第13話 好敵手、初戦(前編)

―1月中旬。栗東トレーニングセンターにて、諏訪すわ 隆博たかひろ厩舎の山下やました 裕一ゆういち調教厩務員と諏訪すわ 直樹なおき厩舎の諏訪直樹調教師が談笑していた。


「――ハハハッ!…で、諏訪隆博おやじの奴、最近どうよ。にわかボーイ。」


「まぁ…相変わらず人にも馬にも厳しくて大変ッス。

 あと、にわかボーイって、言うのやめてくださいッス。」


「まあ親父は…というか人って奴は情熱をもって接している時はたいてい厳しくあたるけどな。」


「それより何で俺のことをにわかボーイって言うんスか!?」


「だってお前、『相馬眼』もってないだろ?にわかじゃん!」


 相馬眼とは、競走馬の能力値ステータスを見ることができる眼のこと。人によって見える部分や大小強弱は個人差があるが、現在、すべての調教師はその相馬眼をもっており、逆に相馬眼をもっていなかったら調教師になれないと言われている。一般人にも備わっている人もいる。


「そこは百歩譲って認めまスが…俺、21歳ッス!今年で22ッス!」


「…え?ボーイじゃん。」


 山下は直樹の言動にちょっとイラッとした。


「それで直樹さん、どうやったら相馬眼手に入れられるんスか?」と山下は聞いた。


「どうやって…て、……う~ん……馬を隅から隅まで観察すればいいんじゃないかな?」


「それくらいしてるッス!」


「…いや、そうじゃなくて。単純に年数が足りねぇんじゃないか?

 俺、相馬眼で見えたっぽい時、16だったしなぁ…。生まれた時からこの業界にいてこれだぜ?

 お前、いつから馬見るようになったんだ?」


「俺は15のときッスね。…あ、競馬学校に行ってからッスね。

 中学まで競馬はゲームでしか触れてなくて、卒業後の進路を探した時になんとなく競馬学校を調べたら、めっちゃ楽そうだなあ…って思って願書出して受験したら1次2次試験ともに合格したんッスよね~。

 …で入学して、ゲームにあるような相馬眼が現実リアルにあるのを知ってから馬を見るようになったッスね。」


「…?

 厩務員課程の応募資格って競走馬・育成馬騎乗経験が1年以上の奴だけじゃなかったっけ?

 お前中学まで馬に触れたことないんだろ?」と直樹はかなり疑問に思った。


「…あ、ああ…あのですね、俺の叔父が牧場関係の人で、小さい頃から遊びに行ってて、その時に馬に何度か乗せてもらったッスよ…。」と山下はやや慌てて答えた。


「1年以上…?」


「は、はいッス。…合計で……たぶん…ス。

 け、けど!試験受けられたってことは大丈夫だったんスよ!」


「…お前……割とテキトーに生きてんだな………。」


「そんなことないッスよ。

 人ってやっぱり、できるだけ楽に生きたいって思うじゃないッスか。

 だから俺はめっちゃ運動する騎手よりも馬の世話係の厩務員になったんッスよね~。」


「じゃあ、何でお前は調教厩務員なんだよ?調教するのだってそれなりに運動するぜ?そんなに運動するのが嫌だったら厩務員だけでいいのに…。」


「…いや……師匠の厩舎、人手不足で半強制的に調教厩務員にさせられたッス……。」


「させられたって…あれも試験あるだろ。何で合格してるんだよ……。」


「し、師匠のプレッシャーが強くて、不合格は許さない空気になって………。」


「………まぁ、いいや。

 そういえば、いつもこれくらいの時間にタリスユーロスターが親父と一緒に全力疾走してなかったっけ…?」


「…えっと……そろそろッスね。」と山下が答えたとき、叫び声が聞こえた。


「―のぉおおぉおおおぉおおぉお!!!」

「待たんかぁあああぁああぁああああ!!!」


 この追いかけっこは栗東トレーニングセンターでちょっとした名物となっていた。


「相変わらずはえーなタリスユーロスター。さすがスピードの能力値ステータスがAというところはあるな!」と直樹は関心した。


 能力値ステータスにはいくつか種類がある。某モンスターゲームで例えると、


 適正距離 →タイプ1

  脚質  →タイプ2

 芝・ダート→タイプ3(某モンスターゲームにはタイプ3は無いが…)

  体力  → HP

 スピード →こうげき

 スタミナ →ぼうぎょ

  坂   →とくこう

  道悪  →とくぼう

  瞬発力 →すばやさ

 スタート →でんこうせっか(『わざ』じゃん…)


そして、それらを上からA,B,C,D,Eと5段階に分ける。(例外で適正距離は何m~何m、脚質は逃げ・先行・差し・追い込み・大逃げ・まくり・自在などと評価する。)


 A→GⅠ馬級

 B→GⅡ馬級

 C→GⅢ馬級

 D→OP馬級

 E→条件馬級    ただし、2歳馬は1段階下げて評価する。(B→GⅠ馬級)


特例としてAの上にSが存在し、ステータスSは、1つでも到達することは困難。(S→名馬中の名馬)

S馬は世界でその世代に平均1.3頭存在する。平均なので到達しない世代もあれば、最高で9頭存在した世代もある(当時、合計で12頭存在していた)。


この世代はまだ3歳になったばかりで到達した馬はいないが、2つ上の世代に1頭だけいる。アメリカ馬『ビッグマウンテン』。アメリカ競馬史上『セクレタリアト』以来2頭目、ステータス Sが2つ到達した馬。セクレタリアトの持つダート2400mのワールドレコードのダートレース全距離のワールドレコードを持っている。4歳世代は現在、誰も到達していない。



「あ、そうだ!今度うちのアブソリュートと併せない?」直樹はそう誘った。


「…えっと……ア、アブソ…リュート…?」と山下は聞きなれない馬の名前を聞いてやや困惑した。


「はぁ~~~~~。これだからにわかは…。」と直樹は呆れた。


「…えっと……。」山下は携帯電話を取り出して調べようとしたが、「自分の知識を頼れよ。」と直樹に突っ込まれた。

 「???」山下の知識にはもちろんなかったため、さらに困惑した。


「じゃあ、『クラウンティアラ』は知ってるか?」


「…えっと確か、4年前に活躍した馬で……桜花賞2着からのオークス、秋華賞、エリザベス女王杯1着で……そのあと低迷して引退レースの有馬記念でフェイトの2着…だったッスかね?」山下はにわか知識を振り絞って思い出していた。


「…で、引退した後は?」


「…えーっと……引退した後だったら繁殖牝馬しかないから……確か…初年度の相手はフェイトだった…ような……?」


「少し違うけど、にわかなりに頑張ったじゃん!で、その子供がアブソリュート。」


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………(一時の間)え!!?。

 超良血馬じゃないッスか!!その馬どうなったんスか!!?」


「この前新馬戦に出て、15馬身差で勝ったよ。」


「じゅ…15馬身差ぁあ!??!そ、そのあとは…!?」


「いや…それだけだよ。まだ1戦1勝。

 一応言っておくけど、次、弥生賞に出走予定だよ。」


「マ、マジッスか……。

 …って!次、弥生賞ってかぶってるじゃないッスか…!」


「あ!マジで弥生賞出すんだ。(巽さんの言ったこと本当だったんだ…。)」


「てか、いいんスか併せ馬して…!」


「いいよいいよ、ちょうど相手欲しかったし。

 タリスユーロスターの方も単走ばかりでつまんなそうだし。」と直樹のこの言葉に対し山下は「そういえば、タリスって併せたことなかったな…。」と思った。



――翌日。



「よう!にわかボーイ。

 あと…親父は何でそんなに不機嫌そうなんだよ……。」と直樹は挨拶をした。


「おはようございまス!」と山下は挨拶した。


「…別に……。」と諏訪隆博は一言だけ。


「あれ?小牧の奴いないの?」とアブソリュートの主戦騎手の周防清二が辺りを見回した。


「…あーっと…小牧さんは用がない時はいつも家に引きこもってるんス。なので来てないッス。」と山下は周防に答えた。


「またかよ…。」周防は小牧が競馬学校時代からそうだったことを思い出した。



ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ



 タリスユーロスターとアブソリュートがにらみ合っていた。

 タリスはただガン飛ばしているだけだが、アブソは鋭くギラギラした眼で見ていた。

 現在のタリスの馬体重は502キロ。この時期の牡馬の平均馬体重は460~470キロとタリスはかなり大きい体格をしている。


 適正距離 →1000m~1800m(入厩初期は~1400m)

  脚質  →まくり、追い込み

 芝・ダート→ B・D

  体力  →  B

 スピード →  A

 スタミナ →  B

  坂   →  B

  道悪  →  D

  瞬発力 →  A

 スタート →  C



 現在のアブソの馬体重は436キロ。この時期の牝馬の平均馬体重は440~450キロとアブソは牝馬並みの体格をし、タリスとアブソの体格差は一目瞭然。


 適正距離 →2000m~2400m

  脚質  →自在先行(全脚質を使えるが得意なのが先行)

 芝・ダート→ A・C

  体力  →  B

 スピード →  B

 スタミナ →  A

  坂   →  C

  道悪  →  B

  瞬発力 →  B

 スタート →  C


「(っっさ!!)てめぇがアブソリュートか?」とタリスはけんか腰に言い放った。


「そうだ。お前がタリスユーロスターだな。」対してアブソは気持ちが高ぶっているが、やや落ち着いているようにも見える。


「2歳王者か…なかなか強そうだ。

 まずお前を倒し、ゆくゆくは日本最強馬、世界最強馬の称号を死んでもいただくぞ!」


「はあ?何言ってんの?

 俺が世界最強馬になって、世界中の牝馬おんなを種付けするんだよ!」



ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


「待て!今、何と言った?

 世界最強馬になった後、何と言った?」


「はあ?何すっとぼけているんだ?

 俺が世界最強馬になって!!!世界中の牝馬おんなを種付けするんだよ!」


「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………(一時の間)。種付けとは何だ?」


「は?何知らないふりしてんだ?

 あ!わかった!お前それ言うの恥ずかしいんだろ?」


「…?

『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』ということわざがあるが、俺は別に知らないことを聞くことは恥だとは思っていない。

 …で、種付けとは何だ?」アブソは本当に知らないようだ。


「お…お前……嘘だろ!?

 その歳で種付けも知らねぇのかよ!!!」


「何でお前は知ってんだよ。」と山下はツッコんだ。


「はいはい!そろそろいいかい?」と直樹はパンパンと手をたたき呼びかけた。




「――ということで、今日の調教は初併せだから、馬なりでいこうか。

 いいよな…親父。」


「構わん…。」


 タリスには山下、アブソには周防が乗り、併せ調教が始まった。

 馬なりは、追わない(鞭を使ったり手綱をしごいたりしない)で調教のこと。

 最初はゆっくり並んで並走していたが、途中でアブソが少し前に出た。

 タリスはそれに少しイラッとしてアブソより前に出た。

 それに併せてアブソも前に出たが、「ちょっ……前に出すぎだ!」と周防がアブソに注意したが止まらず、タリスもさらに前に出て、「ちょっとタリス!」と山下が注意しても止まらなかった。

 前へ、さらに前へ――気づけば互いに全力疾走していた。


(何だこいつ!ヒャッハー野郎並みに速い!!)とタリス。


(何だこいつ!去年の最優秀短距離馬『グランディオール』ほどではないが、匹敵する速さ!!

 まずい…!一瞬でも気を抜けば追い越される…!!)とアブソ。


 グランディオール―現在、6歳牡馬。16戦8勝、勝率50%、連対率100%を誇る現役日本最強スプリンター。武蔵たけくら 総司そうじ厩舎の競走馬でアブソとは2度併せたことがあり、1度目は、2歳馬と併せるのはバカバカしいと言いつつ、調教師命令で仕方なく併せ、全く相手にならなかった。2度目は、少しでも気を抜いたら追いつかれると同時に、引退の文字を頭に浮かんだらしい。


「「うぉおおおぉおおぉおおおおぉおおぉおおおお!!!!!」」

 タリスとアブソは肉眼でははっきりとわからないが、同時にゴールしたように見えた。


「ハァ…ハァ…(結局、差し切れなかった…!何だこいつ!!)」とタリス。


「ハァ…ハァ…(俺が先に仕掛けたが、このような結果に…!くそっ!!)」とアブソ。


「……とりあえず……お前ら!!馬なりだっつってんだろうが!!!」と直樹が丸めた新聞紙を2頭にスパコーン!と叩いた。


 競馬業界の馬なりの意味は軽めの調教。


「…ハァ…だって…こいつが前に出るからさぁ…。」とタリスが言い訳をした…が。


「煽り耐性ゼロか!!(スパコーン!)

 朝日杯の時もデイリー杯の時もそうだったけど、ヒャッハー言われただけでイラついてんじゃねぇよ!!」


「……………。」タリスは何も言い返せなかった。


「お前は何か言い訳あるか?」と直樹はアブソに聞いた。


「…ハァ…先に前に出なければ、先にゴールでき(スパコーン!)…。」直樹はアブソが言い切る前に叩いた。


「先に出たら先に潰れるのは当たり前だろ!!」


「…俺は別に潰れてはいな(スパコーン!)…。」


「お前、新馬戦の時もそうだったよなぁ~。

 周防のいうこと聞かないでさぁ、前に出たよなぁ~。

 足をためるってことを覚えろよ!!」直樹はおまけにもう一発、スパコーン!と叩いた。


その後も併せ調教をし、少しはましになったが、結局ダメダメだということなので、弥生賞前日まで併せることになった。




「―よーし、今日は一杯でいくぞー。」と直樹は声掛けをした。


「っしゃ!!ぶっ潰すぞ!!」とタリスはかなり気合いが入っていた。

「……………。」アブソは何も言わず、目をギラつかせていた。


「じゃあ、タリス先頭で1馬身離れてアブソな。

 最初はゆっくりで…いいか!!だからな!!

…で、俺が合図したら2頭とも全力な!じゃあ始めるぞ!」


 タリスとアブソは言われた通りに走った。


「よし!全力!!」と直樹が合図をすると、一瞬でさらに1馬身離れた。


「……くっ。」とアブソが悔しがった。


(さすが瞬発力Aということがあるか。トップスピードの到達時間がかなり短い。

 …って!いつの間にか3馬身まで離してるぞ!!いくらスピード・瞬発力がAだからって速すぎだろ!

 やっぱ、タリスって『競らない競馬』が得意なのかな?)


 競馬には脚質のほかに2つのスタイルがある。『競る競馬』と『競らない競馬』

 競る競馬はその名の通り、競り合って力を発揮するスタイル。全体の8割の馬がこれにならう。

 競らない競馬は、他馬を寄せ付けず、引き離して力を発揮するスタイル。残り2割がこれに倣う。例外はない。


「よーし!一旦ストーップ!」と直樹が声をかけたがやめなかった。山下と周防が止めても2頭ともやめなかった。直樹は新聞紙を2つ丸めて投げ、スパコーン!と当たり止まった。


「じゃあ、アブソ先頭で1馬身離れてタリスな。

 始める前に1つ…。人の話を聞け!!!(スパスパコーン!)」




「―よし!全力!!」と直樹が合図をすると、差はほとんど変わっていないが互いに全力を出していた。


(俺まだ元気ですけど!?何で差変わんねぇんだよ!!)とタリスは疑問に思った。


「(1馬身の差が変わんないんだったら、やっぱ、アブソって『競る競馬』が得意なのかな?あれ?)

 いつの間にか1馬身半差くらいになってる…?!競る競馬の射程距離って1馬身以内だよな…?!これ以上引き離すことはないよな?

 …親父どう思う?」


「…んなもん、心のあり方によって変わるに決まっているじゃろう!」


「だよな!じゃあ両方得意ってことだな!」


「両方できる馬はいても、両方得意な馬はこの世に存在せん!!」


「言い切っちゃったよ……。」


 舞台は弥生賞へ――

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