第2話 タリスユーロスターの夢

 次の日の朝(?)、タリスユーロスターの馬房に山下が来た。


「おはよう。タリスユーロスター。」


 タリスユーロスターは大きくあくびをした。


「はぁ~…おはよう。今、何時?」


「今、午前3時だよ。」


「牧場にいたときもそうだけど、相変わらず早いな。」


「俺も正直早いと思うけど、まあ、決まりだから仕方ないよ。

 …で具合はどう?」


「ああ、良くなったよ。」


「それはよかった。

 …で、タリスユーロスター……って長いな、長いから『タリス』でいい?」


「別にいいけど。…で、何?」


「今からこれ付けるからじっとしてて。」


 山下はくら頭絡とうらくなどをタリスに装着し始めた。

 装着し終わると、山下はタリスを馬房の外へ連れていった。


「それじゃあ、調教前のウォーミングアップを始めようか。」


「ねみ~~…」


 タリスは周りに馬自分以外誰もいないのに気づいた。


「…あれ?厩舎ここって、俺以外誰もいないの?」


「あ…うん。去年まで2頭いたんだけど、2頭とも引退しちゃって……

 今年は…その……お前しか入厩しなくて…」


「マジかよ…。俺の計画が崩れ始めたじゃないか…!」


「計画って?」


 タリスは真剣に話し始めた。


「まず、この厩舎にいる牝馬おんなを始め、他の厩舎の牝馬おんなと……いや、出会った全ての牝馬おんなと仲良くなり!

 俺がGⅠレースとかバンバン勝ちまくって実績を作り!そして引退した後!!

 仲良くなった牝馬おんなたちを!!!種付けするのだぁあああぁああぁあああぁぁああ!!!!!!!!」


 山下はタリスの言っていることを理解できなかった。


「え?何言っているの?」


「だから種付けだよ!!種付け!!!

 男だから生物として女に種付けしたいのは当たり前じゃん?

 女だから生物として男に種付けされたいのは当たり前じゃん?

 だけどさ、この業界はさぁ、優秀な成績を修めた牡馬おとこは、見知らぬ牝馬おんなを人権で無理矢理種付けすることができるじゃん!!ずるいよ!!!

 どうせやるなら、仲良し同士でやったほうが嬉しいじゃん!!!

 だから俺は、それを実現するために、まずこの厩舎にいる牝馬おんなたちから仲良くなろうと思ったのに…!!なんで!!いないんだよ!!!」


 頭の中がフリーズしていた山下は我を思い出した。


「…………はっ!

 えっと…うちの厩舎の師匠…諏訪隆博調教師の調教が厳しくて…誰もうちの厩舎に馬を入れないんだよね。

 しかも厩務員や調教助手に対しても厳しく当たって、みんなついていけないって言って、俺独りだけに……。」


「で、でもさぁ…!!」


「まぁ落ち着いて…タリス。

 うちには牝馬どころかお前以外誰もいないけど、これから行くトレセン(トレーニングセンター)には他の厩舎の牝馬がたくさんいるから、そこで仲良くすればいいんじゃないかな?」


「そうだな、そうするか。」


 タリスは少し残念そうな顔をした。


「それじゃあ、行こうか。」と山下はタリスの手綱を引っ張っり、トレセンへ向かった。


 そして、数十分後―


「え?まだ歩くの?

 トレセンって、そんなに遠いの?

 目の前にあるのがそれっぽいけど、…何?広すぎて近くに見えるだけ?」


「うん。あそこがトレセンだけど、今、調教前のウォーミングアップとして『引き運動』をしているんだよ。」


「え?ちょっと待って。これウォーミングアップなんだよね?

 もう何分歩いたかわからないけど、長すぎない?」


「だからさっきも言ったけど、うちって厳しいんだよ。」


「マジで。」


 タリスの体はすでに温まっており、若干疲労が溜まっていた。

 午前5時、トレセンに到着した。

 そこには、いかにも頑固ジジイの見た目をした諏訪隆博調教師が待っていた。

「おはようございまス!師匠!!」と、山下は気を引き締めて諏訪に挨拶をした。

「うむ。おはよう。」と諏訪は挨拶を返した。

 そして諏訪はタリスの方を見た。


「お前さんがタリスユーロスターか。

 写真で見るよりも馬体がいいな。」


 諏訪はタリスにべたべた触り始めた。

 それに対して、タリスは戸惑った。


「え…ちょっ……何?」


「ふむ。父フェイトと違って短距離馬の様な体つきじゃな。

 山下、こいつの血統書を持っているか?」


「は、はいッス。」と山下は答えたが、厩舎に置き忘れてしまったことに気づき、どうしようと思ったが、スマホにそれを写メしていたことを思い出し、その画面を諏訪に見せた。


「なるほど。母父が香港などで活躍したアメリカのスプリンター『サウスウェスタンウィンド』の血が色濃く出たというところか。」


 諏訪はタリスが短距離馬の様な体つきをしているのに納得した。

 そして諏訪は、調教を始めようとした。


「さて、そろそろ調教を始めるとしようか。

 タリスユーロスター、お前はどこまでいきたい?」


「どこまでって?」


「どれくらい強くなりたいかじゃ。

 やはりGⅠを勝てるくらいまでがいいか?」


「…いや。GⅠ1つや2つ勝ったところで意味がない!

 俺の目指すのは父フェイトを超えて日本最強馬に!……いや、世界最強馬になって!!世界中の牝馬おんなたちと!!仲良く種付けするのだぁああぁあああぁぁあああぁあぁぁあああ!!!!!!!!」


「フ…言うじゃないか。

 じゃがな…そんなふしだらなことで世界最強馬になれるかぁあああぁあぁあああ!!!!!!!!」


 諏訪はアレを切り取るための道具をポケットから取り出した。

「何それ?」とタリスは諏訪に素朴に聞いた。


「金玉を切るための道具じゃ。」


「――……!!!!!」


 タリスはこの厩舎は厳しいというよりヤバいと悟り、一目散に逃げた。


「逃げる!!!!!」


 諏訪はアレを切るためではないだろうが、タリスを追いかけた。


「待たんかコラァアアァアアアァアァアア!!!!!」


「ヤバい!ヤバい!!ヤバい!!!

 切られる!切られる!!切られる!!!

 夢が切られる!!!!!」


 タリスは全速力で逃げた。

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