


 …何で先生に逆らえるんだろう……。家でもあんな風に逆らっているんだろうか……。

 親や先生のをやっている僕とは大違いだ。


――僕は…不良になりたい。


 僕は不良になれる進路を探した。その結果、騎手の道を見つけた。

 当時の僕の考えは…『不良=ギャンブル=競馬』であった。

 そして僕は、初めて逆らい始めた。


―家族会議。


 人見知りの僕は人と話すのは苦手だが、お父さんと話すのはもっと苦手だ。


「それで…このパンフレットを渡しただけじゃ何も伝わらないぞ。」やっぱり、お父さんは怖い…。


「そういう風に言わないの!大希が怖がってるじゃない!」お母さんはやさしいが、やっぱり話すのは苦手だ。


「…あ、ぁの……騎手に…な………りたぃ…………。」お父さんと話す時は、いつもなぜか涙目になる。


「はぁー。それはこのパンフレットを渡された時点で察してるよ。

 そこじゃない。高校はどうするんだ!このパンフレットを見る限り、高校卒業の資格がとれないじゃないか!」


「高校入試も…受ける……。

 騎手の入試……も…受ける…。

 …も……し…騎手…の試験……落ちたら…高校…行く…!うぅ……」僕は涙を流してしまった。


「ほら〜泣いちゃったじゃないの!」


「……………。

 …大希、はっきり聞くぞ。

 本当に競馬学校に通いたいのか。」お父さんはいつもそうだ。最後は聞く耳を持たないくらい威圧する。

 僕はそれに耐えられない。僕はいつも何かを言い返すこと無く無言でい続ける。


「うん!」最後の悪あがき。

 無言でい続けるのは相手に印象を悪くする。頭でわかっているけど、それでも耐えられないから殻に閉じこもる。

 これでいけるとは思っていない。


「そうか」…やっぱり……。


「大きくなったな。」…!?


「お父さんはな、大希のことが心配だったんだ。

 お前がこのまま自分を押し殺しながら成長していくのかな、と思っていたんだ。

 お父さんは競馬のことはよくわからないがお前がからお父さんとして背中を押したくなった。

 …だが、あまりに心意気が悪いと連れ戻すからな!」


「…ぁ……ありがと…ぅ………ぉ…父さん。」嬉しくなかった。

 たぶん…いつものように止めて欲しかったんだと思う。背中を押され、早く出ていけと言わんばかりに…見放されてしまった。


 僕は、独りぼっちだ。


―その後、競馬学校の入試を受け、合格してしまった。

 もう、後戻りができなくなってしまった――

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